377 足りなかった、ただそれだけの残酷な現実
Another side
『アマテラス』
太陽の熱を再現したかのように輝く次郎の鉱樹、その発動タイミングは絶妙という他なかった。
神に攻撃させ、それを受け止めた鉱樹の根により、ほんの一瞬の停滞時間が生まれた。
しかし、これは隙ではない。
例え、ごくわずかでも相手の攻撃を止められたとしても神相手には意味をなさない。
そんなこと、分かりきっている
精々できて、攻撃を一回繰り出せるだけ。
だが、その一回が重要だった。
次郎の放った『アマテラス』は魔王にすら傷を負わせた、切り札中の切り札。
例え中身に神がいようとも、その肉体は生身の人間。
強化されようが、その一刀は問答無用で防御ごと切り裂く。
「つくづく人間は無駄なことが好きだな」
ハズだった。
「太陽の力で我が傷つくとでも思っていたか」
その灼熱の刃は確かに神の首に打ち付けられた。
しかし、その刃は一ミリたちとも食い込むことはなく、その柔らかい皮膚の前で白い焔に止められていた。
「舐めるのも大概にしろ、人間」
絶対な自信を誇る攻撃だからこその全力。
その全力の対価は、どうしようもない隙を生み出してしまう。
全力を出し切った後の体は硬直し、再度動き出すのにコンマ数秒の時間を要する。
本能で、脊髄反射で動いていた次郎の体とてそれは例外ではない。
「朽ちろ」
故に、その灼熱の太陽の光を回避する術など次郎にはない。
ほんの数十秒対等に戦えたからと言ってなんだと言わんばかりに、選択肢を誤った人間の男を憐れむことなく、何の感情も抱くことなく神は裁く。
一瞬だけ、エントランスを照らす白光。
しかし、その威力は竜の血で強化されていた次郎の肉体を焼いた。
「さすが、しぶとさに定評のある竜だ。まだ、息があるか」
光に吹き飛ばされた先、壁を壊し、瓦礫に埋もれ、うつ伏せで倒れる次郎にまだ息があることを不敬だと言わんばかりに蔑む。
「ニシアよ、止めを刺しておけ」
「かしこまりました。我が父」
だが、手を下す必要はないと判断した神は、娘に指示を出し、思ったよりも遠くにいた背を見て。
「我に背を向けるか、不敬な」
一瞬でその前に躍り出る。
「!?」
「走れぇ!」
その動きに反応できたのはヒミクとムイルの二人だけだが、ヒミクは恐怖で体が硬直してしまっている。
そんな彼女にムイルは背負っていたメモリアを押しつけ、素早く魔力の刃を形成し迷うことなく切り込む。
「下らぬ」
孫と曾孫、そして婿の嫁を守るべく身を投げ出したムイルの行動に心を揺り動かせられることもなく、目の前に来たのだからと神は一刀で切り捨てた。
「ガハ!?」
何の抵抗も許されず、雑兵を切り捨てる英雄がごとしの一連の動作。
その動作によって、深く胸元を切り捨てられたムイルは目を見開く。
その刃は肺に達し、心臓も傷つけている。
即死ではなくとも致命傷であるのは間違いない。
重要な血管を傷つけられ、想像以上の血しぶきを噴き上げる。
「我にその汚らわしい血をかけるな」
その場で崩れ落ちることも許されず。
視線だけで発動した衝撃はムイルを吹き飛ばし宙を舞わせる。
その攻撃も歴戦のダークエルフのムイルの肉体をことごとくを破壊している。
四肢は折れ、体内の骨も割れ、全身に響き渡る。
即死ではないことが幸いとは決して口が裂けても言えないダメージ。
「あああああああああああああ!!」
その光景を目の当たりにしたヒミクは、恐怖を紛らわせるように叫び、その拳を強く握りしめ、全力で踏み込んだ。
「父に手を挙げるか、悪い娘だ」
その攻撃は決して遅くもなく、また決して弱くもない。
速さは音を超え、その拳に当てられた岩など粉々に吹き飛ぶだろう。
そんな威力を誇る攻撃をいともたやすく神は片手で受け止め。
「躾が必要だ」
その拳を握りつぶす。
