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384 火種は大火となったが消し去られる

 Another side


「予想していたよりも被害が少なかったね」


 次郎が倒れ、残った魔力で時空の精霊ヴァルスを顕現させている間に侵入者を捕縛した魔王は現状の確認に勤しむ。

被害範囲は人的、物的双方広い範囲に見受けられる。

 しかし、魔王の手元にあるタブレットから会社内の被害が魔王の想像していた内容よりもはるかに下回っていることを知る。

 それに対しては表情を変えない魔王。

 どのような結果に終わったとしても被害が出たことには変わらない。

 わずかな被害であっても出たのならそこに関して喜んではいけないからだ。


「………機王の奮闘もそうだが、今回の功労者は間違いなく彼だろうね」


 しかしだからと言って評価しないという行動にはつながらない。

 会社の留守を預かった機王の活躍もさることながら、予想以上に活躍を見せた次郎。

この二人が魔王の手元にある報告書の結果を作り出したといっても過言ではない。

 自ら厳重に封印を施した勇者と熾天使ニシア、そしてイスアルの者たちを部下たちに輸送させそれを見送った社長は思う。

 会社での騒動は次郎が奮闘してくれたおかげで、被害は被ったが致命打にはならなかった。

 誘拐されかけていた社員は無事救出できて、社内の被害と敵の死体の片づけに取り掛かるのも時間はかからなかった。


「さてさて、彼にはどういった褒賞がいいものか、活躍しすぎると言うのもこういった面では悩んでしまう」


 そういった時間に取り掛かれることも含め功労者には何を与えるべきかと悩むのもトップの務めだ。

 しかしそればかり悩み続けるわけにはいかない。

 それは社内での問題が一旦片付いただけで、魔大陸での騒動はまだ終わっていない。


「………そちらはエヴィアと相談して決めるとしようか」


今回の功績は大きい。

よほどのものではない限りは叶えようと魔王は考える。

 色々と思い付きはするが、彼個人の意見を無視するわけにはいかないと判断し、思考を中断。

 別の問題を思い起こす。


「こちらはどうにかなったが、向こうの方もそろそろ落ち着くだろうか?」


 どちらかと言えば会社の問題よりもそっちの方が大ごとだ。

 本来であれば一会社の大事よりも、一国家の大事の方が重要だ。

 今回の件は留守を預かった機王が解決すべき問題であったが、勇者が現れたと言う報告が機王より迅速に伝えられたために会社に魔王が出向く結果となった。

 おかげで戦場から魔王が飛んでくることになっていたわけだ。

 社内の片づけの陣頭指揮を執っていた魔王は、片目を瞑りその視界の先を使い魔と繋げる。

 そこは、部下に任せた複数の戦場と繋がっており、その現状を把握するために連絡手段は確保している。


「ああ、ライドウ聞こえるかい?取り込み中のところ悪いけど状況を報告してほしいんだ」


 映った先は薄暗い森の中。

 しかし使い魔が顔を移動させると景色が一変する。

 本来であれば薄暗く静かな森の中であったはずであったが。


『おう!大将か!少し待ってくれ、今小うるさい蠅を落としにかかってるところだからよ!』


 鬼たちの怒声。

 響き渡る魔獣の断末魔。

 辺り一帯が地獄か?と勘違いするほどに鬼たちが暴れまわっている。

 その地面に横たわる死体は鬼も混じっているが、大多数は魔獣であり、鬼より多く天使の死体も混じっている。


『僕を蠅だと!?薄汚れた魔族風情が僕を蠅だとほざいたか!?』


 社長の繋げた使い魔の視線の先は山がはげ、その大地に上半身裸の鬼王ライドウが元気に手を振っていて、その上空には苛立ちを隠しもせず熾天使アルテナがライドウに蠅と呼ばれたことに怒りを表す。


