381 対策が通用するかどうかは本番までわからない
中指立てて、神への宣戦布告は終了。
ズタボロな体は悲鳴をあげているのにもかかわらず、神に向けて中指を立てると言うあり得ない行動は俺の気持ちをすっきりさせた。
おかげで心臓は高鳴り、それに合わせてテンションも上がっている。
場違いな感情かもしれないが、俺は今楽しいと思っている。
周囲はヴァルスさんの登場に騒然となり、静かに冷静さを見せているのは神のみ。
「………」
その神が。
「っ!」
目の前から突如掻き消え。
俺はその先の景色を〝視た〟。
「随分と、せっかちだなぁ神様」
「………」
その景色を疑わず俺は反射的に鉱樹を上に構え、その直後その鉱樹に衝撃が走る。
鉱樹の刃の先を見れば、そこには未来視で見えた通り神が聖剣を振り下ろしていた。
未来視によって神がどう動くか分かれば、ズタボロの体だろうと神の一撃を防ぐことは余裕で出来る。
三秒という制限はこの戦いにおいてほぼ意味がない。
むしろ俺にアドバンテージを与えてくれる。
何せ一秒間でどれほどの行動を相手が取っていると思う?
答えは数えるのも億劫になるほどだ。
通常なら三秒間で人間ができることなど限られるが、相手は勇者と呼ばれる存在に宿った神だ。
「カハ!」
瞬時にヴァルスさんの召還者の俺を仕留め、ヴァルスさんを消したいんだろうが、そうは問屋が卸さない。
獰猛な笑みが口元に浮かぶのがわかる。
竜の血を暴走させ、限界まで体の能力を引き出したのにも関わらず敵わなかった。
それなのにも関わらず、今は敵う。
これが魔力適正十の片鱗か。
「行くか、ヴァルスさん」
『ええ、いつでも、召喚者さん』
ギリギリと鉱樹と神の聖剣が鍔迫り合いをするが、これはスタートライン。
ここからが本番。
ヴァルスさんの頼もしい声に背を押され俺は。
「さぁ、殺り合おうか神様よ!」
自身の体の状態など度外視し体に魔力を全力で回し、その聖剣を弾き飛ばした。
弾き飛ばした衝撃の威力に神の表情が一瞬だけ変わる。
ああ、あんたは思っていなかっただろうな。
さっきまで余裕で捌いていた人間の攻撃に吹き飛ばされるなんて。
「父上!?今加勢を!」
『あら、邪魔しちゃだめよ?』
ヴァルスさんの登場、そして俺の突然の覚醒。
嫌な予感がしたのだろう、ニシアは翼を広げ俺へと挑みかかろうとするが、そこを遮るように巨大な蛇の尾が振りかざされる。
その動きに反応するも一瞬時を止められ壁に叩きつけられるニシアは、そのまま蛇の肉体に押し潰され壁に磔にされる。
『はい、おしまい。契約者さんこれで神炎を使えるのはそこにいる馬鹿だけだから頑張ってねぇ』
「ハハハハハ!期待が重いなぁ!」
その光景を見ることもなく、その声に背を押され神へと切りかかり、そのまま打ち合いになる。
未来視と聞けば、そのまま映像のように流れ見えるものだとイメージするが、少し違う。
確かに映像のように流れてくることもあるが、戦闘中にそんな映像を悠長に見ている暇などない。
いかにアクセルセンシスで、意識を加速させ、思考時間を短くしていてもすべてを見ている暇などない。
ではどういう形で送られてくるか。
シンプルに言えばフラッシュバックだ。
一瞬で景色が過ぎ去り、その内容を理解する。
それが何度も繰り返されるのだ。
「………っ」
おかげで神と剣で打ち合えるわけだが、情報処理が大変だ。
暴走させている時と違い、本能による直感よりも自身の判断が重要になる。
判断する時間は体感的には秒単位で存在するが、逆に言えばそれしかない状況で人間の技で神と渡り合っている。
全力で駆け、フェイントを入れて来る攻撃に対して、未来視で本命を探り、更なる攻撃を折り重ねる。
忌々し気に眉間に皺を寄せる神の顔が見える中、こっちは自然と笑みを浮かべる。
一回剣戟を交えるたびに、火花が飛び、さらに加速させねばと思考が体を催促する。
血が足りない、酸素が足りない、骨が軋む、筋肉が悲鳴をあげる。
万全の状態だったらいいのに、そもそもスエラたちの退避の時間を稼ぐだけならこうも果敢に攻める必要などない。
心の弱い部分が必死に俺に訴えかけてくる。
だが。
「関係あるかぁ!」
そんな声聞こえないな!
