693 夫婦喧嘩は犬も食わぬとは言うが……
Another side
「エヴィア様、これ、少しやりすぎなのでは?」
「……少し炊きつけ過ぎたか」
目の前の光景を夫婦喧嘩と聞いて、いったいどれくらいの人が信じるだろうかと思いながら今回の暗躍者であるエヴィアにケイリィは問いかける。
自然災害に挑む個人。
傍から見ればそんな景色が繰り広げられている。
自身もそれなりの実力者であると自負しているケイリィからしたら、親友の実力が想像以上にバグってしまったことに若干引いている。
「私はここまでやれと言ってはいないのだがな、正直トファムだけで次郎はスエラの実力を理解して、同行に反対しなくなると踏んでいた」
「ということは、ここまでの展開はスエラの独断、ということで?」
「ふむ、となるとスエラの負けず嫌いが出てきたと言うことか?」
「多分だけど、それに加えて守られるだけの女じゃないってアピールしたい気持ちが暴走したってところね。あの子、たまにとんでもないことしでかすし」
実際、二体目の大精霊テンプメを繰り出した時点でスエラも若干暴走気味になっていると察した。
エヴィア、メモリア、ヒミク、ケイリィと四人で結界の中に避難して戦闘の光景を眺めている。
「溜め込んでいたモノもあるだろう。我慢していたという点で言えば私たちの中でスエラが一番だ」
「否定できませんね」
「ああ」
「そうですよねぇ」
物静か、穏やか、そんな言葉が似合うはずのスエラがまさかの大暴れ。
それを受け止めて、真っ向から戦いを挑める男が一体どれだけいるだろうか。
「不満があったとしたら、それは自分自身へ。ってそれはスエラらしいけど、発散する機会があったとは言え一気に爆発するのはあの子らしくないわね」
それを実現している男が、目の前にいるのだからそれはいい。
しかし、親友としてケイリィはこのぶつかり合いは些かやりすぎだ。
戦う前のやり取りもスエラの態度としては、随分と戦いに傾倒しているような口ぶりだった。
「恐らくだが、スエラは自分の実力を試しているのだろうな」
「ヒミク、どういう意味ですか?」
そこが引っ掛かったが、ヒミクからしたら理由は察しがつくようだ。
腕を組み、賛同できると頷く彼女にメモリアはわからないと首をかしげる。
「エヴィアや私との訓練で相当実力を付けたが、スエラは全ての実力の水準がどの地点かまだ完全に把握しきっていない。あれだけの大精霊をぶつけられる敵もそういないだろう。エヴィアは今身重で全力を出し切ることはできない。私は、そのなんだ。手加減が下手だからな。万が一を考えたらとスエラは考えたのだろう」
「次郎さんなら安心して、全力を出せると?」
「ああ、信用しているのだろう、自分の全力を受け止め切ってくれると。自分の実力を見せることもできて、自分の実力の限界も見極めることができる。一石二鳥というやつだ」
それは戦闘を生業にしない商人だからか。
しかし、ヒミクの説明を聞いて、なるほどと理解はできたようだ。
「エヴィア様、あの子が契約した大精霊って、残りどれくらいいるんですか?次郎君、とんでもない勢いで攻略しているんですけど」
スエラ自身、今の実力を理解はしているが、限界まで絞り切ったことはしていない。
それはぶつけられる相手がいなかったからだ。
戦時中、下手に力を振るって怪我をさせるわけにもいかない。
その点、次郎は頑丈さにおいては一目置かれる存在な上に、スエラよりも格上。
ある意味でちょうどいい相手なのだ。
信頼しているからこそできる荒業。
女性陣からしても、危ない場面がいくつかあるが、対応している次郎を信頼しているのか慌てている様子はない。
「知らん」
「え」
しかし、それはこのエヴィアの一言が出るまでだ。
トファムにテンプメと、一体契約できるだけでも相当凄い大精霊をすでに二体繰り出している。
