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414 苦労した甲斐はあったと思えれば万々歳、のはずなのだが

 ミマモリ様が介入し交渉が一段落して、幾日。

 今日はついに会談最終日となる。

 あの後の話し合いは、今までの話し合いの進行具合は何だったんだと言うくらいにスムーズに事が進んだ。

 書類によって細かい部分の取り決めもさほど揉めることもなく進み、メガフロート計画の着工日時に関しても、概要であるが決めることが出来た。

なし

 代わりにだが………


「今回の件は中々骨が折れましたな。出来ることなら、次の会談はもう少し心臓に良い話し合いで済ませたかったですな」

「違いない。今回の件は私としても過去にない経験になりましたな。いや、いくつになっても学び続けなりと改めて思ったよ」


 あの日から華生は体調が悪いという話で会談の席には姿を現していない。

それが真実かどうかは俺たちにはわからない。

交渉がスムーズに進んでいたので触れることもなかった。

 なのでここまでは曙とジョセフが主導で話を進めてきた。

 その成果か、最初の少し剣呑だった仲とは打って変わって仲良くなっている様子。

 今も会談も一段落したということで仲良く二人で話し合っているようだ。

 あれか、苦労を乗り越えた同士ということで友情が芽生えた的な感じか。

 随分と最初と比べれば距離感が近いように見える。

 むしろこれくらいコミュニケーション能力がないと外交はできないということか?

 そんな周りにいる護衛の人数が少ないのは華生の護衛に行っているからだろう。

 護衛も大変だなと、前の会社でエナジードリンクを常飲していた身としては共感できる部分は多々あった。

 今回の会談はしんどかっただろう。

 なにせ相手は摩訶不思議を地で行く集団。

 護衛からしても気が気でない一週間だったに違いない。


「それで?手応えとしてはどうだった?」


 そんな他人の心配をしているよりも、手に掴んだ成果の確認をした方が堅実的だ。


「それなりだな、満足のいく結果だったとは言えんな」

「厳しいな」

「甘いままで足元をすくわれるよりはマシだ」

「ごもっとも」


 仲良く話す日本政府とアメリカ政府の縮図から目を逸らし、となりで書類の内容を確認するエヴィアに今回の会談の結果を聞いてみれば満足はしていない様子。


「今回の件で日本国内だけではなく、アメリカへのダンジョンテスターの地位確保と認知への足掛かりができた。最低限の仕事はできたが、それも始まったばかりだ。油断はできん」


 ペラリペラリと紙をめくり、今回の交渉で決まった内容を再度確認している彼女の表情は、一見すると無表情に見える。

 その表情が、今回の結果が可もなく不可もなくと語っているようだ。


「足がかりか」

「………気になることでもあるのか?」


 その内容を聞き俺も思う所が出てくる。

 それ故の歯切れの悪い言葉になってしまい、彼女の手を止める結果となった。

 厳しい視線ではなく、プライベートの時に見せてくれる厳しくも優しい視線。


「いや、今回の会談に対して何か引っかかることがあるわけではないんだ。ただ、今回の話が進めば世界でエヴィアたちの世界が認知される。そうなれば色々と影響は出るんだろうな。そのままいってこの世界はどうなるんだろうなって思ってさ」