躾と呼ぶには過剰すぎるほどの行動。
グシャリと肉が潰れる音が響き、ヒミクが痛みに顔をゆがめるが。
「逃げろ!スエラ!」
この後何が起きるかわかっているヒミク自身は、一瞬だけ振り向いたスエラの背を押すように叫び、残った手を振り上げ、もう一度渾身の一撃を繰り出す。
「抗うな、娘よ」
それがスエラがこの場から離脱するために必要な時間を稼げる一撃ではないのは承知している。
だが、一歩でも遠くに逃げてほしいという願いを込めた一撃だった。
「無様を、我の前で晒すな」
そんな一撃も神には無様に見えるのだろう。
神は握りつぶした手を払いのけ、空いた手でヒミクの攻撃を逸らし。
「眠れ、娘よ」
彼女自身の血によって染まった手を握り、ヒミクの体をくの字に曲げるほどの威力で殴り飛ばす。
しかし、その程度で屈するヒミクではない。
翼を広げ、勢いを殺し、地面に着地する。
痛みに耐えあばら骨が折れていようがお構いなしにとびかかろうとするが。
「再び会う時は昔のような素直な子であれ」
ヒミクの着地した地面に魔法陣が展開され、その陣から光の鎖が飛び出る。
「封印陣!?くそ!?」
その魔法陣がどこにつながっているか把握し、鎖が体に絡みつき、徐々に陣の中に吸い込まれていることにヒミクは焦る。
抗うように翼を広げ羽ばたき拮抗するも、若干であるが負けている。
徐々に徐々に魔法陣の中に吸い込まれるのに焦りを感じるもヒミクは必死に脱出を試みる。
そしてその翼も鎖に絡まれてしまっては抵抗する術を失ってしまう。
「くぅ!まだだ!まだ、私は!」
すでに下半身は陣の中、それでも足掻こうとするヒミクを憐れんでいた神であったが、それでも目的を果たすために唯一この場から逃れようとするスエラの背を追いかけようとするも。
「行かせ、ません」
意識を繋げていたメモリアが、最後の悪足掻きだと言わんばかりに。
「血の薔薇園」
血の茨による檻を形成した。
幾重にも重なる、紅の茨は神の視界を覆い、スエラの姿をくらます。
だが、そんなことは関係ない。
神は瀕死のメモリアが放った魔法など関係ないと言わんばかりに、一閃剣を振るうだけでその結界は無残にも崩れ落ちる。
一瞥もくれることなく。
そのまま一歩踏み出そうとした神の目の前に立ちはだかる存在がいた。
「………」
スエラだ。
ムイル、ヒミク、メモリアの作ってくれた時間を無駄にするような行為。
一歩でも遠くに逃げてほしいと願われた彼女は、神に向かい合っていた。
命乞いか、それとも白旗でも上げるのかと思わせる暇も与えず。
「顕現せよ!バルログ!」
スエラは自身の持てる最大の切り札を召喚した。
火と影の複合大精霊。
影の炎で身を形成し、幾重もの腕を持つ、巨大な精霊。
「うち滅ぼせ!」
その腕に全身全霊の魔力を与えたスエラの切り札。
乱打に乱打を重ねるかごとく、果敢に襲い掛かるバルログ。
「………」
熾天使でもダメージを通せるその攻撃を前にして神は顔色変えることなく、むしろ興味がないと言わんばかりに視線を彷徨わせる。
スエラの腕の中から消えた二人の赤子。
その行方を神は捜していた。
「邪魔だ」
斬
たった一振りでバルログの体は横に割れ、そのまま消え去るかと思えた。
だが。
「まだです!」
複合精霊の性能は伊達ではない。
影は闇に類属するが、光と表裏一体の属性。
火は光に類属する。
すなわち。
「我の攻撃に耐えるか」
光属性に対して、強大な耐性を持っている精霊と言える。
斬られた部位を火と影はつなぎ合わせ、バルログに再び拳を震わせる。
「だが、やはり無駄なことだ」
なぜ抗うと疑問すら出てくるかのように、神はつぶやき、バルログを再度切り捨てる。
「っく」
体の大部分を失ったバルログであるが、再び元の姿に戻り攻撃を再開するもその攻撃は神には届かない。