ここだけでも、ダークエルフとして偉業といってもいい。
だが、エヴィアという悪魔が関わっているなら、もっとすごい精霊が関わっているかもとケイリィは念のために聞いたのだ。
その結果、シレっと「関知していない」との返事が来た。
「私が関与したのはトファムだけだ。テンプメは報告を受けているが、契約出来ているとしか知らん。その時点でまだ時間的猶予があって、スエラは他の心当たりを探ってみると言っていた。だったら私の知らない手札を伏せていると言う可能性は十分にある」
「……あの子の心当たりってもしかしてムイル様?いや、あの子の繋がりならもっと別の方面もあり得るわね」
「そう言えば、私も紹介してほしいと何名か渡し役を頼まれましたね」
「メモリアもか?」
「ええ、精霊とは関係のなさそうな商人の方ですが、今思えば精霊と交渉するときの物品の調達だったかもしれませんね」
子育てをしている最中であっても、コミュニケーションは怠らなかった。
それは次郎を助けるための人脈形成だった。
しかし、今はその人脈を駆使して次郎に牙をむいている。
「何を扱っている商人だった?私、今頭の中ですっごく嫌な想像をしてるんだけど」
「たしか、衣服と洗剤と、あとは絵画ですね」
「あちゃぁ」
その人脈をフル活用して、スエラが契約してきた精霊たちの数をケイリィは頭の中でざっくりと予想していたが、その中でありえそうなラインナップを射止めていそうな商品を手に入れている。
その事実にケイリィは目を覆った。
「心当たりがあるんだな?」
「ありますね。もう、多分、いや、八割がた契約しているんだと予想できる大精霊が三柱ほど」
大精霊が三柱、トファムとテンプメを合わせれば五柱。
個人が契約するにしてはオーバースペック過ぎる数だ。
「最近、個人的な貯金を使って日本で買い物してるなぁって私も思ってたんですよ。たまに私経由で、海外の絵画とか買っていたし、その割には部屋にも飾ってないなぁって思ってましたけど……」
「聞く限り、一体は絵画にまつわる精霊なのか?」
「ちょっと違うよヒミクさん。正確には鑑賞の精霊、絵や美術品を好む大精霊。そうよね、異世界の絵画とか未知の物を好むあの精霊なら、異世界の商品を見せれば契約できる可能性は十分にあるわよね」
「収集癖のある大精霊か。鑑賞に特化していると言うことは」
「はい、見ることに特化した精霊です。未来視とかはできませんが、動体視力や観察眼はとんでもない恩恵を得ることができます。……今思い返すとおかしかったわ。トファムを召喚するまであの濃霧の中でどうやって次郎君の動きを把握したってはなしです。普通に見えないでしょ。でもあの鑑賞の大精霊アイなら」
「それができるのですね」
「ええ、多分だけど、最初に召喚したのも大精霊アイですよ」
その一柱が判明する。
鑑賞の大精霊アイ。
当の精霊は美術品の収集癖のある大精霊であるが、その性能は観察に特化した大精霊。
視覚に多大なる恩恵を与える大精霊だ。
視覚不良系統の魔法が一切合切効かず。
隠密系統の能力も通用しない。
審美眼の究極系が今のスエラには備わっていると言うことだ。
「なるほど、ではメモリアの話していた衣服と洗剤の商人も関係があるのか?」
「……そっちは心当たりがあるだけですけど、もし仮に片方だけじゃなくて二柱いっぺんに契約していたら」
「どうなるんだ?」
「次郎君、負けるかも」
「何?」
それに加えて、まだスエラは特化型の大精霊が二柱契約している可能性を秘めている。
「衣服の方は間違いなく、裁縫の大精霊ニード。針仕事に特化した精霊です。この精霊、厄介なことに大陸を旅していて、比較的会いやすい精霊なんです。ただ、職人気質で個人に縛られるのを嫌う気質なんで今まで契約した人が少なすぎて伝説になるくらいなんです」