「………文化交流が進めば人というモノは率先して技術を吸収する。良いもの悪いもの関係なしにだ。それによって変革は起きる」

「ああ、わかってる」


 今回の会談はエヴィアの国と地球を結び付ける大事な会談だ。

 俺も必要だと思い、今回は積極的に協力した。

 だが、ミマモリ様の行動、日本政府の立場、そしてエヴィアの言葉。

 それぞれの話を見聞きしてきた身として、今後、この地球にエヴィアたちの世界はどんな影響を及ぼすのかと今更ながら考えてしまう。


「ただ、甘い考えかもしれないが。できれば今回のきっかけでこの世界にいい影響が出てくれることを願ってしまうな」

「………願うことは悪ではない。願ったままで何もしないことが悪だ」


 魔法というのは万能に見えてしまう。

 個の力でできなかったことができるようになる。

 それは可能性を秘めた大きな力だ。

 それを得て新たな世界を目の当たりにした身としてはその力を得た際の危険性も多く見てきた。

 そしてその影響が今後の日本、いや世界に波紋するということを考えると怖くなる。

 しかし。


「そうだな。俺たちがしないで誰がするんだって話だよな」


 その力が日本に、そして世界に広がるまではまだ時間はある。

 しかし、悠長にしていられるほど猶予があるわけでもない。

 なら、その懸け橋になりつつある俺が悪い方向への流れを断ち切った方がいい。


「そういうことだ………その前に、帰ったら今回の件で報告書の作成と頭の固い老人どもを納得させる方法を考えたほうがいいぞ。私たちにとってはそちらが本番だ」

「あくまで前哨戦か。本当にエヴィアが最初に言っていた意味を心底理解したよ。確かに、これなら素直に戦っていた方が幾分か気が楽だ」

「今更だな。これからもお前はそういった交渉を任されるかもしれないのだぞ?」

「肝に銘じておくよ」


 書類の確認作業を止め、こちらを見るエヴィアの視線を受け止め。

 これで終わりではない。

 むしろ始まりなのだと言う自覚を持つ。


「おいおい覚えていけ。お前の人生、もはや人間の範疇に収まらんだろうしな」


 俺の態度に満足したか、エヴィアは書類を片づけ始める。


「それはまた、長い人生になりそうだ」


 エヴィアの言う通り、この先俺は通常とは比べ物にならないほど長い人生を過ごすのだから。

 それはきっと楽しいことだけではない。

 辛いことも多く来るだろう。

 だけど、どうしてか、スエラやヒミク、メモリアそしてエヴィアを見ると、そんな人生も生きていけると思えてしまう。


「ああ、楽しみにしておけ。何せお前は世界が変わる節目に出会ったんだからな。そんな出来事、長寿の種族だってなかなかお目にかかれんぞ」


 そうやって語るエヴィアの目は優しく緩み。


「そして覚悟しておけ。この先は波乱に満ちている。何、安心しろ。退屈とだけは口が裂けても言えんだろうさ」


 少し脅しも含んだ激励の言葉を俺に送ってくれる。


「それはまた、やりがいがありそうで」


 そんな言葉だからこそ俺は笑って受け入れられる。

 苦難上等。

 こっちは元とはいえブラック戦士。

 苦労ならいくらでも抗える。


「なら最初のやりがいだ。今夜の晩餐会でお前には少し腹の探り合いでもやってもらおうか」

「おいおい、俺は護衛だったんじゃないのか?」


 そんな道行の最初の一歩を俺はいま踏み出したような気がする。

 世界が繋がったこの瞬間。

 確かに何かが変わったんだと俺は思った。

 だが、この時の俺は知らなかった。

 世界が変わるのは一か所だけではない。

 コインに表があるように裏も存在する。

 今この瞬間に変わっているのは俺たちだけではないのだと。




 Another Side


 世界は確かに流動している。

 毎日が晴れ渡る空ではないように、時には雨が降り、風が吹き荒み、雷が鳴る。

 人の営みも同じように、刻一刻と変革は訪れる。

 そう、籠の扉が開き、その中の鳥が飛び立つように。


「はぁ、お嬢、本当にやるんですか?」

「ええ、何を今更言うんですか。ダズロ」


 ハンジバル帝国第三王女。

 アンリ・ハンジバルは優雅な笑みを携えて、目の下に隈をこさえ疲れていると全力でアピールしている男、魔導士であるダズロに苦言を言い放つ。


「お父様の許可は得ています。だからこそ後宮から外に出られたのではありませんか」

「いや、そうだとしてもこうも監視されて動いていちゃ精神的に参っちまいますよ。どうにかなりません?」

「お父様お抱えの暗躍部隊、腕は確かでしょう?むしろこれから向かう先ならこれくらいの護衛をつけてくれた方が安心できますよ」


 この昼のない世界で禁句とも言えるかもしれないが、儚げだが美しいともわせる笑みを見せるアンリをまるで月のようだとダズロは思う。

 それはこちらでは魔界と呼ばれる世界に生き、実物を見たからこそ言えるのだろう。

 しかし、そんな綺麗な笑顔を見せてくれているからと言ってこれからやることに積極的に賛同できるわけではないとダズロは心の中でため息を吐く。

 例えそれがこのお姫様の母国である宰相の許可があったとしてもだと心の中で言いつつ、外を見れば馬車が揺れながら曇天の空が映る。