そう、バルログは確かに熾天使クラスであれば、ダメージを通せるほどの強大な精霊。
さらに、光属性に対して強い耐性を持っている。
だが、それだけだ。
神の攻撃に耐えられるだけ、さらにその耐久度もスエラの魔力供給が絶たれればその限りではない。
大部分の体を消し飛ばされ、それを再生するだけで莫大な魔力を消費する。
立て直しただけのバルログを何の躊躇いもなく三度目の攻撃を叩きつけるだけで、その大精霊はスエラを巻き込み消し飛ばされる。
「っく!?」
障壁を張る間もなく、吹き飛ばされたスエラは再び精霊の召還を試みようとする。
「まだです!」
切り札の精霊を召喚した後ではスエラの魔力残量などたかが知れている。
それでも彼女は諦めない。
スエラの中で繋がりのある風の精霊が我が子を運びここから離れているのだから。
(ケイリィ、すみません)
その先にいるのは自身の親友に心の中で謝罪する。
それは自身が子供の成長を見届けられないことを現し。
その場所まで逃げ延びられればきっと大丈夫だと信じているスエラは次郎と同じ、ここで散る覚悟を決めた。
「ソウルエクスチェンジ!」
足りない魔力があるのなら、それを作り出す手段という物がいくつかある。
そのどれもが即効性に欠ける手段が多い中、スエラが取った手段は即効性がある。
自身の魂には限りがある。
それを削って無くなった魔力を回復させる、緊急時以外は誰も行わない手段。
「オーバーサモン!」
加えて、過剰召喚という通常の代価以上の魔力を投資することによって再び自身の切り札を顕現させる。
なりふり構わない手段。
熾天使のヒミクが赤子のように倒されている惨状。
それを感じ取っていた彼女は、命尽きるまで戦う覚悟を決めた。
魔紋の過剰使用により、オーバーヒートを起こしそうになっているがそれでもスエラは召喚を止めない。
バルログだけではない。
風の狩人、土の戦士、火の盗賊、水の術師。
全てが人型のスエラの持ち得る最大戦力。
本来であれば、一体でも多大な魔力消費を強いられる精霊であるのにも関わらず、彼女は合計五体の精霊を一気に召喚して見せた。
「いって!」
しかし、それでも。
「無駄と言っているのがわからぬのか」
神には無力であった。
魂を削り、潤沢な魔力を駆使し、総動員した戦力もたった一振りでバルログ以外の精霊に大きなダメージを与えられてしまう。
「無駄、ではありません」
神のいう言葉を過剰召喚によって悲鳴をあげる体を精神で支え、懸命に否定する。
それは次郎から始まった時間稼ぎを全て否定する言葉であったから。
次郎が、スエラたちを守ろうと命を賭し。
ムイルが、懸命に時間を稼ごうと命を賭し。
ヒミクが、勇気を振り絞り命を賭し。
メモリアが重傷な体を押してまで命を賭し。
スエラは、我が子のために命を賭した。
「無駄なんかじゃありません!」
それを認めるわけにはいかないスエラは、否定する神の言葉を真っ向から否定する。
生き残ったバルログもその意思に答えようと、その身を滾らせる。
幾度もその身に神の刃を受けようとも、その拳を止めることなく振るい続ける。
バルログが傷つくたびにスエラは精霊を癒し、魔力が枯渇しそうになれば自身の魂を削り魔力に当てる。
あと少し、あと少しなんだと、スエラは心に言い聞かせた。
いかに魔力を潤沢に用意しようとも、バルログの無茶な運用によって、スエラの意識は朦朧としてきた。
精霊の契約によって子供を運んでいる精霊がもう一息で安全圏に脱出するのを知覚できている。
その事実だけがスエラの心を支えた。
召喚士であるスエラを殺そうとする刃を、魔力の代価が大きくともバルログの身で防ぎ、他の精霊に攻撃をさせる。
「我の言葉は事実、それは違えることはない」
しかし、その心の支えを神は容易にへし折った。
「あ」
