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379 窮鼠猫を噛む、だが噛んだ後の保証はない

様々な指摘を受けまして、描写不足だと思いましたので少々描写とフラグを加筆修正を施しました。


 

 Another side


 嘘のような、冗談のような魔王の台詞。

 だが、異空間に誘い込まれ、その存在と対峙している面々はその言葉を冗談と受け止めることができない。

 冗談であってくれと願うこともない。

 何せ、願う先の神が、魔王の言葉を否定しないのだから。


「さて、言いたいことも言えたし。僕も生憎と暇な身ではない。そろそろうちの大事な部下の子供を手放してほしいんだけど?」


 苛立ちも、焦りも無縁だと感じさせる魔王の余裕。

 油断ではない。

 慢心でもない。

 人質をとって優位に立っているはずのイスアルの勢力だがその優位は無意味だと思えてしまう。

 ただこの後に起こることに対して十全に対応ができると言う自信。

 威風堂々とただ立つだけなのにもかかわらず、その身から出る迫力に圧倒される。


「どうだい?そこの熾天使さん。素直にその子供たちを返してくれるならここにいる全員。苦しませずに殺してあげるって僕の名前で約束しよう」


 しかし、その魔王にも慈悲くらいはあるし、かかる労力を減らしたいと思う意思はある。

 苦しませずにということは拷問とかはせず、得られるはずの情報を放棄すると言うこと。

 交渉を持ち出すと言うことは省ける手間は省きたいと思っていること。

 受け取り手次第によっては好条件ともいえる譲歩。

 しかし、それは魔王の心情を把握し、受け入れられるほどの覚悟を持った者しか理解できない。


「い、いやだぁ!!」

「止めなさい!」


 圧倒的な力を見て、死ぬと言う現実を目の前にして、真っ当な思考を持てる方が普通ではない。

 僅か短期間で鍛えられ、力を得たと言ってもその前までは一般人だった一人の兵士。

 恐怖に抗うと言う行為に対しては些か不十分な訓練しか受けていない。

 手に持った銃という安心感に縋ろうと恐怖から逃げたいと言う一心で、その銃口を魔王に向けて引き金を引く。

 炸薬が破裂する音が響き、それに引っ張られる形で周囲にいた兵士たちもニシアの制止の声も聞けず引き金を引き続ける。

 社内にいた魔族をうち滅ぼした弾丸、それは彼らにとっては希望の弾丸であった。

 だが、その先の結果を予想できないのはその弾丸を放った当人たちだけ。


「ふむ、なるほどなるほど、聖刻が彫られた弾丸か。確かに我が軍にとっては一定ラインまでは有効か」


 一番先頭にある一発の弾丸を指で掴み、弾頭をしみじみと見る魔王には、効果があったようには見えない。

 その姿に増々恐怖感が増し、マガジンの交換を忘れるほど引き金を引くが当然弾丸は出ない。

 思考は空回りし、混乱でさらに冷静さを失う。

 兵士たちは自身の身を守っただけであると言い訳染みた言葉が何度もリフレインされている。


「よし、この件は後でジャイアントたちに任せるとして………今、僕は攻撃されたわけだが、先ほどの解答はこれでいいのかな?」


 しかし、どう言い訳しようと魔王へ攻撃したことには変わらない。

 慈悲ともとれぬ慈悲を蹴り飛ばしたのはほかならぬ相手側なのだから。


「では、殺しは無しだ」


 そして殺さないと言うのがイコール慈悲と言うわけではない。


「散りなさい!」


 ニシアの叫びに反応できたのはいったいどれほどいたか。

 ニコリと笑った瞬間に神は動き出し、その直後にニシアが叫び動き、その声に反応してエシュリーたちが動き出す。

 では、恐怖で固まった兵士たちは?