「それは知っているな。軍部でもどうにか活用する方法はないかと何度も議題に上がっている。が契約に至ったケースはない。様々な方法でアプローチしていたが……」
片方、衣服の情報から導き出された大精霊は裁縫の大精霊ニード。
ダークエルフだけではなく、民衆にも有名な大精霊。
エヴィア自身も聞いたことがある大精霊だ。
「たぶん、いえ、確実に地球の裁縫技術やファッションを交渉の材料に使ったんでしょうね。衣服の商人であれば、間違いなく大精霊ニードの所在は把握しているでしょうし」
その精霊と契約した方法は、鑑賞の大精霊アイと似たような方法だ。
大精霊は長寿故に、未知という刺激に飢えている。
並大抵の未知では物足りなさを覚えるが、異世界の技術となれば話は別だ。
「しかし、そこまで厄介な精霊なのでしょうか?衣服を作ることに特化していると言うことは、モノづくりの精霊なのですよね?攻撃などができるとはとても」
審査は厳しいが、現実的に超えられるラインになる。
そんな大精霊であるが、能力ゆえに、警戒度は低いのではとメモリアは思う。
「甘いぞメモリア。大精霊クラスの裁縫なら、空間に物体を縫いつけるくらいはやってのけるぞ。それもすれ違いざまの一瞬で」
「……それは」
その認識は誤っているとヒミクは即座に訂正を入れる。
過去、勇者と同行している時、大精霊とともに戦ったこともあれば、相対し戦ったこともある。
その経験上、大精霊と言われる存在は、どれもこれも厄介の一言では済まないくらいに曲者揃いだ。
裁縫という単語を聞いている段階で、やれることを想像したヒミクの言葉に、メモリアの言葉が詰まる。
「加えて言えば、大精霊ニードの服は破れず汚れずがモットー、スエラの防具は下手な防具よりも頑丈で、次郎君の斬撃も防げるかも」
「拘束系としても一級品、加えて職人としても超一級品というわけか」
「そう言うことです」
そのヒミクの予想に付け加えるように、ケイリィが説明すればエヴィアが頷き、その性能の高さに頷く。
要塞のような運用ができる、農業の大精霊トファム。
自身が大雲の姿をして、天候で攻撃ができる、リゾート管理の大精霊テンプメ。
美術品の収集家、観察に特化した、鑑賞の大精霊アイ。
そこに連なる、衣服を作ることに特化した、裁縫の大精霊ニード。
「……見事に戦闘系の大精霊がいないな」
「火の大精霊とか水の大精霊の有名どころ、それも古クラスになるとおおよそ長老衆が抱え込んでいますからねぇ。契約を手放すのは一族として許せないんですよ。スエラが契約しているバルログだって、大精霊の中では若い部類ですし」
そのラインナップを改めて確認すると、見事なまでにこれで戦うのか?と疑問に思うような大精霊ばかり。
ついエヴィアがつぶやいてしまうのもケイリィは理解できてしまう。
全てが古クラスの大精霊なのだからすごいのは理解して、そしてその大精霊を駆使してスエラが、魔王軍の最強格である将軍の一人と互角に渡り合っている。
そもそもの話、大精霊と契約すること自体が、難しいというのを忘れがちになる。
「そもそも、いくら得意だからって大精霊とこれだけ契約できるスエラがおかしいんです。普通は契約の代価でとんでもないことになるんですよ?それを」
「異世界の知識、それ一つで解決した。トファムもそうだ。奴との契約の条件は、安住の地。異世界で安全に暮らせる土地の提供だ。猶予期間は三百年。その間に用意する。それが条件だ。私が橋渡しになった時は、地球の動画を見せた」
しかし、その根底を覆す条件を今の魔王軍は提示できる。
これが時代の転換期と言われる世界との交流と言われる所以なのだろう。
今日の一言
夫婦喧嘩は外から見ると、関りを持ちにくくなる
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




