698 慣れないことを慣らすには場数が必要
力というのは使い方次第だ。
話し合いという平和的かつ、不利益を最小限で押さえられる、人がもつ文明の手段がある時点で、基本的に力という手段は忌避される。
だけど、時と場合によっては運用されているのも事実だ。
けれど、どんな運用の仕方であっても、悪感情が付きまとう。
だからこそ、あえて高圧的な態度を取る俺に貴族たちは恐怖の感情を抱く。
例えその力を振るった相手が、民から搾取する事しか能のない悪徳貴族であっても、血で濡れたナイフを持っている殺人犯に仲良くしてと言われて頷けるかという話だ。
むしろこんな対応して笑顔でハグしてくるような奴の方が頭がおかしいので、ここにいる人たちの思考は常識に沿っていると言ってもいい。
「さて、こちら側が暴力で話を聞かせるように席を作った理由を把握してもらえただろうか」
「……戦争による不利益を回避するために、我々の先入観が邪魔であったと言うことですか」
「そう言うことだ。仮に我々が何もせずに、ここにいる誰かの許に足を運び和平の交渉をしに来たと聞けばそちらの動きはどうなると思う?」
表情は岩のように固めたかのように動かさず、そして声色もできるだけ一定にしている貴族たち。
大陸の貴族たちと違って、あとがないためか、それとも初手で上下関係を叩き込んでいるからかあっちの貴族よりもまともに会話ができることに地味に感動している。
「良くて、密告によるトライスからの援助を引き出すための餌か、悪ければ異端審問の餌食になるかのでしょうな」
「和平は腹の探り合いで、次の戦争への準備期間なんて言葉はあるが、そもそもの話、戦争って言うのはバカな思考が極まって最終手段に手を出さざるを得ない時の処置だ。やらない方が国としては得が多い」
言葉を濁さず、さりとて色々な言質が取られかねない言い回しでもない。
あの時にああ言ったと駄々をこねるガキのような言葉遣いをされないだけでこんなにも気楽に会話ができるのか。
「当然だろ?」
「その通りですな」
こっちは戦争は本意ではない。
そっちから仕掛けてきたと言えば、岩のような顔が少しだけ歪み、渋々と言った感じで頷かれる。
この対応ができる段階で、こいつは宗教思考が危ないものだと理解している。
宗教というのは都合のいい部分が多い。
特に戦争にその思考を持ち出すと、神が望んでいるという責任転嫁がしやすい。
いや、そもそもガチの神が相手の滅びを望んでいるのだから、シャレになっていない。
だから、神の言葉という大義名分が生まれ、戦争という行為が簡単にできてしまう。
その大義名分というモノにも良い部分はあるだろう。
この人は利用できる部分はあると知っているが、使い込みは危険だと理解している。
思考が染まっていないのが会話の節々で感じる。
染まっている奴で質が悪い奴は、俺の言葉に命を懸けて反論してくる。
全ての悪は魔王であり、こちらが正義である。
いずれ天罰がやってくるだろうとそんな言葉を宣う。
多少なりとも自制心が有る奴は、笑顔や誉め言葉で言葉を擬装し、目で怒りを表す。
腹の底に黒い感情を煮えたぎらせ、いずれ喉元に噛みつき食いちぎってやると牙を磨く。
気配的にその感じはない。
だからこそ、どの国でもあまり地位が高くなかったのだろう。
有能故に無能の扱い。
戦争の不利益を知っているということだ。
されど、同時に戦争の必要性も知っている。
「さて、こちらとしては話の分かる相手を席に着かせるための暴力は一旦終了だ。ここから先はそっちの望み通りの話し合いでことを進めようじゃないか」
「そうなればよろしいですが」
「なに、きちんとそっちにも利益を渡す。悪い話じゃないさ」
「可能であれば、悪い、ではなく、良い、話であることを願います」
「それもそちら次第だ」
だからこそ、いざとなれば剣を抜くことをここいる奴らは躊躇わない。
俺たちが民を害する存在だと理解すれば、即座に全勢力をかき集めて決死の特攻隊を造り上げるだろう。
こう言う手合いの部下は忠誠心が高い。
そして死兵となった人間の底力は何をするかわからない。
俺たち魔王軍としては、こういう手合いの相手こそ避けるべきなのだ。
すなわち、こちらとしても蹴散らすことは可能だが、被害は想像を超えるだろうと容易に想像できる相手とは戦うのは避けたいのだ。
ここで、互いにある意味で共感が得られた。
向こうは国を侵略されたくない。
こちらは後の大戦のために被害を出したくない。
「さて、話し合おうか」
「わかりました」
長々とおいた大前提を共有して、始まる話し合いは有意義になればいいと楽観的思考を脇に置きつつ。
理性では難航するだろうと思っている。
「多民族国家の設立……そして我が国が最前線」
「王政の撤廃、貴族位の見直し、議会制の導入、身分制度の改革」
「国の統合に、それによって生まれる交易路の確保」
「いずれ来る、難民の受け入れだと?」
まず提示したのは、魔王軍のやりたいことと、調査の内容だ。
この土地を利用して、魔族と人が入り混じった国を興すこと。
ここの統治には人と魔族が入り混じった議会制を提示。
貴族、市民、奴隷制などの身分制度の見直し。
貧しい人を潤すための交易の活発化。
そして、ここ以外の難民の受け入れ準備。
「いくらなんでも無理が過ぎます。これだけの大規模改革だと、計画を公表するだけでも反発は避けられません。既得権益を守るために貴族は反発しますし、今民は困窮しています。奴隷という労働力が解放されれば農業は衰退するのは目に見えています」
やることが無謀すぎて、正気かと問いかけるような視線を投げかけてくる。
