380 事前情報と言うのは非情に重要である
最初に、ここまでの話を書いているなかで感想を読みで驚きました。
タイムリープや、次郎が精霊を使ってないから本気じゃないじゃん等の感想が見れまして、え?もしかしてこの後の展開読まれてる?なんて思ったりもしましたが、そこまで感じてしまったのでついあまりやらない前書きを添えました。
一種のこの作品で私がやりたかった主人公最強の片鱗を感じていただいて楽しんでいただけたら幸いです
『契約者さん、起きなさい、契約者さん』
頭の中に響くその声に、沈んでいた意識が目覚める。
さっきまで見ていた悪夢のような光景。
俺があの神と戦い敗れ、そして一人また一人と愛する者たちが倒れていく景色。
そして最後には自分の子供が攫われそうになり、社長が出張ってもユキエラが攫われてしまったと言う悪夢。
『あららら、少し無理させてしまったかねぇ』
「だ、れ、だ?」
ぼやけてくぐもって聞こえてしまう聴覚。
自分ではない視点で見た光景を見て、頭痛が止まらない。
おかけで、思考がなかなか綺麗にまとまらない。
まだぼやける思考を必死に起き上がらせ、聞き覚えのある声に反応する。
「ヴァルス、さん?」
『はいはい、正解よ~契約者さん』
うっすらと開く瞼の先、巨大な白蛇の頭に乗る俺と契約した時空の精霊。
「いったい何が?ここは…」
その世界の景色を見て、いつぞやの試練と同じ空間にいるのに気づく。
俺は確か、娘を助けようとして。
「っ!?」
『はい、ストップ、今考えると余計なものまで見えてしまうから、私の話を聞きながら状況を整理しなさいな』
そのことを考えようとするとフラッシュバックするかのように悪夢が再来し、頭を抱え込むほどの頭痛に襲われる。
『緊急事態とはいえ、ギリギリ覚醒した状況で未来視は厳しかったと思うけど、今はその痛み我慢しなさい。じゃないと、あなたが見た光景が現実になるわよ』
万力で挟まれ、じわじわと締められ激痛が常時続くような状態であっても我慢しろとヴァルスさんは厳しく言う。
一刻も早くこの痛みから解放されるのなら意識を手放せばいいだけの話。
だが、ヴァルスさんの言葉がその選択を俺に止めさせる。
「どういう、ことだ?現実って、あのことは、もう起きたことじゃ」
要領を得ないのはこの痛みの所為か、それともあの悪夢と現実が混ざり合って現状を把握できていないからか、ヴァルスさんの言葉がイマイチ理解できない。
『これから起こるけど〝まだ〟起きてないわ。不幸中の幸い、棚から牡丹餅、怪我の功名、どの言葉を使ってもいいけど、あなたが選んだ行動が一時のチャンスを作り出したと思っていいわよ』
よくわからない。俺がいったい何をした?
遠回しの言葉は止めてほしい。
ただでさえ頭が痛いのだ。
意識だって朦朧としている。
手早く話を進めてほしいと願うのはわがままだろうか。
『あなたがリアルのように見た光景は私の力で見せた未来の光景よ。まだ、あの悪夢は現実になっていないってことよ』
「本当か!?」
『ええ、時空の精霊舐めんじゃないわよ!って言いたいところだけど、この空間で未来視が使えるのもあなたの咄嗟の判断のおかげってわけよ』
だが、その痛みを忘れさせるほどヴァルスさんの言葉は俺に希望を与えた。
スエラたちが傷つき、ユキエラが攫われると言う悪夢が実際まだ行われていないと言う事実が気力を回復させてくれる。
胸を張り、自身の能力を自慢げに語るヴァルスさんであったが、途中で茶目っ気たっぷりにウインクしてくれた。
「っぅ!?」
『はいはい、慌てない慌てない。時間は有限だけど、猶予はあるんだから』
俺は興奮し、また頭痛に苛まれるも口元には笑みが浮かんでいる。
まだ、間に合うと言うだけで心が躍る。
『それでどう?私なりに魂は安定させたと思うけど、それでも違和感があると思うのだけど』
「どうって、いつも通りって………!?」
ならばあとは行動するのみだと決めかけた心に釘をさすように、確認しろというヴァルスさんの指示に自分の体を見下ろせば。
「なんだこりゃぁ!?」
白色の肉体、いや、肉体とも言えない揺らぐ体。
