480 業務日誌 北宮香恋編 四
チックタックと時計の針の音が、今、私の耳に響く。
神崎たちの訓練に付き合った後は、自分自身の訓練。
私の才能は、平均以上とは言われているけど、それでも私以上の人はいる。
身近な人で言えば次郎さん。
戦闘能力という面では、ダンジョンテスターでは断トツのトップ。
南も私より魔法に関しては才能がある。
他にも教官たちに、ヒミクさんにシィクさんにミィクさんたち天使。
社長に会ったときは実力の壁というのをまざまざと見せつけられた感じだ。
努力で覆せるとは思いたいけど、覆すための努力が生半可ではない。
それを自覚しているから、私はこうやって、神崎たちとの合同訓練が終わり、さらにパーティーでの訓練も終わらせてから一人ダンジョンに入った。
さっきから聞こえるのは左手にしている腕時計の秒針の音。
神経を集中させ、そして周囲を警戒し続けるからこそ、そんなわずかな音まで聞こえてくる。
魔法使い一人でダンジョンに挑む。
それも私の中では魔法使いで戦うには苦しいと考えている竜王のダンジョンに挑んでいる。
周囲には氷で串刺しにされたり、凍らされて粉々にしたモンスターたちが魔素に帰っていいく。
「ふぅ、もう少し行けるかしら」
ドロップアイテムをマジックバッグに放り込んで、次の戦いを求めてゆっくりと歩き出す。
ダンジョンの入り口付近の浅い箇所と言っても、竜王のダンジョンは力のバランスがバラバラで奥に行けば行くほど強力になるという傾向はあるけど、だからと言って浅い場所が弱い敵しかないないというわけではない。
「そう言っている傍から来たわね」
空を旋回するワイバーンの群れ。
一頭や二頭の話ではなく、鴉の群れかと言いたくなるほどの数が空を覆っている。
冷静にされど、苛烈に。
「先制をあげるつもりはないわよ」
そしてそのワイバーンの群れもただのワイバーンでないのが、すぐにわかった。
特徴的な放電現象。
雷の属性の魔力を持っているワイバーンとなれば、雷翼竜と呼ばれるワイバーンの上位種だ。
通常のワイバーンはブレスを吐きださないけど、こいつらは竜よりも威力が低いけどブレスを吐く。
さっと被っていた帽子の位置を直して、対空迎撃に移りつつ、周囲の警戒を怠らない。
一人で戦っているときは、常に全方位警戒。
正面の敵ばかりに気を取られていると横からあっという間に攻撃されて終わる。
一度、経験し、それ以降も何度か経験したことのあるダンジョン内での疑似的な死は自分に教訓を与えると同時に、得も言われぬ嫌悪感を与えてくれる。
しかし、私は、私が思っていたよりも負けず嫌いだったようで。
生き残ったのだから次は負けないと奮起させることができる。
自分のことだけど、ずいぶんと前向きだなと思いつつ、魔法の詠唱を開始。
その魔法詠唱に気づき、空の奴らは攻撃を仕掛けてくるけど。
「はい、釣れたわね」
それが本命ではないのはわかっている。
急旋回から急降下。
この仕草が示すのは。
「地面の方か、横穴からだと思ってたけど、大当たりね」
空以外の方向からの襲撃。
ダンジョン内のモンスターというのは頭がいい。
魔法使いという職業が近接戦に弱いということを基本的に理解している。
だからこそ遠距離戦よりも近距離戦を相手が選ぶように立ち回る傾向が強い。
今回もそうだ。
注意を目立つワイバーンがいる空に向けておいて、そして攻撃するそぶりを見せた途端に地面から奇襲。
それもこれは穴を掘り進めるのではなく、地面に潜んだ箇所の上に来たら襲い掛かるタイプの奇襲。
掘り進めるという行為は少なからず地面が揺れる。
それが直前までなかったことから、そのタイプで間違いない。
「でも、もう少し魔力の隠蔽に力を入れなさいね」
だけど、それに対応できないとはさすがに言えない。
魔法使いという職業をやればやるほど、弱点というのは露見してくる。
次郎さんや海堂さんという前衛よりも撃たれ弱いという自覚はある。
機動力、パワーと言った方面で後れを取る。
魔法使いは基本的に魔力関係の能力が伸びやすい職業だ。
長所を伸ばせば短所が出来上がる。
だからこそ、魔法使いの体術、近接術のノウハウというのも相応に蓄積される。
弱点という分野を放置できるのはよほどの才能がある者だけ。
放置するのは得策ではないと知ればきちんと対応はできる。
勤勉さはこういった面でも活躍できる。
