383 代価はでかいが、結果よければすべてよし
体が重いなんて言葉を言うくらいに、体が言うことを聞かない。
全力でパイル・リグレットをぶちかました結果がこれか。
打った後で言うのもなんだが、ズタボロの状況で放つ魔法ではなかったと痛みを感じつつ反省する。
やせ我慢で苦笑一つするのも一苦労、ダメージチェックして苦笑が失笑に変わるのはシャレになっていない。
まず最初にパイル・リグレットを放った左腕の感覚が死んでる。
力を込めてもピクリと痙攣するように動くのが精々。
肩から下が持ち上がるどころか、関節を曲げられない。
神経が死んだか、麻痺したか、罅は絶対に入っているとして骨があり得ない方向に折れていないのが幸いか。
熱を持っているが痛みがないのがなおのこと嫌な感覚だ。
次に気づいたのが聴覚だ。
左耳が聞こえない。
発動時の炸裂音で左耳の鼓膜がイッたのだろう。
歩こうとしたら右足に違和感を感じる、支えに使った右足も多分だが折れてる。
だが。
「手ごたえはあった」
〝あの威力を受けて無事であるのなら大したものだ〟
その代償を払った分の成果はしっかりと出ていると思う。
目の前の惨状は砂煙が立ちこもり良く見えない。
その現象が起きている原因は俺の足元から広がっている。
波紋上に広がった荒れ跡。
パイル・リグレットによって発生した衝撃波で抉れている。
俺の突き出した拳より前が爆撃を受けたような惨状になっている。
あくまで余波でこの惨状だ。
そんな破壊を成した魔法の最大威力の中心に神の、イシャンの顔が存在したのだ。
ギャグ補正だろうが問答無用でミンチいや、塵すら残さない威力を叩き込んだ。
冗談抜きであれは生身の人間に放つような攻撃ではない。
それは理解しているが、加減して勝てる相手でもないことも事実。
聖剣を斬り飛ばし、一瞬の思考停止の隙は正に絶好の機会であった。
そこに最大威力の攻撃を叩きこむ。
現状俺の勝ち筋としてはこれが最良判断であった。
反省はするが後悔はしていない。
そんな気持ちで一時的に静かになった空間で佇み、三秒先の未来を見ていても土煙が少し和らいでいるだけ、決まったかと思った。
「っつ!」
だが、その直後に見えた光景を見て俺は体をのけぞらせる。
「………予備があって便利だなぁ神様よ?」
視線の先を通り過ぎる白刃の切っ先。
イシャンの体がもっていた別の聖剣。
その持ち主が通り過ぎたことにより、第三ラウンドが始まるかとも思う。
「ったく、使えなくなったら別の肉体って便利すぎて羨ましくなるぞ。少しは手加減しろよこっちはボロボロなんだぞ」
容赦なく切り込んできた相手に皮肉交じりで苦言を呈すが返答は期待していない。
こっちはズタボロ通り越しそうになっていると言うのにという弱音は抑えつつまともに動く右半身を駆使し通り過ぎた存在に体を向ける。
「………」
しかし、様子がおかしい。
瞳孔が開き切り、憎悪がにじみ出ているかのように俺を凝視している川崎。
その中にいるのは神か、それとも当人かと考えるが言葉を発しないのにそれを察しろというのは無理があるが違和感があるのも事実。
睨みあうように対峙する間も時間は過ぎ、立ち上っていた土煙がようやく収まった。
その先にある光景をチラ見する。
「ああ………そう言うことね」
そして合点がいった。
強化された肉体はチラ見というわずかな時間でも詳細にその様子を脳裏に焼き付けた。
壁に寄り掛かるように倒れたイシャン。
その殴りつけた頬は削げ、耳は無くなり、右目もない。
恐らくだが脳にも衝撃がいっている。
原形をとどめていることに驚きと感嘆の気持ちが入り混じるが、目の前の川崎の瞳に写る憎悪の意味合いを知るには十分な資料となった。
そして、今あの場に立っている存在が神ではないというのも把握できた。
「………面倒だ」
色恋に対して幻想を抱くには俺は歳をくいすぎた。
川崎がイシャンに対してどんな感情を抱いていたかなんて知りたくもない。
ただ、わかるのは普段見てきた川崎は何らかの理由でその感情を隠していた。
「くだらなすぎて、面倒だ」
隠してきた理由はわからないが、隠していた感情は理解した。
その理由を察してしまった俺の感情は、はっきりと言葉として形になり、相手の憎悪を掻き立てた。
「お前、私情で俺たちを巻き込んだろ?」
だが、そんな憎悪を俺は冷めた目で見る。
くだらない。
川崎とイシャンが敵側に回っているのは何かわけがあるのではとは考えた。
家族を人質に取られた。
何らかの理由で渋々敵に回った。
