表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
703/800

690 改めて考える必要がある。

 

 最近の俺って、結構な戦闘狂になっている気がしていた。

 強敵と戦うことに対してワクワクしているし、恐怖心という名のレーダーで相手の攻撃を感知した時なんて感動すらした。


 一般人から完全に逸脱した思考。


 戦闘民族としてしっかりと教育を施された俺。


 そんな俺でも、戦いを楽しく感じない物があるとは。


 鎧を着こみ、魔力を滾らし、鉱樹の握り具合を確認する。


 装備の不良はない。

 体調もさっき確認したばかりだから問題ない。


 〝良いのか?〟

「ああ」

 〝我が斬れば、あの娘死ぬぞ〟

「そうならないことを祈る」


 相棒の鉱樹も切れ味に問題はない。


 唯一不調を訴えかけるとしたら、俺の心だけだ。


 だが、同時に期待している自分もいる。


「入社した時とは、立場が逆になったな」

「はい、あの時は次郎さんが私に挑んできました。ですが、今は」


 新調したローブを翻し、杖を構えるスエラ。


「私が挑戦者です」


 教官に鍛えられるよりも前は、彼女に相手をしてもらい、ずっと一方的にあしらわれていた。


 そんな彼女が俺に挑む。


「手加減は無用です」

「そうか……」

「はい、むしろ手加減をしたら嫌いになります」

「……」


 そして全力を所望している。

 なら、俺はその期待に応えるしかない。


「相棒」

 〝……承知〟


 スエラを傷つけたくない。

 そんな、優しさは一時的に封印だ。


 いざとなれば、ヒミクとエヴィアが止めてくれることを祈る。


 鉱樹の柄から根が伸び、俺の腕に絡みつき、魔力循環が始まる。


「竜血を流せ」

 〝応〟


 そして、古代竜の血が体を巡る。


 すでに人を辞めている俺にとって、それを取り込むことに嫌悪感はない。


 ドクンと心臓が高鳴る。


 体が段々と、温まる。


 魔力の質がどんどん上がっていく。


 着々と全力を出す準備を俺が整えていくのをスエラは黙って見ている。


 それは俺に有利に傾く行為だというのにだ。


 彼女の本領である精霊召喚をせず、あくまで俺を迎撃する構え。


 何か準備をしているのだろう。

 何か策があるのだろう。


 スエラが無策で俺に挑むほど無謀というのは考慮しない。


 何かあるというのを前提で。


「行くぞ」

「いつでも」


 全力で……


「遅い」


 踏み潰す!


