405 勇み足に注意して、物事は進める
Side 政府
今までの交渉は、原油とテスターの活動と言う天秤のもとに行ってきた交渉であった。
だが、一進一退の交渉で均衡を保っていたそれはエヴィアの一手によって崩された。
交渉の天秤の皿に異世界の品物という条件が乗せられ。
その所為で日本とアメリカの外交官は判断に悩まされる結果となる。
「ちなみに、聞きますがノイマンさん。先ほどの件、貴国としてはどのように受け止めますかな?」
「おっと、ミスターハナオ。先にこっちからなのはフェアじゃないんじゃないか?」
そうなればグダグダと話を続けることは得策ではない。
一旦休憩を申し出て、男三人が警護を引き連れて、煙を吸うことを目的とした部屋の中に入ったのはついさっき。
煙を一口吸ったあと、気分が幾分か落ち着き、これだからいつまでたっても煙草は手放せないと内心で思いつつ、華生の開口一番に出るのは先ほどの会談についてだ。
振り返って考えるまでもなくそれしか話題の選択肢はない。
灰皿を中心に三人が囲むように立つ。
国によって異なる銘柄の煙草を吸いつつ、情報共有をしようと試みている。
「今回の主催は君たちだ。だったら、先に腹の中を見せるのはそちらが先ではないのかい?」
「良く言いますね。良く利く耳と鼻で今回のことを聞きつけて、急にスケジュールを割り込んできたのはそちらでしょうに」
「でも、上は認めた」
「ええ、確かに」
どちらも言い分的に言葉を隠したがっているように見えたが、らちが明かず、この探り合いの時間が無駄だと判断した華生が折れた。
溜息一つ、そして伸びていた灰をポンと灰皿に落としたあと疲れた表情を消し、ジョセフの顔を真っすぐと見た。
「正直に言ってしまえば、落としどころはすでに見えていると言った方がいいでしょうな。これを飲めれば相手方は納得するという部分は理解できています。それがこちら側にとって多少都合の悪い内容だとしても」
「ほう?」
「あなたもわかっているでしょうに、加えて言えばあちら側の要求を断ることはまずできないということも。もし仮に今回の会談が失敗すれば次に起きるのは別国へのアプローチです。あなたの国ならまだいいですが、他国、それも大陸の方に渡られてしまえば挽回は不可能。後のことを考えれば大損害は必至でしょうな。わが国だけではなくあなたの国もそれは避けたいはず」
要求はのまざるを得ないと遠回しに口にする華生の表情は芳しくない。
そしてジョセフもその言葉を否定することができない。
そのやり取り自体が暗に今回の交渉でその着地点が好ましくないものだと語っている。
「曙さん、防衛省としてはどのようにお考えで?」
「それなりに付き合いが長いんです。華生さん、私の考えなどお判りでしょう?」
「口で言ってもらえなければ確信など抱けないでしょ」
「ごもっとも」
それは隣で華生とは別の銘柄の煙草を吸う曙も一緒だ。
昨今の喫煙者に対する風当たりが強い最中、吸ってないとやってられないと言わんばかりに大きく吸い込み、煙を吐き出して曙も胸の中を吐露する。
「受け入れないといけないのはわかっていますが、身の内にいれると考えるとゾッとしますね。防衛面はもちろんですが、あの国と関わることで今後起こりえる国家間でのトラブル。表裏問わずにそれを一身で受けるわが国。原油だけで割にはあいませんな。可能ならもっと引き出したいところ、それこそ・・・・」
曙がその先になにを言いたいかは他の二人も察する。
苦虫をかみしめたような渋面を披露した曙は、短くなったタバコの火を消し、そっともう一本吸おうとしたが生憎とさっきの一本で切らしてしまったようだった。
それを見てすっと箱を差し出す人がいる。
「アメリカ製で良ければ」
「そこまで国家思想を挟むつもりはありませんよ」
ジョセフの差し出してきた煙草を一本もらい、
そこに火を点けホッと一息をつく。
「日本人は働きすぎだと常々思うが、君ら二人は特にそうだ。最近寝ているかい?」
「私もいい歳です。寝なければ体がもちませんよ」
「私もです。だが、誰かがやるのではなく、私がやらなければと思えばこそこの仕事ができるのです」
「いい、愛国心だ。我が国の政治屋どもに見習わせたい」
「うちの野党も似たようなものです。座っているだけで我々よりも良い給料がもらえる。そう考えれば、今回出向いてきた彼女も良い愛国心の持ち主ということになりますね」
