378 安心という言葉をかけられ、不安は消える
Another side
神という絶対的強者に対して、魔王は笑みを絶やさない。
覚悟を決めているからなのか、それとも強者であるからか。
その本心を知る者はいない。
悠然と現れた魔王は、さっと周囲を見渡す。
かろうじて意識のある次郎とスエラ、そして封じられているヒミク。
「さて、まずはと」
「「「!」」」
彼の中でやることが決まり、気負いなく言葉をこぼす。
魔王が一言こぼすだけでこの警戒のしよう。
動作の一つ一つに何をするか警戒をしているイスアル一行。
魔王という存在がどれだけ恐れられているか手に取るようにわかる反応だ。
そんな彼らの行動など、最初の言葉とは裏腹に気軽にフィンガースナップを魔王は披露する。
「封印が解けた!」
そのときに発生した魔力により、ヒミクを拘束していた鎖が砕け散り、ヒミクは喜び封印陣から脱出できた。
「それで自由になっただろう?申し訳ないが、僕はこれから大きな仕事があってね。すまないが次郎君たちを回収して避難していてくれないかい?」
大きな仕事と口にした魔王。
その仕事がなんなのかを内容をヒミクは察することはできる。
「………しかし」
だが、指示に従うかは迷う。
翼をはためかせ、空へと飛びあがったヒミクは魔王の言葉に迷いを見せ、神の手の中に今も泣くユキエラとサチエラの姿を見て、表情を歪める。
現状戦えるのはヒミクのみ、さらに戦力を落とすのは良くないと彼女は考えた。
「ああ、安心したまえ。彼女たちもしっかり助ける。なに、信用してくれてかまわんよ」
その不安を拭い去るかのように彼はヒミクに微笑み、次にヒミクがゾッとするほどの魔力を漏らした。
「なにせ、僕の顔に泥を塗るような輩が神であるからね。僕も本気なんだ」
その言葉に嘘を感じられない。
むしろ今この場にいる方が邪魔になるのではと思わせる雰囲気を漂わせる魔王に、ヒミクは従うことにした。
「………わかった」
「素直な子は、僕は好きだよ」
そして一番近くにいたスエラの元に降り立つヒミク。
「ま、おう、さま」
ヒミクが抱き上げるスエラの状態はひどい。
体中の至るところに傷を負い、さらには魔紋の酷使、意識を保っているのも難しいはずだ。
そんな満身創痍のスエラは魔王に向けて手を伸ばす。
言葉を考えることも難しいほど、意識が朦朧としていて、そのタイミングで魔王軍の最高戦力の登場。
安堵により、緊張の糸が切れかかり、意識をつなぎとめるのがやっとの状態。
「どう、か、むす、めを」
その言葉を紡ぐのが精一杯。
「ああ。任せたまえ。我が臣民、守らずして何が王か」
そのか細い声に頷き、それを見届けたスエラは意識を失う。
伝えるべきことは伝えたと、やり遂げたスエラを抱えヒミクはそのままメモリアの方に飛ぶ。
「さて、と待たせてしまって申し訳ないね」
スエラ、メモリア、ムイルと回収し、次に次郎を回収しようとしているヒミクを前にしてイスアル一行は何もしない。
否、何も起こさせない。
たった一人、この男がこの場に来てから形勢の天秤が対等になった。
いや、負傷者を抱えた状態でも天秤を反対側に傾けて対等ではなくなった。
では、その負傷者が回収されたとなれば、どうなる?