『時空の狭間、時間という概念から逃げて避難している空間が生身で入れるはずないでしょうに。普段私がいる空間は世界と隔絶した世界よ。そこから私を召喚するのが並大抵のことでないのはわかってもらえたと思うけど』
手のひらを見ても幽霊と違った漠然としたあやふやな白い体としか言いようのない存在へと変貌している。
『魂だけになった感想はいかがかしら?』
そこまでやらなければならなかったと言う事実に愕然とする。
しかし聞かれたのなら答えよう。
「思ったよりも違和感がない。幽体離脱ってこんな感じなのか?」
『さぁ?私もこうやって人間をここに招くのは初めてだからねぇ』
思ったよりも特別感はない。
普通に肉体を持っているよりも体がない分軽いと感じる程度。
五感がないわけでもなく、スピリチュアル的な何かを感じわけでもなく。
ただ漠然とフワフワとした感覚が付属されただけだ。
その様子にヴァルスさんはクスクスと笑いながら蛇の頭を降ろし視線を対等にする。
立っている俺と、蛇の上に座るヴァルスさんの視線が交わる。
『さて、このままおしゃべりをしたいところだけど猶予はあっても長々と話す暇はないから、あなたの生身の現状を説明した後に経緯と対策を話すわよ』
そんな状況に若干戸惑いつつも、落ち着いている俺に向かってヴァルスさんは本題を出す。
今は質問しているべきではないと思う俺は黙って頷く。
『まずは経緯からね。あなたがどうなったかは過去視で見させてもらったわ。ええ、すごいことになっていたけど、生憎とあの時のあなたの魔力適正では十全に私の力を引き出せなく介入できなかった。そのことをまずは謝るわ』
そして謝罪から始まったヴァルスさんは一度頭を下げ。
『だけど、あなたの咄嗟の判断、竜の血、それも古竜の血を暴走させたことが不幸中の幸いになった』
顔を上げたヴァルスさんはなぜ俺が魂の状況になったかを説明してくれた。
『古竜の血を多く作ろうとした鉱樹が、劇的な肉体の変化を契約者さんにもたらしたと同時に魂にも影響を出した。人格に悪影響を及ぼさないように鉱樹がちゃんと制御したのね。おかげであなたのまま肉体と魂の変質が始まった』
今は手にない相棒の存在。
ヴァルスさんは後で褒めて置きなさいよと冗談を交えつつ話す。
その相棒に宿る古竜の骨、その血によって俺が人でなくなることは覚悟していたこと。
それ自体に驚く要素はない。
『だけど、その変質だけでは足りなかった。肉体が強化され魂が補強されようとも、私が介入できる領域までに隔たった壁は大きかった』
しかしそれでも、ヴァルスさんの力を十全に引き出すには足らず、それ以外の要素があると彼女は語る。
『その壁を壊したのは皮肉にも神の一撃だったわけ。かの神の神気があなたの魂へ最後の一押しをした』
その要素が敵側からの攻撃だと聞けば、さすがにマジかと疑ってしまい。
魂だけの存在になってしまった所為でその感情はヴァルスさんに伝わってしまう。
彼女は苦笑を一つこぼし、何が起こるか分からないわねと時空を司る精霊ですら何が起こるか分からないという実例を示してしまった。
『こんなことでって思うかもしれないけど、重なりに重なった偶然が、あなたをさらに上の段階まで昇華させた』
「まさか」
その実例を聞き、ヴァルスさんを十全に使うための条件ということに思い至った俺はその可能性を聞く。
「魔力適正が上がったのか?」
質問に対して、ヴァルスさんは正解と示すように笑顔で頷く。
『ええ、おめでとう契約者さん。仮初の契約、見極める時間は終了よ』
「マジかぁ」
その事実に頭痛とは違った意味で頭を抱えることになった。
なんだろう、もっとすごい覚醒の仕方とかなかったのだろうか。
最初に魔力適正八から九になったときは、魔物の胃の中で溶かされかけたことが影響でなった。
次は、なんだかんだでそれっぽい覚醒の仕方をしたと思えば、結局は敵に攻撃されて覚醒したと言う何とも締まらない覚醒の仕方だ。
どうせならもっとカッコいい方法で覚醒したかったと愚痴っても仕方ない。
「………気にしてもしょうがないか。その話を聞く限りだと、俺が魔力適正十になったから今の魂だけの状態になったと聞こえるけどな」