 そんな外をそっとカーテンを開き確認すれば周囲を騎士たちが騎乗しつつ護衛してくれているのも見える。

 一国の王女がいる一同にしては明らかに少ない護衛の数。

 もしかりに襲われでもしたら命の危険もありうるほど手薄。

 一人一人の腕前は確かでも、これから向かう先を考慮すれば少ないと言わざるを得ない。


「姫様、もう間もなくです」


 そんなダズロの心配をよそに無情にも御者席に座る騎士の一人が目的地への到着を告げる。

 そうなればもう後戻りはできない。

 どうにでもなれと自暴自棄になりつつ大きなため息をダズロは吐き出す。


「わかりました。先方はついていますか?」

「はい、偵察に出した騎士の報告によれば両国ともに到着しているようです」

「なるほど、それは良きことです」


 そしてキリキリと胃を痛みつける感覚がさらに強まったのをダズロは感じ取る。


「うへ、両国って、片方は予想してましたけどもう片方も答えてきたんですかい」

「それほどまでに私が渡した情報は重要だということですよ」


 ニコリと笑うアンリの表情は綺麗であるが、その裏に隠れている思惑を考えると素直に見惚れることもできない。

 ダズロからしたらまた抜け毛が増えるかもしれないと、最近後退し始めて薄くなりつつある髪の毛を気にしつつ、残りの不安要素である今もなお自身の仕える少女の隣に静かに座る黒い甲冑の存在に視線をやる。


「ダズロ、そんなにトールが信用できない?」

「信用できないと言うより、信用しちゃいけないとおじさんは思うんですけどねぇ」


 帝国でも名のあるドワーフが作り上げた鎧を身に纏った存在。

 その腰には同じドワーフがこさえた剣がある。

 護衛の中でも異質さを醸し出す存在。

 今ではアンリの騎士として城内でも名を挙げつつある存在。

 その正体を知り、その登用までの過程を知っている身としてダズロは今回の一緒に連れて行くことには難色を示していた。


「大丈夫よ」


 主にこのお転婆姫様がこの騎士を使ってなにか善からぬことをしでかすのではと言う方面で。

 その心配をよそに、笑みを絶やさずニッコリと微笑みかけるアンリは彫像のように動かない甲冑をその白き指で撫でる。


「彼は私の騎士。万事の障害を断つ剣。きっとこの後でも頼りになるわ」

「まぁ、姫様がそう言うのならおじさんは別に構いませんが、いざとなったらわかってますよね?」

「ええ、あなたの事です。どうせ、尻尾巻いて逃げるんでしょう?」

「よくわかってますね」


 そのご機嫌な表情が、ダズロの言葉で一気に不機嫌な方向に舵を取る。

 ダズロはアンリに忠誠を誓っている。

 故に、こうやって忠言と言う名の冗談を口にする。

 いざとなったら逃げるという言葉も、いざとなれば手を引っ張ってお姫様ごと逃げると言っていること。

 自分だけ逃げるということはしないと確信しているアンリからすれば、もう聞き飽きた家臣からの言葉だ。

 ダズロがアンリの家庭教師になってから、常にブレーキ役に徹し続けた。

 故に新しい玩具を手にした子供の用にはしゃぐアンリに、甲冑の中身を使うなと遠回しに釘を刺したのだ。

 その言葉で、このお姫様は理解しているとわかっているのだから肩の力を抜いて冗談のようにダズロは宣う。


「あなたとの付き合いは長いですもの」

「ええ、あんなに小さくてかわいらしかった姫様が、今ではこんなにも立派になられて、おじさんは最早お役目ごめんでは?」

「あら、私だってまだまだ世間を知らない小娘ですわ。いまだってほら知らない殿方に会うのですから心細くて誰かがいないと怯えておりますわ」

「いやぁ、不思議ですな。竜の首を斬り落とせるA級の冒険者である姫様にも怖いものがあったとは、おじさんは知りませんでしたよ。なので、今から帰って学びに勤しみたいのですがよろしいですか?」

「おかしなことを聞くわねダズロ。却下ですわ」


 打てば響く姫と従者の会話。

 従者側からしたら、なぜこんなにもお転婆に育ってしまったのだろうかと思いつつ、王と宰相の血筋がこうさせたのかと心の中で嘆くしかなかった。

 笑顔でダズロの願いを却下した姫は、ゆっくりと馬車が減速しているのを感じ取り、そっとカーテンをめくると外に天幕が見える。


「つきましたわね」

「ええ、ついちゃいましたね」


 違う意味合いに聞こえる主従の言葉。

 片や率先して、片や拒絶するように。


「さぁ、ダズロ」


 しかし従者の行動は素早く、手早く馬車の周囲を警戒し、馬車の扉を開き、そっと手を取り姫が降りるのをサポートする。


「皆様がお待ちよ」


 そして、姫は見上げる。

 神権国家トライスとエクレール王国の国旗が掲げられている天幕を。



 今日の一言

 同じ日は二度と訪れない。


今章はこれで以上となります。

次話より新章に突入します。

毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。



※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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