地面から飛び出してきた大口を開いて私を食べようとしてくるトカゲのようなドラゴン。
鋭い牙、大きな口。
噛みつかれれば、只では済まないのはわかっている。
「でないと、あっさりと私程度に迎撃されるわよ」
だけど来るとわかっていればいくらでも対応はできる。
そっとステップを踏み、噛みつきがからぶるのを横目に、腹部が見えた瞬間。
掌で用意していた魔法をゼロ距離で放つ。
近接戦と聞くと殴ったり、蹴ったり、剣で切ったり、槍で突いたりという印象が先走るが、こうやってゼロ距離で魔法を使うことも立派な接近戦よね。
最初に次郎さんの奥さんであるスエラさんにこの戦い方を聞いた時に、は?って思わず聞き返してしまった。
詠唱の偽装、詠唱省略、遅延詠唱。
様々な技術こそ必要であるが、修めてしまえば、躱してカウンターで魔法を叩き込むことも容易にできるようになる。
スエラさんは杖をメイン武器にしているけど、本当だったら杖で叩いたり突いたりするのは下策らしい。
それ専用に改造されたウエポンロッドだったらいいらしいけど、ほとんどのモンスターは耐久性を誇っているから、突くなら槍、叩くならメイスやハンマーと言った武器の方が効率的と教えてくれた。
魔法の威力をあげたり、魔法の消費魔力を抑えたりしている杖は装飾にそう言った術式を入れているので欠損が起きたらそれだけで杖としての性能が下がってしまう。
だからこそ本来であれば攻撃を杖で受けることは良くない。
だから、魔法使いにはそれ専用の接近術というものが存在している。
魔法使いには筋力は必要最低限でいいとスエラさんに教えられた理由はこれだ。
ズドンと私の隣で、腹部から氷の棘が生え、息絶えた竜が魔素へと帰っていく。
最小限の威力で、最大の効果を。
超近接戦になれば、魔法の狙いを定めずとも、発動してしまえばほぼほぼ必中になる。
体格差のある相手だろうが、魔法と言う技術はそれを覆せる威力を秘める。
流石に次郎さんのような相手に、今の様な綺麗なカウンターを決めることは無理だけど、いずれそうなりたいと思う。
「さて、次ね」
この自主練を始めたのはだいぶ前からだけど、ここまで気合が入ったのはまた別の理由がある。
あの日、あの時。
次郎さんがキオ教官と死闘を演じ、そして勝利した瞬間。
私は鳥肌が立った。
ぞわぞわっと何かが走り、そしてゾクリと興奮した感覚は今でも忘れない。
長距離で仕留められる魔法使いのメリットを封印してまで、空から降りてきたライトニングワイバーンを近接魔法で倒そうとしているのは、その興奮した景色に少しでも近づくため。
負けず嫌いって自覚はあったけど、ここまで変なことに挑戦しようとしたのは自分でもたまに呆れてしまう。
「はぁ、はぁ」
苦手な近接戦を克服するためにはこの方法が一番。
そして、苦手距離を克服できれば、私はまた一歩前に進める。
神経を集中させ、限りなく周囲を警戒し、自分が定めた距離限定で魔法を発動させ続ける。
意識するのは自分の動き。
最小限の動きで、最大の成果を。
そして、その行動に囚われ過ぎない様に気を配って、全力でモンスターたちの猛攻を防ぐ。
サイドステップで躱せないなら、上に飛んでワイバーンを踏み台にする。
踏み台にして跳びあがった先にワイバーンの牙が待ち受けていたならその口に氷を打ち込み、そのまま魔法障壁で横に受け流す。
遠くでブレスを吐きだそうとしている個体がいたなら、すぐに群れの中に突っ込んで同士討ちを誘う。
遠距離で撃ち続けることがパーティーで多い私だけど、こうやって一人で戦うようになってから、見えてくることが多いのに気づかされる。
近接戦闘を学んでから、次郎さんや海堂さん、そしてアミーや勝君にどうやったら的確に援護できるか。
サイドステップを刻みながら、次郎さんならどう動く、海堂さんならどう動く。
と、考え実行し、パーティーメンバーの動きを、自分の動きに最適化して落とし込めば自然と動きは良くなる。
勉強に次ぐ勉強。
見て、学んで、やる。
たったこれだけの要素だというのに、行動を起こしてみればこの結果だ。
最初は、才能がないのではと思うくらいに失敗続きだった。
攻撃は躱せないし、躱せたとしてもすぐに魔法を放つこともできなかった。
こんな近距離で戦うことなんて怖かったし、なんなら必要性も感じなかった。
だけど、遠距離から魔法だけで仕留め続けられることなんて、こんな乱戦になりやすいダンジョン内ではほぼない。
