416 変化の兆し、吉兆かそれとも
フシオ教官の言っていた内容が気にならないかと言われれば、気になると思いつつも、そればかり気にしていいわけではない。
役職持ちである俺が出張している間にも課長としての仕事は溜まっているので、優先順位的にそちらを処理せざるを得ない。
「消耗品は問題ないが………新人たちの攻略層が深くなってきてるからか出費がかさんで来たなぁ」
なので、さっきの話は頭の片隅に止め今は通常業務に精を出す。
  
「仕方ないわよ。あなたみたいな出鱈目な性能を持ってる人がそう簡単にいてたまるかって話よ。むしろこれが普通よ普通。しっかり回復職も混ぜてるから安く収まってる部類よ」
書類片手に、すでに部署内では秘書的なポジションに収まりつつあるケイリィさんの指摘に経費報告書の決裁印を押しつつ、そんなものかと納得する。
席に座ったら、はい、溜まってた仕事とかなりの重量を連想させる音を響かせて書類の山が置かれたときは眩暈がしそうになった。
だが、その光景に気負って負けていてはこの会社では働けない。
いまはその辺は気にせず迅速に書類を処理している。
ペラペラと書類を見て決済印を押しつつ内容をしっかりと確認すれば部署内現状が見えてくる。
一個一個の消耗品の消費は少ないが、数を揃えればそれなりの額には届く。
しかしメモリアの店でまとめ買いしているおかげで言うほど高額な出費になっているわけでもなく、あっさりと決裁印を押せるのは目くじら立てるほどの事ではないと分かっているからだ。
「ん~攻略には個人差が出てくるが、地味にイシャンが抜けた穴は大きかったか………」
「そうね。彼、なんだかんだで器用だったし、対応能力が高かったから改めて確認すると戦力的には重要な位置にいたのがわかるわね」
しかし、ダンジョン攻略に関しての消耗品の増加理由が戦力低下だと言う事実がちらほらと見受けられるのがいただけない。
手に持つ書類はイシャンがいたパーティーの攻略記録。
ダンジョンの奥に進むにつれ、ダメージ比率が上がり、消耗品の消費が上がっている。
反比例のグラフのように戦闘時での消耗品の数値が上がり、攻略速度が下がっているのだ。
「再編が必要かねぇ?」
芳しくない数値。
本来であればダンジョン内の改善を報告するべき報告書の内容が薄くなっているのも考え物だ。
その悪循環が始まりそうな兆候を立て直せるか?と疑問を呈する。
加えて現状日本政府との交渉中のため新規のテスターが補充される見込みはない。
人員補給はしばらく先の話になる。
そのおかげで三課は悲惨な目にあっていると言えるのだが、決して俺たち一課も万全というわけではない。
「良くない状況であるけど、まだ大丈夫と言えば大丈夫よ。けれど私はテコ入れするなら早めにしておいた方がいいって思うけど」
その数値が芳しくないと思うのは俺だけではなくその書類を持ってきたケイリィさんも同様のことを思っていた。
しかし。
「………」
現在我が社は国家間の繋がりを得るか得ないかの瀬戸際。
あそこまでの交渉をやったのだから国交は結ぶ方向に傾くはずだ。
それがわかっている段階。
しかし公にはできない情報。
「加藤たちから浜松を抜いて、一旦休養と言う名の訓練に回して復帰後は片桐たちに合流させてバランスを取るか。復帰しなかったらイシャンが抜けた穴はしばらくは様子見で現状維持。もし、足踏みが続くようなら対応するって形でいいだろう」
しばらくの間テスターの補充が見込めない以上、現状の人材で仕事を進める他ない。
早めにリクルートが回復すればこちらの方に手を打てる策ができるはず。
それを見込んでの妥協案。
「随分と消極的ね。私としては不死王様や鬼王様に協力を仰いでもいいと思うけど?」
「今は戦後復興で二人とも忙しいだろ。流石にその合間に訓練を頼むのはな」
「あのお二方ならストレス発散って理由だけで来てくれそうだけど」
「違いない。なんなら手当の申請しますのでケイリィさん訓練教官やります?」
「冗談言わないで、今も結構手いっぱいだってのにこれ以上仕事を増やしてたまるもんですか」
「そいつは残念」
そんな現状故にどこも猫の手を借りたいほどの忙しさ。
これで、さらに神殿関係ともコネクションを作らないといけないと聞いたらケイリィさんはどう思うんだろうかと、思い至ったのならこの際に聞いておいた方がいいだろう。
「そう言えばケイリィさんは神殿って知っています?」