『間違ってないわよ。あなたが戦っている最中ではないわね。やられた直後に適性が塗り替わった。あの神野郎は契約者さんがボロボロでそのことに気づいてないようだけどね。その時私が咄嗟にこの空間にあなたの魂を引き寄せたってわけ』
「それで今に至るってわけか」
『そうよ、あなたの魂だいぶボロボロになってたけど、輝きだけは失われていなかったわよ。おかげで意識が戻れるレベルまで回復できたってわけよ。ついでにこのまま元に戻したら大変だから未来も見せたってわけよ。まぁ短時間見せただけでも反動でひどいことになっているけど、それは我慢ということで』
「この頭痛の原因はそれかよ。さっきからとんでもないことのオンパレードだな。パワーインフレってレベルじゃないぞ」
『あら、当然じゃない』
しかし、どうやら俺の悪運はまだまだ尽きないらしい。
ご都合主義と言いたいなら言え、こっちとしてはワイルドカードを引き寄せられただけで十分だ。
『特級精霊は基本的に勇者や魔王が従える精霊だもの、その中で魔力適正が十でないと全力で使えないってわけ。ただ神様とつながりが強いその二人に従うのが嫌っていう子たちが多いから契約者側はあまりその話を知らないのよねぇ。あ、ちなみに私もその部類と言うか、神様に中指立てる精霊の筆頭だからよろしくね!』
「いや、笑顔でとんでもないこと言う精霊だな。何があった?」
おかげでチャンスが巡ってきたのだから。
しかし、なぜそこまで勇者を毛嫌いすると思わなくはない。
『あら、生み出されたときに神からお前は下僕だっていうやつに中指立てるのは当然じゃない?』
「何やってんだよ、神さんよ」
いや、未来視とは言え自分の嫁さん相手にあんなことをしでかしてくれたことに対して腹は立つのでそれは違うかと考えを改める。
「それで一つ聞きたいんだが」
『何かしら?』
ここまでの会話で現状は把握できた。
だったら次に確認することは。
「まだ猶予があるってことだけど、ちなみにあの悪夢と現実の境はどこら辺からスタートしてるんだ?」
『大技を返された辺りね。今のあなたの生身は瓦礫に埋もれているところ。そこから一秒たりとも時間は経過していないわ』
この世界の外側自分の生身の肉体だ。
この世界は生身の肉体がある世界よりも圧倒的と言っていい時間で時を刻んでいる。
おかげでこうやってじっくり考えることができている。
「魔力適正が上がって、ヴァルスさんの性能が十全に使える。その状態で神に敵うか」
『現状で言えば可能性はあるってところかしらね。もちろん防御に徹すれば魔王が来るまでの時間稼ぎくらいは十分にできるわよ?』
そして何よりもうれしいのは現段階でもあの悪夢を回避できると言う状況が整っている。
なので幾分か気楽に物事を考えることが出来ている。
「………一つ確認だが、最初に契約した時は戦闘に関することでヴァルスさんの力を借りることはできないって話だった。今は、その枷は無くなったって思っていいのか?」
『そうね、アメリアって娘の時だけ例外に使用許可を出したけど、今後はその許可も取らなくていいって感じかしら』
「ちなみに、何ができる?」
『慣れる必要があるから、戦闘ですぐに使えるものと言えば三つほどあるわね。一つ目はさっきも使った未来視ね。ただし長時間の使用は厳禁。短時間の未来視も三秒先までよ。未来視の内容を瞬時に脳内で処理するには私の力であなたの体内時間を加速させてそれに応じて脳内処理を施さないといけないから慣れない体と魂じゃこれが限度』
「未来視か、いよいよどこかの小説の主人公の力が使えるようになってきたな」
なので俺の中でちょっとした野望が芽生え始めている。
さんざん色々やられた挙句、娘まで狙われたのだ。
傲慢な神の顔面を殴り飛ばさないと気が収まらないという欲が生まれてくる。
『二つ目は、一つ目の未来視を活用するための体内時間を加速する術。アクセルセンシスね。注意するところはあくまで意識、思考力を加速するだけだから身体能力は一切変わらないからね』
「それもそれで規格外だと思うんだがなぁ」