「ぎゃぁあああああ!」

「手ががぁ!?」

「俺の足ががぁ!?」


 空間から突如として生えてきた黒い牙。

 捕食と言えるほど優しくない無慈悲な獣。

 四肢を瞬く間に食いちぎり、だるま状態にし。


「たすけ!?」

「いやだぁ!」

「かあちゃん!かあちゃん!!」


 闇の中に引きずり込んだ。


「うむ、雑魚から減らす。これは定石だね」


 その結果に満足する魔王。

 そして戦慄するエシュリーたち。


(見えなかった)


 内心でニシアは魔王の攻撃のモーションが見えなかったことに戸惑っていた。

 早すぎるとかそういう次元の話ではない。

 モーションが全く無かったのだ。


「さて、次は」


 封印を解いたと言ったが、その能力の上昇値が異常だとニシアは感じ取った。

 ゆったりと動いているのには理由があるのかと勘繰るほどに。

 しかし、先手ばかり取らせているわけではない。


「焦らないでくれ、君の相手は最後のつもりなのだからね」


 イシャンと川崎、神が操る肉体による連携攻撃を苦も無く空間から生やした刃が受け止める。

 眼前に迫る白刃を前にしても表情一つ変えずに、振るう攻撃を捌く。


「それとも」


 その攻撃を見て、この空間そのものが魔王の攻撃手段だと言うのを理解する。


「先に散るかい?」


 その答えにニシアの背筋に冷たいナニカが差し込んだように寒くなる。

 空間そのものが魔王に占領されている。

 それはすなわち魔王の腹の中にいるようなもの。

 安全圏などこの場には存在しないと言うこと。

 今、猶予がある理由は宙に浮く赤子がこの場にいる。

 ただそれだけの理由だ。

 魔王が全力をだせばその赤子ごと消し飛ばしてしまう。


「「………」」


 だが、それも猶予でしかない。

 結果は変わらず、このままいけば全員生け捕りにされてしまうのは明白。

 どうにかしなければならないのに、やみくもに攻撃をしても無意味だと思い知らされる。

 その状況でも動くのはやはり神だ。

 無言で剣を構え、魔王に向かって魔法で牽制しつつ切りかかる。

 一つの存在が二人を動かすことによって生まれる絶妙な連携。

 だが。


「まぁ、そういう反応になるよね」


 呆れたように、そしてわかっていたと言わんばかりに、常人では避けることも見ることも叶わない攻撃をあっさりと避けたかと思えば。


「君たちを捕まえるのは、少々骨が折れるんだよ?」


 次の瞬間には周囲の闇から、茨のような無数の棘が神に向けて放たれた。

 一本一本が必殺の領域であることなど言うまでもない。

 当たればいかに勇者として加工された人間の体とて無傷で済まないなんて次元の話ではなく。

 当たった場所は容赦なく抉れ、回復することなどない。

 掠らせても出血を強いる闇の茨。

 言葉と行動が噛み合っていない、捕まえる気など皆無と思わせる魔王の攻撃。

 立ち尽くす魔王に向けて神は魔法を放つも、茨によってその魔法は防がれる。

 そして反撃と言わんばかりに、茨の波が神に襲い掛かり、ニシアの結界を貫通させ彼女の体をえぐり取る。

 即座に、生命の炎を使い肉体を修復する。

 しかし、肉体を修復したと言うのにニシアの表情は芳しくない。

 その彼女に守られている三人の顔はもっと芳しくない。

 刻一刻と、じわじわと攻め立てられるイスアル一行。

 焦りを表面上見せていないのは神のみで、一向に打開策が見えない。

 聖剣と魔法により攻め立てるも、一歩進むのに三歩の後退を強いられる攻防。

 六対一という状況なのにもかかわらず戦況は一方的。

 だが、ここまで順調に魔王が攻め立てているように見えるが、魔王の方に余裕があるかと言えば実はそこまで余裕があるわけではない。

 長寿を誇る魔王だが、神の生きた年月と比べれば大人と赤子という次元を超えた差が存在する。

 その月日の経験の差を覆すのは並大抵の所業ではない。


「………」


 余裕の態度を崩さず、相手に自分が不利だと思わせる仕草。

 宙に浮かぶ囚われた赤子を意識しつつ、被害を及ぼさないように強大な魔力を繊細に操作する。

 闇の茨で追い立て、神にこちらの意図を悟られないように慌てず神経をとがらせる。

