691 もし、大切な人とぶつかり合うなら自分のために相手のことを考えろ
いかに防御を硬くしようが、結局のところ微細なほころびはある。
俺はその綻びに魔力を通して、鉱樹で一気に割断する手段を得意とする。
要は、分子レベルで魔力を通せるのだ。
だからこそ、俺の斬撃を防ぎたいなら、それと同様の分子レベルの魔力操作で防ぐしかない。
教官以上のレベルになるとそれに加えて、概念的な防御も混ぜてくるからさらに攻略難易度は跳ね上がる。
しかし、この大樹の防御は単純な分厚さを誇る結界だけ。
防御としては優秀だが、それだけで防げると思われているのならば笑止千万。
瞬く間に縦に切り裂き、返す刃で横にも一閃。
十文字で切り裂かれた結界は綻び、崩壊し、俺が通れる道が出来上がる。
「本命登場ってか!!」
そのまま地面に着地するタイミングで、黒い影が空を覆う。
見上げると、多椀の黒い精霊が拳を振り上げて来た。
炎と影の多重属性の精霊。
バルログ。
今までの流れであれば、これがスエラの切り札のはず。
「こいつは物理的な攻撃が効きにくいんだよなぁ」
この精霊の特徴は、炎と影、実態が不安定な存在の属性の複合存在だと言うこと。
攻撃するときは物理的なダメージを生み出す癖に、防御になるとその実態のなさを最大限に利用して体を通り抜けさせる。
だけど、そんな存在に対してもしっかりと対処方法は存在する。
「ただ、概念攻撃ばかりは効くんだよな」
それは概念攻撃。
俺の場合は斬ると言う概念を刃に浸透させ、万物を切り裂く刃を作り出すことだ。
この概念攻撃は、物理的、魔法的そして精神的にありとあらゆる分野に効果を及ぼす。
俺の斬撃特化の概念攻撃は、いわば斬れないものまで切ってしまう。
最大硬度の鉱物だろうが切り裂き、切ったように見えない水であっても、一度切ったらそこに境目ができる。
概念攻撃の事細かい術の話はできない。
なにせこれは『自分の思念を魔力化し、それを物理的干渉できる影響力を及ぼす』というファンタジー世界ではよくある、センスを求められる理論的には説明のできない理不尽の代表格と言えるような技術だ。
使える輩の方が少ないし、使えたとしても一人、多くても片手で足りる程度だ。
だからこそ、魔王軍の中では究極技術として語られる。
戦う者の到達点と言われる。
だからこそ、斬撃という概念攻撃は万物の物を切り裂くという理不尽を押し付ける。
例え、実体がなく、瞬く間に回復するような精霊であっても。
「逆に実体がないから斬りやすい。そういう例も存在する」
概念攻撃を防げなければ、その自慢の腕も瞬く間に切り落とされる。
正しく理不尽、概念攻撃を防ぐ方法は少ない。
その中でオーソドックスな防御手段は拒絶の意思を付与した魔力で防ぐこと。
意思には意思をぶつけるように、概念には概念をぶつけるしかない。
しかしバルログにはそれができなく、再生するはずの腕が再生しないということに戸惑い後ずさる。
怪物を見るような視線で精霊から見られる。
契約者である主人を守るために、立ち向かう意思に怯えが混じる。
しかし、その恐怖を打ち消し、残りの体躯を駆使して俺を倒そうとする。
「お前は、すげぇよ。勝てないとわかってもわずかな勝機を掴もうとするんだから」
スエラを守ろうとする意志、確かに受け取った。
だからこそ、こっちも全身全霊で受け取り、バルログの体を切り飛ばす。
そして限界が来たバルログは消えた。
死んだわけじゃない、限界を迎えて精霊界に帰っただけ、しばらくの間眠り、回復するのを待つだけだ。
消え去るバルログに心の底から称賛を送る。
「さてと、本命に挑むとするか」
数秒だけ立ち止まった後に、そっと本命に目を向け駆け出す。
もう俺を遮る障害はない。
この刃が、大樹の幹に傷をつける。
そう思った。
「何?」
