389 物事がうまくいかない時の逆恨みはひどい
難産でした。汗
Another side
イスアルのとある空間。
仄かに明るく、暖かく、包み込まれる天も地も存在しないただあるだけの空間。
ここは神の世界と言うべき空間。
否、神の土地だ。
イスアルの太陽神、本拠地。
そしてそこの主であるイスアリーザはそこで怒りの炎を燃やしていた。
『おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!人間がぁ!!』
太陽神の名に恥じない豪炎の輝き。
人型に燃え立つその姿は正しく神炎。
一度その炎に触れれば世界すら焼いてしまうその炎。
この世界であるからこそ神もその怒りに身を任せることができる。
ではなぜここまで神が怒るか。
本来であれば、神が感情に身を任せることなどほぼない。
神とは自然現象、超常的存在と比喩される。
事実、このイスアルという世界においては太陽神イスアリーザは絶対的存在だ。
例え人類で最強の剣士でも、人類で最も地位の高い王であっても、人類で最も知恵者である賢者であっても比較するのもおこがましいほどの存在。
正真正銘この世界の頂点の存在だ。
そんな存在がなぜ怒りに身を焦がす。
理由はいたってシンプル。
絶大な力を持ち、絶大な地位を持つ存在が、ただの人間に一矢報いられたからだ。
これが魔王というイスアリーザと対を成し同等の力を持つ月神の眷族であるのなら怒りなどない。
月神はイスアリーザと共にこの世界を作った同格の神、対抗されてもプライドに傷などつかない。
だが、此度の件、神自ら行動を起こし、娘まで導入した行動に土をつけたのがただの人間だったのだ。
神にはわかる。
あの存在は確かにただの人間だ。
太陽神自ら加護を与えず、魔紋は確認したが月神の加護の気配もなかった。
異世界という太陽神の知らぬ世界で生まれた紛れもない人間。
取るに足らない操り人形だったはずだ。
だが結果は自身が糸を垂らした人形は敗れ去り、その取るに足らない人間が勝利した。
敗北の結果は、半数以上の娘を失い、丹精込めて作り上げていた人形を失い、得た成果と言えば月神の眷族の企てを遅延できたという最悪の一歩手前という、イスアリーザからしたら許されざる結末だった。
『許さぬ、このままでは決して許さぬぞ』
荒んだ心を落ち着けるように、イスアリーザは一度目を瞑り滾らせていた炎を収め、屈辱を晴らすことに思考を割き始める。
神という立場、そしてイスアルという世界であればという条件下であるが、出来ぬことはない。
『あの人間だけは我がこの手で始末しなければ気がすまぬ』
しかし、その強大な力を直接世界に介入させることはできない。
もし仮にそのようなことをすれば世界のバランスが崩れ、結果散々なことが起きることは神も例外ではない。
ならばその目的を達するには手段を選ばねばならぬ。
黒髪の一人の人間を始末するためにイスアリーザは自身の持つ手札の中でも最高のカードを選ぶ。
『アイワ!』
「ここに」
故の熾天使。
神の目となり手となり、神の意思を代行する者たち。
その頂き、原初の熾天使の序列一位アイワ。
シアン色のうっすらと青みがかった長髪を伸ばし、陶磁器のごとき白き肌の細い指先を豊満な胸に添え、頭を垂れ伏せるその顔立ちは人ならざる完成度を誇る。
光の中から現れた彼女はその場で膝をつき父であるイスアリーザの言葉を待つ。
この領域に入ることを唯一許された存在のアイワを見てイスアリーザは当たり前のように礼を言わず、ただ命を下す。
『お前に駒を渡す。我にふさわしい器を作り出せ。手段は問わぬ。必要ならば残った姉妹を使うのも良い。だが、失敗は許さぬ』
「御身のお心のままに」
その言葉に疑義を見出さず、アイワは顔を伏せたままイスアリーザの命を受諾する。
駒とは何か、ふさわしい器とは何か、素材の情報も、発注書もないままにやれと言われたが、彼女は気にした様子もない。
『では往け、吉報のみ待つ』
「承知しました」
理不尽な言葉であろうとも、アイワにとっては父の言葉。
出来る出来ないの話ではなく、やるだけのこと。
数えるのも億劫になるほどの年月を共に過ごした。
イスアリーザの言葉の意図を把握できないということはアイワにとってはあり得ないことだった。
再び光を纏い、神の居座る空間から出る姿を神は見送らない。
『………』
再びイスアリーザのみになった空間は最初の激情の叫び声を除けば静かなものだ。
物思いにふけるのではなく、黙々と世界の管理に努める。
だが、その管理している作業の中に雑念が混じる。
神と熾天使の関係は親子であるが主従でもある。
敬愛尊敬の念は神にとっては当たり前の感情。
抱かれて当然の事。
だからこそ、あの日、あの時、欠片もその感情を向けず全力で戦った人間を許すことができなかった。
しかし、プライドを傷つけられたことだけに囚われているわけではない。
今回の件でニシアが異世界から送ってきた人間以外に収穫がなかったわけではない。
『………あの娘』
イスアリーザは名前を知らぬダークエルフの女に抱かれていた二人の赤子。
その片方の白銀の髪を持つ子供の魂の波長を思い返していた。
『欲しい』
赤子ながらにして才覚を感じさせる魂の輝き。
何よりもその魂の波長が器としての可能性を十二分にイスアリーザに感じさせていた。
将来成長すれば歴代最高の器になり、月神の首に刃を走らせられるのではと思わざるを得ない。
