386 置いて行かれると怯える奴の手を引っ張るのも必要だ
勇者の襲撃、というよりは神の襲撃と言うべき事件。
俺からしてもだが、会社という組織全体から見てもはた迷惑な事件であった。
会社の人員や建物に痛い傷を残したあの事件から早数日。
俺は這う体でスエラたちの元に参上したが、そのあとすぐにケイリィさんの用意した医者により医務室に連行されたのは言うまでもない。
魔力体でなく生身であり、見た目どころか中身もボロボロであった俺はすぐさまそこで検査入院することになった。
そして連行されたら治療と検査を受けるのも当然だ。
さらに言うのなら、検査を受ければ俺が魔力適正値をまた更新したこともバレる。
「え?」
っと何度も目をこすり、魔力適正の値を確認しなおす顔見知りのリザードマンの医者は最終的にベッドに横になる俺の顔を見てお前何なの?と化け物扱いしてくる始末。
魔法やポーションと言った薬品で治療は完璧、あとは経過観察すればいいかと思っていた医者たちの思惑とは裏腹に、ズタボロになるたびにとんでもない結果を引っ提げてくる俺。
その後に騒ぎが起きるのは予想の範疇。
どこかで見たことのある光景で、ざわめき出す医者たちの光景も若干の懐かしさを感じる。
ちなみに俺はヴァルスさんによって知らされているので特段驚く様子はない。
だが、人体実験や解剖をしようと言い出す輩がいたことに若干の冷や汗を感じた。
「とまぁ、そんなわけで、あと二、三日は入院生活が続きそうだ」
「まぁ、先輩のことっすから入院したら何かあるとは思っていたっすけど、何と言うか俺からすればまたかっていう感じっすね」
「奇遇だな、俺もだ」
入院生活というのは基本的に暇だ。
会社も損害を受け基本業務に支障が出ている現状、やれることなど限られてくる。
仕事をするにも、事務方の方でも別業務でてんやわんやしてダンジョンテストをする余裕はしばらくない。
では訓練をするかと言われれば、勇者と殺し合いをやった身で何を言うかという話になる。
スエラたちはもちろん、数日は過度な運動は厳禁だと医者たちに厳命されている。
おかげでこうやって見舞いに来た人と会話をするか、読書をするかテレビを見るかと言ったことしかできない。
前の会社の労働環境ではありえないほどのんびりとしている。
海堂という気の知れた仲であり男同士ということも踏まえて気楽な会話ができているという要素も落ち着く理由になる。
トラブルに巻き込まれるのが当たり前だと言う感覚になっていることを肯定してやれば、椅子に座りながらケタケタと海堂は笑い始める。
「そう言うお前はどうしてたんだ?あの日の夜は普通に部屋にいたはずだろ?」
そんな笑う海堂に向けて俺も今更だなと笑いつつ、自分の結末はかろうじて飲み込める範囲で収まったと飲み込み、ならば同日に同じ建物内にいた海堂はどうなのかと気になり聞いてみる。
目の前で笑う男は俺とは違い、怪我らしい怪我も見受けられない。
精神的にショックを受けた様子もないところから見て無事であったのは確かだ。
「いやぁ、俺はっすねぇ」
どうやら言いづらい状況であったのは確かなようだ。
俺の質問に対して笑いをピタリと止め、そっと視線を明後日の方向に向け始める海堂。
わかりやすい誤魔化し方だなと思いつつ。
「北宮も南も勝も何もなかったって報告は来ているんだ。お前が今更何もなかったからって怒りゃしないさ」
俺だけ重傷で自分が無傷なのが後ろめたいのだろうとあたりをつけて話の先を促す。
実際、俺の言った言葉は嘘ではない。
南たちのように社内で生活していない社員やアルバイトが襲撃を受けていないか心配になり早急に確認作業が行われている。
その結果は問題なし、ガン無視と言っていいほど社外にいるメンバーに被害はなかった。
住所が特定されなかったからなのか、それともこの世界の国を敵に回したくなかったからなのか、あるいは別の理由があるのか。
魔王軍からしたら不自然すぎる行動に疑問を抱いて、現在も調査しているらしい。
最近出来た日本とのラインも活用して霧江さんとも連携を図っているらしい。
さて、そんなことはいいとして海堂との話に戻る。
「いやぁ、実は、俺もあまりの展開に追いついていなくて」
