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695 赴任の準備は既に終わっている

 

 スエラとの喧嘩は、ツッコミどころが満載な戦いだった。


 いや、いつの間にあんなものを準備したと思いたくなるくらいにレアな精霊が大集合。


 正直下手な強敵と戦うよりもきつかったと断言しておく。


 そんな戦いのおかげでスエラの安全は確保されたといってもいいのはわかった。


 だからと言っても。


「退院と同時に現地出向って言うのはどうなんだよ?」

「この手際の良さはケイリィですね」


 退院と同時に転移魔法で現地に転送された。

 必要な手荷物は既に用意されていて、仕事や生活には問題ないようになっている。


 頭を掻く俺の隣でスーツ姿のスエラが苦笑している。


 俺の格好もスーツだが、日光がさんさんと降り注ぐこのイスアルだと服装の違和感がヤバい。


「とりあえず、迎えが来ているはずなんだが」

「いませんね」


 転移陣によって飛ばされたのは大平原のど真ん中。

 隠れるとこも一切ないそんな広い場所で太陽光に晒されるなんて、熱中症になりかねん。


 手で日差しを作りながらとりあえずキャリーケースタイプの仕事道具が入っているマジックバッグを異空間にしまい込んで、辺りを見回す。


「エヴィアが転移先の座標をミスるとは思わんが」

「そうですね。となると外部の干渉があった可能性が」


 見渡す限りの平原、てっきりキオ教官のすぐそばに送り届けてくれるものだと思っていたが、その肝心のキオ教官の姿も見えない。


「そんなことができる奴って言うと数えられるのも少ないぞ。そしてその可能性にぶち当たりたくない」

「次郎さんの幸運値を考えるとあり得ないこともないかと」

「なぜか上がらずに下がるんだよなぁ。スエラたちと出会えているから、その幸運分下がったか?」


 これはいつものトラブルかと、転移前のことを思い出すが、手続きにおかしな点はなかった。


 事故らしい魔力の暴走もなかったし、この空間にあふれた魔力のことを考えるとここが地球ではないのは確かだ。


「それだと私たちの幸運値も下がらないとおかしいですよね」

「そうか?」

「ええ、なにせ今では魔王軍きっての有望株の妻になっているんですから」

「ああー、そう言われるとそうなるのか」


 危険はないが、何もない。


 地図を取り出して現在地を確認する……ん?