『ああ?だってそうだろ、さっきからチクチクかゆいだけの攻撃ばっかしやがってよ、ブンブン飛び回って逃げるしかない能無しが、蠅と言って何が悪い』


 鬼王には今回の魔獣と天使の発生原因の根元を断ってもらおうと判断して魔王が派遣したが、やはりその判断は正しかった。

 鬼王は守勢に回すよりも攻め手に回した方が本領を発揮する。

 大体の方向性だけを把握しただけで、すでに相手の根城まで攻め込んでいるあたり手が早い。

 頭の固い老人はこれを独断専行と取り叱咤するが魔王の考えは少し違う。


「ライドウ、君には余計なことかもしれないけど」


 クスリと鬼王らしいと笑みを浮かべながら魔王は続きの言葉を紡ぐ。


「吉報を待っているよ。できるだけ早く教えてくれればなおうれしいかな?」

『おう!待ってろよ大将!』


 諫めるのではなく、信じて背中を押す。

 かの鬼はそちらの方が成果を出すと言うことも理解してのことであったが、それ以上に信頼してのこと。

 世が世であれば、彼が魔王であってもおかしくないほどの実力とカリスマを持つ鬼王。

 そのことを知る魔王はそれほどの部下がいることに安堵しつつ、対峙する熾天使は気の毒だなと心にもないことを思いつつ次の使い魔に繋げる。


『おや、魔王様そちらの方はよろしいので?』

「ああ、ノーライフ。君の弟子が奮闘してくれたおかげでね。最悪には至らなかった」

『カカカカカ、次郎めがですか』


 次に見えた景色は誰かの肩に止まりつつゆっくりと街道を進む光景だった。

 戦いは終わり、現地から撤退していた様子。

 魔王の気配を感じ取ったのだろう不死王は要件を訪ね吉報を聞けば嬉しそうに笑う。


『ですが、無事ではありますまい』

「医者によれば命に別状はないが、しばらくは安静だ。帰還後見舞いに行くといい」

『そうさせてもらいましょう』


 しかし、戦う相手を知っていた不死王はすぐにその笑い声を引っ込め、安否の確認をしてくる。

 不死王が生者にここまで入れ込むことは過去を振り返ってもない。

 それほど次郎のことを気にかけているということ。


「ああ、そうするといい。本題に入ろう。ライドウが敵の本拠地に攻め入ってる。戦力的には問題ないだろうが、念のためだ。君の方で後詰を出してくれないか?」

『なるほど、戦好きのあ奴の姿が見えんと思えばそのようなところにおりましたか。委細承知いたしました。ワシ自身が向かえないのは残念でございますが』

「………捕らえたのかい?」

『はい、竜王の奴めは知りませんがワシの方は無事に』


 そして、戦場を用意したのにもかかわらず不死王自身は向かえないという。

 ケガをしたわけでも再起不能でもないとなれば理由は一つ。


「なるほど、それは吉報だ」


 侵攻していた熾天使を捉えたということだ。

 ヒミクに双子の天使、そして次郎が捕らえたニシアに不死王の熾天使。

 この段階で四つの階位をもつ熾天使が太陽神の手から離れたということになる。

 加減を知らない竜王のところはもしかしたら殺してしまうかもしれないが、それはそれで問題はない。

 確実に神の手札を削り取れたということだから。


『して、魔王様、エヴィアに連絡はしましたかな?』


 そのことに喜びを感じていた魔王であったが不死王の言葉にピタリと動きを止めてしまった。

 避けていたというわけではないが、気が進まないからあとに回していたという事実はある。

 もっとも援軍が必要だった箇所は間違いなくエヴィアのいる牢獄であった。

 しかし援軍が必要であるはずなのにもかかわらず、不要とエヴィアは言い放ち、それ以降の連絡はない。


『早めに連絡をした方がよろしいかと』

「そうだね、うん、そうするか」


 負けるという予想はない。

 エヴィアが大丈夫だと言ったのだから、きっと大丈夫なのだろうと魔王の中で確信めいたものがある。

 だが、激しい戦闘の後の彼女はまずい。

 特に全力の力を出し切った後のエヴィアは非常にまずいのだ。

 普段は冷静沈着、たまに感情を見せることは有れど普段の生活なら許容範囲内だ。

 しかし、戦いの後、それこそ激しい殺し合いの後のエヴィアはまずい。

 だが、連絡しないという選択も後に冷静になったエヴィア相手にはまずい。

 どちらにしてもまずいのなら、まだ後々楽な方向で行動したほうがいいだろうと魔王は判断する。

 僅かに逡巡するも、三体目の使い魔に向けて繋がりを持とうとする。


「………」


 そしてその動作は正しく実行され、魔王の片目にその先の光景が映し出される。

 そこは牢獄、魔大陸の罪人の中でも特級の罪人を閉じ込めている場所であった。

 数多の魔獣と天使の死骸を積み上げ、その山の上には幾多の魔剣を突き刺されたオブジェが存在した。

 いや、オブジェじゃないのは魔王が一目見た段階で分かった。

 天使だ。

 それも最高位の存在だ。

 使い魔をその魔剣の剣山のように突き刺された熾天使の場所まで飛ばせる。


『ああ、魔王様ですか』


