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376 損得勘定で動くかどうか判断するときもあれば、しない時もある

 Another side


 元々この場の空気は重かった。

 それは精神的にも、そして重量感的にも言える。

 圧倒的力を誇る熾天使を従える、イシャンの中にいる神。

 それに抗っている魔王軍。

 戦闘は一方的で、神勢力側の勝利は目前と言ってよかった。

そんな場の空気が軽いはずかない。


『コロセ、守リトオセ』


 このたった一言が、その空気に新たな色味を与え、重みを増した。

 重圧と言っても過言ではない、神の放つ雰囲気に抗うのはただ一人の個人。

 機械音声のように異質な声色となった田中次郎が、一瞬脱力したと思ったら、次の瞬間。


『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 雄叫びを上げる。

 否、雄叫びなんて生易しい。

 空間を振動させる物理的な効果だけではない。

 魔力さえも震わせ、その場一帯の外壁にひびを入れるほどの現象を引き起こす。

 この会社はダンジョン。

 その耐久度も並大抵の建築物を凌駕するほどの堅固である。

 その素材をたかが声を上げるだけで破損させる。

 そんな存在を神と熾天使ニシアは知っている。


「………この気配は、竜ですか?なぜ人間がこのような力を」


 先ほどまで人間の中では高い能力を持っていたが、それでも神と比べればお粗末と言っていい程度の力しか持たなかった矮小な存在。

 そういう認識であったニシアは、その人間が神を傷つけられる力を持っている事実をまじまじと見せつけられる。

 信じられないと言わんばかりに魔力を滾らせる次郎を見る。


「ですが、その力も制御できていない。たかが暴走した力でどうにかなるほど」


 魔力が荒れ狂い、朱い魔力が次郎の周囲にまとわりつき、その質、量ともに上質であるが、垂れ流しでただ溢れさせているだけで、制御している気配は欠片もない。

 傷を負わされる可能性は十二分にあるが、警戒すればそれもない。

 ニシアは、次郎の判断を愚策と断定し。


「甘くはありません!」


 その力ごと命を散らそうと右手を振り上げ振り下ろす。

 単純かつよどみのない仕草で生み出された光の刃が次郎に迫る。

 速度、鋭さ、威力、どの分野においても次郎を殺すには十分な威力を誇る光の刃。

 それは誰にもとめられることなく、次郎の体を切り裂くはずだった。


『■■■■■■■■■■■■■■!!』


 だがそれは起こりえない。


「な!?」

「「「!?」」」」


 攻撃を放ったニシア、そして対峙していたエシュリー、アルベン、マジェスもその出来事に瞠目する以外の仕草を取れなかった。

 躱す、防ぐ、あるいは迎撃する。

 それならばまだ驚きはしない。

 だが。


「打ち消した?」


 エシュリーはニシアの力を知るがゆえにその現実に対して一番驚いていたと言える。

 たった一つの咆哮。

 それだけでニシアの魔法を打ち消した。

 獣特有の本能に満ちた黄金に輝きを瞳に灯した次郎は人間の姿をしているはずなのに、目の前にいるのは本当に人間なのかと疑問を呈する。

 ちらっとかぶさるようにエシュリーの瞳に写る次郎の姿に雄々しく翼を広げる竜の姿が幻視される。


『■■■■■■■■■■■■!!』


 その野生と言うべき気迫。

 その姿を見て、エシュリーたち人間勢力の中で咄嗟に獣染みた戦いを想像してしまった。

 誰もが理性の飛んでいる次郎には、すでに人間らしい戦いを捨てたと見える。

 それが本当に真実かどうかを知るのはこの場にはイシャンに宿った神以外はいない。

 そういない。

 田中次郎の中で理性は最早意味をなさず、意識は切断され、竜の血に身を任せている状態と言えた。


「我に〝挑む〟か」


 とは言え経験は反射的に適応される。

 理解できない言語を叫び、次に何をするかわからないと警戒する一方で、ただ一人黄金に輝く竜のような眼力でイシャンの中に宿った神は、自身を捉えたと本能的に察する。

 そして、彼の神は挑むと敵対する相手に対して最上級の言葉を選んだ。

 すなわち。


『■!』


 次郎の牙は届くと言う意味を指していた。

 そして、その意味をこの場にいる全員に周知する。

 ふらりと倒れ込むように前傾姿勢になった次郎が消えた。

 それに反応できたのはニシアだけ。

 忽然と姿を消すなんて転移魔法かその姿を消すような魔法を想像するのがイスアルの人間勢力の判断。

 だが実際は違う。

 ゴンと鈍い音がしたと思ったら、衝撃波がイシャンのいた場所から放たれた。

 何事かと音に反応するよりも早く、その衝撃波はその場にいた全員を襲う。

 次郎がただまっすぐ、一瞬でイシャンの元まで駆け寄りただ鉱樹を振り下ろしただけの現象。

 それに反応できるものがいるのか?と酷なことを言う輩はこの場にいない。

 しかし、対応できた存在はいた。


「今だ!」


 ムイルその人である。

 年の功という物。

 誰が信用でき誰が信頼できないかを、経験則で次の行動を決められる。

 田中次郎という男は信用も信頼もできると彼が思っていたのなら次に来る行動に迷いは出ない。

 チャンスを作り出すと宣言したからにはどうにかするだろうと言う信頼の元、ムイルは背負うメモリアに申し訳ないと思いつつ全力で駆けだし、その言葉に反応するスエラとヒミクも走り出す。

