375 奇縁ということは度々あるが、タイミングが重要だ
ふとした拍子での再会。
目の前の彼女は出会ったときと比べていく分か大人びて見えた。
あの時は味方だったと言うわけではなったが、それでも顔を突き合わせ、一時とはいえ旅を共にした仲。
知らない仲ではない。
知り合い以上友人未満と言った関係。
旅の道中、一緒に食事も取った。
何気なしに雑談も交わした。
変な流れで、仕事の相談も受けた。
たった一度だけ交じり合ったありふれた縁。
ただそれだけの知り合い。
きっともう出会うことのない縁だと思っていたのにも関わらず、こんな最悪の形で再開するとはだれが想像しただろうか。
「婿殿!」
「エシュリー!」
ムイルさんの叫びと、魔法使いの格好をした男の叫び声がぶつかり、俺と彼女はハッとなる。
そうだ。
あの武装集団と一緒に行動していたと言うことはあの人は敵なのだと改めて認識し。
例え、一時ともに行動し、彼女が気苦労の絶えない女性だと言う事実を知っていたとしても。
そんな事実に親近感があったとしても。
「突破する!ムイルさんは警護を!ヒミク!」
それだけだ。
この場で迷う理由にはならない。
否、迷ってはいけない。
今この場でそんな感情は重荷でしかないのは百も承知。
即座に現状できる突進陣形を組み、俺はためらいもなく、目の前の騎士風の男に切りかかる。
「魔法使いの男を抑えられればいい!無理はするな!」
「うむ!承知した!」
迷いは一瞬、倒す必要がない状況が幸いした。
先ほどのニシアとの戦いで痛めた右手を使うも、万全ではない状態では攻撃力も乗らない。
圧し切るのは難しい。
かと言って技を使った切断はさらに難しいときた。
力か技かという選択肢を迫られた戦いを強いられるのはわかっているが。
「押し通る!」
「む!」
迷っている時間はない。
追われている身で、背後を気にして戦えるほど余力があるわけではない。
さらには赤子を抱えての戦闘など、本来なら避けるべき状況。
だが、ここを突破しなければ後に来るニシアに追いつかれ結果的に全滅は避けられない。
なら迷っている暇はない。
正面で構える騎士風の格好をした男にめがけて駆けだす。
それに合わせて魔法使いにめがけてヒミクが魔法を放つ。
「っち、堕天使が敵にいるなんて聞いていないぞ。おまけに」
その魔法を魔法使いは障壁で受けている。
苦手だと言っても熾天使であるヒミクの魔力をつかった魔法だ。
並み以上なのは間違いない。
それを安々と受け止めているのを見て実力者だと言うのがわかる。
「………六枚羽か。冗談にしては笑えない」
「だが、事実だ、無駄口を叩いている暇があるのなら、早く援護しろ。なかなかの手練れだ」
「ちっ、わかっている」
それは俺が攻撃した騎士風の男もそうだ。
背後から聞こえた魔法使いの男の声に淡々と返事をする騎士風の男に焦りはない。
ギリギリと鉱樹と相手側の剣が鍔迫り合いを行っている。
筋力は互角、と言いたいところだが俺は万全ではなく、相手は本気ではないのがわかる。
技量としてはこれからだが、雰囲気から察して絶対に負けると言う感じの相手ではない。
「ふん!」
「は!」
相手方から剣を弾き、距離を置いてきた。
俺の間合いは遠近中と押さえてはいるが、やはり得意距離は中距離よりも内側。
剣が使える間合いとなる。
対する相手も俺と同様、剣を得意としていると思われる。
自然と俺たちの距離はその刃の届く範囲で収まる。
タイミングを取られ、先制で放たれた大上段からの振り下ろし、それを俺は半身になりギリギリの距離で躱す。
頬の脇を剣が通り過ぎ、耳の奥に風を圧し切る音が聞こえ、視界の端に鉄の壁が通り過ぎるのを見送る。
その剣が床に刺さる前に止まった。
その瞬間を逃さない。
床に当たる直前で止まった剣を思いっきり踏み、地面に食い込ませる。
その際に発生した踏み込みをもって鉱樹で相手の首を取りに行く。
「っ!」
「!」
刹那の判断と言える攻防。
一瞬の交差にも関わらず、思わずうまいと言いたくなる。
騎士風の格好をしているが、今目の前で行われた行動が戦場を理解していると俺に知らせてくる。
騎士の剣は誇りだと良く聞くが、誇りを取って死ぬのは愚者の行いだと目の前の男は行動で語っていた。
剣にこだわっていればその首をもらっていたのにもかかわらず、迷わず柄から手を放し上体をのけぞることで俺の斬撃を躱した。