『何としても手に入れねばならぬ』
過去幾多と兄弟で争ってきた神々。
兄であるイスアリーザは量を取り、弟である月神は質を取った。
人間は数多に増え、その分だけ神の器を用意してきた。
だが、質に関しては納得はできなかった。
最初は良かったが、世界が分かたれ争いの質が落ちた途端に器の質も格段に落ちた。
しかし、それに対して月神の器になり得る魔王は年月を隔てるごとに強大になってきた。
魔族は子孫を作りにくい性質の種族が多く、全体の数は人間に劣るもその能力は人間を圧倒した。
自身の管理する世界では対抗できないと判断したイスアリーザは異世界の扉という、神にとっても苦渋の決断ともいえる判断を下したのだ。
異世界から力を持ってくるということは世界の管理に自身の力が不足していると証明していることに他ならない。
プライドの高いイスアリーザにとって取りたくない手段だ。
しかし、そのプライドを傷つけてまでイスアリーザはその選択を選んだ。
この何千年とも続く兄弟の戦い。
それは一つの世界の主神の座を賭けた戦いだ。
もしこの戦いに負けるようであれば、神格ははく奪され、今持っている力は勝者の物となる。
そうなればイスアリーザという存在もなくなり、新たな神が誕生し世界を統一するのだ。
『負けられぬ、なんとしても負けてはならぬのだ』
この世界の住人のほとんどは知らぬことだが、この世界を本当に生み出したのは二人の兄弟神の父である。
父はこの世界の管理を兄弟に任せる際に言った。
優秀な方にこの世界を任せ、弱き方をその世界の糧とすると。
最初は否定した。
何としても兄弟で生き残ると決意した。
だが、長き年月が仲良き兄弟の絆に罅を入れ、年々成果を出す弟の力に兄であったイスアリーザは耐えきれなかった。
弟を信じられなくなった。
弟に、恐怖してしまったのだ。
『負けてはならぬのだ』
そうなってしまえばもう止まることはできなかった。
大丈夫だと安心させるように笑みを浮かべる弟の顔が信じられなかった。
一緒に頑張ろうと励ます弟の声が信じられなかった。
イスアリーザの知らぬところで暗躍しているのではと疑心暗鬼になってしまった。
自身に言い聞かせるように過去の自身の判断を肯定し、世界を監視する。
広大な緑を照らす自身の明かりによって、人々は繁栄し、巨大な文明を築き上げた。
その結果だけがイスアリーザの不安を拭う。
これでいい、これでいいんだと言い聞かせるように迷いを払拭する。
『………邪魔立てするものは誰であろうと許さぬ』
太陽神に陰りはあってはならない。
不安がってはならない。
その道行きを照らす光を遮るモノには天罰を。
今代の魔王は歴代の魔王と比べても手ごわいことは確か。
ここまで娘が削られることは過去においてなかった。
『勝つのは我だ』
だが、その事実をもってしても自信を揺るがしてはならない。
しかし、神は気づくべきだ。
たった一人の人間によって穿たれた不安を。
田中次郎という存在は神にとって憎むべき存在となった。
だが、はたして憎むだけの相手だったのか。
魔王という存在以外に太陽神の首に迫る刃と認める必要はなかっただろうか?
そのわずかなほころびを神は認めなかった。
気づかないようにしてしまった。
それがどのような結末を呼ぶかは神も知ることのできない領域だ。
『………異界の者』
しかし、神とて座してこのまま世界を眺め続けるわけではない。
イスアルの俯瞰光景から目を逸らし、もう一つの空間に目を向ける。
そこは神が熾天使に与えた宮殿。
その宮殿に送られてきた十三人の異世界からの人間。
その誰もが神を賛美し、娘であるアイワの言葉を嬉しそうに聞き入っていた。
『………』
その人間たちの姿を見てもイスアリーザの心は動かされない。
彼らの才能がないわけではない。
ニシアが選抜しただけあってむしろ粒ぞろいと言ってもいい。
しかし、ユキエラという極上の玉を目にしてしまった後ではその玉も物足りなく感じてしまう。
期待外れだと勝手に思ってしまう神の目を果たして誰が責められるか。
否、いない。
『………フン』
なぜなら彼は神なのだから。
神を糾弾すべき存在はこの場にはいない。
神のための頑張ると宣誓している人間を前にしても励めとも言葉を残さず、世界の管理に目を向け、神の日常に戻っていく。
イスアリーザの思考の中にすでにこちらに連れてこられてきた人間のことなどない。
あるのは世界のことと、敵対している弟をいかに倒すかに思考を割く。
その二つのために神が一つの神器を作り出している。
それは太陽の火の中にくべられている一本の剣、まだ形状が剣のように見えているだけで、精錬の途中。
しかし、素材の段階から神力を注がれ、その精錬の段階でも並の聖剣の性能を上回っている代物。
神が作ろうとしているのは聖剣を上回る神剣。
次郎が切り裂いた聖剣を上回る代物。
この刃が振るわれる先に何があるのか、ただわかるのはこの刃を次郎が向けられるのはそう遠くない未来だということだけである。
今日の一言
八つ当たりは格好悪いが、ついやってしまいがち
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
今話で今章は終了です。
次話から新章に突入します。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