「スエラ、ちょっと下がってくれ」

「?はい」


 どうやら、エヴィアは送り先を間違っていないようだ。


 スエラに少し下がるように手で押すと、数秒後はっきりと魔力を感じ取り、空から巨漢が降りてくる。


「よう次郎!!待ってたぜ!!」

「教官、もう少し静かに登場できないんですか?危うく踏み潰されるところでしたよ」


 丁度俺たちが転移されてきた場所に着地して見せた大鬼に苦笑しながら話しかければ、彼の大鬼、鬼王ライドウことキオ教官は腰に手を当ててガハハハと笑う。


「お前が俺の気配を読み違えるとは思ってねぇからな!!これくらい誤差だ!!」

「そうですけどね。しかし、とんでなく辺鄙な場所に呼び出されましたね」

「あ?ああ、そうか、今は術師総出で隠蔽しているから気づかねぇのか」


 教官らしい対応だな。

 まぁ、俺も余裕を持って避ける時間を確保できたから、この鬼から向けられる信頼に応えられた。


 多分教官なら、当たりそうになっても咄嗟に空中で移動して直撃は避けられただろうな。


 しかし、だからと言ってこんな辺鄙な草原に転移されたことは解せないのだが。


「隠蔽……もしかして」

「おう!もう少し近づけばわかるぜ」


 その解せない部分は、キオ教官の言葉で気づく。

 スエラはジッと一部分を見つめて何かがあるのに感づいていた。


「木を隠すのは森の中だけじゃねぇんだぜ?こんなところ作るわけがない。そんな逆転の発想も必要だってな」


 のしのしと歩き始める教官の後ろに続いて歩いて行くと、ある程度進んだ先で結界の境界線を見つける。


「これって、もしかして隠蔽結界?だけど、こんな精密な結界」

「がははは!!俺たち一族が脳筋だけだと思うなよ。やろうと思えばこれくらいはできるぜ」


 認識を逸らす術式に、視覚的に迷彩を施す術式、どれも高次元のレベルでまとまった術式。


 それを維持しているのはダンジョンがこの先に繋がっていると言うことの証拠。


 たしかに、誰がこんな目立つ平原でなおかつ攻められやすく守りにくい土地を選ぶだろうか。


 根本の常識に真っ向から喧嘩を売るような所業。


 それをしでかした教官は笑顔で結界の先に姿を消す。


「行くか」

「はい」


 俺とスエラも顔を一度だけ見合わせた後にそれに続く。


「おお」

「これは、凄いですね」

「そうだろそうだろ!!」


 そして結界の先にあったのは、もうすでに町といっても過言ではないレベルまで建築が進んでいる町並みだった。


 ゴブリンやオーク、オーガなどの鬼族が率先して建築に従事する姿が見られる砦を四方に配置した拠点。


 俺とスエラが素直に驚くと、機嫌を良くした教官の笑みに凄みが増す。


「ここは元々どの国も欲しがっていた土地なんだがよ、隣接国どうしの戦争の原因になるって事で放置されていた土地なんだよ。そんで、俺がぶんなぐってまとめたからここに中央都市を作ってるってわけだ。ここはいずれ、俺たち魔王軍とこの世界を繋ぐ大都市になるぜ?」