 それを防ごうと動くニシアやエシュリーたちであったが、一歩で遅れている形となった。


「逃がしてはなりません!」

『■■■■■■■■■■!』

「っく!」


 それを追おうとするも、再度強襲する衝撃波にたたらを踏む。

 大上段から振り下ろされた攻撃を手にもつ剣で防いだイシャンの足元は窪んでいた。

 その光景を見ただけで、次郎が繰り出した攻撃の威力を物語る。

 では次に繰り出す攻撃はそれよりも低いのか?

 否、威力は下がらないむしろ上がる。

そこからは衝撃の嵐がエントランスを覆った。


『■■■■■■■■■■!』


 最初の攻撃がだめなら、それ以上の攻撃を、それでもだめならさらにそれ以上の攻撃を。

 次に繰り出される攻撃は相手を殺すために脊髄反射の領域を超え、あらかじめ決まった予定を繰り出すかの如く。

 我武者羅と言えば格好悪いが、条件反射の領域まで昇華された技を本能に適合させ、それを身体能力の以上の性能を引き出した連続切。

 その一発一発が、衝撃波を生み出し、スエラたちの脱出を後押しする。

 常人では目で追えず。

 達人でもその残像を捉えることはできず。

 人外の領域でその攻撃の軌道を感じ取り。

 化け物の領域でようやく対応のできる攻撃の嵐。

 その動きに型はなく。

 一種の無形の極地。

 野生の暴力に人理の技を上乗せした、奇跡の技。

 その嵐のもっともの被害者は誰かと聞かれればイシャンの中にいる神かと思われるが、その神は涼しい顔をしてその猛攻を防いでいる。

 では、だれが一番被害を受けているか?