 ゆっくりじっくりと、一度でも焦りを悟らせられれば神はその隙を突く。

 普段かけている封印術は魔王の力が周囲に影響を及ぼさないようにするための代物だが、全開にできない理由も魔王には存在する。

 それはこれ以上の魔力の開放は周囲への被害が看過できない次元で大きくなるからだ。


「っ」


 神に対抗するために第一の封印を開放したが、それだけで赤子に影響が出るか出ないかの瀬戸際まで来てしまっている。

 自身の魔力を制御するという術は、魔法を使う者にとっては基礎中の基礎だ。

 しかし極めることなどあの不死王でも未だ成しえていないと言う。

 御せば御すほど、その先に試練が待ち受けている終わりのなき作業。

 そして、膨大な魔力を保持するイコール魔力制御が困難になると言うこと。

 たった一杯のバケツの水を同じバケツに移す作業と、ダムに溜め込んだ水を別のダムに移すことの労力の差は歴然。

 魔王の強大な魔力は、確かに強力無比である。

 だがしかし、小さな手で小さな花を摘むことは容易くとも、巨大な手で小さな花を摘まむのは困難を極める。


「逃げ回ってばかりだけど、いいのかい?」

「戯け」


 白鳥は水面にいるときは必死に足を動かし水面にいようとするが、その様子を悟らせない。

 優雅に冷静に優位性を保とうとしている魔王であるが、自らを守ることもできない赤子を守りながらという枷はいかんともしがたい。

 広範囲殲滅魔法は使えない。

 接近戦は勇者二人を相手にしている段階で極力避けるべき行為。

 単発型の強力な魔法を駆使し、神を赤子から引き離さなければならない。

 しかし、その意図は神には見透かされている。

 だが、それでも魔王はやらねばならぬ。


「ふっ!」


 頂点に君臨する者として、この場面を切り抜けねばならぬ。

 闇の槍、闇の茨、闇の戦斧、魔王が得意とし、神へと与えるダメージが最も多い属性である魔法を展開して一手の誤りも許されないチェスを打つがごとく緻密に場を制圧していく。

 幾度もなく魔王の脇を聖剣の刃が通り過ぎようと、その刃が自身の命を刈り取れる凶器であっても涼しい顔で神の力へ抗う。


「………」


 しかし、順調に戦っているように見えていたが、戦いの流れを止めるかのように神は茨を切り払って一時の安全を確保した後、イシャンと川崎の肉体を止めた。

 その様子に何かが変わったと魔王は勘づく。


「ニシア」


 武器を収めることもなく、しかし攻撃魔法を展開するわけでもない。

 頭上に浮かぶ赤子の方を見るまでもなく、神が呼んだのは自身の娘の名。


「はい」

神炎しんえんを使う」

「!はい」


 そして、魔王にとって聞き逃してはならないワードが出た。


「へぇ、使うのかい」


 笑顔だった魔王から笑みが消える。

 正しく侮蔑の眼差しを神へと向けた。


「確かに、現状を打開するのならそれしか方法はないね。だけど」


 神炎と聞いただけで魔王の様変わり具合にエシュリーは一歩引いた目線で物事を見ていた。

 神炎とは、教会の教えの中で出てくる神聖な炎のこと、ありとあらゆる厄災を払い、戦士の強靭な肉体を魔法に甚大なる魔力を、と教えられている。

 だが、しかし、なぜこの追い詰められたタイミングで使うのか。


「使わせるとでも?」

「使わせるさ」


 もし、教え通りの効果を持つのなら、なぜそれを最初から使わなかったのか?

 なぜ、脅威と判断している魔王が焦りではなく嫌悪を示したのか。

 再び魔王と勇者がぶつかったのにもかかわらず、そんな場違いな疑問がエシュリーの脳裏に浮かぶのは、追い詰められすぎて逆に冷静になったからなのか、それとも現実逃避しているからか。


「では、私の方から授けます」


 熾天使ニシアが施すことになった。

 その事実に、魔王の方から攻め立てられるようになったが、勇者二人の壁は厚く。

 魔王とて簡単にニシアの元までたどり着けない。


「おお!かの噂にきく神炎をお使いになられるのか!それでしたら是非とも私に!」

「馬鹿か、貴様なんぞにはもったいない。是非とも私に」


 伝説からくる神炎、その力を賜えることに歓喜、そしてその力があれば魔王すら打倒できると夢を見ている二人を見て、エシュリーはより冷静な気持ちで二人を止めねばと思ってしまった。