突然叫んだことに対しても神は眉一つ動かさない。
ただ、迫る俺の刃を躱し、弾き、反撃されている。
「っ!」
剣戟だけではない。
魔法も展開し、時間差で攻撃してくるが、全て弾き返す。
そして。
「何?」
「ようやくそのスカした面の表情筋が仕事したな?」
乱戦の中での一撃、僅かに掠った鉱樹の一撃、そこに走る朱い一閃、頬から滴り落ちる赤い血。
それは間違いなく神に傷をつけた証。
驚愕とも困惑とも取れる神の表情に満足げに笑みを浮かべ、さらに一歩強く踏み込む。
実際どうしたものか。
スエラたちはもうすでにエントランスから脱出しかけている。
このフロアから脱出しても、あの予知を見る限り避難施設まで行くまでの時間は稼ぐつもりだ。
一回一回、攻撃を止めるまでもなく、高速で切り結ぶ手を緩めない。
「貴様、何をした」
互角に渡り合うことがそんなに驚きか。
最初と違い、余裕で戦うことにそんなに違和感があるか。
「教えるか、アホ」
だが、敵に塩を送るような真似はしない。
こっちは必死に食らいつく必要が無くなっただけで、余裕があるわけでもない。
おいそれと話して余計なことを思いつかれてはたまらない。
しかし、ヴァルスさんとの契約の結びが強くなったおかげで、魔力消費もそこまで気にするレベルではなくなったのは大きい。
未来視もアクセルセンシスも問題なく稼働している。
近接で戦っている最中でも、相手の遠距離攻撃をヴァルスさんが止めてくれているのが分かる。
おかげで、踏み込みを躊躇う必要が少ない。
「不敬な!!」
未来視によって、頭の中で情報が更新され神の振り下ろしに、カウンターを合わせ突きを放つ。
聖剣自体がぶれて見え、輪郭を追うだけで精一杯なのにもかかわらず、俺の鉱樹は相手の攻撃を潜り抜け、その切っ先を神の眼球めがけて突き進む。
神の叫びなど関係ない、ただまっすぐに貫くのみ。
人体的に鍛えられない眼球なら防ぐことなど出来ないだろうと針に糸を通すような神経で突きを放つ。
「驕るな人間」
その突きが止められた。
やはり白い炎によって、俺の切っ先が止められている。
そのうちに神の聖剣が返ってくる。
「どっちが!」
その聖剣を停止結界で止める。
虚空に固定された聖剣は止まり、神の腕でもピクリとも動かすことができない。
その隙に鉱樹を素早く抜き、今度は首めがけて振り抜く。
だが。
「っ」
やはり白い炎によって止められる。
社長の攻撃は防がれないのに、俺の攻撃は防がれる。
ヴァルスさんの能力は破格であるが、攻撃力には直結しないのが欠点だ。
ヴァルスさん曰く、元に戻ればその攻撃力も解消されると言っていたが、そんな兆候は一切ない。
『大丈夫、信じなさい』
一瞬だけ焦り、その心を見透かしたかのようにヴァルスさんが念話を飛ばしてくる。
どういう意図があってそんな言葉を言っているかは分からないがならばその時が来るまでの間、こっちは全力で戦うまでだ。
最低でも、社長が来るまでにはあいつの顔面に一発入れたいしな!
そんなことを思いながら、停止結界が解け、自由になった聖剣を振り抜いてきた神に合わせ、こちらも鉱樹の刃を打ち合わせる。
〝ピキ〟
その時嫌な音が響いた。
そしてせせら笑うかのように神の口元に笑みが浮かぶ。
「どうやら、貴様の限界よりも先に武器の限界が来たようだな」
その嘲笑う神の言葉など無視し、一瞬映った鉱樹の刀身に罅が走っている。
流石の俺もそのことには焦る。
自分の体ばかり心配して、相棒の方に気が回っていなかった。
「随分と手こずらせてくれたようだが、これで終わりだ。あの女の抱く我が器も手に入る」
勝利を確信した神の声。
その言葉に未来視で見た光景が、一瞬思い浮かぶ。
〝ドクン〟
だがその悪夢を否定したのは誰でもない相棒だった。
強い鼓動、強い魔力の波動。
まるで体に罅が入ったことなど関係ないと言わんばかりに強く訴えかけてくる。
怯むな、怯えるな。
振るえ、叩き込め。
戦うことを躊躇うなと背中を押すように魔力を送り込んでくる。
「勝手に終わらすなぁ!」
その簡単な後押しは万人に賛同されるよりも心強く、俺の心を突き動かした。
加減など一切ない全力の一撃。
その反動でさらに鉱樹の刀身に罅を増やそうとも、神を退け、こちらが攻勢に出ることを躊躇わない。
踏み込みで瓦礫を踏み砕き、さらに地面に罅を加え、歯を食いしばり、軋む体に鞭を打ち、全力で神を切り飛ばすという意思の元、手加減を一切合切失くした全力攻撃。
一度振るえば、一つ鉱樹の刀身に罅が増える。
二度振るえば、三つ鉱樹の刀身に罅が増える。
三度振るえば、十の罅が鉱樹に増える。