だが、結果は違った。
斬れると思っていた。
そこに疑いを持っていなかった。
俺の剣は間違いなく、この大樹の幹を切断する。
そう確信していた。
ゾワッと嫌な予感がして、受け止められたと認識した瞬間、咄嗟に後ろに飛び退く。
そこに着弾する精霊からの魔法。
絨毯爆撃のように躱されることや防がれることを考慮して面で制圧してきた。
「魔法は斬れる。俺の斬撃が無効化されたというわけじゃない」
その飛んできた魔法を俺は切り裂いて生存権を確保する。
一か所に留まれば、地面も味方につけたスエラによって包囲攻撃を敢行され、こちらの体力と魔力を削られる。
空中を駆けて、出来るだけ一か所にとどまらないように心がけ、大樹を観察する。
概念攻撃が通用しない。
いや、防がれた。
となると相手も概念に関する防御を持っている。
それもかなり防御力が高い手段。
「硬い物体にぶつかった感触はしなかった。いきなり固定されたかのような感触……空間系の術式?」
斬ろうした俺の鉱樹のスピードは刹那にも勝る。
その斬撃を見極め、白刃取りをされたかのような感触。
その関係から想像されたのは、ヴァルスさんと一緒の空間系の魔法を使う精霊かと思った。
この世界を変えるかのような所業。
空間を操作できるのは想像できた。
だが、同時に俺の勘は微妙に違うと煮え切らないようなことを連想させる。
「どっちにしろ、何度も切りつければわかるか」
これだけの大精霊を召喚している時点で、スエラの魔力的負担を想像するに難くない。
勝負は短期決戦。
それに持ち込もうとしているような気はするが、こっちもそれは願ったりかなったりだ。
であるなら。
「ヴァルス」
「はぁい!最近呼び出し多いわねぇって、あらあら、随分と懐かしい顔がいるわねぇ」
こっちも戦力の出し惜しみはしない。
ヴァルスさんを召喚して、こっちも時空系列に対抗しつつ接近戦を繰り出す。
「接近して斬りかかる、サポートしながらあの精霊の説明を頼む」
「はいはい、精霊使いの荒い契約者よね。あなた」
文句を言いつつ、しっかりとサポートしてくれる頼れる精霊。
白蛇の頭に乗るヴァルスさん。
その乗り物である白蛇の体で木々を覆うように動き始めているが、相手も精霊、その動きに対応している。
次元結界で時空間ごと遮られてしまえば白蛇にただの木が触れることはできない。
「っ、やはり斬れんか」
「無駄無駄、あの子に普通の斬撃をぶつけるなんて正気の沙汰じゃないわよ。あの子、攻撃力は皆無だけど、防御に関しては私でも攻略するの大変なんだから。でも、どうやって契約したのかしら?この子、争いごとには首を突っ込まないタイプなのに……」
攻撃の隙をついて、俺は接近し鉱樹を振るって再度大樹に攻撃するが同じように防がれる。
「説明頼む」
「はいはい、接近してると他の子たちからの攻撃が鬱陶しいから下がりながら説明するわよ。あなたもこっちに来て手伝いなさい」
「わかった」
それにダメ出しをされ、他の手段を講じなさいと言われれば、仕方ないと飛退き、白蛇の頭に着地する。
移動する白蛇の頭の上で、魔法を迎撃しつつ、大樹から視線を切らない。
「あの子の名前はトファム、古の精霊ね。私たちの後輩よ」
「後輩って、特級ではないのか?」
「あの子の場合は準特級ってやつかしらね?年季で言えば私たちと大して変わらないんだけど、見ての通り攻撃能力がほぼないのよ。能力も農作業特化のような物ばかりだし」
「なに?あれで戦闘系じゃないのか?俺はてっきりダークエルフの秘伝の砦みたいな立場の精霊かと思ったぞ」
さっきから多数の精霊をその大木の影に隠し、堂々と佇まうすがたは要塞とかそういうのが似合いそうだが、ヴァルスさんの説明では、あれは戦闘用ではなく農作業に特化した精霊。