 使い魔の気配を感じてゆっくりと剣山の影から顔を上げる存在がいた。

 エヴィアだ。

 うっとりとまるで酒に酔っているかかのように艶やかに笑みを見せながら、エヴィアは使い魔に視線をやる。


『申し訳ありません。まだこの天使を仕留められていませんので、もう少し、ええ、もう少しだけお待ちください』


 数多の屍の山を一人で作り上げた。

 その頂の部分にある熾天使の姿は見るも無残。

 鎧らしき装備が見えるも、すでにその機能は皆無と言っていい。

 美しかっただろう翼にも、幾重にも魔剣が突き刺され、再生をしようと白い炎が立とうするが魔剣にすべて吸われている。


『が、ぁ。う、ぇ』


 口も黒い鋼でできた槍に貫かれ、うめき声のような言葉が漏れるだけで瞳も濁っている。

 壊されたと表現するのが妥当。

 さらに壊すためにゆらりとエヴィアは立ち上がり、すっと空間から魔剣を一本取り出し。


『がぁうはぁ!?』


 その剣山に一本追加する。

 血が噴き出て、その部分にも白い炎が立ちこむが傷は治らない。

 だが、死にもしない。


「エヴィア」

『はい、何でしょうか?』


 冷静であろうと諫めている部分のタガが外れれば、尋常じゃない戦闘能力を発揮するエヴィアであるが、その分魔剣の影響をもろに受けてしまう。

 生命に影響するようなことはないが、抜き身の刀かのような危うさはある。

 連絡するのを躊躇ったのはエヴィアがまともな解答をすることができるか不安があったからだ。


「報告できるかい?」

『ええ、できます』


 酔いを醒ますかのように、少しずつ落ち着けるように、だが強い酒を多量に摂取したかのようにそのほてりは治まらず、彼女は虚空を見るように視線を合わせることなくポツリポツリと語り始めた。

 敵の大部分を彼女一人で殲滅し、その代償として味方の部下の生存者はゼロ。

 カーター他、罪人も数名脱走してしまったことも彼女は語った。


『弁明はしません。部下や重要な罪人を失いました。処罰はいかようにも』

「いや、結果的には熾天使を捕らえてもいる。それに」


 語るにつれて徐々に落ち着きを取り戻しているエヴィアは、最終的に後悔しているように魔王は感じた。

 敵を全滅させても、それだけでは意味がないと言っているかのように。


「次郎君が大戦果を挙げたんだ。ここで君を処罰してしまえば彼の戦果が陰ってしまう」

『次郎が?』

「ああ、神に憑依された勇者を撃退、おまけに熾天使一人に、イスアルの兵士を三人捕縛している。この世界に足を踏み込んで二年も経っていない彼がだよ?」


 その気分を紛らわせるために言っているわけではないが、事実であるため伝える。

 魔王の言葉にエヴィアは初めて使い魔の瞳に目を合わせ、魔王と直接向き合った。

 全身に着込んだ鎧はそこら中が傷だらけで、その戦いの激しさを物語っていた。


「ただ、その代価で今は安静にしている。ノーライフが見舞いに行くと言っていたが、君も彼を労ってやってくれ」


 その戦いの癒しとして彼の戦果を魔王は大いに評価する。


「ついでに、彼への報償も考えてくれると僕としては助かるけどね」


 最後に冗談交じりに使い魔にウインクさせ、仕事を振るとエヴィアは一つ口元に笑みを浮かべる。


『承知しました。つきましては、これの護送もあります。援軍の方に後処理をお願いしたいのですが』

「わかった。ウォーロックの方を向かわせよう」

『助かります』


 部下の精神的フォローも上司の務めと割り切って魔王は指示を出すために使い魔との接続を切る。


「さて、次の仕事に取り掛かるかな」


 今回の襲撃、魔王軍はそれなりの出血を強いられたが、はてさてイスアルの方面はどれほどの痛手を負っただろうか。

 熾天使六人が魔王軍の手の中に入って神はどれほど怒り狂うだろうかと魔王は少し鬱屈していた感情がほぐされたのを感じ、その時にふと思い出す。


「それにしても彼も無茶をする。いや、この場合は愛妻家と言った方がいいのかな?」


事後処理に勤しむ前に意識を取り戻した一人の男が体を引きずり歩き去っていた後姿を思い出し、魔王は一回笑った後に仕事に戻るのであった。



 今日の一言

 地力はしっかりある分だけ、対処はしやすい


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] スエラさんの次はエヴィアさんが産休に入るのが次郎さんとエヴィアさんへのご褒美? [一言] こっちも随分ボロボロにされたが神ざまぁできそうな計算なのでおつりは来そうですね。 ワーカホリッ…
[良い点] いやぁ、マジで良かったぜ。 痛み分けにも近いけど、ヘイトが解消されて。
[一言] 未来視で見た未来で魔王様何やってんだとか言ってすいませんでした。 部下の対応に色々と考えてくれてるいい上司です。すいませんでした
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