しどろもどろになりつつ、どう説明したものかと困っている海堂の言葉を待つ。
「いや、あれっすよ?覚えていないとかじゃなくて」
「いいから話せ」
いい加減面倒になった俺は少し語気を強めて一から十までの説明を求めた。
そうしてやっと渋々という感じで海堂は語り出した。
「寝ぼけているうちにアミリちゃんのダンジョンの最深部に連れていかれたっす」
「は?」
情けないという話ではなく、正直に海堂は理解が及んでいなかったと語る。
「あの日は少しお酒が入ってて、深く寝ちゃったんすよ。騒ぎが起きてぼんやりとしている時にアミリちゃんが執事っぽいゴーレム連れてきて、シィクちゃんとミィクちゃんと一緒に気づいたらアミリちゃんのダンジョンの最深部に他に回収したテスターと一緒に保護されてたっす」
何と言えば良いのだろうか、海堂からすれば気づいたらことが終わっていたという話らしい。
「まさかこんな形でダンジョンの最深部に行くことになるとは思わなかったっす」
「感想は?」
当人からすれば少し男として情けないと言わんばかりに傷ついていたが、俺からすればダンジョン内の情報を得られる貴重な体験だ。
海堂には申し訳ないが、後々の参考のために情報を聞いておくと。
「どっかの秘密基地の司令部っぽいと思ったっすね。冗談半分で近くに待機してくれていた執事のゴーレムさんに質問したらその司令部の周りの映像を見せてくれたっす」
興味津々と海堂の体験談を聞いてみれば、あれはすごかったと遠い目で語ってくれる。
「どこぞの国と戦争するつもりなんだと思うくらいの巨大ゴーレムがずらりと並んでたっす。多分っすけどあれがアミリちゃんの最高戦力だと思うっすよ。パッと見はロボットアニメの光景だったっす」
「何とも男のロマンが詰まってそうな軍団だな」
「そうっすよ!思わず乗れないか聞いたっすよ!」
「乗れたのか?」
「コックピットはなかったっす」
「なんだそりゃ」
最終的にはアミリさんが修羅場っている時に、興奮していた海堂ということで収まってしまった。
そのことに対してなんだそりゃと笑いつつ少し雑談して、ふとした拍子に間が開く。
会話をしているとそれくらいはよくあることで気にはしていなかったが。
「………なんで俺はこういう時に役立てないんっすかねぇ」
男同士で笑いながら会話をしているときに海堂のトーンが下がる。
その雰囲気はいつもの海堂ではない。
「いっつもそうっす。先輩やアミリちゃんが頑張ってるとき俺はほとんど何もできない。普段の仕事で役立ってると思っても、いざという時は力不足だっていっつも思うっす」
それはこの仕事を続けてきて思う海堂なりの不満が詰まった結果なのだろう。
今回の事件でその感情が表立ってきた。
普段の元気は鳴りを潜め、気弱になっている後輩がそこにはいた。
「………そうだなぁ」
気弱に笑みを浮かべる海堂に向けて俺はどういう言葉を言えば良いかしばし悩む。
肯定することも否定することも言葉で言うのは簡単だ。
だが、海堂自身が納得できるかどうかという話になれば、また違う。
この場合きっと同意してほしいのではなく、海堂は切っ掛けを求めているように聞こえる。
海堂の魔力適正はお世辞にも高いとは言い難い。
それこそ、この会社で働く基準値の最底辺とも言っていい。
ここから先、海堂以上の才能を持つ輩は多く排出されるだろう。
それでもここまで頑張ってこれたのは偏に海堂の努力の賜物だろう。
「お前の場合はどうすればいいじゃなくて、どうしたいかが重要な気がするな」
そんな後輩に向けて俺が伝えられる言葉は少ない。
「安易な言葉になるかもしれないが、今のお前に必要なのは目標なのかもしれないな」
ガリガリと後頭部を掻きながら、説教臭くなるなと苦笑しつつ海堂の反応を見る。
「目標っすか?」
ぽかんとする海堂に再び苦笑をこぼし、話を続ける。
無駄になるかもしれない。
必要ないかもしれない。
「ああ、強さの目標ではなく、この会社で何をしたいかという目標だ。お前が入社したてのころは女の子にモテたいなって言ってた気がするけどな」
「そんなこと言ってたっすか俺?」
だけど、その少ない言葉はしっかりと伝えないといけない。
「言ってたな。まぁ、その言葉はある意味で叶ったわけだが」