アミリの回収も終え、飛び立ったヒミクを追うことはできない。
むしろ手柄的には、敵の総大将が目の前にいるのだ。
これ以上の手柄があるわけない。
なのにも関わらず、エシュリーたち人間からしたら、ヒミクには心の底で立ち去ってほしくないと願っている。
嵐が動くのを止めていた楔、それが解き放たれるのを知って、それを阻止できないこと。
「エシュリー」
「ニシア様?」
悔しさよりも恐怖が勝るこの状況で、ニシアはエシュリーに声をかける。
いかな小声も、魔王には筒抜け、念話を使っても無意味だと悟っているニシアは普通の声でエシュリーに語り掛ける。
「合図を送りますので機を見て脱出を。あなたは防御に専念なさい」
「は、はい」
相手は魔王その人無駄な小細工など通用しないとニシアもわかっている。
その様子を見て、ふむと頷き、どうするかと悩んだのち、おっと思い出したかのような仕草で冗談交じりに魔王は言葉を投げかける。
「こちらの世界に来て随分となるが、いい機会だ。僕は実は一つ言ってみたい台詞があったんだよ」
笑みは崩さず、さりとて闘気も揺るがず。
「魔王からは逃げられない」
一歩、気軽に散歩に行くように踏み出す魔王、ここからはじまる魔王の進撃。
「ニシア!」
その仕草、その言葉が戦いの合図であった。
神がユキエラとサチエラを投げる。
子供を抱えた状態で戦えないと神のその動きを見て、自然な動きで、魔王は赤子二人を確保しようと転移魔法を発動するが、せっかくの素材を奪われてなるものかと神が切りかかりその発動を阻害する。
出来たのは赤子二人を保護する結界を展開するだけにとどまった。
「随分と無理をするね。時間制限のある身で」
その攻撃に焦りがあるのを魔王は見逃さない。
神速の斬撃。
次郎と戦っていた時に加減をしていたのが明白なほどの威力と速度。
「しかし、なるほどなるほど、随分と丁寧にその肉体をこさえたものだ。未完成であるのにも関わらず、ここまでの力を引き出せるか」
その動きに感心する魔王の手もその神速を余裕をもってして迎撃する。
魔力によって形成された黒き刃は神の光で包まれた聖剣と互角に渡り合う。
魔力と神力のぶつかり合い。
火花の代わりに、魔力と神力が飛び散り、その激しさを物語る。
「うん、エヴィアのダンジョンでなければ、周囲の被害は考えたくもないね」
その攻防だけで建物内は崩壊の一途をたどっている。
通常の建物ならすでに崩壊してもおかしくはない。
原形をとどめているのは偏にダンジョンという頑丈性を発揮しているからに過ぎない。
宙に浮く赤子を保護し、ニシアを近づけないように牽制する魔王の動きに焦りはない。
「これなら、もう少し本気を出してもいいかな」
「おのれ!」
「恨むなら、その中途半端な肉体でこの場に攻め込んだ、自分の失態を恨んでくれ。ではまずは小手調べだ」
接近戦ではらちが明かないと魔王は、接近戦を繰り広げながら魔法も展開する。
魔王らしい、闇主体の攻勢。
それに応戦する神の光の魔法。
ぶつかり合って消滅しあうが、この攻防でもじりじりと神が押されていく。
光と闇の戦いという、王道のやり取り。
闇の槍を光の剣が叩き切り。
光の矢を闇の鎌が薙ぎ払う。
闇の波動を光の壁が防ぎ。
光の雨を闇の波が飲み込む。
一進一退の膠着状態。
魔王が攻めきれないのは、宙に浮かぶ赤子二人への被害を考えてだ。
「「オギャァオギャア、オギャァ!」」
戦いの真っ最中でも、彼女たちのへの配慮を魔王は欠かさない。
二重三重と結界を張り、ニシアを近づけないようにも配慮しつつ、神を攻め立てる。
「あ奴の手先が、偉そうに、我に説教か!」
「そんな手間のかかることは労働の割に対価が合わないね。その説教で素直に首を差し出してくれると言うのならやるけど、必要かい?」
「ほざけ!」
二人のことを考慮しなければ、この場ごと目の前の存在を消し飛ばすことはできる。
しかし、それでは部下の恨みを買う羽目になる。
それが必要な時であれば実行するが、この場では必要ではない。
じりじりとであるが魔王側に有利になっているこの状況、焦る必要はないと、魔王は攻勢の手を緩めない。
絶対にありえないだろう話を振りつつ、魔王は一手、また一手と神を追い詰めていく。
「どうしたんだい?最初と比べればだいぶ遅くなってきたよ?」
時間が経てば経つほど魔王が有利になっていく。
数的には不利である魔王であるが今だけは、数の差は関係ない。
一足す一は二であるが、一に億分の一を足しても誤差でしかない。
今この場において、ニシアですら戦いにおいて援護は邪魔でしかないのだ。
必死に撤退の機会をうかがっているも、そもそも魔王が逃がす気がないのでは意味はない。
神からすればその肉体を手放し、撤退すればいいだけのことだが、手塩にかけて用意した肉体と序列二位の熾天使を失うことは神からすれば考えられない失態だ。
「っ」
神は余裕綽々としている魔王の顔を表情は変えず、目は忌々し気に睨む。
魔王の言葉は挑発ではなく、事実。
徐々にであるが、神の力にイシャンの肉体が耐えられなくなってきている。
長時間の全力稼働を想定していなかった。
調整が完全ではない肉体では神の力を十全に発揮できない状態がここで裏目に出た。
