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387 労働の対価は素直に受け取るべきなのである

 海堂の悩みというのは人からすれば当たり前のような悩みだ。

 不足だと感じ、不満を感じ、どうやって改善点を模索すればいいか分からないという平凡で一般的な悩みだ。


「しっかり大人やってるじゃないか海堂」


 最後の最後に大きな悩みが出来たようにも感じるが、見舞いに来た時に感じたすっきりとしない表情は無くなり、どうするかと前向きに悩む海堂の背を見送った俺はベッドに横になり静かに笑い、独り言をこぼす。

 人が困っていることを見て見ぬふりをせず、他者を助けられるようにどうすれば良いか悩む。

 責任を背負おうとする後輩の姿。

 前の会社でただ我武者羅に働いていた時の海堂から成長したことに俺は思わず嬉しくなってしまったのだ。


「はてさて、喜ぶのはいいが手持ち無沙汰になってしまったな………何しようか」


 ただ、嬉しいことは良いことであるのだが、海堂が帰ってしまった為に再び暇が訪れる。

 検査入院ということでこの病室は特殊な魔法処理が施され随時俺の魔力の流れを観測しているために病室から出ることはできない。

 持って来てもらった雑誌や小説は読みつくし、今の時間に見るテレビはない。

 スエラたちが来ればまだ時間が潰せるのだがまだ来るまでに時間がかかる。

 もうひと眠りするにも寝すぎて眠気はやってこない。


「困った。もう一回読むか?」


 このままぼーっとするのも勿体ないと思った俺は、見舞いの品の中に紛れ込んでいた異世界の歴史小説に手を伸ばす。

 内容としてはどこぞの魔王と勇者の軍記物みたいな感じで割と楽しめた作品で、文字さえ読めれば海堂にも勧めたいところだ。

 生憎とまだ難しい文法が読めないあいつには勧められないなぁと思いつつもう一回読もうと表紙を掴んだ時だった。


「ん?外が騒がしいな」


 この病室は個室で、防音も割としっかりしている。

 それなのにも関わらず強化された耳から聞こえる外のざわめき。

 そして戦闘での直感が囁く、厄介ごとが来たぞと。

 パタンと開けていた本を閉じ、代わりに布団の中に潜るかと一瞬考えたが、これから来る相手に対して狸寝入りが通じるはずもないと諦めて出迎えることにする。


「やぁ!次郎君!元気にしてるかな!」


 と思ったが、元気に扉を開け放つ社長を見たら何とも言えない表情になってしまった。

 冷静に組織規模だけで考えれば大企業なんて目じゃない。

 それこそ国単位で組織のトップであるはずの社長がなぜサラリーマンの病室に見舞いに来るのか。


「言うな、次郎、わかっている」


 笑顔で病室を訪れた社長の背後に控えるのは久しぶりに会うエヴィアだ。

 助けを求めるように視線を向ければ頭痛がすると言わんばかりに額に手を添えていた。


「魔王様、次郎が困惑しています」

「ああ、すまない!久しぶりに事務処理以外の仕事が回ってきたのでテンションが振り切ってしまった!」


 しかし、彼女もプロだ。

 溜息も吐くことなく、俺の心情を素直に伝えてくれた。

 それに対して事務作業から解放された社長は笑顔で俺に申し訳ないと謝っているのか定かではない謝罪を送ってくる。

 普通なら舐めているのかと怒るところだが、生憎と多大な量の事務処理の辛さを知る俺はその解放感も熟知している。

 なので社長に対しても、ああ分かると同意して頷きたい気持ちを我慢して気にしていないと口にする。


「さてとだ。正直、先日の事後処理で我が軍はてんやわんやだ」


 俺の行動に対して満足気に頷いた社長は、笑顔を少し疲れたという雰囲気の表情に変えた。


「おかげで本来であれば勇者を撃退した君にはパレードなり式典なりと催すのが習わしなんだけど、タイミングが悪かった。少人数での授与式程度に収まってしまったよ」

「それは残念です」


 そして社長の口から出てきた言葉に対して内心ではガッツポーズを取る。

 研修で一通りどころかかなり本格的に礼儀作法に関しては習ったが実戦はまだだ。

 いきなり大舞台など勘弁願いたい身としては嬉しいと思いつつ、建前上は残念だと言わねばならないのが社畜の性だ。

 少人数ならそこまで気負う必要はないと思いつつ話の先を促す。

 社長がわざわざ足を運んだのだ。

 こんな伝達事項を伝えるだけで来たとは思えない。


「さて、ここで本題だ」


 来たと思った。

 社長が笑顔を引っ込め、真剣な表情を取った。


「色々と着飾った遠回しの言葉は無しでいこうか。正直君は活躍しすぎた。僕やエヴィア、将軍位にいるメンバーは概ね君に対する報酬に関しては惜しまない方針なんだが、頭の固い老人たちはそれを良しとしなかった」


 その顔色に感情は見せないのは流石だと思う。

 喜怒哀楽の感情を見せることなく、真剣に社長は俺に話しかける。


「王様と言っても、一人で国の運営をしているわけじゃないし、全員が僕に対して協力的というわけでもないのが悲しい現実だ。僕としては君には爵位と領地を与えて経験を積んでもらって将軍になってもらおうと思っていたところだけど、うまくいかないものだね」