加えてただ躱しただけではない。
避けた時、人間というのは自然と不安定な姿勢になる。
なのにもかかわらず、まるで足に根を張っているかの如くしっかりと片足は地面を踏みしめ、反対側の足で蹴りを放ってきた。
闇雲のヤケクソになった攻撃ではなく明確な目的をもって放たれた攻撃。
その先に何があるかを咄嗟に悟った俺は剣を踏みつけていた足を引き、蹴りの間合いの外へと避難する。
「………」
「………」
鎧を着てあそこまで身軽に動けるのにも驚きだが、この騎士、踏んできた場数が違う。
本来であれば少しでも相手に大きなダメージを与えたくて、攻撃には欲が出てしまう。
大きな威力の攻撃を相手の最も弱く致命的になる部分に。
それができれば最上であるが、敵からすればそんなことを簡単にさせるはずもない。
必死に防御なり反撃を企てて相手の攻撃をいかに最小にそして見当はずれの方向にもっていくかを考える。
これが攻防の基礎。
相手を必ず仕留めなければならない殺し合いにおいてはその欲をいかに抑え、少ない手数で殺しきるかが重要になってくる。
そのことを目の前の男は理解している。
冷静沈着。
自分が何をすべきか、あるいは何をできるかを把握できている現実。
現に今、俺は封じたはずの剣を、悠々と目の前で回収されている。
最初の鍔迫り合いで、おそらく俺が万全でないのは把握された。
それならば強気に出てもおかしくはないこの場面で、俺の左腕の肘を壊しに来た。
恐らく、鉄靴の部分で蹴りぬかれていたら関節は砕かれ、左腕は肘から先が使い物にならなかった。
すなわち、相手はあの攻防で俺を殺しに来つつ〝弱らせ〟に来ていた。
おまけに。
「………」
「………」
時間が今だけは相手に味方しているのも理解している。
焦りで判断を迷わせることなく、じっくりと間合いを計ろうとする根気、不動の山を思わせるその動きはじわじわと精神力を削られているように感じる。
目の前の騎士風の男もそうだが、魔法使いの男もそうだ。
武器を持っていないヒミクを見て、防御を固めつつ牽制を怠らず、さらに背後にいるスエラたちにも気を配っている。
戦い慣れていると言う二人の行動に、俺もヒミクも攻めあぐねる。
時間をかけてはいけないと言う俺たちと時間が経てば援軍が来るとわかっている相手方とでは、精神的優位の差が出てくる。
加えて。
「むっ」
「浅いか」
どうにかつけた傷も。
「治します!」
「頼む」
あっさりと治されてしまう。
「次郎さん!」
そんな悪い状況の時は期して悪い状況が重なる。
スエラの叫びと同時に、背後で塞いでいた防火壁が破られ、壁をぶち抜いてきた光の束でエントランスの風通しは良くなる。
スエラの声と同時に感じる濃厚な気配。
「………囲まれたか」
ゆっくりと背中合わせになる俺たち。
羽ばたき近くに着地するヒミクはニシアには目もくれず大きな穴が開いた壁の方に注視している。
「随分と手こずらせてくれたな」
そこから現れるイシャンの体を使った存在。
おおよその見当はついているが、その名を呼ぶのもはばかれるほどの存在感を放つ。
奴の視線の先は、先の光で吹き飛ばした存在に向けてだろう。
「まだ息があるか、人形」
全力で戦った結果だろう。
すでに満身創痍、右腕など原形をとどめておらず、右足も膝から曲がってはいけない方向に曲がり、頭を切り血が垂れ、左目を塞いでいる。
「戦闘続行」
最後に残ったコードもボロボロ。
最早戦うことなど出来ぬと言わんばかりの様相なのにもかかわらず、アミリさんは諦めない。
かろうじて召喚された鎧甲冑型のゴーレムを操作し、けしかけるも。
「戯け」
瞬く間に消し飛ばされ、その衝撃でさらに吹き飛ばされる。
壁にぶつかり、崩れ落ちるもその直後にまた起き上がろうとする。
「っく」
この場において助太刀という行為は無意味なのはわかっている。
だが、このまま何もせず終わるのだけは避けるべきことなのはわかっている。
刻一刻と、盤上の面が制圧され、余計な事を考える暇を塗りつぶし、俺の取れる行動を制限する。
「他愛ない。ここが今代の魔王の息のかかった施設と聞いておったが、存外呆気ないものだ」
七将軍のアミリさんが無力化された今、まともに戦える存在は俺とヒミク、スエラにムイルさんだ。
ただ、その戦力を全員投入したからどうにかなる次元ではない。
これが勇者、これが俺たちの防ぐべき相手。
ただその現実を突きつけられている。