解決への方針は見えているが、その過程を考えれば頭痛が止まないと頭を振る二人の姿を見てもっと気楽にした方がいいのになと思いつつ、少し空気を入れ替えようと配慮したジョセフの気遣いに彼らも冗談交じりに言葉を返す。
年も似通っている所為か、あるいは今吸っている煙草が口を柔らかくしてくれるからか、いつもよりも口の回りが良いと彼らは思う。
「ああ、彼女はいい女だよ。それもとびきりのだ」
「手痛く振られたのにそう言えるとは、かなり惚れ込んでますな?」
「おっと、妻には言わないでくれよ。なかなか嫉妬深いんだうちの妻は。他所の女にうつつを抜かしていると知られたら来月の私の小遣いは彼女への花束に変わってしまう」
「私なら、温泉旅行ですかな?」
「うちの家内なら服になっていそうですなぁ」
状況的に考えてそんな冗談を言っている場合ではないとわかっているだろう。
だが、彼らが今欲しているのはほんの一時の憩いの空気。
このタバコの火が消えた時、彼らは個人の感情ではなく、国家の玄関口としての役割を全うする一つの歯車となる。
「落としどころだが、私の方で一つ提案がある」
ジュッとジョセフが煙草の火を消したことで、それに倣い、華生も曙も吸いかけであってもそのたばこの火を消す。
「聞きましょう」
襟首を正し、つい先ほどまで妻の愚痴をこぼしていた男の姿はそこにはない。
「我々としてはかの国との交易を、日本とアメリカの両国主導で国交を管理し、友好国に間口を開くという形で方針を固めていたが、一つプランを変更したい」
「狭めるのですかな?それとも広げる方向で?」
「いや、一回本国に話を通したい。可能な限りかの国の要望を聞き遂げるために権利の範囲を広げるべきだ」
それに相対する男の顔も、朗らかな笑みを消しまっすぐに華生の顔を見据えている。
「………それは、我々としても考えておりましたが」
「わかっている。向こうとしては早めにこの話に対して方向性を考えているだろう。だが、向こうの要請ばかり聞いていてはまともな外交などできないだろう?私としては、彼らの価値に対して慎重にならざるを得ない」
その提案自体は華生たちも思っていたこと。
彼らとて、この話は今回のわずか一週間の話し合いで解決するものだとは思っていない。
しかし、ある程度の方向性は示せるのではと高を括っていた。
だが、結果的には玉手箱を開けた翁のごとし、話せば話すほど価値観が一転二転し、最初に決めていた価値観で問題ないかと疑問を抱くようになってしまった。
それ故に一回仕切り直しも検討した。
だが、最初に懸念した通り、この話が他国に流れることは何としても避けなければならない。
もし仮に、移転が容易だということになれば、あっさりと向こう側の条件を飲む国に移転してしまう。
だからこそ、先延ばしと言う選択は彼らからすれば慎重にならざるを得ないモノであったはずだったが、ジョセフは違うようだ。
「情報が足りないのなら、情報を得ればいい」
そんな都合のいい方法があるのかと華生たちは顔を見合わせる。
それができたのならとっくにそれを実行しているはず。
「あるさ、どっちにしろこれは後で話そうと思っていた内容だ。本国に確認しようと思っているのもその許可を取るためさ」
仕草によってどんな疑問を抱いているか理解したジョセフは笑いながら考えを語る。
その言葉に本当にできるのかと疑問を抱きつつもそれ以外の方法はないかと彼らは妥協し、この後の話し合いに備えるのであった。
Side 協会
そして、政府側が話していれば協会側も集まり話し合いをすることとなる。
「して、浪花よ何かつかめたか?」
話を主導するのはこの場で最も地位の高い副会長である阿倍。
見た目からは想像のできないほどしっかりとした声でこの三日静観に勤めていた彼は、思い切った探りを入れた彼に直球の問いを飛ばす。
「簡単には尻尾を掴ませてくれませんな。相模さんの方がまだ相手側の方の情報を得ていると私は思いますが」
それに対して浪花は芳しくないと首を横に振る。
わずかなやり取りで彼が感じ取れたのはエヴィアの人柄といえるかどうかもわからない性質。
それだけでエヴィアたちの国とのとっかかりを得るというのは土台無理な話。
昨今の情勢的に協会も経営難。
