479 業務日誌 北宮香恋編 三
「時間外労働反対でござる!!サービス残業反対!!」
「大丈夫なのかい?」
「いつものことだから問題ないわ」
襟首掴んで引きずってきた結果、起こった南の反対運動。
神崎を待たせていた訓練室についた途端に別の方向でやる気を見せてきたわね。
わざわざ魔法で看板を作ってそれっぽく見せている仕草は本気でストライキを起こしているように見える。
実際、その効果は南の行動に慣れていない神崎たちには効果的で大丈夫なのかと不安になっている。
まあ、普通はそういうリアクションになるわよね。
「いつものことって」
「いつものことよ。南、そろそろふざけるの止めないと次は山手線で各駅ブティック巡りの刑よ」
「さぁて、拙者頑張っちゃうぞ♪」
「「「「「……」」」」」
けれどそれはあくまで慣れていない相手限定ね。
私から見ると、南のこの行動はじゃれてきているだけだと知っている。
だからこそ対応の仕方も知っているが、そのおかげで真面目に訓練に付き合ってくれるのかこいつと不安視されている。
神崎から二度目の大丈夫なのかと視線で聞かれている。
それに対する答えは溜息であるが。
「それでそれで、どれくらいまで全力を出せばいいんでござる?」
ルンルンと少し楽しみ始めた南を見て、先にそっちの方を確認すべきかと思った。
「神崎、今あなたたちが攻略している階層はどれくらいだったかしら」
「今は、樹王のダンジョンが中層付近少し手前、竜王のダンジョンもう少し浅い場所だね。鬼王は40層にいかないくらいで、機王は30層、不死王のところは街を突破してダンジョンに入ったところ、巨人王のところはすまないがあまり潜れていないんだ」
「んーそれくらいでござるか。北宮、これ拙者たちと戦うよりはそれに合わせてデスマーチしたほうが効率的だと思うのは拙者だけでござる?」
「気持ちはわかるけど、止めなさい」
神崎から確認したところ、私たちよりもだいぶ手前といったところ。
レベル差で言うなら倍以上離れているといった感じか。
南の言う通り、確実に強くするなら次元室使ってデスマーチによるパワーレベリングするのが一番早い。
パワーレベリングと聞くと聞こえは悪いかもしれないけど、強い敵に対してなんとか勝てるレベルに調整した戦いを私たちが補佐しながら戦うのだから相応の実力はつく。
だけど延々と出てくる敵に対して精神が持つかどうかは話は別。
私たちの場合次郎さんという規格外と。
「えー、絶対にそっちの方がいいに決まってるでござるよ。対人スキルよりも、この仕事なら対モンスタースキルの方が必須でござる」
不満を垂れるこの南がいるのだから。
普段だったら一番最初に脱落してもおかしくない南は、次郎さんを除けば、あのデスマーチに一番適応していた。
本人曰く、楽しいことなら無限にできるということ。
モンスターを倒す感覚がゲームをしている感覚と似ているという理由で楽しめるという。
『VRゲームだと思えば体はついてくるでござる』
と昔言っていた。
そんなわけあるかと、デスマーチ後の疲労困憊の状態で堂々と胸を張っている南に言い放った記憶は忘れもしない。
「北宮」
「あ、ごめんなさいね。少し、訓練に関して考えてて」
少し南と話し込みすぎたようだ。
時間も有限だし、このままいくと訓練時間も少なくなってしまう。
神崎に謝り、最初の予定通り私と神崎のパーティが戦うという方針を取ろうとした。
「そのデスマーチという方法は確かに強くなれるのかい?」
「……ええ、まぁ。強くはなれるわよ」
けど、少し深刻そうに考え込みながら口にした神崎の言葉で方針が変わりそうな雰囲気を感じた。
隣の南は、ワクワクと楽しそうに笑みを浮かべているだけど。
「北宮」
「何?」
そして数秒の思考の末に答えを出した神崎は。
「私は大学を卒業したらこの会社に就職するつもりだ。担当の人にもそう伝えてある」
「そう、それで?」
「だから、私は少しでも強くなってここで地位を確立させたいと思っている」
少し考えこんでいたけど、それにしてはハッキリと意志を感じさせる目を向けて来るわね。
やりたいという意思と、どうしたいかが明確にわかっているというのなら話は早い。
「つまりは、多少厳しくなったとしても強くなりたいということね?」
「そう言うことになる」
予想していた言葉を腕を組みつつ、聞いてみれば神崎は頷いて同意する。
「北宮が言っている、デスマーチという手段で私たちが強くなれるなら、やらせてほしい」