「我が父、この者はいかがいたしましょう」
絶体絶命の沙汰を言い渡すためにニシアは、イシャンにめがけて問いを投げかけている。
その言葉を受けたイシャンの中にいる存在は、川崎を背に控えさせ、興味の失せたアミリさんから俺たちの方に視線を向ける。
「っ」
視界を向けられただけで、背筋が凍る。
それは俺だけではなく、俺以外も同じように緊張で体がこわばっている。
「ヒミクよ、なんだその汚らわしい翼は、父はそんな翼をお前に与えたつもりはないぞ」
その中で真っ先に目をつけられたのがヒミク。
自身で生み出した娘に似つかわしくない翼の色。
それを見て、喜怒哀楽を見せるのでもなく、ただ侮蔑するべき存在なように見て、一言。
「お前は、消えろ。消えてその力を我に返せ」
そう言うとそっと剣を持っていない右手を上げたと思うと何かを握る仕草を見せる。
「がは!?」
「ヒミク!」
その途端ヒミクが苦し気に胸を抑える。
その苦しみ様は尋常ではない。
膝から崩れ落ち、過呼吸が起きたかのように口は開き、瞳孔は安定せず、脂汗は止まらない。
あいつが何かをしていると言うのは明らか。
「抵抗するな。その力はもともと我のモノだ。娘よ、素直に明け渡せ。それがお前のできる最後の父への奉公だ」
必死に逃れようとするヒミクの行動を無感情の瞳で淡々とその握る仕草を強める。
「い、やだ。まだ、やりたい、ことが、あるのだ」
「見苦しいわよヒミク、堕天したということは、あなたは父に消されても文句はないと言うことの証左。あなたはそれを覚悟して堕天したのでしょう?」
その強められた力に目を固く瞑り全力で嫌だと首を振るヒミクに向けてわがままを言っている子供に向けるような口調でニシアは語り掛ける。
その言葉を聞き俺は驚く。
堕天という行為を簡単に行ったヒミクの行動に、俺も安易に考えていた部分があったからだ。
「ヒミク、お前」
「きに、するな。私が、あなたのそばに、いたかった、だけだ。あなたが、きにするようなことではない。だいじょう、ぶ。だから」
彼女と出会ったときこんなことになるようなことは一切言わなかったじゃないか。
なのに何でお前は笑える。
息も絶え絶え、苦しいはずなのに、耐えることで精いっぱいなはずなのに。
なぜおまえは俺に笑いかけられる。
「短い命を粗末にするの?人間」
その笑みに俺の背を押す何かの感情が、一つのスイッチを押す。
鉱樹の柄をぎゅっと握る。
その仕草だけで俺が何かをしようとしているのだろうと把握したニシアは、愚かだという言葉をにじませて、俺に問いかける。
俺はその問いに心の中で是だと答え。
どうせ死ぬのならと自棄になっているわけではない。
「ムイルさん、チャンスを作ります。全力で皆を連れて駆けてください」
少しでも可能性があることに賭けるだけだ。
口では、別のことを紡ぐ。
チャンスを作ると口にすれば人間誰もが警戒する。
ニシアとイシャンは警戒しないが、目の前に立つ騎士風の男は何をするのだと警戒の色をあらわにする。
そんなことは関係ない。
そして返答を待っている時間もない。
お前の背には何がいる?
お前はその何かを失ってもいいのか?
お前はその何かを失っても生きていけるのか?
まるで他人のような俺に問いかけられた切なる願いに対して、全力でNOと言うだけで吹っ切れる。
「………行こうか相棒」
ただ心を静かに、そしてこれから来るであろう激流に身を任せる。
ドクンと俺が何をしたいかを悟った鉱樹は、静かに一回わかったと答える。
スエラを子供をメモリアをヒミクをムイルさんを。
この場にいる俺が大事だと思える人を守るには、身を捨てねばならないと決心がついた。
「スエラ」
カウントダウンが始まり、鉱樹の中で枷が一つまた一つと外れていく。
そして最後の一つの枷が外れようとする瞬間。
「子供たちを頼む」
明確に外れてはいけないタガが外れる。
その瞬間俺の意識はその激流に塗りつぶされていく。
心臓があり得ない鼓動をはじめ、ギチギチと筋肉が作り替えられていく。
身を捨て、心を捨て、たった一つの願いを守る。
最後に感じたその激流の正体に俺は体を明け渡す。
さぁ。
『コロセ、守リトオセ』
暗転する意識の中その正体に願いを託し俺は意識から退場した。
今日の一言
決めたのなら、貫き通せ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