現状を打開しようにもまさかこんなに早く魔王が現れると思っていない状況では効果的な打開策は打てない。
「イシャン!」
そんな最中に聞こえる声に神も魔王もその声の元に気を配る。
川崎は心配気に必死に吹き飛ばされぬように瓦礫に捕まりながら、神の宿る肉体を心配していた。
その川崎を見て、神の中で明暗が分かれた。
「こい!」
何を血迷ったか、戦いの最中、無理矢理川崎を引き寄せる。
「きゃ!?」
突然宙に浮き、引力のような力で戦場の中へと川崎は引きずり込まれる。
川崎を盾にしその隙を突くのかと魔王は勘繰るが、盾どころか障害物にすらなり得ない川崎を迷うことなく消すことを魔王は選択する。
神の聖剣、魔王の魔刃。
その両者の刃が交わるこの中は、力のない人間など瞬く間に散りと化す。
一度刃が交わるたび、魔王の視界にスローモーションのようにゆっくりと川崎が飛び込んでくるのがわかる。
このままいけば三度攻撃が交わるころに彼女の体の先端がこの場に入り込む。
そうなれば彼女の命はない。
蘇生する余地もないくらいに彼女の肉体は哀れにも惨殺される。
それをわかり、盾になることもないことは神も承知のはず。
その先に何が来るのかを魔王は読む。
ありとあらゆる知識の中で、この行為に該当する情報はないか、第六感を総動員しなにか危険の余地はないか。
一度目の刃の交差で知識の中でもしやと思い。
二度目の刃の交差で直感に該当する危険に可能性を見出し。
三度目、ここで川崎の着ている服の先端が魔王の魔刃に切り裂かれる。
このまま次は彼女の体が切り裂かれる。
魔王に情を誘うと言う神の策略であれば笑止千万。
裏切り者に容赦などという慈悲を魔王は与えない。
しかし、予想している通りであっても変わらない。
一切合切ためらいなく、その思惑事断ち切ろうという魔王の心を映し出した刃はより加速し、四度目の刃の交差。
神の聖剣と魔王の魔刃の間に川崎翠の肉体が入り込む。
苦し紛れの策かと、消耗品扱いを受けたことに哀れみは感じるが、それ以上の感情は抱かず。
「さて、さようなら」
別れの言葉と共に魔王は手にもつ刃を振り切る。
何が起きているか把握できていない川崎翠の表情を見つつさて次はと思いを馳せようとした瞬間であった。
「随分と器用な真似ができるものだね。予想通りではあったが、こうも簡単に生み出されるとありがたみもうすれるものだよ?勇者とは特別な存在ではなかったのかな?」
突如として川崎翠の動きが早まる。
宙に浮く彼女の体から眩く光が現れ。
魔王の刃を受け止めていた。
イシャンと同じように無表情となった川崎翠。
すなわち、神降ろしが二人となった現状。
勇者が二人になったと言う現実。
神としてのエネルギーが大量にあるのだから、もう一人勇者を生み出しても問題はないと言わんばかりの力技。
その光景を前にしても魔王の余裕が揺らぐことはない。
川崎翠にも調整を施していたのだろうが、イシャンほどではない。
予測の範疇、想定の範囲。
まだ、蹂躙ができる。
「「………」」
二人の人間の肉体から一つの意思を感じ取り。
「それとも、勇者が二人になれば僕を殺せるとも思っていたのかな?」
その意思に驕りを感じ取った魔王は呆れたと言わんばかりに頭を振り。
「そう思っているのなら」
抑え込んでいた魔力をさらに解き放つ。
圧力を重く感じることは戦いの途中よくある話だ。
「相変わらずの傲慢、安心したよ」
しかし、世界が軋むほどの圧力を放てる存在がどれほどいるか。
イスアルの中で、人間の中でも指折りの実力者であるアルベンとマジェスの顔から血の気が引き、エシュリーは結界を張るも、瞬く間に結界が魔王の魔力に浸食され打ち消されてしまう。
ニシアが代わりに結界を展開したが、その結界も軋みを上げている。
彼女らの頭の中で小手調べと言った魔王の言葉が思い起こされる。
本当に小手調べだったのかと今代の魔王の実力に心が軋み、恐怖が鎌首を持ち上げる。
ダンジョンという空間が魔王の魔力で徐々に歪んでいく。
歪みねじれ、徐々にその空間を広げていく。
漆黒に染まる空間が広がり、瓦礫にまみれた建物の情景とは打って変わって、ただ広いだけの空間が誕生する。
そして。
魔王の体内から波動が放たれ、神もろとも辺り一帯を吹き飛ばした。
「うーん、久しぶりに封印を解くと体がなまっているのがよくわかる。いけないいけない運動不足だなぁ」
波動に乗った魔力、今も漏れ出している魔力。
ともに質、量ともに本当に一個体が保有するモノなのかと疑わざるを得ない。
「ああそうだ。封印を解いたんだ。もう一つ言ってみたい言葉を君たちに贈ろう」
存在そのものが嘘みたいな次元になった魔王が笑顔をもって威圧してくる。
今度は何を言われるのだと身を固くするエシュリーたち。
唯一悠然と立つのは神に憑依されている二人。
しかし、戦力差は歴然しているのは誰から見ても明白。
それでも魔王はその言葉を告げる。
「僕の変身は、あと三回残っているよ」
今日の一言
実力者に安心という言葉をかけられるだけで不安は拭える。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