 だが、止めてどうすると心の中で反対の気持ちも生まれる。

 今止めれば、確かにこの嫌な気持ちを解消できるかもしれない。

 だが、その代わり魔王に殺される現実を否定できない。

 聖女としてあるまじき心で、自身の安否と彼らに襲う危険を天秤に賭けてしまった。

 その結果は。


「わかりました。我が父の意思により、汝ら二人に神炎を授けましょう」


 沈黙。

 黙って、ニシアの手から生み出された生命の炎とは違う、黄金色の炎を見つめるしかなかった。

 自身の安否という自己嫌悪に陥る結末を選んでしまったエシュリーはアルベンとマジェスの胸にその黄金の炎が押し込まれるのを見ているしかできなかった。


「消えてもらうよ!」


 そんなエシュリーの視界の端から、加減などしないと全力で勇者ごと消し飛ばす魔王の魔法が放たれた。

 螺旋の渦を描き、赤と黒の魔力の渦が神の防御とぶつかる。

 加減のない一撃はこのままいけば防いでる神の防御をも突き破り、このままエシュリーたちの場所まで届くかと思えた。

 間に合わなかった、何か変化が起きないのかと期待と不安が入り混じるエシュリーの心に答えるかのようにその時変化は起きた。

 それはまるで落雷が落ちた時の用な爆発音。

 そして魔王の魔法を払いきる、黄金の輝き。


「おお!これが!神の力か!」

「すごいな、魔力が漲ってくる」


 その音の発生源はアルベンとマジェスの二人から。

 魔王の魔法を払った魔力は体の底から噴き出すように溢れ出てきている。

 その色合いは先ほど施された神炎と同じ黄金。

 興奮と歓喜が入り混じるその姿を見て、神々しく見えるもエシュリーの中ではどこか儚げな光景に見えてしまった。


「愚かな、太陽神。なぜお前はいとも容易く命を捨てられる」


 その気持ちに同意するかのように魔王は悲し気に魔法の威力を強めながら興奮する二人を脇目に、神を弾劾する。


「………」


 最早問答無用と、魔王の言葉にも耳を傾けない神は、ちらりと背後を振り返り、興奮する男の二人の背を押す。


「我の目にその力を見せろ」

「おう!」

「言われるまでもなく!」

「あ」


 その背を押して欲しくなかった、止めて欲しかった。

 まだ、引き返せたのではとエシュリーは神の言葉に押し出され、魔王に挑みかかる勇敢な二人の背に向けて手を伸ばしてしまった。

 脇目も振らず、駆けるアルベンの姿は見たこともないような速度で魔王に肉薄し魔法を放っている魔王へと切りかかる。

 反対側からはマジェスがアルベンに当たらない角度から、火、水、風、土の四属性の魔法を展開しこちらも見たこともない威力と構成速度で魔法を放つ。

 人知を超えた力。

 人とはここまで簡単に魔王に迫れるのかとエシュリーは思うも。


「………」


 悲し気に、いや、憐れむように二人の攻撃を魔王は弾く。


「届くぞ!俺たちの攻撃は魔王に届く!」

「ああ!俺たちで魔王の首を取るぞ!!」


 しかし、その表情に気づいていないのか興奮している二人は、普段の不仲ぶりが嘘のように互いに力を合わせ魔王に打ち勝とうとしている。

 確かに、二人の力は目に見えて向上している。

 あの魔王相手に攻防を繰り広げられているのは確かに圧巻だ。


「エシュリー、あの二人が抑えているうちに我らは撤退します」


 だが、その光景を前にしてニシアは冷静に告げる。


「あの二人はどうされるんですか?」


 その言葉は二人をこの場において撤退すると言っているようだった。

 事実、ニシアはそう告げた。


「問題ありません」


 そして、エシュリーの問い掛けにはたった一言それだけを告げた。

 何が問題ないのかと聞きたいが、ニシアはそれを聞くことを許さず。

 さらには。


「このタイミングで横槍を入れてくると思ったよ!」


 攻め立てる二人を捌きつつ、神は赤子へと飛びつき確保しようと行動を起こしていた。

 その行動を妨害しようと魔法を放つ魔王だが、その刹那、魔王は目を見開く。

 イシャンの肉体で赤子を確保し、川崎の肉体で攻撃を防ぐのは魔王にとっては予想の範疇だった。

 だが、一つの行動だけが魔王の予想を上回った。

 本来であれば神にとって、二人の赤子というのは貴重な高魔力適正を誇る依り代であるはず。