「できるできないの話を論議して無駄な時間を使いたいと言うならそう言え、それなら俺はこの席を立って、別の方法を考えるために本拠地に戻る」
「……我らに選択肢を与えないおつもりで?話し合いを反故にするおつもりか」
「俺はこれが最終目標だと言っただけで、最初からすべてをやれと言っているつもりじゃないのは説明したな。それを理解してさっきの発言なら不穏分子になる。獅子身中の虫を飼うつもりはない」
「……では、最初になにをするつもりですか?」
あくまで最終的な目標であって、段階を踏んで改革していくのだ。
しかし、相手はあくまで貴族だ。
どんな状態でも隙を晒せば食いつかれる。
こんな会話などジャブ程度だ。
胃をすり減らしての会話は慣れたモノだ。
「防衛の拡張、それと農業の税の引き下げだ」
「それだと国の収入が減ることになりますが」
「代わりに魔王軍から売れる物をこの国に回す。その商品に付加価値を添えて諸外国に売る。それで利益を得る。その利益を使って防衛設備を作り、さらに農業支援資金を確保し食料を確保する」
方針を定め、それを相手に納得させればここにいる奴なら動き始めるだろう。
「期限は俺たちの介入がバレて諸外国から敵国と認定されるまでだ。防諜はこっちでやるが、それも完ぺきではない。時間を稼げても半年が限度だ。それである程度の国としての体裁を作り出す。前線に当たる土地は、段階的に農村民の避難を行う。元々あった村はこちらで軍の駐屯地に改造する。避難民の生活はこちらで保証をする」
「……半年、随分と短いですな」
「あくまでバレないまでの時間が半年だ。物流が他国に及べば自然とこちらに目は向く、加えて恐らく難民がこちらに流れてくる。できるだけ俺たちは姿を隠すが、それでも疑われるのは目に見えている。表向きはドッペルゲンガーを神輿にして、ここにいる面々で対魔王連合を設立、それでさらに時間を稼ぐ」
「警戒せずに動ける時間が半年であって、警戒しながら動ける時間の猶予がさらにあると言うことですか」
「そう言うことだ」
今彼らの頭の中には魔王軍とつながりを持つか、それともこれを密告してトライスの属国になるかの天秤が揺らいでいるだろう。
俺たちがやったことを見れば、悪と断じられてもおかしくない状況証拠は揃っている。
だけど、逆にそれをやれば元の生活に戻る。
違いはトライスの息のかかった政治家が送られてきて、より一層神に殉じるための戦士が量産されるだけだ。
一時的にとは言え、自由を知った。
その自由を与えたのは魔王軍という皮肉。
俺のやりたいことを大まかに理解した貴族たちは隣同士の人で話し合いを始め、会議室は騒めく。
俺はそれを黙って見守る。
時間だけが過ぎ去るのなら見過ごせないが、耳に入ってくる内容はどれも無駄だとは言えない内容ばかり。
いや、むしろ現状を鑑みて未来を考えている建設的な話とも言える。
「……いくつか、伺いたいのですが」
「なんだ?」
そのざわめきが収まるのに数分。
手元に書類でもあればそれを処理するのだけど、生憎とそれはない。
「一つ目は魔王軍に勝機はあるのかという話です。過去の歴史をさかのぼっても歴代の魔王は勇者に撃退されております。それはこの大陸に魔王軍に支配されていない土地があると言うことが証明しております。我らとして勝ち目のない戦いに身を投じる様なバカな真似はしたくありません」
「道理だ。そして、その質問の答えだが、ある。こちらとて戦うための準備はしている。先制攻撃こそ許したが、反撃の準備はできている。そして勝つための算段もある」
「具体的には?」
「軍規により答えられない。だが、神の僕である熾天使を半数以上こちら側の施設で封印できているとだけ伝えておこう」
「なっ!?」
沈黙のあとに聞かれた質問は当然の疑問だ。
世界と戦争を始めるのに負け戦を仕掛けるかどうか確認することはある意味でバカらしい質問だが、それをするような能無しがこの世には一定数実在する。
魔王軍がそう思われるのは、歴史が証明してしまっているため、この質問を無礼だとは俺は思わない。
だけど、皮肉交じりに相手の主力戦力を削っていると言う事実だけは伝えておこう。
しかし、伝説とも言えるような神の使いがすでに魔王軍によって封印されていると知って椅子を蹴り倒して立ち上がる人が何名か。
「嘘ではないぞ?」
嘘だと言いたげな視線に、好戦的な笑みを向けておく。
「証拠はあるのですか?」
「その施設は将軍位を預かる俺でも入るのに許可がいる施設だ。そう簡単に証明できるものではないが……そうだな、状況証拠は揃っている。歴代の勇者であればこの大戦に大々的に行動を起こしているころだ。実際、トライスに勇者はいる。だが、そこには熾天使の姿はない。複数勇者がいるという話で、複数の熾天使を付けられないという意見もあるが、それなら統括するための熾天使を一人出せばいいだけの話。後はそれよりも下位の天使を派遣し質を数で補えばいい。それをしない理由は?魔王という世界の大敵に戦力を出し惜しむ理由は?」
「何かあると言うことですか」
「そう、それが良い意味か悪い意味かは定かではない。しかし、今ここに必要なのはここにいる面々に魔王軍には現実的に勝てる可能性があると言うことを認知させられればいいということだ」
弱気は相手につけこまれる原因となる。
どんなに嘘っぽくても自信満々な態度を維持すれば、相手は必ず疑問を持つ。
もしかして本当に勝つ方法があるのではと。
実際、小国とはいえいくつもの国を瞬く間に倒せるだけの戦力は見せつけている。
あとはこの言葉が吉と出るか凶と出るか。
今日の一言
やれることをやるそれだけだ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




