390 一大プロジェクトを決心するのは上層部
新章突入です。
Another side
あの騒動からいくらかの月日が流れた。
しかし、そのわずかな間の月日の中で様々な出来事が処理され、そして解決されてきた。
その反面、その短い時間で解決できない出来事も多々あった。
戦災復興などその最たる例だろう。
その中の話題の一つを解決するために、集まる場。
会社内に存在する大会議室。
木製の立派な机に、高級な革の椅子に座るのは魔王軍の経営陣ではなく、その歴史を感じさせる老齢の魔王軍の貴族たち。
「「「………」」」
その多種多様の種族のお歴々のメンバーの眉間にはしわが寄っている。
部屋は暗く、中央に置かれたプロジェクターの光に映し出された内容を見て、悩んでいるといった様子だ。
「さて、諸君。僕の構想はこんなものだ。ああ、賢明なあなた方には不要な言葉かと思うが念のために言っておく。これは様々な研究者と現場の者、そのほか将軍たちの見識、見解を踏まえた調査の元作られた資料だ。非現実的や机上の空論という話ではないというのは承知してほしい」
その上座の席に座る魔王、インシグネ・ルナルオスはいつものように笑みを絶やさずその席に堂々と座りながら目の前の老人たちに語り掛ける。
この説明会は頭の固い老人たちの頭の中にいかにして理解させ、同意させるために開いた場だ。
そのための入念な準備に、言い訳や非難を受けるだろう言葉の対策も十全にしてきた。
その結果がこの沈黙だ。
席に座る面々は沈黙を選び、重鎮は視線を揺らすようなことはしないが、自信のない貴族は周囲の顔色を伺うように視線を揺らしている。
それがだれで、何人その仕草を見せたかインシグネは記憶する。
元々、魔王という役職につくにはインシグネは若すぎた。
重用してきた将軍位や政をやる文官も彼の息のかかった者をつかせていた。
それは魔王軍を盤石にするためにやむなしにとった行動であったが、それはそれで軋轢を呼ぶ。
古来より国を支えてきた重鎮たちを軽んじる行動は一時、反乱の兆しすら見せたが、そこで手腕を見せたのがインシグネ。
結果重視の魔王軍。
瞬く間にその兆しを鎮圧し、その末路を見せ、その後アメを与え、人心を掌握していった。
「さて、いきなりこんな話をして君たちも考えたいだろう。あまり猶予は与えられないが、うん。この場で質問がなければ解散だ。諸君らの献身に期待するよ?」
暗がりの会議室が明るくなり、沈黙を続ける貴族の当主たちは静かに立ち上がり、インシグネに向けて一礼をした後順次退出していく。
時間にして数時間に及ぶ会議、その内容は国家を揺るがすなんて言葉でも生ぬるい。
国家の根幹を変えかねないほどの話だ。
「さすがの老兵たちも口を開けぬか」
その話題に反発してきた貴族はいた。
会議の出だしなど、最近の不祥事に対して魔王であるインシグネの対応を弾劾する会議ではないかと思わせるほどの貴族たちは勢いだった。
その一つ一つを丁寧につぶしていき、本題に入るまで時間を要したが、その結果は労力に見合う結果だとインシグネは思う。
『よろしかったのですかな?』
「何がだい?ノーライフ」
いくら強靭な肉体や精神力を持っていても、頑固な老人たちを動かすのには疲れると背もたれに寄り掛かる椅子の影からヌルリと闇が蠢き、その中から次郎に髑髏紳士と思われている不死王、ノーライフが姿を現した。
『彼の者たちに猶予を与えたことです。あの者たちの事です。時間が経てば経つほどどのような横槍を入れてくるか』
「ああ、そのことか」
そして姿を現せた不死王は、珍しく魔王の判断に苦言を呈した。
魑魅魍魎が跳梁跋扈すると言えるほど、長い時を暗躍し生きてきた貴族たちの当主たちの腹は黒いという言葉では足りぬほど染まっている。
彼らが心の底から魔王に忠誠を誓っているなど魔王も不死王も思っていない。
あるのは国の定義の中で納まっている利益による利害関係。
利を与えるから協力してやってもいいといういつ足を引っ張るかわからない態度。
そのことは言わずともわかるだろうにと思いつつ、不死王はなぜ魔王がそんな判断をしたか気になり苦言の形で聞くことにした。
「くくくく」
『おや?ワシは何かおかしなことを言いましたかな?』
「いや、すまない。ノーライフ。これはどちらかというと君の言葉であることを思い出してしまってね。君を馬鹿にしたわけではないんだよ」
しかし、その返答は何か堪えるように笑う声が魔王の口からこぼれただけだった。