 なるほどと俺は社長の言葉にうなずく。

 確かに俺は魔王軍に入った身としては外様と身内の狭間にいるような立ち位置だ。

 それも一年経っただけの新人とも捉えることができるような職歴。

 いくら成果を上げようとも実績を積み重ねようと、信用という物を勝ち取るには時間が少なすぎる。


「まぁ、そっちに関してはおいおい説得して君には報いるつもりだ」

「報いるなんて、自分は」


 だからこそ、たった一度の大戦果を評価してもらうのはうれしいがそれで軋轢が生まれるのは望まない。

 社長の報いるという言葉はきっと嘘ではない。

 だからこそ、ここは俺の方から辞退するべきだと思った。

 ただ我武者羅に頑張った結果であって、意図して成果を出したわけではない。

 命の危機こそあったが、成長もでき、自分なりに満足のできる結末にも納まった。

 上がそう言うのなら、静かに身を引くのも処世術、なに、人生が長くなった身だ。

 この先ゆっくり出世すればいいと思っていた俺であったが、社長は違うようだった。


「おっと、信賞必罰は王の務めだよ」


 辞退の言葉を継げようとする俺の声に被せるように社長は待ったをかけ、それ以上は言わせないと右手の掌を前に突きだす。


「何もしないでいては他者にも示しがつかないのさ。今回の褒章は君のためではなく僕のためであるということもこれから組織を運営するつもりなら覚えておきたまえ」

「そうだ。次郎、もし仮にお前が今回の報酬を辞退すれば、お前だけではなく他のテスターたちの評価にも響く、さらに言えば魔王軍の中でのテスターたちの風当たりも強くなる。謙虚なことが美徳であり続けるわけではないんだ」


 真剣な表情から一転、再び笑顔になった社長の言葉を引き継ぐようにエヴィアが俺に語りかけてくる。

 その内容は俺にとっては新鮮だった。

 言われてみれば確かにと言った感じだ。

 俺は周囲に迷惑をかけないようにと心掛けてきた部分はあるが、評価されることを断ることでの弊害は考えていなかった。

 評価され、褒められることは確かに良いことであるが、心ない他者からの嫉妬も受けるからあまりそういったことに対して積極的ではなかった。

 しかし、逆を考えれば俺が今回この話を辞退すれば、勇者を倒したとしても報酬はないという前例を作り出してしまうことになる。

 なんだそのブラックな話はということだ。

 そして何より社長は報酬は無しと言っているのではなく、別の形で報いると言っているのは無難な形で納めてくれると言うことだろう。


「わかりました」

「うん、そう言ってくれると思ったよ」


 ここまで言われてごねるのは得策ではない。

 第一、俺には損はないのだ。

 常識的に考えれば断る方が異常なのだ。

 今回は頑張った自分へのご褒美という形で納得させてもらおう。

 さて、そうなると素直に何がもらえるか楽しみである。

 順当にいけば、賞与という形での臨時ボーナスか?

 俗物的な思考でいけば相当な額がもらえると踏める。

 うん、それなら子供も生まれたことだ。

 少し前に話していた一軒家のことも考えた方がよさそうだな。

 今回の件もあって寮の方よりもダンジョンの奥にある団地の方が安全だろうし、その土地や建物を買う頭金にでもなればいいかと思っていると。


「とりあえずこちらの方で有志を募って前祝いと言うことで用意させてもらった。エヴィア」

「ああ、これが目録だ」

「目録?」


 てっきり給与明細的な何かを渡されるものだと思っていた俺は、エヴィアが高級レストランとかでありそうな厚手のメニュー表を渡してきて、目録と言ってきた。

 見るからに高級そうな革でできたそのメニューを開いて中身を見る。


「え゛」


 喉が詰まるようにでた渋い俺の声が漏れてしまった。

 てっきり一軒家を買う程度の金額が書かれているかと思えばそうではなかった。


「なんですかこれ」

「うん、僕たちからのほんのお礼さ。本命は別にあるけど、とりあえず形式は君に報いたことにするためのブラフかな。足りなかったかい?」

「いや、足りなかったって口が裂けても言えない内容なんですが………」

「そうか?私からすれば少ないと言わざるを得ないのだが」

「少ないって………」


 これが嘘ではなく正真正銘前金のような報酬であることは社長の口調からして察することができ、エヴィアの言い方を考えれば彼らからすれば大したことではないのだろう。

 再び目録に目を通す。

 まずはフシオ教官からだが、これが一番分かりやすい。


「フシオ教官からだけで、ゼロがヤバい数の金が振り込まれることになるんですが」

「うん?こちらの物価で言えば宝くじというものの一等が当たる程度の額だと聞いているが」

「いや、正直これだけでも十分なんですが、次にキオ教官なんですが」


 正直年末に行われる宝くじの最高額をポンと渡されてもリアクションに困る。

 社長の大した額ではないだろうというリアクションがさらに困る。

 勇者か?勇者を倒したからなのか?と困惑しつつ、次に指さしたのはキオ教官の項目。


「金剛石って書いてますけど、隣に書いてある重量と個数がおかしいんですが」

「間違ってないよ?ライドウ曰くこっちの風習に合わせたらしいね。結婚するとき指輪を贈ると聞いてその装飾にって」

「大きすぎます」


 二百カラットって、ヤバいよな?それがスエラたち四人分って、絶対値段がヤバいよな?