いつ砕け散ってもおかしくない見た目になった鉱樹は、それでも鋭さを失わない。
光り輝く聖剣に対して、自身の生きざまを見せつけるかのようにもっとだと俺を鼓舞するかのように魔力の鼓動を止めない。
「いい加減に砕けろ!」
俺も相棒も見た目はボロボロ、そんな様の姿の人間一人、剣一本折れないことに苛立った神はついに声を荒げる。
手が痺れるように響く打ち合ったときの衝撃。
それでも握る手の握力を弱めたりなんかしない。
ピキリとまた罅が増えたが、それでも気にせず。
「お前ごときに砕けるか!」
相手が神であることなど最早頭から抜け落ちている。
ただ強いだけの敵としか、認識なんて出来ていない。
ただ、負けてはいけない敵としか認識していない。
段々と余分な思考が抜けてくる。
髪の毛を切り飛ばし、耳に掠り、出た血飛沫など関係ない。
返す刀で鼻先を切り飛ばしてやろうとしたが、それは躱される。
燕返しで今度は首を狙えば聖剣が間に差し込まれ防がれ、また鉱樹の刀身に罅が増える。
だが、不思議なことに焦りがない。
本来であれば武器が限界を迎え、武器を失えば戦闘能力が一気に下がると言う事実があるのにも関わらず打ち合えば打ち合うほど、相棒が砕けるとは思えないのだ。
「なぜだ!なぜ砕けん!たかが人間の持っている武器が、なぜ砕けぬのだ!」
むしろ焦りを抱いているのは神の方だ。
打ち合い、火花が散り、そのたびに鉱樹は細かい罅を増やす。
だがそれでも芯の部分は揺らがない。
それは担い手である俺にしか分からない感覚。
全ての攻撃のダメージが鉱樹の表層に集約しているようなイメージ。
何かあると確信しているわけではない。
だが、何かあると根拠のない確信が心の奥底から溢れ出てくる。
そして、何合目か、数えてもいない鉱樹と聖剣の打ち合い。
ついに鉱樹の刀身の罅の一角が崩れ落ちた。
神はようやく折れたかと口元に笑みを浮かべ止めだと全力で攻撃してくるのが未来視で見える。
その攻撃は停止結界で防がなければならない。
だが、それを俺は選ばない。
「行くぞ!相棒!」
〝オウ〟
なぜなら、視えたからだ。
その未来の先に見えた。
「なに!?」
新たな鉱樹の姿に俺は賭けた。
神の聖剣の攻撃に罅割れた刀身で真っ向から打ち付ける。
全ての罅が砕け散るほどの衝撃。
その先に俺が持つ刃は存在しないはず。
だが、そのしないはずの結果を否定し、神の聖剣は受け止められている。
砕け散った鉱樹の中から現れた、一本の刀。
鏡面かのような白銀の刀身を携えて、細身の体にも関わらず圧し切る両刃の聖剣を受け止めた刀身に刃毀れはない。
むしろ。
「我が聖剣に刃毀れだと!?」
その刃は聖剣の刃を切り込んでいた。
「ふん!」
鍔迫り合いの状況となった状態を仕切りなおし、押して神の体を吹き飛ばす。
聖剣が刃毀れしたことに驚愕したか、あっさりと神の体は押し出される。
俺の手に残る鉱樹、いや相棒は姿を変えた。
〝相棒〟
「お前、意思があるのか?」
〝この姿に生まれ変わる過程で、古の竜より個を賜った〟
大太刀ほどの長さを誇るようになった我が相棒の声に驚きを隠せない。
透き通るような声が俺の耳に入ってくる。
「なんだか、面白いことになったなお前」
〝相棒のおかげだ。ここまで自分を育て上げた存在はそうはいない〟
なぜか無性に可笑しくなりその場で笑い声をあげてしまう。
戦っている最中にも関わらずにだ。
神は警戒し、こっちに切りかかってくる様子は今のところはない。
「なぁ、相棒」
〝なんだ?〟
そしてヴァルスさんの言っていた意味が今わかった。
「お前に切れないモノはないか?」
〝愚問だな〟
その答え合わせのための質問を何を聞くかと言うかのごとく相棒は迷うことなく断言した。
〝自分と相棒、これが揃えば切れぬモノなどない!〟
「ハハハハハ!そうだな!違いない!」
ああ、感謝するよ神。
最初の試し切りがお前だと言うことを、これほど斬り甲斐のある相手は他には居まい。
〝ああ、そうだ相棒!相手は神と言うのならさぞ斬り甲斐があるだろうさ!!〟
俺たちが揃った。
パズルの欠けていたピースが見つかった、そんな感じがする。
「それじゃぁ、行こうか」
〝オウとも!〟
ゆっくりと相棒の切っ先を神へと向け。
「さぁ、神。その首奪われる覚悟は出来たか?」
〝出来ていなくても〟
その刀身に魔力を這わせ。
「〝もらうがな!〟」
その一歩を踏み出す。
今日の一言
予定の手が通じなくても、別の手を用意すればいい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