「やらせてほしいって簡単に言うけど、あなたたちは良いの?言っておくけど、自分の意思でやらないとあの訓練は抜けられないわよ」
何度か体験していたからこそわかる。
時間制限があるということは逆に言えば時間が来るまでは、設定された数と強さを持つモンスターが延々と吐き出され続けるというのは想像している厳しい環境だということ。
加えて時間制限も短いとは言い難い訓練内容だ。
この訓練の一番重要なところは、体力や魔力が底をつき始めたところから始まる。
いかにして最小限の力で最大効率の戦い方をマスターするか、その一点に尽きる。
「私たちもこの会社に入るつもりなんです!!」
「恵さんと一緒だったらきっとこの先でも頑張れます」
「それに、このパーティーだったらもっと先に行けるような気もするし」
そのことを意識して攻略しなければ早々に終わってしまう。
この子たちはそのことを理解しているのだろうか。
「良いじゃないでござるか北宮」
「南」
「この人たちもやる気はあるわけででござるし、何より我らがリーダーは言ってたでござる。習うより慣れろって」
「多分次郎さんもそう言う意味で言ったわけじゃないと思うわよ。それとなんでやる気のなかったあなたがやる気になってるのよ」
「いやぁ、やると決まればグダグダと言わないのが拙者の長所でござるよ?」
「嘘言いなさい」
このやる気をそのまま根こそぎへし折らないかと心配になるけど、南の言う通りでもある。
少々、南の言動に気にならないことがないわけでもないけど、仕方ないと言えば仕方ない。
「はぁ、あとで後悔しても知らないからね」
結局のところ私たちでサポートしてやればいいかと思うことにして、会社内で使う用のスマホを取り出してアプリを起動する。
「次元室の空きは、あるわね。申請しておくから移動するわよ」
「すまないな」
「良いわよ、あなたたちが役に立てば自然と私たちの仕事も減るわけだしね」
最近社内で、書類を使わずこうやって近代化させて色々と手続きが楽になってくれたのはありがたい。
魔法を使いながらこうやって日本と同じようにアプリが使えるのもいいなと思いつつ、この後すぐに次元室が使えるということで、そのまま移動。
「北宮北宮、設定の方は拙者が」
「あなたがやると、きつい設定になるから却下よ」
「なんででござるか〜」
次元室をあまり使ったことのない神崎に配慮して、制限時間は三時間ほど。
主に出現するモンスターは、鬼王のダンジョンと樹王のダンジョン。
戦い慣れているだろうと思うし、初めてのデスマーチにはちょうどいい。
難易度は、神崎たちの攻略階層のプラス三階層程度、だけど発生頻度は五割増し程度で申請を出せば、すぐに申請を受諾したことのメッセージが帰ってくる。
「ほらほら、ふてくされてないで行くわよ」
「はいでござるよ〜」
「わかった」
少しやる気がそがれても、きちんとついてくる辺り根が真面目なんだなと最近段々と南の性格を掴み始めていた。
聞き分けがいいなと思いはしたが、たまにはそう言う日があるのだろうとこの時は思っていた。
だけど、それは私の勘違いだったようだ。
「南!あなた設定いじったでしょう!!」
到着した次元室でさっそく私は怒鳴り声をあげてしまった。
私が設定した者には絶対に出ないはずの竜種が前衛で頑張る神崎のパーティーに襲い掛かろうとしている。
「さぁて、何のことでござる?」
「私が設定した申請に竜種は入れてなかったのよ!!それに、遠距離使用のゴーレムなんてもの入れてるわけがないでしょう!!」
その竜の強さは少なくとも神崎たちが単体で相手取るにはレベルがかけ離れすぎている。
すかさず援護を入れて、氷漬けにするけど、数が多いからさっきから魔力の消費が激しい。
相手の構成は竜種にゴーレム、さらに加えて。
「三時の方向からゴースト八、九時の方向からゴースト七、上空からワイバーン三でござる。前衛はそのまま竜種を抑えて、北宮は三時の方向と上空、神崎は九時の方向のゴーストの迎撃」
アンデットも混ざっている所為で、物理攻撃が効きにくい相手が混じって、さらに魔力の消費が激しくなっている。
「わかったわよ!」
「わかった」
「は、はい!!」
神崎のところのパーティー構成は、前衛に転換した魔法盾と呼ばれる職業の女の子が二人、回復役が一人に弓をメインとしたオールラウンダーの神崎という四人構成。
魔法盾。
魔力障壁と、物理シールド、この二つを駆使して相手の攻撃を防ぎながら、魔力消費の少ない初級、中級で牽制し時には倒すことを考える固定砲台みたいな立ち位置だ。