身を守るためだけなら防御魔法だけで事足りると思えたのは、パーティーの人がいたから。
耐えていれば助けが来る。
そんな状況でいられたからだ。
けれど、今はそう言ってられない。
どんどんと変わっていく状況、魔法使いでも近接戦は必須だと教えてくれる環境。
それを受け入れることができた私の成長。
「はぁ、はぁ、終わった」
その成果が出たことに、ふぅっと安堵のため息を吐ける。
結果的にライトニングワイバーンの群れを自分で決めた範囲で仕留め切ることができたが。
「流石に次郎さんみたいにはいかないか」
時間もかけすぎだし、何より思ったよりも体力を消費してしまった。
結果的には勝てたとしても、一歩間違えればあの牙に体を貫かれて終わっただろう。
自己採点はギリギリ赤点を超えたあたり。
満足のいく結果では決してないけど、ちょっと前までは得意な距離でしか戦っていなかったことを考えると、十分な進歩だと思うことにする。
「……成果も十分だし、今日は上がろうかしら」
ダンジョンに入って三時間。
午後の訓練も相まってそろそろ上がった方がいいと体が疲労を訴えてきた。
帰りも襲われることを考えて、さらに後でメモリアさんのところに素材を売ることも考えると、それなりの金額を稼ぎ出せたことに満足して、そっと出口に向かって歩き出す。
周囲を警戒しながら歩いていくこと三十分ほど。
襲われることはなかったけど、それでも周囲から敵意を向けられる空間を進んできたことは疲労に繋がった。
「……」
ゲートからいつものフロアに戻り、そして安全だと自覚して大きなため息を一回こぼす。
腕時計を見れば、時間は夜の八時を過ぎたころ。
「少し、長居しすぎたかしら」
魔力のおかげで、疲れこそ感じているが問題はない。
けれど、最近自主練の時間が増えているなと、スケジュールの調整をしないと。
この仕事を本職にしている次郎さんたちはともかく、私はまだ大学生の身。
付き合いもあれば、レポートもある。
やることは多いと、パーティールームにあるシャワーを浴びて帰ろうかと思ってパーティールームに向かったら。
「あら、アミーまだ帰っていなかったのね」
「あ、カレンちゃん!!」
意外なことに、パーティールームに人がいた。
大きなテーブルで教科書を開き、うんうんと唸りながら勉強をしていたようだ。
「勉強?」
「うん、もうすぐ中間テストなノ」
「へー、そう言えばアミーは進路とかどうするの?大学進学?」
「Yes!!前までは、お金の関係で難しかったけどこの仕事のおかげでそれも心配ないから!」
「まぁ、確かにここの稼ぎだったら医学部でも入学できそうね」
アミーの大学受験に自分の時はどうだったかなと、懐かしく思いながらそっと教科書を見てみると、数学の式が書かれているのが見える。
「あ、ここの計算間違ってるわよ」
「え!?ドコ!?」
「ここ、計算ミスね」
そしてざっと見た時にふとアミーが計算ミスをしているのに気づく。
指摘するとびっくりした様子でノートの見直しを始める。
そっと間違っているところを指さしてやれば、良いリアクションを返して危ない危ないと慌てて直していく姿がかわいらしい。
彼女と一緒に働くようになって、色々と一緒に行動するようになって、一人っ子の私からしたらもう妹のようなものだと思うようになったのはいつからか。
「あ」
だからだろう。
机の脇に置かれていたスマホが鳴り、その着信画面をみたアミーがちょっと顔を曇らせたのを見て。
「どうしたの?」
とシャワーを後回しにしてつい聞いてしまった。
「うーん、とね」
快活なアミーにしては歯切れの悪い返答。
言うか言わないか迷っている。
『北宮は過保護すぎるんでござるよ』
今日言われた南の言葉に一瞬これ以上は突っ込むのは良くないかと戸惑うけど。
『拙者としては北宮のやり方も悪くはないと思うでござるよ』
同時に同じ人物に肯定もされているので、その迷いは一瞬。
「話せるなら話してみなさい。一人で悩んで解決できる方が珍しいんだから」
「うん、あのね」
そして自分らしくと思って行動した結果。
「合コンって、どうすればいいのかナ?」
「え?」
こんな相談をされるとは思わなかった。
今日の一言
慣れないことは慣らす
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




