689 例えぶつかってでも話し合う必要がある時がくる
あの場は流れ的にも空気的にもそのまま解散と行きたいところであった。
「それじゃ、次の話になるけど今のダンジョンの稼働状況と、消耗具合の報告をするわよ」
しかし、話はスエラの現場復帰と出張の同道の話だけではない。
人王として管理しているエリアと日本との交渉分野に関して俺は統括する立場だ。
その話をないがしろにするわけにはいかない。
場所を移動して、嫁たちと一緒に仕事の話に移る。
普段だったら、引き締めつつ居心地のいい空気が流れるのだが、俺もスエラも、そしてケイリィやメモリア、ヒミク、エヴィアと全員が仕事モードで場を凌ごうとしているのがわかっている故に空気はよろしくない。
だからと言って、ここで私情を持ち出すようなこともできない。
それを承知で、ケイリィは話題を変えた。
用意していた資料を持ち出して、それを配って話を進めようとしている。
「思ったよりも消耗が多いな。報告は聞いていたが……特に食料関係。キオ教官の作戦で配給をしているからか?」
「それだけじゃなくて、他の将軍たちにも配っている分も予想よりも多いのよ。一応想定内になっているからいいけど、このペースで増えるとあまりよろしくはないわね」
戦争というのは金食い虫だ。
それを的確に表現するように見せられた資料は今の空気をより一層重くするには十分すぎる内容だった。
しかし、ここで溜息をつくことはできない。
「教官たちの動きが落ち着けば、この消耗ももう少し緩やかなになるはずだ。今はできるだけ補給物資を途切らせないようにするしかない。備蓄する量を五パーセント減らして分配の方に回せば当面はしのげるはずだ。あと、監査の方に人員を増員してくれ。絶対に横領が出るはずだ。ここでそんなことを許したらいくら後方支援が潤沢だと言っても限界が来る」
「そっちの方は、エヴィア様とアミリ様に協力してもらってるわ。すでに過剰請求で問題になっている貴族が数名逮捕、前線送りになってるわよ」
仕事上の立場としての態度を貫かないといけない。
それを理解しているからか、スエラもあれから何も言わず、黙々と資料の内容を精査している。
喧嘩らしい喧嘩をしたことがないから、この空気がかなり居心地が悪い。
居心地が悪くなっている原因がわかっているがゆえに、解決策も模索できないでいる。
互いに譲れない部分が重なってしまった故に不幸と言えばいいのだろう。
「次郎さん、先ほどの備蓄量の減少は賛成ですが、今後のことを考慮するならもう少しパーセントを減らした方が良いと思います」
「具体的には?」
「三パーセントで大丈夫かと」
「……わかった。それで頼む」
「はい」
ギスギスとした雰囲気がどうも拭えない。
理解し、納得しないといけないのがわかっている。
時間が解決してくれるかと、現実逃避したくもなる。
けれども。
「メモリア、トリス商会で確認できてる限りでいいんだが物価上昇はどんな感じだ?」
「現状は軽い上昇傾向と言ったところでしょうか。戦争と言うことで物資不足が予測されて、商人たちが備蓄に走っているので物流が加速して値上がりが起きています。次郎さんが戦時物資を提供してくれているため、このままいけば買い手のいない在庫を抱えることになると気づき、物資の値崩れが起きると予想しているがのトリス商会の見解です」
「そっちは、予想通りか。戦場の物資を市場から巻き上げてしまった市民が敵に回るなんてことだけは回避しないといけないからな」
その手だけはダメだと、理解している。
仕事をしている時が一番気楽だと思う日が来るとは思わなかった。
出来るだけ平静を装い。
仕事の話を続ける。
並行して、この空気の改善を模索するなんて何やってんだ俺は。
普段のやり取りだったら、もう少し和やかな空気が流れているとない物ねだりをしている。
「そちらに関してはご安心を、食料供給に関しては細心の注意を払っております。さらに日本からの流入品を見せ札にして商人たちの動きをある程度制御することにも成功しています」
メモリアもヒミクも、普段通りの立ち振る舞いを心掛けてくれているが、どことなくぎこちなさが残る。
エヴィアはこれに関しては静観している。
自分がきっかけであっても、こればかりはエヴィアが仲裁しては俺もスエラにも遺恨が残るとわかっているからだ。
上司として必要な伝達事項を伝えた。
彼女のやったことはそれだ。
組織として必要なことをしたまでだ。
「そうか、引き続き物流の監視を頼む。ヒミク、周辺で不審者は上がっていないな?」
「うむ、私の周りでは少なくともない。エヴィアの監視をくぐりぬけている奴がそう簡単に尻尾を出すとは思えんが、それでも確認できる範囲は不審人物に心当たりはない」
それに不満を持つなら組織を抜けるしかない。
それが嫌なら我慢か、結果を示すかの二択。
俺たちは残留を選んでいる。
だとしたら、俺とスエラの中で解決するしかない。
「それならよかった、変なことを頼んで悪かったな」
「気にするな。私としても生活圏に変な輩に入られたら気分が悪い。今の状況、誰が敵で誰が味方かしっかりと線引きする必要があるからな」
仕事の話を進めて、しっかりと頭の中に情報が入ってくる。
しかし、集中力に関してはスエラのことが気になって分散しているのも理解している。
「現状、俺たちの陣営はかなり注目を浴びている。新規の派閥で注目を集めているという点があるが、場合によってはどこの派閥に所属してもおかしくないと風見鶏のような立場として見られている風体もある」
だからと言って、現状の認識を間違えるわけにもいかない。
俺たちの陣営はハッキリと魔王派閥を明言しているにもかかわらず、多種多様の誘い文句をかけられる。