 戦うことしか考えない教官からそんな言葉が出る方が俺的に驚きなんだが、そこに突っ込んだら拳が飛んできそうなので心の中にしまっておく。


「ただまぁ、街を作ることはできるんだけどよ。維持することのノウハウが少なくてな。そこはお前たちに力を貸してもらうってわけだ」

「ついでに、国同士の連携を高めるって感じにすればいいんですよね?」

「そうだな、次郎にはそっちを頼むつもりだ。スエラの嬢ちゃんには事務の方を頼むぜ」


 元から色々と仕事を任されそうな予感はしていたからそこら辺は問題ない。


 こうやって、街並みが作られている光景を見ているだけで、戦争終結のための準備が進んでいると思えると自然とやる気が増すってもんだ。


「わかりました」

「はい、微力を尽くします」

「おう、頼むぜ。取り合えずお前たちの仕事場まで案内するわ」


 思い返せば、街づくりなんてことはしたことがない。

 交渉に関しては最近よくするけど、それでも異世界の国相手にやるとなるとノウハウは異なる。


 これは、気を引き締めてやらないといけないな。


 そう思いながら、教官の背を追って建築途中の町並みを見ながら進んでいき、俺たちの仕事場まで案内してもらったのだが。


「わざわざ教官が迎えに来なくてもって思ってましたが、教官」

「最初は次郎さんと会いたいからという理由で仕事を抜け出したと思いましたが、鬼王様」


 その部屋を見て、俺はちょっと現実逃避したくなった。


 その代わりに、ジト目で教官を見る。

 隣に立っているスエラもきっと同じ目をしている。


「仕方ねぇだろ!こっちに連れてこれるほど優秀な文官の数はそこまで多くねぇんだよ。領地経営の方もあるし、なぁ?」

「開き直らないでください。っていうか、事務ができるゴブリンとかいましたよね」

「あんな便利なやつが早々いるかってんだ、これでもそいつらが減らしてくれたんだぜ?」

「減ってこれですか。はぁ、これは中々骨が折れそうですね。次郎さん、さっそく取り掛からないとダメそうですね」

「ああ、不幸中の幸い書類が種別に分けられているのが救いか」


 この大鬼、やれることはやるが、その見た目と性格通り、嫌いなものは嫌いと豪語する男だった。

 多分、普段はイライラしながらやっていたのだろうが、俺たちが来るのを知って溜め込んだな。


 俺たちのために用意されている席の書類の量が尋常じゃない。


「今日中に終わるかね」

「私と次郎さんなら終わりますよ」

「まぁ、普段こなしている量よりはマシか」


 どんだけ事務処理が苦手なんだよと、思いつつ俺とスエラはそのまま席に着く。

 スエラは仕事用の眼鏡をかける。


「その姿も久しぶりに見たな」

「そうですか?最近よく身に着けているのでそういう気はしませんが」

「俺が見てないってことだな。残念」


 俺は肩を回して、体を解しつつまずはテーブルに書類を置けるスペースを作る。


「終わるのか?」

「予測として、日が暮れるまでには何とかってレベルですかね」

「まずは一通り目を通してからですかね」


 おかしいな、俺は戦闘要員として連れてこられたはずなのに、最初の仕事が書類仕事。


 まぁ、戦争するよりかはマシと慣れた手つきで書類に目を通し始める。


 そう言えば、教官と一緒に仕事をするのは初めてだったな。


「……」

「次郎さんこっちの書類の確認を」

「了解、こっちの書類の資料ってあったか?」

「こちらにありますね、決裁書類はこちらにまとめてください。鬼王様に目を通してもらってから決裁します」

「こっちの書類、数字が間違ってる。たぶん横領してるな。調査した方が良いな。あとこっちは資材が足りなさそう」

「でしたらこちらの書類も一緒に精査してもらった方が良いですね。そちらの書類と同じ部署の書類なので同一犯の可能性があります」

「これって、多分雇い入れの奴らだな」

「ええ、鬼王様の部下がこんなことをするとは思えませんね」


 魔法を全力で使用して、書類に目を通してそして必要な分類を済ませたら一気に片づけていく。


 パソコンが欲しいけど、生憎とこっちには電気という文明の利器を使うためのライフラインが存在しない。


 だったら、そこら辺は手作業で片付けないといけない。


 浮遊魔法を複数起動して、ボールペンを空中に浮かしてサインと印を押していく。

 スエラはそこら辺の細かい魔法が得意だから俺よりもサインする数が多い。


 俺は速度で補っている。


「おい、次郎」

「はい、何か」

「いっつもそんな感じなのか?」

「だいたいこんな感じですね。やることが多いんで」


 手を止めずに、教官からの質問を答えている間に書類の山が一つ片付いた。


「ですが、思ったよりも簡単な案件ばかりで良かったです。この調子でいけば思ったよりも早く終わりそうですね」

「そうですね。規律がある程度保たれているので問題となっている部分がわかりやすくて助かります。あ、次郎さんこちらの書類はそちらの資料と合わせて処理してもらっていいですか?」

「わかった、その隣の奴も関連しているからこっちで処理する」

「助かります。でしたらそちらの山も受け取りますね」


 なんか、唖然としているように見えるけど、どうしたんだろう?


「何か問題でもありましたか?」

「いや、ねぇよ。ああ」


 教官がそんな顔をするのは初めてだな。


 まぁ、問題がないなら良い。

 このアナログな書類の処理の仕方は、色々と改善しないといけないな。


「太陽光だけは大量にありそうだし、スエラ、太陽光パネルの設置の依頼を出しておくか」

「そうですね、不死王様の方は色々と近代化が進んでいるみたいですし、ここで一つ鬼王様の軍も近代化を進めてみるのもいいかもしれませんね」

「最初は冷暖房から入るか、居住空間の快適度を上げれば近代化に対して反発されることもないだろうし」

「出費が多くなりそうですが」

「追加予算の申請をどうやって通すか。近代化は敵国に渡しちゃいけない情報だしな。まぁ、エヴィアと検討して話を進める」

「お願いします」


 これが、国を作ると言うことか。

 中々楽しいな。


 少なくともブラック労働よりは楽しめる。


「まぁ、こいつらが楽しんでるならいいか」


 教官の許可も出た。

 やるなら徹底的にやるとしよう。



 今日の一言

 出張の準備ができているなら即移動。




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めての感想です。 御二方の仕事ぶりに唖然とする鬼王様を想像してしまいました。 そうゆういった場面が好きなので、ついついお初コメントしてしまいました。 [一言] 書類は全ての敵ですね(笑)…
[一言] スエラの機嫌がすこぶるが良さそうですね。 イスアルの地で何が起きるのか楽しみです。
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