382 振り上げた拳を振り下ろせる機会は滅多にない
遅れてすみません。
最後のシーンに繋げる方法を考えてましたら遅れてしまいました。
出来ましたので投稿いたします。
相棒である鉱樹の覚醒という俺にとっては朗報、神にとってはと考えるまでもない。
切っ先を向けた後は全力で俺たちは駆け出す。
風を突き破り、床を砕き、地面に痕跡を残しながら相棒を振り抜く。
「!」
相棒と神の聖剣のぶつかり合い。
金属音が響く前に新たな音が重なり、甲高い音を醸し出す。
火花が咲き乱れる戦闘の空間に、神の表情が歪むのが見える。
その表情に対して、わずかに見えた聖剣の刀身を見て、俺の中で歓喜が沸く。
〝なんと脆弱、なんと惰弱、なんと脆い物か!聖剣という物は‼〟
その理由に対して相棒も喜びを表していた。
いや、お前が異常に鋭くなりすぎているんだよと心の中でツッコミを入れつつも、その言葉は否定しない。
振り回されているのにも関わらず多弁な相棒だ。
しかし、その喜ぶ理由に関しては俺も共感できる。
聖剣の刀身に見える切れ込み。
そう、刃こぼれだ。
それも本来であれば並大抵の代物では傷一つつくはずのない聖剣にだ。
「黙れぇ!」
そして挑発とも取れる相棒の言葉に神は荒れる。
人間という器、いや、勇者という器を介してでなければ手出しのできない不便さを強いられている。
そのことも相まってか、最初の無表情はどこに消えたのか今では明確に俺に対して敵意を向けている。
「随分と余裕がないな神様?」
最初とは立場が逆転している。
未来視、アクセルセンシスを進化した鉱樹が神がまき散らしている周囲の魔素を吸収し俺に供給しているおかげでほぼ無尽蔵に使うことができている。
最初は使用できて二回かそこらであった停止結界も今では。
「またか!?」
「ああ、まただよ!」
ちょっとした時間を空ければ再発動できる。
あえて躱さず停止結界で神の聖剣による一閃を受け、相手の隙を無理矢理作り出す。
これで三度目。
いい加減神も警戒してか、このフェイントも防がれつつあるが一瞬だけとはいえ、押そうが引こうがピクリとも動かない結界は神からしたらたまらない物だろう。
そして何より俺からすれば時間が経てば経つほど、神からしたら最悪の相手が来ることが確定している。
すなわち時間が味方し、俺の中で心の余裕という物がある。
心理的余裕の差が、戦力的立場を逆転させていた。
だが。
「うちの嫁をいたぶってくれた分の礼はしないとなぁ!」
例え、起こらなかった出来事であっても、あの悪夢のような未来の結末を許しているわけではない。
はたから見れば完全に八つ当たり。
しかし、この神なら絶対にやるであろう確信のもと、加減など一切しない。
心は熱くなり、頭は氷でも差し込まれたかのように相棒を振るう手は止まらない。
火花は全て聖剣から吐き出されるもの。
徐々に攻撃を受けるのではなく、躱すことに専念するようになる神。
躱すと言うのは聞こえがいいが、反撃を想定した回避となると難しくなる。
まずは攻撃をできる姿勢、あるいは相手の次の攻撃が来るまでの間に反撃のできる姿勢で躱すと言うことである。
前者はより速度を求めることで相手に攻撃の意図を悟らせるよりも前に攻撃ができる、後者はより洗練すれば攻撃を悟らせないと言う意味合いで不意を打つ理想である。
だが、これを高速の戦闘下で行うのは並ではない。
次に躱すために第一の前提として相手の攻撃を予測しなければならない、第二の前提として相手と同等あるいは相手を上回るもしくは相手に一時的にでも比類出来る速度を保持しなければならないのだ。
この二つの条件がそろっていなければ、躱しながら攻撃など土台不可能だ。
ただ躱すだけならその難易度はある程度は下げられるが、どっちにしても躱し続けることは困難になる。
「おのれ人間がぁ!訳の分からないことを!!」
「そうだろうよ!わからないだろうな!お前からしたら完全な八つ当たりだろうなぁ!!」
だが、神は躱し続けなければならない。
鉱樹の切れ味はある意味で俺以上に痛感しているだろう。
そんな刃を振るう俺の力は俺以上に痛感しているはずだ。
時空の特級精霊であるヴァルスさんの実力など把握していないはずもない。
神からすれば予想外の問題要素が積み重なり自身の首を絞めている。
慢心ダメ絶対。
うちの社長にも言いたいところであるが、どう言えば良いのだろうか?と関係ないことを悩むも一瞬で外に追い出す。
「俺はなぁ!怒っているんだよぉ!!」
なにせそんなことを考えている暇があるのなら一秒でも早く、一瞬でも早く目の前の神を切り捨てたい。
自分の愛する女たちが痛めつけられた。
自分が愛する我が子を攫われそうになった。