許されることではないのはわかっていても、同情する余地はあるくらいの理由を欲していた俺はその情けすら踏みにじられた。
いや違う、勝手に俺が期待して勝手に俺が裏切られたと思ったのだ。
そこを責めるのはお門違いか。
ただ、理解し納得しても、この冷めた気持ちだけはどうしようもない。
川崎翠が裏切った理由、いや、そもそも川崎からすれば裏切ってすらいない。
あいつからしたら最初からスパイをしていただけで、勝手に同僚だと思っていたのは俺たちだ。
ああ、図式にすれば簡単だった。
こんな感情は川崎からすれば理不尽だろうさ。
「………ああ、くだらねぇ」
だからだろう。
今回の戦いの意味を俺は心底くだらないと思ってしまう。
この女は一人の男のために遊女のように男を惑わし、この日のためだけに行動し情報を集め、そして。
「こんな女のせいでスエラは、俺の女や子供は危ない目にあったって?」
こんな危険な目にあっているのはこの女が手引きしたのだと、そしてそれが仕方なくだとしても、俺たちに対して騙していることに対して罪悪感を抱いているのではなく。
ただ一人の男のためにやるしかないと言って、俺たちは勝手に天秤にかけられ切り捨てられる側に立たされた。
諸悪の根源は神であるのは理解している。
この女が利用されているだけなのも把握した。
だが、その瞳に憎悪を宿し、俺を襲ってきた時点で、同情する余地などなくなった。
人間、何か理由があれば仕方ないと言って価値の低い他者を切り捨てる。
「ああ、本当にくだらない」
自分は被害者だと言い連ねて、反撃してきた俺の行動に腹を立て、自分はかわいそうだと自分の価値観を正義に仕立て上げた。
「そう、思いませんか? 社長?」
だからこそ俺はやる気が失せた。
女の感情を利用されて引き起こされたこの惨状。
正直、殺気全開のパイル・リグレットをぶちかましたおかげで感情が落ち着いていると言う理由もある。
迎撃できるだけの力以外は脱力し、スエラたちが走り去った道を守るように立っていた俺は背後に感じた気配に振り向く。
「はははは、女性の感情は受け止めるものだよ?次郎君?」
重役様の出勤である。
心身共に余裕のない状況で、逆恨みしている女の感情を受け止めろとは酷なことを言う。
「生憎とスエラたち以外の嫉妬は受け入れ拒否しているもので」
精々こんな感じに冗談を流す程度しかできない。
「うん、それなら仕方ないかな」
全身ボロボロの俺を気遣って社長が差し出してくれるポーションが非常にありがたい。
「経費で落ちますよね?」
「安心したまえ、僕のポケットマネーだ」
妙に魔力を感じる一品、高級感あふれる瓶を見て結構お高めの奴だと言うのを理解し、冗談を混ぜつつ聞いてみれば社長は笑顔で奢りだと言ってくれる。
なので安心して飲めるなと相棒を地面に突き刺す。
警戒?
そんなもの社長が隣に立った時点でやめてる。
「現状報告いります?」
「君が善戦した。結果彼女一人以外を制圧して、おまけに勇者を一人倒してくれた。違うかい?」
「大雑把に言えばそうですね」
「詳細は、ゆっくりその体を治してから聞くとしようか」
空いた右手でポーションの瓶の蓋を開け、いっきに飲み干す。
「はぁ、これでしばらく持ちますけど。できるだけ早く片付けてくれると助かりますね」
「あまり持たなさそうかい?」
「ええ、ポーション一本でだいぶマシになりましたけど、結構限界に近いです」
「ふむ、それなら仕方ないか」
たまにHP1でも戦えるRPGとか存在するが、今の俺はそれに近い。
ポーションで回復したのに?と思われる人もいるかもしれないが、格闘ゲームのゲージのようにあるようでないそんな感じの体力で戦ってきたのだ。
出すものだして、緊張していた糸がポーションのおかげで緩み、今更だが反動が出てきた。
「あそこのメンツ捕えていないといけないんで、俺は防御くらいしかできません」
ズキズキとアドレナリンでごまかしていた痛みも感じてきた。
いよいよいつ倒れてもおかしくない状況になってきた。
ぎこちなく動く左手で壁際にまとめられているエシュリーたちイスアル一行を差せば、社長は満足そうに頷く。
「十分だよ。この手柄に対する報酬は期待してくれ、がっかりはさせないよ」
「それを聞けただけでも気合が入りますね」
ゆっくりと歩き出した魔王。
色々と条件が悪かった結果娘を攫われたが、今回はどうだ。
敵は川崎一人。
他に戦える戦力は存在しない。
逃げるためのゲートを開けるニシアは抑えた。
「うん、それでは手早く」
どうする?
