696 問題点と改善点は微妙に違う
「それで教官、書類を整理して気づいた問題点を洗い出したんですが」
「そもそもあの量を一晩で片付ける方がおかしいぜ?俺たちがやったら四日はかかる量だぞ」
「鬼王様の言いたいことはわかりますが、次郎さんの部署はおそらく魔王軍の中でも屈指の忙しさを誇っているとも言えます。それに慣れている私たちだからすぐに仕事が終わったと言えます。周りから次郎さんの部署に放り込めば精鋭の文官が出来上がると言われるくらいですし」
「……次郎、今度うちの奴ら預かってみねぇか?」
書類を目を通して一段落するのにおおよそ一晩。
呆れと恐れを混じった視線で教官から見られているが、俺からすればこれが日常だからそこまでおかしなことをした自覚はない。
しかし、スエラの言う通り俺たちの部署は社長の所を除けば屈指の忙しい部署だろうな。
新設部署でまだ軌道に乗っていないから色々とやることがあるし、人員不足というのもある。
「戦争が一段落したら預かりますよ。返すのに三年くらいかかるかもしれませんが」
「鬼王様、泣いて帰還の申し出がでるかもしれませんがそこは温情をかけて心暖かく迎え入れてやってくれませんか」
「俺の所の奴らが音を上げるとでも?」
「肉体的疲労じゃなくて、どちらかというと精神的疲労です。体育会系の方がドツボにはまって地獄を見ますよ。まぁ、乗り越えたら立派な社畜戦士になってかなり重宝する人材になるのは間違いないですが」
だから、教官からの申し出は正直ありがたい。
即戦力でなくても、教育して戦力になってある程度働いてくれるなら信用できる人材はいつでも歓迎だ。
真面目に検討するか。
「まぁ、その話は前向きに検討しますので、今は現状の運営状態での問題点を確認していきます」
「早まったか?」
「双方利益になるかもしれないという可能性はあるとだけ言っておきます」
俺が真剣に悩む仕草を見て、教官は少し困った顔をしてスエラに確認しているが、彼女もにこやかに笑うだけで答えを濁している。
俺たちの普段の仕事について行けるようになれば並の職場なら暇になるレベルの人材に仕上げますよ。
できればこっちも仕事の分散をしたかったので本気で今回の出張中に良い人材を探しておくか。
「まぁ、いいか。どうにかなるだろ」
「そうですね、その件は後で酒を飲みながら話しましょう。それで問題点ですが、想定よりも食料関係と建築資材の消耗が激しいですね。戦闘に関して人材消費が少ないのが幸いしていますが、これは防衛ラインの開発に投資していると報告を受けていますね。他国にバレないように建築していますけど、もしかして難民の受け入れも想定しています?」
「ああ、俺がこの世界を回った時に確認したが戦争の影響はそこら中に出てやがる。まともに領地経営しているところはいいが、まともに経営してない領地は民が飢えるレベルだぜ?」
「……想像よりも自分が考えた作戦がうまく言っていると言うことですか」
「良い方向に傾きすぎて悪影響も出ていると言うことですか。物資の調達に関しては早急に手配したほうがよろしいですね。今の見積もりだとおそらく足りなくなります」
「そんなにか?これでも多めに頼んだはずだぜ」
「いえ、鬼王様の見積もりで第二波までは耐えられますが、それ以降にくる流れに耐えられません」
書類を確認してまず問題点として挙げられたのは、消耗品の不足が目算で立つくらいに消費が激しいのだ。
大盤振る舞いで農村にばら撒き、魔王軍のイメージを改善してきたのは知っていた。
策のための必要経費として割り切ることができる。
どう使用したかの報告もしっかり上がっていて、一部を除いて表向き帳簿もあっている。
精査して行けば色々と問題が浮き彫りになってくる予感もするけど、まだ許容範囲だ。
であれば、それ以外で問題点をあげて改善していかなければ火の車になる。
「第三波って、まさかもう難民が動き出しているって言うのか?」
「可能性は十分にあります。噂話というのは地球と違いこちら側は伝わるのは遅いですが、一度伝われば動きは激しくなります」
俺たちは書類を見て冗談でも何でもなく、魔王軍に友好的な連合国家が秘密裏に樹立されているとことが民草のなかで噂になっていることを確信している。
教官は物事を直感的にとらえて動く。
それ故に、なにか異変が起きた時に即座に反応することは得意だけど、こう言った数値から叩き出される情報を元に想像することは苦手だ。
フシオ教官なら予想できただろう。
いや、むしろこれから難民が来ることを想像して、迎え撃つ準備と、難民を受け入れられる体制を準備している段階でとんでもない勘を持っているのがわかる。
「ちっ、読みが外れたか。まぁあんな惨状だ。逃げたくなるか」
「教官が事前に用意してくれているおかげで、ある程度余裕があるんですよ。これなら少し修正するだけで何とかなります」
「ケイリィが残業になりそうですけどね」
こっちとしては、教官の行脚が良い方に傾きすぎた結果に嫌なものを感じているところだ。
こちらの想定ではある程度の混乱を引き起こして、ある程度の味方を作りだせれば問題ないと思っていたが。
この作戦は現状のイスアルでは劇薬だった。
効果がありすぎたんだ。
イスアルの国民が弱りすぎて、精神的に魔王軍に反感をもてないレベルってどんだけなんだよ。
警戒はする、近づくこともしない。
だけど、抗うことはしない。
手を差し伸べられたら恐る恐る手を伸ばして敵でも助けてくれそうなら助けを求める。
これを異常と言わずに何と言うのか。
敵国に、それも御伽噺で語り継がれるような悪役に助けを求める。