 イシャンの片手に持たれる聖剣の魔力量は、その赤子を守る結界を破るには過剰と言っても過言ではないほど注ぎ込まれていた。

 収束し、剣が振るわれた軌道上にのみ威力が振るわれるとしても、片方の赤子は確実に殺される。

 それがわからないほど魔王は鈍くなく、すぐに神の意図がわかった。


「!」


 神が迫った魔王への選択。

 剣を防がず、赤子を見殺しにし、出来た時間で残った一人の赤子を守るか。

 剣を防ぎ剣の軌道上にいる赤子を守り、その守っている隙に攫われる一人の赤子を見過ごすか。

 何もしないと言うのなら、二人とももらっていく。

 すでに魔王と神の間に赤子はいて、神炎で強化されている二人を前にして、神の前に躍り出るための転移を準備する時間もない。

 いかな魔王と言えど、時間を超越しているわけではない。

 神の思惑を読み違えたこの時、この瞬間だけ、魔王にできることは限られてしまった。

 千分の一秒以下の時間、刹那ともいえる時間での選択。


「っ!」


 歯を食いしばり、この場に来て初めて悔しいと言う感情を表に出した魔王。

 その魔王が選んだ選択は。


「甘いな、今代の魔王」

「イスアリーザ!」


 一人の赤子がさらわれるのを見過ごすと言う結末であった。

 神の攻撃を防ぐという刹那のワンテンポの遅れ。

 魔王の脚力をもってして、跳躍した先に、片方の腕で聖剣を防いだ魔王。

 その隙を神が見逃すはずもなく、白銀の赤子、ユキエラを手中に収め、魔王の腕の中には黒髪の赤子サチエラが収まった。

 太陽神の名を叫び、その太陽神を殺そうとするも。


「どこを見ている魔王!」

「お前の首は俺が!」


 狂気ともいえる渇望を胸に宿したアルベンとマジェスが躍り出てくる。

 その身は最初の人らしい色合いは残しておらず、灰のように白くなっている。


「さらばだ。次まみえる時を楽しみにしているぞ」


 その二人の決死の攻勢によって宙にいた魔王にさらにワンテンポの遅れが生じる。

 その様子を楽しみつつ神は初めて喜色を見せた。

 着地したところに川崎とニシア、そしてエシュリーが集まっており。

 川崎から放たれる神の力とニシアの次元転移の力により、魔王の空間には穴があけられている。

 その空間に飛び込み消える一行。

 刹那の差で、その空間を魔王の魔法が薙ぎ払うが、文字通り一手遅かった。


「まだだ、まだだ、俺は」

「俺は、まだ」

「眠れ、人の残滓よ。もう二度と輪廻に加わることもなく、この世から去りし魂よ」


 間に合わなかったことに、魔王が闘志を薄めた隙を狙い襲い掛かるアルベンとマジェスであったが、その二人の肉体はすでに燃え尽きる炭かのように崩れ落ちる寸前。

 神炎によって身も魂も、すべてを燃料として戦いに準じた戦士たちに手向けとして魔王は止めを刺した。

 たった一分の出来事。

 たった一分に全力を注げた二人は、体どころか魂も燃やし尽くして、二度と起きぬ眠りへとつく。

 その二人の犠牲の名のもとに成果を持ち帰った神により、失った命を思えば魔王の心には無念が宿る。


「まったく、ここまで強くなってもまだ手から零れるものがあるのか」


 魔力を抑え、瓦礫に埋もれたエントランスに立ち尽くし。

 腕に抱く赤子の泣き声をBGMに自信に満ちていた魔王は一時ばかり、弱音を吐き出すのであった。

 その光景を見るものは、そっとその瞼を閉じるのであった。


 今日の一言

 力あるモノでも、零れ落ちる雫は拾えない。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
魔王様責められててわろた。 第一目標が赤子奪還。 これ以上封印を解くと赤子に影響があるから不可。 川崎乱入、神炎兵×2追加。 最後の選択。 神側は稀子だけ確保出来ればいい。 一人見殺し、一人保護。 一…
どうせ攫われるなら可能な限り悲惨な結末をって思うわ
ちょっと読んでてストレスの方が上回ってきたなぁ、この辺でリタイア。 初期のダンジョンを試行錯誤しながらソロでワチャワチャやってた頃が一番良かったが、禁煙やめた辺りから段々キツくなってきた
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