と悩んでいた俺だが。
「消し飛ばそうか」
本当に社長はうちの娘を気遣って、手加減していたようだ。
さっと何気なく掲げられた社長の左手から、魔法陣の発動もなく特大の魔力が放出された。
極太の黒いビームと言えば良いだろうか。
正しく魔砲。
容赦の欠片もなく横たわるイシャンめがけて放たれた魔砲の前に川崎は躍り出て、聖剣の力によってそれを防ぐが。
「はい、詰みだ」
その魔砲はただ直線するだけの攻撃ではなかった。
「!?」
言葉を発せぬまま、その黒い魔力は突如として流体へと変貌し、川崎とイシャンを包み込み。
「そしてグシャッと一発」
そのまま出来上がった球体を目前にして社長は差し出していた左手の手のひらを握りこむ。
何とも気楽な声で行っているが、その効果はえげつない。
「………うわぁ」
何が起きたかまじまじと見せつけられた俺はそう言うしかなかった。
あの未来視が間違っていたのでは?と思わせるくらいに戦いは呆気なかった。
内部で爆発が起きたかのように黒い球体が爆発し、四散したと思えば、中から川崎とイシャンが出てくる。
グロイと表現するのがいいだろうか?
本当にうわぁとしか感想が言えない光景が目の前に広がってしまえば開き直るほかない。
血みどろで倒れ伏す二人。
イシャンに至っては元から致命傷であったはずだろうに、正しくオーバーキル。
「うん、我ながら絶妙な殺し加減」
「いや、生きてるんですか? あれ」
「虫の息だけどね、なぁに、心配しなくても大丈夫さ。うちには優秀なスタッフがいる。こんな状況でも二、三日で元通りさ」
生きているのが不思議なくらいな光景を前にして、社長は笑顔で経過を報告してくれる。
「なにせ神が器に選んだ人間だ。この程度では死ねないよ」
そして悲しげに社長は二人を見つめる。
死なないではなく、死ねない。
無力化はできたが、このままでは危険だと言うのではなく、憐れみをもってして社長は二人を見つめていた。
「………それにしてもずいぶんとあっさり倒せましたね。仮にも勇者ですよね?」
その表情には触れてはいけないと思った俺は、話題を変えることにした。
「君の努力の結果だよ。ずいぶんと神の意識が弱まっていたようだけど、一体何をしたんだい?」
「聖剣ぶった斬って、顔面に全力のパイル・リグレット叩き込みました」
「ああ、なるほど、なるほど、純魔法を使ったのか良い手だ」
「良い手なんですか?」
「ああ、効率的ではないけどね」
その話題転換もあってか社長はあっさり表情を元の笑みに戻していた。
そして、この戦果は俺のおかげだともいう。
「もともと純魔法は物理的ダメージに目が行きやすいけど、本来は魂に直接影響の出やすい攻撃なんだよ。聖剣という神を受信するアンテナの役割を果たすものを壊した後にそんな攻撃喰らっては流石の神もびっくりしただろうさ」
ハハハハと笑う社長を見て、そう言うものかと納得するほかない。
というより考える余裕がない。
深夜から始まった戦いは想像以上にハードだった。
体が早く休ませろと訴えかけ始め、意識が朦朧としてき始めた。
「社長、早くそこの奴ら捕縛してもらっていいですか?」
「ああ、あとは任せてくれ」
あの未来を見た時の言葉。
正直、少し疑わしいがそれでも、現状この人に任せる他ない。
ぐらりと倒れ込む俺の体を社長は支えてくれた。
そのまま俺の意識は落ちていくのであった。
今日の一言
濃厚な時間を過ごした方がいいが、濃厚すぎるのは勘弁だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