「そりゃぁ、私たちが崇めている神様の住まわれている場所ですもの、知らない方がおかしいわよ」
当たり障りのない質問からの派生。
書類を回収して立ち去ろうとするケイリィさんを呼び止める形で放った質問なのだが、彼女は何を今更という若干呆れたような表情で聞き返してきた。
「いや、今度そっち方面で繋がりを作らないといけないかもしれないのでどんな組織なのかなって」
「どんな組織って………ああ、次郎君はこっちの世界の宗教とかあまり知らないモノね。それに日本と比べるとだいぶ違うし」
「そう言うことです」
ケイリィさんたちからしたら常識に当てはまる内容であるが俺にとってはまだ無知な部分の多い領域。
聞くは一時の恥、聞かぬはってやつだ。
「知らない状況よりも前知識があった方がいいと思って、簡単でいいから教えてくれませんか?」
「精霊信仰の根強いダークエルフの私に聞く?まぁ、常識的な範囲でいいかしら?」
「ええ、お願いします」
そんな俺の願いを詳しくはないけどと前置きして彼女は教えてくれる。
もし、この質問が日本の神様の宴会のためと言えばいったいどんな表情をしたか。
「なんか変なこと考えた?」
「いえ?」
そんな余計なことを察知したケイリィさんの勘の良さに、表情には出さないように驚きつつ先を促す。
「そう?………えっと神殿に関してだったわね。あそこは政と関係を一切断っている治外法権的な組織ね。一種の独立国家とも言えそうだけど」
些か疑問が残ったようだが、追及する手間を考えて深くは追及してこなかった。
そんなケイリィさんであった。
「独立国家?そんなのがあの大陸に存在するんですね」
そしてしばし説明することを考えた後出てきた言葉は独立国家と宗教分野においてはありそうではあるが、あの群雄割拠な国を武力で統制する風潮の世界でそれが成り立つのかと素直に思う。
もしかしたら一大武闘派組織だったりするのか?
頭の中にムキムキマッチョな武闘派僧侶が集まる神殿を思いうかべる。
頭は全員剥げていて、ザ・世紀末的なやつだ。
無駄に筋肉ゴリゴリな集団を連想してしまう。
「ん~、なんていうのかなぁ。あそこだけ国の中でも別枠って言うか。そこだけで完結してると言うか………自然とそうなったと言うか………とにかく気づいたら独立してたと言うか………説明が難しいのよ」
しかし、俺の素朴な疑問は的を射てなかったようで、なにやら事情がある様子。
「それで問題はないのよ。別に国を統治しようとしたりするわけでもないし、一つの種族を弾圧するわけでもないし、お布施を求めてるわけでもないし」
「?」
そしてケイリィさんの説明に俺の頭に疑問符が浮かぶ。
独立国家と聞いて、なんらかの関りがうちの会社の基である魔王軍にあると思ったのだが金銭による援助と言ったものもない様子。
「かと言って、昔何代目かの魔王様がその組織を吸収しようとしたら返り討ちにあったとかで亡くなられたこともあったみたいだし。うちとしては、ある意味で付かず離れずの距離感で接していることが多い組織なの。ルイーナ様を祀ってられるから祭事の際とかは依頼したり、種族によってはそこの場所が聖地にされて巡礼に出る信心深い人もいるのよ」
「………聞いた限りだと純粋な宗教組織みたいに聞こえますね」
「そうね、魔王軍の大半はルイーナ様を信仰しているから過激な布教活動もないし、派閥争いでの権力争いもないって聞くわね」
なんとも平和な組織だな。
生臭坊主どもが地位を占領し、好き勝手にやると言うのがファンタジー小説とかでのお約束なのだが聞いてる限りではその様子はない。
「少なくとも表向きは、ね」
そんな組織との接触なら何ら問題ないだろうと踏んでいたが、左右を見回し誰もいないことを確認したケイリィさんはそっと顔を寄せて耳を貸せとジェスチャーを送ってくる。
その行為に逆らう必要もないので、そっと体を乗り出し次の言葉を待つと何やら不穏な言葉を放ってきた。
「………裏があると?」
「むしろ、組織を作って変な噂が立たないわけないでしょ。うちだって表向きはいい顔してるけど、隠し事なんて一つや二つじゃ収まらないわよ。証拠がないだけで、噂なんて掃いて捨てるほどあるわ。それなら、歴代の魔王様が統治している長さよりも長くある組織に黒い噂がたたないと思ってるの?」
そう言われてしまえば、自然と思わないと思うしかない。
実情、噂に信憑性は確認しなければ皆無と言っていい。
しかし、火のない所に煙は立たぬとも言う。