過去の例を見てここまで感情を表に出す存在だったかと、魔王の変化に少々戸惑う不死王であったが、感情を表に出すことなく淡々と自身の言葉のおかしな点がなかったかと問えば、魔王はひらひらと手を振り謝罪をしてきた。
「この場の席で今回の騒動で被害を受けた貴族は優に半数に上る。それだけで僕に対してかなり不満を覚えたり、逆にチャンスだと見込んでこの玉座から僕を引き下ろす算段をする者は後を絶たないはずなのに、たった〝数時間〟で彼らとのやり取りが終了してしまったことはおかしくはないかい?」
『………確かに、妙な話ではありますな』
貴族との話し合いは基本的に腹の探り合いだ。
ズケズケと土足で踏み入ることはないが、ぬるりと気持ち悪いくらいに滑らかに相手の痛い腹を探るのが貴族というもの。
本来であれば休憩をはさみながら数日を見越して会議と言う名の探り合いは行われるのが日常だった。
だが、今回は順調に進み想像以上に短く終わった。
それこそ不死王が首を傾げる程度には異様に早く終わったのだ。
『なにかなされましたかな?』
「いや、僕は何もしていないさ。そして彼らも何もしていない。ちょっとした無自覚の横槍が思いのほか彼らの腹を抉っただけさ」
『無自覚な横槍?』
胡乱な言い回しはいつものことだが、長い付き合いになり始めている不死王でも何を指しているかまでは察せなかった。
「彼さ」
『彼?………もしや次郎がなにかやりましたかな?』
「ああ、まさかあんな形で援護をくれるとは思ってもいなかったよ」
それを見てまるで子供のいたずらが成功した時のように笑いながら魔王は答えを披露する。
つい先日の太陽神からの襲撃は国内全土に対して大損害を及ぼした。
結果的に熾天使を複数捕まえるという大金星こそ上げたが、傷跡が消えるわけではない。
戦よりも戦後の復興の方が時間というものはかかる。
上層部の動きが遅れれば遅れるほど民草に不満が溜まるモノなのだが、魔王がどういう方法で貴族たちに協力させるかと悩んでいるタイミングで、そこにちょっとした宝船が現れたのだ。
「君の報奨金と機王の魔導機動戦艦、そして巨人王の近衛職人総勢百名による戦災復興チームだ。わざわざ書類と計画書を作ってエヴィアを通して僕に許可をもらいに来たわけさ。後援にはあのトリス商会の会長の署名付きだ。そんな書類を見せられれば僕はそこにハンコを押さざるを得ないね」
『ほう、次郎はそんなことを』
初動というのは巨大な組織になればなるほど遅れがちになる。
資金に人材、資材にと用意する物が多くなればなるほど動きは遅くなる。
だが、その国の遅れを民に感づかせないように、むしろ王として即応と言わせるがごとくの速さで復興作業が開始された。
「おまけに彼の名ではなく、表向きは僕の名で動かしていることになっているわけさ。そっちの方が領をまたぐときに問題にならないしね。僕としても大助かりだ」
『いかに名のあるトリス商会であろうとも知名度のない次郎の名をだせば貴族のいらぬ反感を買うことになりますからな。強引に貸しを作るという意味合いでは効果的ではありますが、リスクもそれ相応となる』
「使い方次第では強みになる諸刃の刃だけど、彼からすればもらいすぎた報償の使いどころに困って今回のことを思いついたらしいよ」
『カカカカ、素直に懐に納めればいいものを、普段の戦いぶりからは考えられぬ振る舞いですな』
その巨額の資金を投じた支援が、ただの小市民ぶりを発揮しただけだと知るや否や顎の骨を鳴らしながら不死王は笑う。
次郎は普段であれば獅子奮迅、悪鬼羅刹かと思うくらいの戦い振りだが、元は一庶民。
僅かな時間でその感覚は抜けないだろうなと魔王は思いつつ。
「ただ、裏を読む彼らはどう思うかな?」
そんな施しを受けた貴族たちはどう思うかと不死王に聞けば、ニヤリと魔王も浮かべている三日月の笑みを口元にこさえて、不死王は答える。
『民からすれば恵みの雨であろうが、貴族からすれば恩着せがましい押し売りということですか。裏を読むために調べれば知らぬ名の人間が現れる』
「混乱しただろうね。僕の真意を測ろうとしたら次郎君の姿が浮かび上がる。どういった意図でこんなことをするってね」
いかにも貴族らしいと魔王は不死王と共に心底楽し気に語り、その言葉に不死王も困惑する貴族たちの当主たちの顔を思い浮かべながら頷く。
『暗躍思考が染みついていたことの弊害ですな。あ奴の行いは利益度外視の善意、裏を読もうにも裏などない。利用しようにも魔王様の名が邪魔で利用などできない』
「彼らからしたら拒否権のない善意だ。たまったものじゃないだろうね」