プツンとスエラと契約していた精霊の気配がいなくなった。
それは安全圏までもう少しという距離での話。
それが何を示すか、スエラは理解したくなかった。
「お前がやっていたことはすべて無駄。神の手から逃れられるものがいると思うてか」
熾天使ニシアも、エシュリーもアルベンもマジェスも、敵対していた勢力は全てここにいたはず。
だからこそ、なぜとスエラは目の前の光景を信じることはできなかった。
「ユキエラ!サチエラ!」
なぜ神の腕の中に我が子がいるのか。
その事実に対して疑問を呈するよりも先に、スエラの体は動き出していた。
取り返す。
そのことに頭がいっぱいになり、守勢から攻勢へと打って出た。
「感謝せよ」
その動きを見てもなお神は態度を変えることなく、むしろ喜べと言わんばかりにスエラを見下す。
「我が神気を受け止められる子を産めたことを感謝し」
その態度を見て、スエラは自身の子供が狙われていたことを知る。
知ってしまった。
勇者の末路を知る彼女はふざけるなと怒り、その熱は精霊たちに伝わるも。
「死ぬが良い」
その怒りが、届くことはなかった。
神は加減していたのだ。
スエラの持つ精霊とのつながりを辿るため。
そこに空間を繋げるために、わざと戦った。
そして一目見て、有望な子供であることを悟った神は、その子供を手中に収めるためわざと防げる程度の攻撃を繰り出していた。
見知らぬ男に抱かれたユキエラとサチエラは大声で泣き、父親と母親を呼ぶ。
「「オギャァ!オギャァ!」」
その泣き声に答えるべき次郎とスエラは。
「そ、の手を、離せ」
「いま、いきます」
重傷を通り越し、致命傷を負ってなお、動けと体に命令し立ち上がろうとする。
「見苦しい、ニシア」
「は」
親の心、神知らず。
その二人の姿を、見苦しいと断じた神は、必要なものは手に入ったと言う雰囲気で、側に舞い降りたニシアに目障りだと伝え処断させる。
「慈悲です。苦しませず殺して差し上げます」
「止めろ―――――――――――――!!」
その光景をすでに肩まで封印陣に吸い込まれているヒミクは止めようと叫ぶも。
それを止めることはできない。
「随分と見苦しい慈悲もあったものだ」
ハズだった。
「!?」
白き裁きの光をかき消すどころか、飲み込みニシアを消し飛ばそうとする闇の暴流。
それは魔法ですらなく、ただ魔力を噴出しただけの行為。
それを成せる存在は限られている。
ニシアはその発生源を勢いよく見て、神はゆっくりとそちらに顔を向ける。
「僕は比較的温厚なつもりだ。失敗すれば叱責し罰を与えるけど、次を与えられる程度の器量はあるつもりだ。そのおかげで最近は真剣に怒ると言う機会もない。優秀な部下が多いこともあると思うけどね」
カツンと革靴が地面についた音がする。
「色々と周囲からも言われたよ。歴代一の甘い魔王、歴代一の変わり者、人間を登用する軟弱な魔王、そんな評価のおかげか老人たちの説教も聞き飽きるほどだ」
すでに原形のないエントランスに降り立った一人の男。
金髪を整え、スーツ姿で降り立った一人の美丈夫。
「舐められるのは良くないね。おかげで仕事は増える増える。今回も、どういうわけか、我が国で粗相をしていた鳩どもを駆除するのに随分と時間がかかってしまった」
その整った顔立ちに浮かぶ表情は笑顔。
まるで友人に語り掛けるかのように穏やかな声色。
「さて、そんな一仕事終えてきた僕が、君たちに問いかける言葉はたった一つだ」
しかし、間違いなく。
「僕と戦う覚悟はできたかい?」
魔王は怒っていた。
「僕の準備はできている」
どうしようもなく、鎮めることも出来ないほどに。
今日の一言
足りなかったが、間に合った。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