ケイリィさんがこう言わしめるほどの何かがその神殿に存在すると言うのだろう。
深淵を覗く者はまた深淵に見られるとも言う。
しかし、聞かないと言う選択肢がない俺は、ちらりと周囲を見回し気配を探り、こちらに注意を向けている人がいないことを確認したあとに先を促すような視線をケイリィさんに送る。
「噂は色々あるけど、その中で長く根強く続く噂があるのよ。嘘か本当かまではわからないけど、神殿が私たちの大陸を維持するために生贄を求めているって話ね」
「生贄?」
「ええ、それも高魔力適正の子供ばかり。無垢な魂を生贄にしてルイーナ様の力を維持してるとかなんとか」
「………」
ありえそうな話ではある。
実際、地球でも永遠の若さとかを求めてとか、悪魔の贄にとか子供が犠牲になる話は事欠かない。
「実際に孤児たちがそこに送られているって話も聞くし、神殿も孤児を受け入れているわ」
「慈善活動って可能性もあるだろうし、労働力を求めてって可能性もあるのでは?」
「神殿に入った子供は誰一人出てこないとしても?」
しかし、そういった噂話は尾ひれ背びれ引っ付けて勝手に泳ぎだしたりするものだ。
これから接触するだろう組織を前にして、極力嫌な可能性と先入観は潰しておきたい身として否定の言葉をつづるもあっさりケイリィさんは根拠を投じてくる。
「………調査とかはしていないのか?」
「あそこは神の住居よ?できるわけないわよ。私たちのトップである魔王様ですらおいそれと触れられない不可侵の領域。それに下手に神の怒りに触れたら大変なことになるのは目に見えているわ。私たちは住処である大陸を抑えられているのよ?強気にいけると思う?」
「無理ですね」
「ええ、そもそもダンジョンを形成しているコアも神殿産よ。あなたのところのお嫁さんであるヒミクさんがダンジョンコアと接続できたのも、系統は違うけど神の使徒ってことで適性があったからよ。協力関係であり脅威でもない神殿と事を構える魔王様の方が珍しいわ」
だから噂の真実を確かめることもできず、噂だけが残る。
「生贄の話も年間に十人も満たない親のない子供ばかりだそうよ。魔力適正も将軍になりうるような秘めた力を持っているかどうかも不明。実害を被らず力も貸してくれる。そんな組織なのよ神殿は」
そしてなかなかヘビィな内容であった。
「それで、そんな神殿の話を聞きたがるってことは今度そこと接触する話でも出てるの?」
「………予定は未定です」
「その言葉だけで十分よ。どうせいつもの無茶振りでしょうね。私から言えるのはご愁傷さまって言葉と、下手打ってスエラを未亡人にしないように気をつけなさいよってだけね。一応、私の方でもう少し調べておくけど、残業代は出るかしら?」
「なんならエナジードリンクをポケットマネーで出しましょうか?」
「だったら上質なポーションな方がマシね。あと、私、今とっても興味があるお店があるの。そこってちょ~っとお酒が高いのよねぇ」
さらにケイリィさんはどうやら俺が今後神殿と関りを持つことを見越して、別料金よとせびってくる始末。
エヴィアに聞けば全て知れそうな気もするが全部が全部おんぶに抱っこと言うわけにもいかない。
必要経費かと割り切るしかない。
「一晩」
「一週間」
「三日」
「六日」
「四日で」
「………五日ね。それ以上はマケないわよ。それとメモリアさんのお店の魔力ポーションの上質なやつを」
ならばと値切り交渉に入ったが、相手は百戦錬磨のダークエルフ。
そしてこっちは情報戦では弱い部分がまだある。
なによりも、こういった系統の事では様々な角度で情報を精査する必要もある。
危険を極力減らせるのなら致し方ない。
フシオ教官の話もある。
「なら六日でポーション付きでもう一つ調べてほしいのがあるんですが」
「内容によるわよ?」
どうせならもう一交渉でさらに情報を集めた方が得だろうと、この年上のダークエルフ相手に再度交渉を挑むものの、たった一週間同席した程度の交渉能力じゃ彼女に太刀打ちでき訳もなく。
「それじゃ、八日とおいしいおつまみ、もろもろ消耗品よろしく~」
俺のポケットマネーに少なくないダメージを負わせることになった。
「………しばらく外食は控えるか」
経費で落ちないかなと願う俺の心は寂しかった。
今日の一言
必要なら惜しむな、例え明日からもやしであっても
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