 それはイシャンの側にいた川崎翠であった。

 最初の一撃で、もっともひどい衝撃波を浴びその身を後方に飛ばす結果となった。

 壁に衝突し、意識を失いそうになるも、頭を振り意識を明確にした。


「………」


 彼女の目の前に広がる光景は、映画でも見ないほどの異常。

 それに対して川崎は冷静に懐中時計を取り出し、その針の示す刻限を見て、眉を顰める。

 それがいったい何を示すか、イスアル側の陣営は把握しているが、本能のみで敵を屠ろうとする次郎には知らぬこと。

 攻め立て、敵を滅ぼす。

 スエラたちを逃がす。

 この二つの条件だけをインプットした獣は、その暴力を加速させる。


『■■■■■■■■!』

「うるさいぞ、竜風情が我に歯向かうか!」


 その暴力を真っ向から否定する神。

 たった一振り、暴力にタイミングを合わせ、次郎を切り裂こうとする一閃。

 絶妙なタイミングで繰り出された一閃は、次郎の胴体を断ち切るに足る一撃。


『■■■■■■!』


 だが、まだ死ねないと抗う次郎にその一撃は甘いと言えた。

 鉱樹を繰り出すには遅く、間に差し込むのにも遅く。

 完全に隙を突かれた攻撃であったが、彼に諦めるという言葉は存在しない。


「………」


 ピクリと神の眉間が動く。

 それは神なりに驚愕したと言う事実。

 なにせ、彼からしたらあり得ないと言わざるを得ない〝技〟を見せつけられたのだから。

 高速を通り越し、光速の勢いに迫る斬撃に〝乗る〟という神業を次郎は神に見せつける。

 跳ぶ時間などない。

 なかったはずだと、神が自問自答するほどの反応力。

 実質、攻撃が繰り出されてから反応していては決して間に合わないほどの一撃だった。

 未来予知をしていても見せるつもりはない。

 そんな神の一撃に次郎は対応して見せた。


『■!』


 そしてあろうことか、それを待っていたと言わんばかりに、剣の上に片足を乗せた次郎は逆に神の首を取らんと鉱樹を横一線に振るう。


「………」


 その攻撃に対して神は忌々し気に光の壁を生み出す。

 全て剣一本でさばいていた神からすれば屈辱と言わしめるほどの乾坤一擲の一撃。

 カウンターにカウンターを合わせた一撃を光の壁で遮り、防ぐ。

 それに伴い鈍い音が辺り一帯に響き渡る。

 ここまでの攻防はわずか数秒。

 十秒に満たない攻防。

 それでも機王、アミリ・マザクラフトを圧倒した神にほんのわずかな時間でも食らいついているだけでも大金星と言える。

 では、その性能に対して代価はないのか。


「血が」


 それは当然〝有る〟

 エシュリーがほんの一瞬、その攻防の際に生じた停滞。

 神が次郎の攻撃を受け止めた際に、ニシア、エシュリー、アルベン、マジェスの四者の視界に映った次郎の姿を見て息をのむ。

 たった数秒まで怪我を負っていてもまだ普通の姿であった次郎が、この数秒であり得ない姿となり果てていた。

 超高速を体現した身体能力に反動がないと思ったか。

 一時とはいえ神を押しとどめられるほどの力に代価がないかと思ったか。

 そんなご都合主義など存在しない。

 分不相応の力への代価は、考えるまでもなく高くつく。

 体中を血で染めて、それでも相手を殺しきるという形相で神に喰らいついている次郎の姿を。

 自己犠牲など労わず、後のことなど考えることもせず、ただこの十数秒の一時に全力を賭しているからこその拮抗。

 倒せるまでの速度と威力を出すための代償は大きい。

 ここまで全力を出しても大丈夫という限度を取り払い、痛みを忘れ、ただ一つの目的を達するためだけの決断の代償は当然ながら次郎の体を破壊する。

竜の血は確かに次郎を強化したが、その強化に肉体が追い付いていない。

 体中の血管が破裂し血が噴き出た。

 だからどうした。

 体のどこかの骨が折れた。

 まだ動ける。

 心臓が破裂しそうだ。

 破裂するまで動かせ、破裂しても動け。

 もはや生きることに執着する者の動きではない。

 ありとあらゆる犠牲をいとわなくなった人間のほんの一瞬の輝き。

 それがある故に抗えている現実。

 四肢をもがれようと動くことをためらわない。

 ただ、大事な人を守るだけ、修羅となり果てた一人の男がそこにいた。


「死兵か」


 神はその姿に見覚えがあった。

 数多の勇者に力を与えた時に見た景色にそれはいた。

 魔王を守るため、一矢報いるため、憎しみで殺しに来たため。

 そのどれもが、このような姿と目をしていた。


「その程度飽きるほど見てきた」


 その形相を見て、だからどうしたと神は吐き捨てる。

 ただ楽に勝てる相手が、少し面倒になっただけの話。

 鎧袖一触できないだけで、負けることは決してない。

 例え一万回、一億回、一兆回戦おうと神が負けると言う結果は訪れない。

 あるのはただの遅延、神の視界の端に走り去ろうとする姿を見つけ、そこに手を出すのが遅れるだけの現実。


「下らぬ、結果は変わらぬ」


 どうにかなると思われていること自体がおこがましい。


「我の決議に変わりはない」


 目の前で命の炎を燃やし尽くさんとばかりに苛烈に攻め立てる次郎の努力など意味などない。


「散れ、人間」


 ほんの一瞬、刹那の時間。

 負担に負担を強いた次郎の体の動きにわずかな陰りを神は見逃さず、ただそこを突くだけで次郎の命を落とせると知った神の一撃。

 裁定は下されたと、神はこの後の一撃を疑うことなく、今度こそ次郎の心臓を貫く。


「なに?」


 ハズであった。


『■■■■!』


 いつの時代も神に抗うのは人。

 その裁定に異議を申し立てるのも人。

 その異議で滅ぼされるのも人であるが。

 神に抗った人が、只人であるはずもない。

 再び訪れた停滞。

 その停滞を作り出したのが神ではなく人間の次郎。

 何をした?

 そんな疑問を神に抱かせる時間を作り出した次郎。

 突き出した剣は、確かに刺さった。

 だが、心臓までは達していない。

 骨に遮られた?

 否、それよりも前で止められている。

 結果を覆された神に訪れる、思考の乱れ。

 血まみれで今にも死にそうな、次郎のつかみ取った結果。


「木の根?」


 それを支えた一本の相棒が見せた奇跡。


『■■■■■■■■■■■■■■!!』


 切り裂かれた服の隙間から見えた太く硬い木の根のような存在が神の一撃を防ぎ。

 次郎の渾身の一撃を振り下ろすまでの猶予を与えた。

 その技は次郎にとっては最強の一撃。

 皮肉にもそれは神と同類の名冠する一撃。


『アマテラス』


 太陽の閃光を纏った一刀が振り下ろされるのであった。



 今日の一言

 動かなければならない、時がある。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 緊急事態にも関わらず、精霊の力を使おうとしないなんて阿呆なのかな?
[良い点] うぉーカッコいい クライマックスかー 神なぞ切り飛ばして下さい [気になる点] 次郎の体 [一言] 続きをお願いします
[一言] 次郎は龍の血を取り込んでいたんでしたね。それをここで使うか! それにしても、あちらの神どもばかりが好き勝手にやっている感じだか、魔王様はどうした? いずれにしても、次話が待ち遠しいです。
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