その事実は怒髪天を突く。
二割増しどころか二十割増しで相棒を振るう。
鈍い音を通り過ぎ、甲高い音を通り過ぎ、音を置き去りにし、刹那で音を重ね鉱樹が複数に増えたかの如く残像をいくつも作り出す。
怒りに任せて攻撃をするなど本来はやってはいけないのだが、不思議と目の前の存在を切り飛ばせるのならと頭の中は過去一番と言えるくらいに脳みそを使っている。
ただ我武者羅に相手を切るのではなく、どうすれば相手を切れるのか相手に致命傷を負わせられるのかを模索し続けている。
「だから!もっとだ!相棒!」
〝おう!〟
その気持ちに答えるのはボロボロの俺の体だけではない。
相棒は接続した根から周囲から吸収した魔素を魔力へと変換し、高純度にした魔力をもってして俺の体を補佐し強化してくれている。
だからこそこんなボロボロでも動くことができている。
戦い終わった後のことなど考えない。
「っ!?」
そんなことを考えている暇などない。
俺の目からしても神の動きは速い。
一時、一瞬たりとも目を放すことができないくらいだ。
だが、その目の先にある神の表情は厳しいと言う感情を隠そうともしない。
それでもひやりとする攻撃が今も眼前を通り過ぎるように振るわれる。
殺生を求められる剣戟に加え、俺の肉体の動作に対して不便を強いる斬撃も加わっている。
「おのれ!おのれ!おのれ!」
癇癪を起した子供の様に神は騒ぐが、ケタケタと内心で笑いながら、絶対にシバクと心は鉱樹の柄を強く握らせる。
打ち合い大きな火花が散りまたもや聖剣に刃こぼれが増える。
それでも切れ味は落ちないのが聖剣のすごいところなのだろうが、感心している暇があるのなら一回でも多く振るう手を増やす。
「勇者でもない、魔王でもない人間風情がぁ!」
神の傲慢というのは苛立つものであるが、こうやって慌てふためく姿を見るのは滑稽だ。
胸がスッとする感情を感じつつ、ニヤッと教官譲りの笑みを浮かべてやる。
苦しい時こそ笑え。
ピンチの時はいつもそうしてきた。
「ああ、そうだよ!人間だよ!ちょっとどころか結構逸脱してるけどまだ人間だよ!あんたを追い込んでいるのはな!人間なんだよ!」
笑顔も添えて、縦横無尽にエントランスを動きヴァルスさんの援護を時折受けながら神の首を取るために全力で鉱樹を振るう。
ちらりと見えた光景で、ヴァルスさんがエシュリーたちを捉えている光景も見える。
川崎の方にはまだ手が届いていないが、それも時間の問題。
そして、戦っている最中であるがふとこれならと思う戦略を思いつく。
最早原型をとどめていないエントランスを走り回り間合いを計り合う。
剣としての長さは鉱樹が上、ただ、重量面で言えば聖剣の方が上だろう。
そうなれば自然と間合いの距離も変わってくる。
打ち合いから一転、距離の測り合いになり、刃が交わる回数が減る。
正直、この状況は俺にとってよろしくはない。
魔力でごまかしているとはいえ体は重傷を通り越している。
止血はしているが打ち合うたびに血は出て、若干であるが貧血気味であったりする。
ただかなり興奮しているからあまり関係ないといった状況だ。
「魔力を回せ!」
〝おう!!〟
それでも早く目的を達成することに越したことはない。
体の限界など超えるためにあると常日頃から教官に教え込まれ、守ってきたが正直、ヤバいと言う一線は超えたことはあまりない。
その一線に向けてチキンレースをしている感覚をバリバリ感じている。
ならばその危機感を楽しむとしよう。
刻一刻と削られる感覚に身を委ね、焦りを歓喜に変える。
時間がないと言うのならその時間内に倒してしまえばいいだけのこと。
神を追いかけまわし、攻撃の手を増やし、神の体に傷をつける。
これからやることははっきり言えば、他者から見れば外道の所業だろう。
なにせイシャンが積極的に神の手伝いをしていると言う証拠はない。
ただ体を乗っ取られていると言う可能性がある。
しかして、俺はその可能性を無視し、とある魔法を用意する。
封印魔法。
これはあらゆる事象を固定化し発動させない効果のある魔法。
強力な魔法を封印することすらできる上、上書きもできる。
〝相棒〟
「なんだ!?」
準備段階に入った時に相棒が少し不満げに俺に声をかけてくる。
戦闘中だと言うのになと苦笑しつつ答える。
〝それを発動するのは構わんが、その前に目の前の聖剣をどうにかしろ〟
加えてオーダーもしてきた。
〝あれを形を残したままというのは納得できん〟
まったくうちの相棒は無理を言う。
神が振るう聖剣を折れと申してきたか。
ただ固定している代物ならいくらでも切り裂こう。
だが、相手は高速で振り回されている堅牢な聖剣だ。
それを壊せと?