 すでにこの目録の内容がまずいような気がするが、まだあるので震える指先を抑えて、そっと下にずらす。


「巨人王様から、近衛職人って書いてありますけど」


 そして今度はこれだ。

 前に鉱樹を見せた時以来あっていないはずなのにも関わらず、彼の巨人の王からも祝いの品が届いているが近衛職人と書かれていてイマイチ要領を得ない。

 ただ、逆に分からないからこそ不安にもなる。


「ああ、ウォーロックが直に育てた精鋭の職人たちだよ。彼ら全員に依頼できるなんてそれこそ大貴族だって難しいんだ。きっと無料でその腕を振るってくれるさ!」


 はい、異世界の国宝級の職人をゲットしました。

 巨人王とあったとき職人気質だとは思ったが、まさかこういう形で来るとは思っていなかった。

 日本で言うのなら宮大工や工芸職人と言った感じの人たちだろうか?

 何が作れるか分からないが、とりあえず何か用事があるときは頼もうと思う。

 いや、むしろ何を頼めばいいんだ?と疑問を残しつつ次に行く。


「樹王様からは………世界樹の苗?え?世界樹?」

「あいつらしいな。ルナリアはおそらくお前とスエラの関係を深めることでダークエルフ全体とのつながりを深めようとしているのだろう」


 世界樹と聞けばゲームとかでかなり重要な要素であるのにもかかわらず社長とエヴィアはツッコミもしない。

 あれ?俺の価値観が間違っているのか?

 むしろ樹王様に俺とスエラの関係を心配されている方が重要?


「え?世界樹に関してはツッコみなし?ですか?」


 あまりのことにさすがに俺もツッコまざるを得なかったが社長は笑いながら大丈夫だと言う。


「ダークエルフの里では希少な樹ではあるけど、そこまで珍しいというわけではないからね。精霊と契約している次郎君にはかなり都合のいい品だと思うよ?」

「………ちなみにお値段の方は?」

「聞かない方がいいと思うよ」

「はい」


 現段階で果たしていくらくらいの価値の物が送られて来たのだろうか。


「………」

「おや?アミリに関してはノーコメントかい?」

「いや、どこから言えば良いんですか?」

「いや、彼女なりにかなり奮発したなと僕は思うけどね。貴族でも持っている方が少ないよそれは」

「私も実家にはあるが、個人では持っていないな」

「………魔導機動戦艦、使い道があるんですか?」

「うん、わりとね、大陸を移動するときはかなり使い勝手がいいんだ」

「護衛を乗せての要人警護の時は特に役立つな。整備に関しても、それ自体が独立したゴーレムのようなものだ。作るのは大変だが維持にはそこまで金はかからん」


 そしてクルーザー感覚で送られてきた兵器をどうするかと悩むことになるとは思わなかった。

 いや、クルーザーを送られても困るが、戦艦って、個人が所有してもいいのか?

 目の前の国の長が許可している段階でそう思うのは違うかもしれないが、ツッコまずにはいられない。


「………エヴィア」

「なんだ?」

「ありがとう。なんか一番ほっとしたよ」

「そうか」

「おや?照れてるかい?」

「………」

「すまなかった。だから無言で書類を増やそうとしないでくれないかい?」


 だがツッコんだら負けだと思い。

 次のエヴィアの項目を見たら、ある意味で一番まともだと思ってしまった。

 それはこの会社、エヴィアが管轄するダンジョン内にある一つのフロアの土地の所有権。

 所謂不動産と呼ばれるものだ。

 今まで用意してくれた将軍たちの贈り物が贈り物だけに正直、感覚がマヒしている。

 ああ、項目に書いてある面積と立地条件はあえて無視する。

 一等地にその広大な面積など見えていない!

 社長とエヴィアのやり取りをスルーしつつ、一番最後といっても項目的には一番上に書かれ、今の今までスルーしていた社長の項目を見る。

 ああ、現実と向き合わねばならないのか。


「………〝後見人 魔王 インシグネ・ルナルオス〟」


 その項目を見て、朗読し、呆れながら首を横に振るエヴィアを目の当たりにしこれが現実だと理解しつつ社長を見れば。


「よろしくね、次郎君!」


 グッとサムズアップする社長を全力で殴りたいと思ったのはこの日が初めてであった。



 今日の一言

 受け取らないと失礼に値することもある………


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔導機動戦艦て、ひょっとしたらマ◯ロスみたいな⁉️
[一言] 次郎ファミリーというか次郎はもう安心して突き抜けていくのを見守れますね… それよりも海堂と双子と機王様を応援しております…
[一言] >>魔導機動戦艦 私知ってる、コレって変形して人形巨大ゴーレムになる奴だ……
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