いや、実際小国とはいえいくつかの国がこっちに協力体制を申し出ている時点で、世界のバランスはかなり不安定になっている。
強国はいいが、小国は滅びを待つしかない。
そんな環境なんだ。
「難民が流れてくるまで、いや、動き出すまでの余裕はあまりなさそうですね。それと同時にこちら側の情報が向こう側にバレるのも時間の問題です。しばらくは表向きの国が難民を受け入れて、対応しているという体は取れるでしょうけど、間違いなく最初の方で密偵を送り込まれます。これに対処するかしないか関係なく、こっちに魔王軍が関わっていることはバレます」
「……猶予は?」
「二カ月、それが勝負ですね」
「俺に二カ月も余裕を持たせるって意味、お前は理解しているか?一ヵ月だ、一ヵ月で準備を済ませてやるよ」
予定外の出来事にも嫌な顔せず、むしろ困った人に対して懐の深さを見せつけるのがこの鬼なんだよな。
「まぁ、そう言うと思ってたので、ついでに現状の改善点も挙げておきます。これをすれば多少動きもマシになるかと」
「でしたら、私は補給物資の管理をします。鬼王様には工事の監督と防衛を、次郎さんには周辺国の方々と交渉してもらいましょう。準備時間はいくらあっても困りません。できるだけ、情報漏洩を少なくすべきです」
「おう、だったら早速俺は行ってくる。諸々の手配は任せたぜ」
「俺、一応別組織の長なんですけどね」
「お前が変なことはしないってのは承知してるからな。信用してるんだぜ?」
「後々、恨みの籠った拳で殴り合いになりたくないので真面目にやらせてもらいますね」
「ガハハハ!わかってるじゃねぇか!」
敵であっても、弱者は助ける。
それがこの大鬼の凄い所なんだよな。
凶悪な笑顔を俺に見せ立ち去る教官の姿に苦笑一つこぼして、俺は俺のやるべきことに従事するとしよう。
「さてスエラ、今のこの拠点の確認をするが、三方向に国を抱え込んで中央にこのダンジョンがある。その国々の特徴なんだが」
「はい、各国それぞれで重要性が異なりますね。まずは北側の国ですが、王族が全て民の反乱で排斥され、その血族はいません。無政府状態ですがそこは鬼王様が介入して貴族たちをまとめて合議制という名目で統治しつつ裁量権をこちら側が持っている状況です。この国が重要なのは、この国が間違いなく最前線、防衛ラインの最初であることです。どの道を使った侵攻であっても地理的にこの国がイスアル戦線になります」
「だから発言力と、権力統制が必要だったのか」
俺たちがいる立場は教官が無理矢理地均しした環境に立っているだけだ。
それ故に、ハッキリいってかなり不安定と言わざるを得ない。
問題点は数多く存在する。
「幸い、王族が典型的な腐敗王家だったので権力簒奪による反動はそこまで多くありません。王家取り巻きの貴族の粛正も同時に行ったので政府統制自体は問題なくできています。しかし、細かい部分、それこそ戦争派兵によって起きた人員不足が目立ちます。さらに言えば、その粛清から逃れた貴族たちが戦場の方にいますのでそれが戻ってきたら相手側に大義名分が与えられますね」
「さすがに敵の本拠地までは手が伸びないよな。むしろ、まだ相手側に気づかれていないように立ち振る舞っただけでも十分凄いだろうな。気づいたら国が落ちていて別の政府機関が樹立している。俺がそれをやられたらゾッとする」
「はい、定期的に補給物資を送り続け、さらに国に所属していた貴族たちに連絡役を任せているので違和感を抱かれていないのでしょう」
「もしくは、元々そこまで頭が回るような人種じゃないか……どのみち俺たちには都合のいい話だ。このまま北の方は軍備拡張を目指す。そっちの話し合いに関してもそっちがメインになるだろうな。兵士の確保は後回しにして、教官の軍が配備できる下地は作らんとな」
「はい、現状この国に関しては自国を守るための防衛兵を確保するのも厳しいです。民の生活のことを考えれば徴兵はできません。融和政策を取るなら、こちら側から歩み寄る必要があります」
「農業支援も考慮するか。食料を与え続けるだけじゃだめだ」
「それは他の国も一緒ですね」
一つは防衛ラインの再構築。
盾となる地域の軍備拡張は急務と言っていい。
元々国として成り立っていたこともあって、砦もあるがその設備は大国と比べたら不十分だと言える。
正直言って、頼りない。
そこの整備を優先的に回したいところだが、そればかりに気をかけるわけにもいかない。
地盤を固めるためには民の心も掴んでおく必要がある。
特に食い物関係だ。
食べ物がないと人は簡単に心が離れる。
手元にあるメモ帳に、貴族たちに説明し説得するためのプレゼン資料をどの方向で作るかを決めるための情報を書き込む。
パソコンが使えればそれも簡単なんだけど、無い物ねだりをしている暇はない。
「データを見る限り、マジで芳しくないんだよな。人手がシンプルに足りない。トラクターでも大量に導入するか……それとも、ゴブリン部隊を大量に導入するか」
「理想で言えば、オークやミノタウロスといった力自慢との混成部隊かつマジシャンも混ぜたいところなんですが」
早々に判断を求められる案件が多い状況で悩むというのも時間の無駄遣いだ。
「ここで一か所に集中させて他国を後回しにすると軋轢が生まれる、だけどかと言って均等にやるにも人手が足りない。さてさて、ここがプレゼンの腕の見せ所ってところか」
こちらの中で優先順位というのは決まっている。
後はどれだけ、相手を納得させられるかだ。
今日の一言
微妙な差異が、絶妙に面倒なんだ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




