694 すべて終わって仲直りできれば万事解決
Another side
本当に、強くなりましたね。
鑑賞の大精霊アイによって見える光景に私はふと思った。
今は戦う相手だけど、それでも愛しさが色褪せることはなかった。
ライドウ様とノーライフ様に影響を受けて、戦う時に笑う愛しい人の姿。
雷雨を文字通り切り裂き、そのまま突き進む姿は勇ましいの一言。
初めて会ったときは少しおどおどしながら戦っていて、手加減をしようと必死だというのに。
いけない、戦いの最中だというのに笑顔が漏れてしまう。
「かぁ!甘い、この空気が甘すぎる!!だがそれがいい!!戦いの最中でも醸し出すこの空気、ほんにいい恋をしておるのぉ!」
「ええ、良き恋をさせていただいてますよ」
「カカカカ!!照れもせず、さりとて冷めてもおらず、綺麗な笑みを見せおる!!これならチキュウとやらの芸術も期待できる!!否!その世界すら見渡せれば契約は果たせるというモノよ!!何百年と続いた停滞が一時とはいえ終わるのは本当に心躍る!!」
そんな私の表情を見て、仮面で顔を覆った筆を持つ精霊、鑑賞の大精霊アイが興奮してくる。
「最初は戦争に利用されると聞いてありとあらゆるものを暴露してやろうと思ったが、話は最後まで聞いてみるモノよ。あれほどの未知の光景がまだまだあるとは!!太陽神の作った世界も、月神の作った世界も見飽きたところだ」
最初に面会した時は、こんなに明るい方ではなかった。
どちらかと言えば、興味という感情を全て色褪せさせ、見ることに苦痛を感じている方だった。
大精霊、それも古代から生きられている精霊によく見られる症状、停滞による既視感から脱出できなくなる虚無感。
全世界が色褪せるという、悠久の暇が精霊の心を殺す。
大精霊アイはまさにその症状を患っていた。
その心の隙をついたと言えば聞こえは悪いかもしれないが、次郎さんの弱点となっている現状を打破するためにこの方の力は必須だった。
「して、契約者殿。あの御仁はどういう存在か。人にしては竜の存在が色濃く出過ぎている。同輩の雷をこれでもかと切り裂き、ヴァルス様を引き連れている。人の短い生では決してたどり着けない頂におる時点でもしかして、人ではないのか?」
「あの人曰く、半分以上人を辞めているらしいですね。姿は人ですけど、中身は色々と変わり果てたと。ですが、心は変わらないですよ」
次郎さんの出世はハッキリ言えば、生きた年数がそのまま力の根源となる魔王軍では異常だった。
いくら魔力適正が高くとも、最盛期の肉体が過ぎ去り老いるだけの彼ではその頂に届くことは難しいと言う言葉ですら生ぬるかった。
だから、彼は人を辞めた。
躊躇いは僅か、悩む時間も短い。
最初のきっかけは、彼が私たちに言ってくれた一言。
『スエラたちと一緒に生きたい』
この言葉に、私がどれだけ歓喜したかきっと彼は知らないだろう。
その後に続いた言葉も鮮明に覚えている。
はにかみ、そして少し照れた笑顔で彼は言ってくれた。
『どれくらいかって?さぁてな、少なくとも皆を見送ってから天寿を全うするってのをひとまずの目標にするか』
そこら辺に買い物に行くくらいの気軽な言葉。
重みも何もない、軽口と捉え、ふざけていると言われても仕方ない言葉。
それができたら、苦労はしない。
そう私も思った。
人とダークエルフ、その寿命の差はどうやっても覆すことはできない。
いずれ、次郎さんは私たちを置いて天に昇ってしまう。
そう思っていたが、彼は行動して見せた。
特級の精霊であるヴァルス様と契約し、古代の竜の血を取り込み、人を辞めた。
全て計画通りというわけじゃない。
しかし、彼は笑顔で言ってくれた。
『これで一緒にいられるな』
ああ、もう、この人以外に愛することは出来ない。
そう思える。
だから、その一緒にいるという約束を果たす。
後ろに控えているのではない、隣に立って、一緒に歩いていく。