「万物鍛えて極めればなんだって応用できるのよ。精霊だって色々いるのよ?針仕事が得意な特級精霊なんて子もいるくらいよ。ちなみに針仕事の特級精霊と契約した子と戦う時は気を付けなさいよ?私もあの子とは戦いたくないから」
「ヴァルスさんが戦いたくないって……」
「相性が悪いのよ、あの子次元を縫いつけるなんて荒業ができるから私の術式も効果が出にくいのよ」
「……もう、何でも有りだな」
「あの子自体は服作りが好きなかわいい子なんだけどねぇ。自分が作った服とか汚されたら本気で怒るのよって、話が逸れたわね。目の前で戦ってるトファムもそれと同じって感じかしら。特技は畑を耕したり、水を浄化する事よ」
「それがなんで俺の斬撃を防げるような防御力を持つことに繋がるんだよ」
「バカね、あの子の姿見て見なさい。植物よ?自分で栄養豊富な大地を作って栄養吸ってって成長すれば肉体改造位わけないじゃない。攻撃を捨てて防御に特化すればあれくらいのことはできるわ。あなたが切れないのは単純に実力不足、年季の違いよ」
「……数千年クラスで鍛え上げた肉体ってわけかよ。それで次元すら切り裂ける俺の斬撃を防げるって」
しかも、年季だけで言えばイスアル創世記に生まれた精霊。
残存している古の精霊の中では若輩であるが、精霊の中では間違いなく古参だ。
「それだけじゃないわよ。あの子食物を育てることが優秀だから色々と狙われることが多かったのよ。そのせいで色々と拗らせちゃって、争いごとから身を守るために、時間をかけて概念防御を高めてるの。おまけに、あの子自体が魔力を生み出せるような神獣と同じことができるの。だからあの子だけなら、世界が崩壊しても自力で小さな世界くらいは作って耐えきるわよ?」
「すなわち、俺が切るにはその世界崩壊レベルの斬撃を生み出さないと無理ってことか?」
「そう、契約したら逆に魔力供給してくれるような子だから、完全に持久戦向きの精霊なの。ほらあそこ、枝に果物が生えてるでしょ?あれ一つで人間だったら三日は生きられるような栄養を出すわよ」
「自給自足の能力が高すぎるだろ!?」
その古参の精霊の枝には多数の果実が実っており、その一つ一つに潤沢な魔力と栄養が含まれているようで、完全食のような物らしい。
農業特化の精霊の極致を見たような気がする。
農業の極致は自給自足で誰にも干渉されない生活環境を整える。
それを体現した精霊が敵になったと考えると本当に厄介だ。
短期決戦を仕掛けることが逆に首を絞めているとは……
いや、逆を返せばこのまま持久戦しても勝てる可能性はほぼゼロ。
「ちなみに、前に切った神の塔とあの精霊だとどっちが耐久値は高い?」
「トファムね」
「ど畜生!!だよな!!切れてねぇ時点でお察しだよ!!」
おまけに、天照どころがアメノヌボコですら貫ける可能性が乏しい。
「弱点は?」
「攻撃力がほぼゼロってところね、精々できるのは毒草とか育ててその花粉で体の異常を生み出すことかしら?あとは今やってる植物のツタで拘束することくらいね。油断して捕まらないようにね?質量で押してきて雁字搦めにしてくるから」
社長なら貫く手段を持っているかもしれない。
いや、正確には俺にもある。
「聞き方を間違えた。防御面での弱点は?」
「ないわね。私が知る限り、あの防御を貫いたのはいないわ。だってあの子太陽神の攻撃すら耐えきって見せたのよ?」
「面倒って言ってた手段は?」
「私の手段は、自分の次元に引きずり込んで時間停止を仕掛けて粉々に砕く方法よ。ちなみにそれをやるのに、あなたの魔力が千回くらい枯渇するほど搾り取らないと無理だけどやってみる?」
「死ぬから遠慮しておく」
それをしないとダメのか?
今日の一言
相手のことを考えれば見えてくることもある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