「………思ってたのとだいぶ違う気がするっすけど」
「容姿がか?」
「ノーコメントっす」
「いいじゃないか、美少女揃いだぞ?」
「ノーコメントっす!!」
その少ない言葉でも一人の男の背中を軽く押すことくらいはできる。
海堂の想像していたハーレムはもっとアダルトチックな感じの女性が揃っていただろうと予想はつくが、現実は将来有望?と言わしめる少女たちが海堂の周りに集まっている。
クツクツと笑いながら海堂を揶揄いつつ、伝えたい言葉を海堂に送る。
「正直言えばな海堂、俺がこうやってズタボロになりながらも生き残れたのは運もあるだろうさ。一歩間違えればこの顔に白い布がかぶさっててもおかしくはない」
「縁起でもないっすよ」
「そうなってもおかしくない綱渡りをしてきたってことだよ。常に実力が足りてたかって聞かれたら足りている時の方が少ないって答える」
少し脱線しつつ、海堂に何が言いたいんだという懐疑的な視線を浴び。
俺は本心でこの言葉を海堂に伝える。
エボルイーターの時も、競技大会の時も、アメリアを救う時も、そして勇者と戦ったときもだ。
「生き残るために頑張れた理由なんて俗物的なもんだぞ。ただ我武者羅に武の道を目指したなんて高尚な気持ちで俺は強くなったんじゃない。どっちかと言えば実力は後付けだ。好きな女にカッコいいと言ってほしい。好きな女に子供を産んでもらったから生き残りたい。今の俺なんてそんな程度の理由で頑張っているんだよ。そこにたまたま才能が芽生えただけで、かっこいいお題目なんて存在しない」
「何と言うか、普通っすね」
「おう、普通結構。存外身近な理由の方が現実味があっていいもんだ。漠然とした目標だったり壮大すぎると逆にやる気も気力も削られて達成はできないからな」
「それで人間やめてるっすから世話ないっすよ」
「違いない」
「あと、言ってる意味もよくわからないっす」
「考えるな感じろ」
「それ、昔上司に言われたセリフぽいっすよ。ならってない仕事を押しつけられた時のやつっす」
「マジか、やっぱさっきの台詞無しで」
結局のところ気の持ちようだ。
自分のできる範囲のことで満足するか、海堂のように現状で不満を抱いてこの先を目指すか。
海堂はその分岐路に立っているだけだ。
俺の冗談に落ち込んでいた海堂がクスリと笑う。
「結局のところ俺がどうこう言うよりはお前がどうしたいかって話だ」
「それって結局自分で考えろってことっすよね?さんざんいろんなこと言ってたっすけど」
「そうとも言うが、少し違うな。お前がどうしたいか決めないと俺もどうアドバイスしたらいいかわからないってことだよ」
そしてその笑みの後に呆れたように口を開く海堂の言葉に俺も苦笑しながら答える。
「悩め悩め、それが許されているのなら悩んだ方が得だ」
自分のために悩めるというのはある種の贅沢だ。
世の中には悩める時間すらない人が大勢いる。
「強くなるにもジャンルがある。精神的なのか肉体的なのかこれだけで二つの選択肢がある。お前が感じた悔しさは、どの方法で解決できるのかそれを考えろ」
だからある意味で海堂も俺も恵まれた環境にいるのだ。
悩む時間を与えられ、その悩みを解決するための手段を探してくれる仲間がいる。
それはとても幸せなことだと俺は思う。
「了解っす」
それが伝わったかどうかはわからないが海堂の表情に明るさが戻ったように見える。
「ちなみにだが海堂」
そんな海堂に向けてもう一つだけお節介を焼く。
「なんっすか先輩?」
ある意味でこれは蛇足になるかもしれないが、これは伝えておいた方がいい。
「うちの会社は強くなればなるほどトラブルに巻き込まれる可能性が跳ね上がるぞ?」
トラブルに対応できるということはすなわちトラブルに巻き込まれやすくなるということ。
「あ」
そのことを失念していた海堂は、呆けたようにそれに行きつき。
頭を抱え、さらにどうするかと悩むのであった。
俺はその姿を見て大きく口を開き笑うのであった。
今日の一言
実力はつけることに越したことはないが、それを活かせるかどうかは当人次第。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