家で待つだけの私はもう終わり。
あの子たちの母親であり続けるのも、きっといい人生だっただろう。
だけど、それだけではだめだ。
あの人の一緒に、という言葉に誇れるように。
「ですから、もうしばらくお付き合いください」
「ええのぉええのぉ、こういう熱い展開は久しぶりに味わうとええものや。して、どうする?魔力の補給を担当しておったトファムは沈んだ。テンプメも粘っておるようだが分が悪い。ワシに戦闘を期待するなよ、筆を振るう以外に才は持ち合わせておらん」
「……ワイッシュ様を投入します」
「ニードではなく、ワイッシュか、なるほど、なるほど、それは奇を衒ってか?」
「それで、相手取れるなら苦労はしません。あの人は止まりません」
いくら訓練しようとも、私と次郎さんの魔力総量の差は歴然だ。
大精霊を使役するにあたって一番問題になるのは、間違いなく魔力です。
最初はトファムによって私に魔力を供給して、大精霊の総攻撃で倒しきる予定でした。
ですが、要のトファムが予想よりも早く倒されてしまった。
であればプランの変更は必須。
残りの魔力から換算すれば、継続可能戦闘時間は、二十分に満たない。
そのわずかな時間で次郎さんを倒すのは正直絶望的。
奇跡に奇跡を重ねて、ようやく可能性が出てくるほどわずかな可能性。
私の取れる札は、残り〝三つ〟。
裁縫の特級精霊ニードはきっと警戒されている。
次郎さんの契約精霊、ヴァルス様が警告しているはずだ。
であれば、警戒されていない大精霊を使うほうが可能性を拾える。
顕現させていた間に貯蓄していた魔力の残りから換算し、最終的な展開を想像し。
「行きます」
そして大精霊の召喚態勢に入る。
大精霊を召喚すると言えば簡単に聞こえるかもしれませんが、本来であれば大掛かりな儀式が必要な上に、消費魔力も桁違いに要求されるもの。
「ニードが拵えたローブ。伊達ではないか」
しかし、省略や軽減する方法がないわけではありません。
それ専用の装備、道具を用いれば召喚の時間を短縮し、召喚の労力を減らすこともできます。
私が新しく用意した装備は、戦うために特化した装備ではなく、召喚に特化した装備。
特に、代用効果を強くした装備。
儀式に必要な陣はこのローブが代用してくれ、召喚に必要な魔力はこの杖に貯めこんだトファムの魔力で確保済み。
召喚儀式の時間はエヴィア様との訓練で身に着けた術式で短縮できる。
本来、大精霊を正式に召喚するために必要な時間は一日。
それを十分以下に短縮できたのは、裁縫の大精霊ニードが作ってくれた装備のおかげ。
「出でよ、清掃の大精霊ワイッシュ!」
「ご用命とあれば、参上いたします。私の清掃場は何処?」
その装備でも多大な魔力を消費して現れたのは、箒を持ったメイドです。
一見すれば小柄で素朴な少女のような容姿ですけど、侮ればただでは済まない。
それが大精霊。
「久しいの、ワイッシュ」
「出たな汚部屋製造精霊」
「あれは汚部屋ではない!!コレクションルームや!!」
「乱雑に積み上げただけの部屋がコレクションルーム?何の冗談?あの時部屋を掃除しに行ったときの私の鳥肌見なかったの?一回脳みそを隅々まで洗ってみる?」
ワイッシュ、清掃に関しては右に出ることはない大精霊です。
この方を見つけられたのは、正直に言って運が良かったと言えます。
ただ、相性の悪い精霊の方が何柱かいらっしゃるのですが……
「その話は後ほど、今は時間がありません」
「了解、その汚部屋製造精霊の洗浄は後回し、で、どこを掃除すればいい?」
「あちらの方の洗浄を」
「……契約者さん、冗談?私、戦闘精霊じゃない」
その組み合わせで召喚してしまったことには少しだけ後悔をしています。
魔力を消費している間もこうやって喧嘩をされてしまったら流石にと口を挟まざるを得ないので。