無茶振りもほどがある。
「まぁ、ちょうどいいか」
だが、それもいいかとニヤリと笑う。
今も魔法を準備しているが、その間の手すきの時間に切ってしまうか。
「聖剣を切り裂くだと?ふざけたことを抜かす!」
「残念!これから実現するからふざけたことじゃないんだよ!」
実際刃こぼれはしているが聖剣の芯までは切り裂けていない現状だ。
聖剣そのもの切り裂くなど土台無理だと思われ、憤慨されるのも無理はない。
だが、俺の感覚の中では不可能だと思えなかった。
斬れる。
その感覚と手ごたえが確かにある。
相棒の要請にこたえるためにその感覚を研ぎ澄ませる。
一回交わるたびに、それは鋭くなり、神がその感覚を嫌って戦い方を変えようともその感覚の鋭さは研ぎ澄まされる。
〝なんだ、ふざけるなと言っておきながら打ち合わぬとは、腑抜けたものだ〟
「違うぞ、ああいうのはビビっていると言うんだよ!」
〝ふむ、なるほど、確かに怖気づいていると表現する方が正確か〟
そんな最中神への挑発は中々効果的であった。
「我がお前を恐れていると言ったか!」
「ああ、言った!逃げ腰の神様よ!」
〝否定できん〟
元々プライドが高いのは目に見えていた。
異世界という物理的な距離を考えられない世界に魂だけを送り付けているにもかかわらず俺たちを見下していた。
絶対な力を確信している神。
負けるはずがない。
そんな言葉をにじみ出していた。
だからこそここまで追い詰められるなんて想定していないはずだ。
俺が社長のような魔王であるなら話は別だ。
「ゆるさん」
だが、逸脱しているだけの人間にそこまで言われて神の表情から別の意味で感情が抜け落ちる。
「ただ死ね、お前は我の視界に入る資格もない」
「断る、やるなら実力行使でやってみな!」
正しく切れた。
神の放つ威圧が、鋭くなった。
俺に対して嫌悪感を見せ始める神であったが俺にとっては好都合。
果敢に攻めに入ってくれた方がこっちとしても追いかける手間がかからなくて楽でいい。
聖剣にも神の魔力が纏われ、その質がさっきよりも上であることがわかる。
神にとって俺に全力を出すことなど恥だと思っているだろうが、それでも全力を出してきた。
「なら死ね」
やってみろと挑発した後の神は確かに鋭さを増した。
だが、そこには確かな慢心もあった。
油断しないと気合を入れた攻撃は確かに鋭く驚異的な威力を誇るだろう。
だが、逆に言えば気負っているとも言える。
人一人殺すのに過剰ともいえる魔力を纏った聖剣の一撃。
僅かに血管から血が噴き出ているのを見れば体に負担を強いた強化だと言うのもわかる。
速度も相まってこれを受ければ間違いなく俺は死ぬ。
だが過剰とも言える威力。
その一撃を放った攻撃の意思の中にわずかであるが慢心があるのだ。
この一撃なら確実に倒せると。
「カハ」
ニタリと俺の口元が笑う。
愚か、何とも愚かなことだろうか。
万全を期した攻撃ならそんな余分な感情などない。
ただ振るえばいい。
気負いなど余分な感情に過ぎない。
そうだこんな風にだ。
ただ斬ることに専念すればいいだけ。
「な、に?」
振り下ろされた聖剣の結末を見て神は信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開く。
ああ、未来視で見続けて待っていた。
この一撃。
全力で振り下ろすなら当然、その威力は相当だ。
だが、相対的に俺の攻撃を後押ししてくれる攻撃でもある。
振り下ろしに対して振り上げで対抗するなど愚の骨頂かもしれないが、刀身を半ばから断たれた聖剣を見てそれを言える奴がいるなら言ってみろ。
宙を舞い回転する聖剣の断たれた方の刃。
そして、明確に見えた神の顔面にめがけて俺は用意していた魔法を開放する。
「歯ぁ食いしばれや」
俺の肘部分に展開される魔法陣。
その数は十個。
ばねのように重なり、これから放たれる一撃の威力を物語っている。
過剰威力には過剰威力。
今できる俺のある意味での最高の一撃を放つ。
その魔法の名は。
「パイル・リグレットオォォォォォ!!!」
後悔の杭の名を冠する魔法は決して鳴らしてはいけない炸裂音を響かせ、その音に見合った破壊を見せつける。
何人たりとも防ぐことを許さず、俺の左拳は白き炎を突き破り神の頬にぶち込まれるのであった。
今日の一言
溜まった感情は吐き出さなければならない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