「っ!?」


 体調が万全で魔力も準備できた俺の踏み込みは、教官たちですら身構えないと迎撃できない。

 高速を通り越し、神速の領域に踏み込み瞬きすら必要ない時間で、あっという間にスエラを切り捨てることができる間合いに入った。


 だらんと垂らしていた鉱樹を逆袈裟切りで振り抜く。


 目だけ見開き、間合いに踏み込んだ俺と目が合う。


 普通なら、この間合いに踏み込まれた後衛はなすすべもなく切り捨てられるのが通例。


 だが。


「精霊か」


 切り捨てたスエラは、幻想のように霧となり、消える。


 なるほど、やはり準備していたか、攻撃を準備している間。

 いや、もっと前か、下手をすればこの部屋に入った段階で準備していた可能性がある。


 さっき体調を確認していた訓練施設は、切り捨てた精霊によって濃霧に包まれる。


「魔力濃度もかなり濃い。視界と魔力探知を封じて来たか」


 一メートル先も見えないほどの濃霧。

 頼みの綱の魔力探知は濃い魔力によって使い物にならない。


 なんか所か怪しい気配は感じているけど、スエラの位置を擬装している精霊であるのは何となくわかる。


 デコイか。


「うん、これくらいなら」


 なめているわけじゃないんだろうが、それでも。


「何とかなる」


 違和感を探り当てるくらいはできる。


「まずは、相手の戦力を削る」


 いかに魔力や視界を封じようとも。


「もう少し、敵意を隠せ」


 相手の攻撃の意思までは隠すことはできない。

 ピリッとした突き刺すような感覚が首筋に走って、それを感じると同時に体は動き獣のような前傾姿勢となり、考えるよりも先にスタートを切っていた。


「一つ」


 霧の先、一足一刀の間合いに入り込んだ風の矢を放った狩人をまずは切り捨て。


「二つ」


 その攻撃を囮にし、そこで罠を張っていた蜘蛛のような精霊も続いて切り捨てる。


「そっちか」


 次はどこかと考えるよりも、わずかに動いた気配を感じ取る。

 霧の中を素早く動く気配。


 そっちに向けて魔力の斬撃を飛ばす。


 それによってある程度の霧は晴れる。


 それによって輪郭は見えた。

 二本の長い耳を動かす、兎のようなシルエット。


 こっちに何かメガホンのような物を向けて攻撃をしようとしている。


 迎撃するかと考えたが、この濃い魔力の霧の中でもより一層感じ取れるほどの魔力。


 そっちは囮で、本命はそこで待機しているやつか。


「大魔法か」


 そっちに魔力の刃を飛ばすが、弾かれる。

 俺の攻撃を防ぐことができるほどの防御力を持っている相手。


 大型の輪郭を映す影。

 大きく用意されている魔法に水の魔力を感じる。


 しかし、それを撃たれても切り捨てることはできる。

 なら、そっちは後回しでいい。


 気になるのは横っ飛びで動いている兎のようなシルエットをもつ精霊の方、奴は大きな笛を構えこっちに向けて噴き出す。


「うるせぇ、音ってのはな」


 それは強大な音波になり、俺の鼓膜を刺激する。

 これは聴覚を奪う算段か。


「こうやるんだよ!!」


 なら、それはそのまま返礼する。


「すぅ、キエイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 魔力と喉をふんだんに使った竜叫。


 相手の笛の音を巻き込み、衝撃波で兎の精霊は吹き飛び、霧の中に潜む精霊の動きも止める。


 そして上段に鉱樹を構えて、霧の中を突進する。


「なるほど、亀の精霊は初めて見る」


 チャージ段階で完全ではない水のブレスを吐き出そうとしている亀の首を切り捨てる。


 甲羅に引っ込もうとするよりも俺の剣速の方が早い。


「三つ」


 消え去った精霊を横目に、霧の中に避難しようとしている兎の精霊を放置。


 代わりに、地を這うような音を拾う。

 さっきの兎の攻撃で耳が多少バカになっているが、それでもこの音を拾うことは難しくはなかった。


「四つ」


 地をギリギリ這って走って来た大ムカデの精霊。


 それを縦に切り捨て、向こう側に還す。


 霧を使った奇襲作戦。


 ここまで怒涛に攻め込んでいるが、相当魔力を消耗しているはず。


 だが、闇雲に攻めてくるのはスエラらしくない。


 まだ何かあるか。


 いや、むしろスエラの性格を考慮して慎重に動くことを強いている?