もし、魔王軍がこの世界の表舞台に立つというのなら、協会にとってはまたとないチャンスになる。
故に浪花は積極的に動き、表舞台に返り咲くチャンスをうかがっていた。
今の時代、妖が跳梁跋扈していた時代と比べて、術師の役割と言うのは非常に少なくなっている。
政治にかかわることなど遥か昔。
国を守るという役割も、今では自衛隊や警察にその役割を譲り幾年か。
今や不吉のことが起きたら祈りや祓いのためだけに呼びだされる程度の便利屋扱い。
そんな怪奇や神事に関わるケースが多いゆえに神社の家系が多く生き残ってきたが、最盛期と比べれば十分の一以下にまで勢力を落としている。
科学の発展により、術師の数は減り、血は絶え、いくつもの家系が歴史に消えていった。
時代は協会を切り捨てるかと思っていた矢先に、幻想の異世界からの使者が訪れたというのは正に転機と言える。
「私の知っている話はすべて報告した通りです」
「本当にですかな?確か、今日の護衛で来た彼は、あなたの甥だと聞いてましたが」
「血縁者であることは事実ですが、互いに立場のある身、必要以上のなれ合いはしておりません。今この場にいるのは縁故であるのは事実ですが、立場を忘れたわけではありません」
故に浪花の口調は身内である相模霧江に対しても厳しいものとなってしまう。
この追い風を逃してなるモノかと意気込んでいる証左でもある。
もしこの話が流れ、今もなお力を持つ欧州の組織に話が流れてしまえばと思うと焦りが浮かんでしまうのも仕方ない。
「落ち着け浪花。今は身内同士で争う時ではない」
「………失礼しました。相模さん、申し訳ない」
「いえ、心中はお察しします」
協会としてはこの機を逃してはならない。
それはこの場の三人のみならず、組織全体を見てもその意見が大多数を占める。
意図、思惑は違えど、目指す方向が一緒であるのなら歩みを合わせることくらいはできる。
「………問題は政府側の方針か」
「はい、日和ることはないとは思いますが、いつの時代もあいつらは体面を気にしすぎて腰が重い」
「それを動かすのが我らの仕事と言うわけか」
「ええ、それが協会のためになると私は思っております」
なので今回は協会は魔王軍側のバックアップに回ろうという方針に傾いている。
仲介人と言うのは名目上なだけで、彼らは彼らで動きたい理由はある。
霧江はその意思に対して口をはさむつもりはない。
彼らの思惑も一定の理解はできる。
忠告もした。
なら、あとは自身の立場に準じた行動を取るのみ。
行動するのは副会長と副部長の二人、霧江は静観すると最初から決めていた。
「となると、もう少し交流の場が欲しいところだな」
「勝手に我らだけで彼らに接触するのは政府側にいい印象は持たれませんからな。やるなら政府側も巻き込んでという形にした方がよろしいかと」
「そうだな。宴の日取りは、六日目の夜であったな」
「ええ、そこまでくればある程度の話は進んでいると踏んでいますが、いかんせん話が堂々巡りしすぎていますな。そんな状態で宴を開くのもどうかと思いますが、開かないわけにもいかない。もう少し場を温めたいです」
「………なら、ここは一つ政を抜きにした交流の場を設けるべきか」
なのでよほどのことがない限り、霧江は口を挟まない。
阿倍と浪花、この両名が議論を交わしいかにして魔王軍との国交を結べるように持っていくかを検討する。
「相模よ」
「はい」
しかし、話の流れが差し向けられれば口を開きはする。
「聞けば主の甥は武芸に秀でていると聞くが、誠か?」
「否定は致しません。ですが、その実力がいかほどかと問われれば未知数と答えるのが正しいかと。私が見聞きした実力はごく一部にすぎません」
「ふむ」
しかして、その納得はどのような意味があるのか。
この後に出てくるこの翁の口からどんな話が飛び出てくるか。
浪花はなるほどと話しの流れから察したようだが、霧江は察しつつもどうかその話にならないで欲しいと切に願う。
思惑が交錯するこの交渉の席が無事終わることを願うのは悪いことではないだろうが、思い通りにいかないのもまた人の交わりであると。
霧江は思い直し、口をはさむことを自重したのであった。
今日の一言
行動を起こすのなら慎重に
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