属性は土と水、防御と妨害に趣を置いているような感じね。
一人が土属性で物理的な防御や、穴を掘ったり、棘を生やして歩行の妨害、もう一人は水をうまく使って霧を発生させたり、地面をぬかるませたりして移動を阻害している。
そこを神崎の攻撃で仕留める。
回復役の子は前衛の回復に専念しているから、盾が突破されない限りは安定して攻略できるってわけね。
「ったく、南、バフとデバフの管理しっかりしなさいよ」
だけど、基本的に待ちの姿勢であるがために防御力は高いけど、殲滅能力には欠ける。
安定性を重視したがゆえに、攻撃力が乏しいように感じる。
この編成なら、最低でも後衛は三人は欲しい。
それも一人は大魔法クラスを連発できるタイプの魔法使い。
アミーみたいな子がいれば解決しそうなんだけど。
今それを強請っている暇はない。
「わかっているでござるよ。はい次、八時の方向ゴーレムの砲撃隊が来たでござるよ。神崎迎撃」
「わ、わかった」
このパーティーの要は、南だ。
悔しいが、こういった状況把握は南はうちのパーティーのなかでは随一と言って良い。
私が目算した次元室の攻略難易度も、もっとギリギリに設定できたと証明すると言わんばかりに、必要最低限のサポートでこの難易度を攻略して見せている。
的確な強化魔法に、妨害魔法。
さらには索敵と、情報共有。
次郎さんという規格外もいなければ、アミーみたいにずば抜けた魔力保持者もいない。
さらには呼吸を合わせることが楽な勝君や海堂先輩がいるわけでもない。
普段よりも力が劣るパーティーで、ここまで善戦させるとは。
「北宮」
「何?」
チラリと視線を向けただけで、それだけの成果をいつもの脱力させるような笑顔を維持しながらやって見せる南はやはり才能があると思っていると、その当人から話しかけられる。
「もう少し魔法を控えるでござるよ、これじゃ、この人たちの訓練にならないでござる」
「っわかったわよ」
終いには、私が攻撃しすぎだと指摘される始末。
本当に、こいつはやる気があるときはしっかりと結果を示すからたちが悪い。
その指示に従うのは良くも悪くも私が南のことを信用しているからだ。
無理矢理引っ張って来たのも、この子が神崎たちにいい影響を与えてくれるとどこか期待していたからだろう。
私が魔法攻撃を控えめにしたことによって、前衛の子の負担は増える。
目の前に大きな竜がいるというのに、本当に大丈夫かと思わなくはないけど。
「このぉ!」
片方の女の子が全力で竜を押しとどめ。
「せいやぁ!!!」
反対側の子が飛び出てきた竜の首に水の刃を這わせ傷を与えていた。
「イタっ」
「大丈夫!?治すよ!!」
傷付けられた竜が暴れた際に、飛んできた礫が当たりけがをしたみたいだけど、すかさず治療が飛ぶ。
「……すごいわね」
神崎がゴーレムを迎撃しながらでもしっかりと前線を保っている姿に北宮は驚きの言葉を漏らしている。
「むふふふ、北宮は過保護すぎるんでござるよ。この子たちは伸びるでござるよ」
「そうね、少し反省するわ」
「まぁ、拙者としては北宮のやり方も悪くはないと思うでござるよ」
その成果をドヤ顔で自慢してくる南の顔を殴りたくなったが、結果を出しているのでまぁいっかと怒りの矛を収める。
「どういう意味よ?」
「拙者のやり方は良くも悪くもその人のやる気次第でござるよ。やる気がなかったらこんなこと成功するはずがないでござる。多分でござるが、最初に北宮が全力でサポートしてくれていたからあの子たちも頑張ろうって気持ちになったんでござるよ」
「なに、あなたが私のことを持ち上げるなんて、明日は雨ね」
「いやぁ、拙者としては次の日曜日辺りに土砂降りなってほしいと願っているんでござるが」
「そんな曜日指定ができるような天気聞いたことがないわね」
「残念でござる」
どういう風の吹き回しか、持ち上げてくる南に少し笑いつつ。
「そ、れ、に、デザートは最後に取っておくものでござるよ」
「は?何か言った?」
「別にー」
結局のところ、無理矢理訓練に参加させられた南の仕返しに最後の五分で出てくる巨大モンスター相手に全力を使わせられたのであった。
しかし、それを倒したあとになぜか、神崎のパーティーの子にお姉様と呼ばれるようになってしまった。
今日の一言
ちょっとした気遣いはやはり大事です。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