 そうだとしたら。


「もう少し、ギアを上げるか」


 正面突破こそ最短経路の可能性がある。


「装衣魔法」


 まずは、この厄介な霧をどうにかする。

 精霊によって生み出された霧は消すには少々厄介だが、出来ないわけじゃない。


 手早く雷の魔法を纏い、鉱樹を帯電させる。


「建御雷」


 広範囲放出型の雷魔法。


 これなら、こっちに寄ってくる精霊ごと消し飛ばすことができる。


「ハッ」


 そして、その予想通り霧は晴れ、俺の視界は回復する。


 その濃霧の先に現れた景色につい、俺は笑みを浮かべてしまった。


「驚いた、ああ、驚いた」


 さっきまで平坦であったはずの訓練所。

 その平坦な空間に巨大な物体が出現していた。


「一体全体、どういうからくりなんだろうなぁ」


 三体の精霊を切り捨てるまでの時間は一分もかかっていないはず。


 その間、ずっと魔力探知や気配探知を繰り返して大きい動きは見逃さないように注意を払っていたはず。


 それなのにも関わらず、スエラは俺の目と鼻の先でそれを生み出して見せた。


「差し詰め、大樹の砦と言ったところか」


 樹齢何年かと考えるのも馬鹿らしくなるほどの巨大な樹木。


 これがただの木であれば感動の一言で済むのだが、その樹木の中にいる精霊の気配の数がエグイ。


「カハハハ、こっちの世界じゃ夫婦げんかも命がけだな」


 十や二十じゃない。

 百でもすまない。


 精霊の世界の軍隊でも引っ張って来たのかと思うくらい、とてつもない精霊の気配を感じる。


 しかも、その精霊の質も最低でも中位存在の気配。


 中には少しヤバいと感じさせるスエラの切り札のバルログクラスの精霊もちらほらと混じっている。


 だが、間違いなく一番ヤバいのはこの大樹だ。


 この大樹自体が、ヴァルスさんと同じ気配を感じる。

 気配と言っても、魔力とかではなく、なんとなく感じる危機感と言った感じのあやふやな感覚だ。


 しかし、かなりその気配読みは重要で、その勘に近い感覚が目の前の大樹が特級であることを知らせる。


 特級精霊を呼び出せるほどの魔力がスエラにあったか、実力を加味しつつ。


 様子を見るかと一瞬考えるが。


「正面こそ、活路がある」


 それではだめだと、嫌な予感が囁き俺は踏み込む覚悟を決める。


「加具土命」


 木には炎。

 安直であるが、成果としては最低限の効果を見込める火属性を選択し、鉱樹の刀身を焔が包み込むと同時に前に駆け出す。


 大樹との距離は目測二百メートル。


 今の俺なら、数秒もあれば走破できる距離。


 何もないなら、そのまま鉱樹を幹に叩き込むつもりだったが。


「足場が!?」


 一歩踏み込んだ時、一気にぬかるみに変化するのに気づき、魔力を足の裏に回して咄嗟に前に飛び込む。


「いや、違う。空間掌握か!?」


 さっきまで硬かった地面が、あっという間に土に変わった。

 最初は精霊の力で、地面を変化させたかと思ったが、それは違うと周囲の雰囲気を見て理解する。


 訓練施設の空間をすべて覆うように、光の膜が広がって、その膜の中に世界が広がる。


 大自然をイメージさせる大森林。

 幼木の芽が、生えてきたと思ったら瞬く間に大木へと変容する。


 自分の有利な空間を生成する。


 精霊。


 その分野だけでもかなり厄介だ。


 生えてくる過程で、俺のことを拘束してくる樹木を切り、焼き払うが、俺の炎を消しながらも成長する木々。


 生えてくる木の耐久度は普通の木と同じくらいだ。

 一枚の紙を切り裂くのと何ら変わりない労力で切り捨てることはできる。


 だが、それ以外、成長能力という点では群を抜いている。


 数十倍、いや数百倍の速度で成長している。


 そして。


「っ、毒か」


 やはり来たか。

 竜の血で耐久面を上げているが、それは絶対ではない。


 木々が放出する花粉、これを意図的に出している。


 そこから考えられるのは、毒。

 麻痺、睡眠、かゆみ、効果は浴びてみればわかるが、それを浴びることによるデメリットの方がでかい。


「ならば」


 であれば、全てを燃やすだけのこと。


「解放」


 加具土命の全火力をもってして、辺り一帯の木々を焼き払う。


「火之加具土命焦土」


 文字通り焼け野原にする豪焔の波を横薙ぎと同時に体を回転させ、全方位に放つ。


 ただの炎であるならその成長する木々に邪魔される。


 だが、俺の魔力を含んだ炎は、見た目以上の熱と効果を持つ。


 瞬く間に木々は消し炭となり、俺の周りは黒い大地で染め上げられるのだが。


「……」


 本体である大樹には傷一つつかない。


 炎を防ぎ切ったのは精霊たちの防御魔法かそれとも大樹の効果か。


 多種多様の精霊がいるから炎に対して対処しやすかったのか。


 頭を回転させ、思考を研ぎすます。邪魔がいなくなったことで、今度は泥に足を取られないように一足で大樹に跳びかかる。


 空中でも方向転換はできる状態で、今度はどんな手段を講じてくるか。


「多重結界か」


 迎撃に出てくるかと、一瞬思ったが大樹が行ったのは防御。


 見るからに分厚い結界を何層も展開して、俺の進路を防ぎにかかってくる。


「そんなもので俺が止まると思ったか!!」


 その結界の強度は知らないが、事、切ることに関して魔王軍で右に出る者はいないと自負している俺は、その結界を何層も一気に真っ二つにするのであった。



 今日の一言

 全力でぶつかり合う必要ってあると思う。




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