次郎の行いは世間一般からしてもやりすぎのボランティア精神であったが、その心が魔王にとっていい方向に傾いた。
『タダよりも高い物はないと商人の言葉でありますが、プライドの高い貴族共からしたらその言葉こそ一番効く言葉でしょうな』
そして貴族たちからすれば、絶妙なタイミングで差し伸べられた助けの手を払いのけることは世間体が悪い。
なので作り笑いでその手を受けいれる他ない。
それは一人の人間に小さくない借りを作ることになる。
「ああ、勝手にやったことだと切り捨てるのは容易だ。普段ならね」
『然様ですな。平時であればただの貢ぎ物、返す必要はない』
普段の貴族であれば鼻で笑うような話であっても、魔王という後ろ盾に戦後復興というタイミング。
魔王にとってはこれはいい機会だと判断した。
「しかし、戦時体制だった今なら話は変わる」
『どこの貴族も大なり小なり疲弊し、それを回復するには時間がかかる。その負担が減るというのなら多少の後ろ盾くらいにはなるでしょうな』
貴族という権力者の中に次郎と言う存在を魔王軍のさらに奥深くまで浸透させるいい機会だと。
それに同意する不死王の声も普段よりも陽気になる。
「そう言うことだね。認めるというお金がかからない方法で助かるのなら彼らとて頷かないわけにはいかないね」
貸し借りというのは貴族社会では重要な役割を持つ。
対価を求めない恩というのが貴族社会において一番厄介なのだ。
恩を一方的に与えられ、それに報いないということはその貴族はその程度の器だと周囲の貴族に思われる。
それは誇りを掲げる貴族からしたら何としても避けなければならない結末だ。
今回の会議、渋々という形であったが貴族たちが素直になった絡繰りはここにあった。
貸し借りを帳消しするという名目で、プライドを優先した貴族たちは例外という形で落ち着きはしたが、次郎という人間種族を登用するという足掛かりを作り出した。
それは魔王からしても将来を見据えて必要だと思っていたきっかけだ。
『しかし、その第一歩にしては些か大きすぎかと思いますがな』
「なぁに、向こうの国とはゆっくりとだが話は進んでいる。いやぁ、持つべきものはやはり血族というわけか」
『次郎も苦労しますな』
「代わりに精一杯労には報いるさ」
しかし、明るくなった室内で魔王の手元にあった資料を見て、そのきっかけの大きさに不死王は今度は呆れたように次郎を労わる言葉を送る。
『日本との交易、差し詰め次郎は親善大使と言ったところですかな?』
「ハハハハ、さすがにいきなりそんなことは頼まないさ」
魔王軍の一大国家プロジェクト。
日本政府との国交。
「今はね」
『今は、ですか』
「ああ、今はさ」
ダンジョンテスターとして雇われた次郎が、今では国家間のプロジェクトに巻き込まれると過去の彼は想像しただろうか。
いや、していなかっただろう。
なぜなら、こんな話をしている会議室から遠く離れたダンジョン内。
機王のダンジョン内にて。
「ぶえっくしょい!」
「うわ!?きたねぇっすね!?」
「どうしたんですか?風邪ですか?」
「ん~拙者の予想するところ、どこかの誰かがリーダーのことを噂していると見た」
「止めなさいよ。洒落にならないわ」
「ん~確かに、ジロウさんの場合は本当に誰かが話してそうダヨ」
盛大なくしゃみをしているのだから。
すぐ隣にいた海堂が大きくのけぞるように躱し、勝が素直に心配したかと思えばニヤニヤとよからぬことを南がつぶやく。
その言葉に嫌なことを聞いたと北宮は眉間にしわを寄せ、アメリアが同意する。
「うるさい。いきなり背筋が寒くなったんだから仕方ないだろう」
「でも言ってはなんっすけど、アミリちゃんのダンジョンってそこまで寒くないっすよね」
「そもそも、魔力体でくしゃみするって話がおかしな話でござる」
「ということは」
「さっきの南の話も信憑性があるってことね」
「ジロウさん」
「止めろ!そんな同情的な視線を向けるなお前ら!まだ厄介ごととは限らないだろ!」
今日も今日とて仕事で来ているダンジョン内。
騒がしくも真剣にやる〝月下の止まり木〟一行。
そんな日常業務の中で叫ぶ次郎に向けて南は容赦なくこう言う。
「リーダー、それフラグでござる」
「あ」
その一言で次郎は悟った。
絶対何か起こると。
今日の一言
期待は重ければ重いほど背負い甲斐はあるが、厄介でもある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