「あなたならできると思っています。戦う必要はありません。あの方の強化を全て洗浄して無くすことに専念してください」
「ああ、そう言うこと。OK、十五秒でやってみせるよ」
今現在私が召喚しているのは大精霊三体。
異常と言えるような召喚状況。
一体でも疲弊するような方々を三体同時で運用するのは中々骨が折れますね。
私がやってほしいことを理解したワイッシュは、踵を返してあの戦場に向かってくれる。
「ワシもそうだが、契約者さんは本当に使い方が独特や。他の種族はワシたちには見向きもせん。いや、それ本来の使い方には注目しておったが、それ以外のことで使おうとはせんかった」
「きっと私も昔のままでしたらこういう契約の仕方は思いつかなかったでしょうね」
そして次郎さんの目の前に現れた瞬間、箒をふるった。
彼女の特性は完全な掃除、綺麗にすること。
それは穢れを落とすという意味だけではない。
使い方次第では。
「ハハハハ、動きが遅くなったの」
「ええ、次郎さんの脅威はあの驚異的な身体強化と適応力です。竜の血による基本スペックを落とすことはできませんが、術式による強化は削ぐことができます」
相手の強化を打ち消すことができます。
南さん風の言い方をするなら、バフキャンセラーという役割です。
こんな使い方があるのかと思い、なぜ思いつかなかったのかと今では思うような方法です。
私たち魔王軍によくある話ですが、戦う為の力は全て戦う為として考え、生活に使う術は生活に使うという発想になる。
それはそうだ。
戦う用の術は、戦う用に効率化され最適化されている。
一番損のない形で組み上げられた術だ。
そんな術に対して掃除をしたり調理をしたりと、そういう面で活躍している術をわざわざ戦う術に組みこみその効率を落とす必要性を感じなかった。
だけど、こちらの世界の人たちは、その固定観念がなかった。
着眼点として、こういう便利な魔法がないか、こんな便利な魔道具がないかというきっかけを元に、あれは使えないだろうかと模索するのだ。
それは私たちからしたら時に無駄というような時間を浪費することになるのだが、時にアッと言わせるような考えを披露してくれる。
それが良くも悪くも私たちに新たな発想を与えてくれる。
その発想は戦時中では役に立たないと決めつけられていた大精霊であっても、魔王軍の切り札である将軍と才能格差がある私が互角以上に戦えるという実績を造り上げる。
「だが」
「ええ、これでも止まりません」
しかし、それでも次郎さんは止まらない。
一瞬、足場が崩れようが、咄嗟の判断で対処、猛攻撃の中で強化を解除されるなら、解除されないように魔力を過剰に使って対応してくる。
一瞬の隙を作るワイッシュの特性を即座に看破したのだろう。
効果範囲内に入られないように立ち回っている。
これでは、勝ち筋に持っていくことは難しい。
いや。
「ここまでですね」
もう、私の勝ち筋は無くなった。
まだ私に手札があるだろうと踏んだ次郎さんの、次の一手を見た私はこれ以上大精霊を傷つけることを避けるべきだと判断して、送還術を発動し、白い閃光がテンプメとワイッシュを巻き込む前に彼らを送り還すことができた。
「お疲れ様でした」
「ワシらの力が及ばずすまんかった」
「いえ、私の実力不足です」
そして残ったアイに私は頭を下げるが、ここまで大精霊を駆使しても敵わない相手を見たことのない彼は少し悔し気に笑いつつ還っていった。
そして最後に送り還したのを見送ると同時に、私の背後に着地する気配を感じる。
「やっと見つけた」
「ええ、見つかりましたね」
振り返り、負けを受け入れるように私は彼に笑いかけるのであった。
Another side End
今日の一言
喧嘩をしたけど、嫌いになったわけじゃない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