それは有体に言えば舐められている。
武力的に見れば、俺が突出しているだけでそれ以外は御しやすいと思われている。
絶対的な脅威と見られていないのだ。
場合によっては自陣営に引き込める可能性を秘めている。
そう認識されている。
「はっきりと言って、俺たちが陣営を鞍替えするつもりはない。義を見失った陣営の末路は最悪だ。相手が義を欠くまで俺たちはこの陣営で踏ん張る。それは変わらない」
「今の勢力図をひっくり返す起点としても見られているからな。お前の考えを部下に周知しておくのは悪い判断ではない。だが、過信はするな。将軍は皆、魔王様に一定の忠誠を誓ってはいるが、心酔はしていない。自分が正しいと思えば、それぞれ行動を起こす。それだけは忘れるな」
ハッキリ言って、それはよろしくない。
そして、そう思われても仕方ない。
現状、スエラという弱点を露呈している。
女というのは男にとって古今東西弱点として扱われる。
俺もその例に洩れなかったと言うことだ。
最悪人質にとられでもしたら、弱体化するのは目に見えている。
仮に非情に徹し、スエラを切り捨てるような未来があれば、心が歪む。
それくらい、この場にいる女性たちは俺にとってウィークポイントになっている。
その心情もあってか、彼女たちには安全な場所にいてほしいと思ってしまっているのだろう。
「忠告感謝する。そこら辺の見極めは難しいが……結果を出すまでだな」
「ああ、ここで善処すると言っていたら叩きのめしていたところだ。あとは……」
それができない現状まで来てしまっている。
ならば、俺も覚悟を決める他ない。
エヴィアの意味深な視線に俺も頷く。
このまま会議を終わらせるなという視線。
ロクな解決策が思いついていない現状で、俺ができる最善手。
どうするつもりだというエヴィアの視線に従って。
俺はスエラに視線を向ける。
俺の視線にスエラは緊張して、体を強張らせる。
普段の彼女であればそんなことはしない。
俺の視線の種類を考えれば仕方ない。
なにせ、ここから始まるのは一世一代のバカな考えだ。
「スエラ」
「はい」
「俺は君の意見を尊重したいと考えている。だけど、それにも限度はある」
「わかっています」
「今回の話が、俺の尊重するラインを越えているのはわかっているよな?」
「はい、それを承知しています。あなたの願い、あなたの優しさを理解したうえで、私はあなたの側であなたを支えたい」
「俺は頼りないか?」
「いいえ、あなたはしっかりと約束を守ってくれる人です」
きっと、俺の表情は能面のように無表情だろう。
感情を削ぎ落し、これから言おうとしていることのバカさ加減に耐える準備をしている。
「けれど、あなたに守ら続けられるのもつらいことをあなたは理解すべきです。子供という守るべき存在がいるのは理解しています。これはわがままです。未来の景色で、あなたが欠けるのを恐れている。心が弱い女のわがままです」
「そうか」
スエラの言っていることは、理解も納得できる言葉だった。
誰かの無事を待つことの辛さ。
何もできないという位置で待ち続けるという心を削る行為。
それがどれほどつらいか、いや、スエラはずっと待ち続けて来た。
子供を身ごもってくれたあの日から、ずっと。
笑顔で俺が帰ってくるのを待ち続けてくれた。
しかし、それにも我慢の限界がある。
いい加減にしろと、何度心配させれば気が済むのだと。
心配させるくらいなら隣で監視してやる。
そう言うことだろう。
ああ、ごもっとも。
まったくもって理解するしかない理由だ。
それをダメだと、頭ごなしに否定するのは違う。
前に教官に心配させるなと、注意されたばかりなのに、まったく成長していない。
「なら、互いに納得するまでヤルか?」
愛すべき人に向ける闘気ではない。
だけど、これくらいの闘気に…
「望むところです」
怖気づく女ではない。
将軍位として全力の覇気。
ヒミクですら、咄嗟に構えを取るくらいに本気の闘気をスエラに向ける。
それに対して、スエラはその言葉を待っていたと言わんばかりに、スッと立ち上がる。
「次郎さんは勘違いしているようですが、私は守られるだけのか弱い女ではないですよ」
「そうだな、スエラは強い女だ。だけどな、そんな女性であっても守りたいって思うのが男心なんだよ」
この程度じゃ引かないのはわかっていたが、わずかな可能性もなくなった。
そうなったら俺も、覚悟を決める。
ゆっくりと立ち上がり、そして正面から向き合う。
「付き合ってから色々と迷惑をかけ続けてきたが、こうやって正面切って喧嘩したことってあったかな」
「ありませんね。思い出せる限りですが、心当たりはありません」
今すぐ始まりそうな、雰囲気ではあるが互いに始めるつもりはない。
「それなら良かった」
「ええ、出来ればそういう関係をこれからもずっと続けていきたいです」
やるならば徹底的に。
そんな共通の認識が生まれ、俺とスエラは同時に魔法を発動させる。
それは簡易転移魔法、主な用途は。
「始める前に言っておきたい。始まる前も、そして終わった後も俺はお前を愛している」
「ええ、私もです次郎さん。あの時からずっと、そしてこれが終わった後もあなたを愛します」
装備交換。
俺の衣服は瞬く間に鎧に変わり、右手には相棒である鉱樹が握られる。
スエラの服もスーツから、見たことのないローブに変わり、手には杖と短剣が握られている。
愛の告白を交わした俺たちは、ゆっくりと歩き出し、移動を始めるのであった。
今日の一言
譲れない一線というのは存在する。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