その術たる二つ目も、かなりヤバい技であるのは確かだ。
未来を見通せた次は、見える景色の減速ときた。
『無限に加速できるってわけではないんだけど、慣れればいくらでも加速できるわよ。あなたが今できるのは三倍くらいかしら、負担を考えないなら今でも五倍くらいはいけると思うけどね』
「万全な状態なら試しただろうが、ボロボロな状態じゃ無理だろうな」
一つ目二つ目と来て三つ目は何になるか。
少し楽しみになりつつある。
『さて、最後の三つ目だけど、停止結界。ありとあらゆる攻撃を停める防御術ね。ちなみにこれに触れた生物も止まります』
「最後の奴が一番やべぇじゃねぇか」
絶対防御というチート級の力が来た。
時空の精霊の名は伊達ではないと言うこと。
「ちなみにだが、俺以上の実力者には効かないとかないよな?」
『あら、心配性ね契約者さん。安心なさい。誰であろうと止めて見せるわよ。むしろあの神停めてぶん殴るくらいの気概は見せてほしいところね』
「ハハハハ、いいね、それ。やろうと思っていたところだ」
『ただ魔力燃費的に使えて一度か二度くらいだけどね』
「十分だ、これで後は相手に通せる攻撃さえあれば、十分に勝率ができる」
いま俺は笑っているだろう。
教官譲りのあの獰猛な笑みを、やられたからそのまま泣き寝入り?
あり得ない。
例え相手が強大であっても、やられたのならやり返す。
『そのことに関しては、心配しなくていいわよ』
「?」
『その怒りを持っているのはあなただけではない。元の世界に戻ればそのことは分かるわよ』
その思いを汲んでくれているのか、ヴァルスさんは攻撃に関しては心配しなくていいと言ってくれる。
この期において隠し事かと思わなくはないがすぐに分かるのならいいだろうと思いその疑問は後回しにする。
『さて、そろそろいいわね?』
「ああ」
そしてタイムリミットが来る。
『わかっているだろうけど、あなたが負ければあの未来は現実になる。あの未来を避けたいのなら全力で抗いなさい』
「分かっている」
『そう、なら他に言うべきことはないわ』
何かに引っ張られるような感覚と共に、俺の意識もうっすらと陰りを見せる。
『向こうに行ったら私を召喚しなさい。全力で、一緒に戦ってあげるわ』
「そりゃ、心強い」
それを見送るようにヴァルスさんは笑顔であった。
「だったらついでにもう一つ一緒にやりたいことがあるんだが」
『?』
「実はな………」
その笑顔を困らせるのは忍びないんだが、どうせなら一緒にやってくれと頼んでみる。
いたずら小僧がいたずらを暴露するように少し照れながら神の前に立ったらやりたいことを伝える。
『アハハハハハ!いいわね、それ、やりましょう!』
話を聞き、最初はキョトンとした顔を見せたヴァルスさんだが、すぐにそれは大きな笑いとなった。
頼みを快く引き受けてくれたヴァルスさん。
それを最後に俺の意識は遠のく。
そして、全身に走る痛みとずっしりと感じる肉体の重み。
「さすが、しぶとさに定評のある竜だ。まだ、息があるか」
忌々しい神の声が聞こえ俺は戻ってきたと確信し。
魂が回復したおかげか、魔力は十全、気力も充実。
痛む体に後で休ませるからと言い訳して。
鉱樹を握りしめ叫ぶ。
「ヴァルス!」
たったその一言、それだけの出来事。
それだけで召喚陣は展開されその巨大な陣から巨大な白蛇が姿を現す。
そして俺は立ちあがる。
「な!?時空の精霊!?そんな存在がなぜここに!?」
ニシアの驚愕する声など関係ない。
「次郎さん!」
嬉しそうに叫ぶスエラの声に頬が緩むが、今はその声には応えられない。
白蛇の顔が俺の隣に並び、その頭上にはヴァルスさんが座る。
あの悪夢に抗うため。
あの未来を否定するため、そのためには目の前の神が邪魔だ。
震える肉体を否定し、ぐっと力を籠め、ヴァルスさんと共に中指を天に向けて立て宣言する。
「『第二ラウンドだクソ神!』」
さぁ、お前の顔面を殴らせろ!!
今日の一言
事前情報を知っているか否で状況は変わる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




