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374 損害の大きさに愕然とすることには、その時には気づかない

 この会社に入社してから、感覚という感覚を自分なりに磨き続けてきたつもりだ。

 それは、この仕事、戦いという分野で感覚というのは情報を集めるにおいて最も重要かつ最適だと思ったからだ。

 嗅覚、視覚、触覚、聴覚、味覚と言った五感はもちろんだが。

 そういった身体能力だけではなく、あやふやな第六感と言うべき勘の領域。

 そちらも磨くのが必須であった。

 虫の知らせというのは、経験の記憶が累積し、既視感を作成することによって危険を察知し回避という理屈らしいが、この世界だと文字通り未来視に分類される能力に近い。

 ある一定の実力者になれば、漠然と、本当に根拠もなく攻撃を察知したり、攻撃が有効かどうかを判断できる。

 一分一秒の問題ではなく、さらにその下の領域での、そのわずかな差。

 蜘蛛の糸のように細い感覚を瞬時に手繰り寄せられるかどうかが、戦いの場において決定的な差を生み出す。

 それを、俺は痛いと言うほど経験している。

 だからこそ、言える。

この建御雷は防がれる。

そして、これは予定どおりになると。

 そんな嫌な確信を俺に与えてくれた。


「ちっ」


 突き破れと切に願ったが、なんとなくニシアが無傷であることはわかっていた。

 そもそも、前提としてこの攻撃そのものが相手を倒すための攻撃ではない。

 本来であれば、こんな願望染みたことは言わない。

 だが。


「この程度の攻撃で私を倒せると思っているのですか?」


 余裕の笑みで障壁を張るニシア。

 その顔を忌々しく見ている俺。

 そして。


「思っていません」

「!?」


 ニシアの影から飛び出したメモリアはニシアの体めがけて杭を突き刺す。

 漆黒の杭は、白き肌を突き破り、赤い液体を滴らせる。


「いつの間に!?」


 驚きそして痛みを感じようと、突如として現れたメモリアにニシアは対応しようとする。


「この距離なら!」


 しかし、それを甘んじてさせるメモリアではない。

 突き刺した杭を引き寄せながら反対の手に取った杭をメモリアは叩きこもうとする。

 背後を取り、なおかつ不意を打った攻撃はそのままニシアの体を抉る。

 だが、それで倒せるはずもない。

 建御雷の光によって生まれた影に紛れ移動し、奇襲をしたメモリアを助けるために走りこむ。

 背中に女性一人を張り付けた状態ではさすがに俺を完璧に迎撃することはできない。

 それでも圧倒的な魔力量にものを言わせた攻撃は脅威であることに変わりはない。

 メモリアが作ってくれたチャンスを無駄にしないと気合を入れなおして、切り込む。


「おのれ!魔族ごときが私に触れるなぁ!」


 突き刺さった杭などお構いなしに、体を振り回しメモリアを振り落とそうとしているのが障壁越しに見える。

 そして宙に出現した光の槍が、メモリアに矛先を向けている。


「メモリア!避けろ!」


 咄嗟に叫ぶも、この魔法の嵐の中では俺の叫びなど届かない。

 叫んでいる間にもその矛先は彼女の体を自身の体ごと貫かんと放たれる。


「メモリア!」


 今こそ、力が欲しいと切に願った。

 危険が伴うとわかっていた。

 この行動で彼女が傷つくのはわかっていた。

 それを承知で彼女は一人であの場に向かい、活路を作りだす決意をしてくれた。

 その思いに応えねばとわかっているのに、届かないと言う現実は残酷に俺の前に立ちはだかる。


「大丈夫です」


 そんな俺の声が聞こえたわけでもあるまいに、メモリアは俺と視線を合わせ、ふっと優し気に笑い、その身を光の槍で貫かれる。

 それでも。


「この程度で、私が、離すわけないじゃないですか」


 左の肺を貫き、腹部を貫かれてもなお彼女の手は杭から離れない。


「この痛みの代金は、高く、つきますよ?」


 むしろ、光の槍によって貫かれたことによって滴る血を見てメモリアは笑う。


朱血魔法ブラッディマジック

「!?あなた、まさか吸血鬼!?」


 その小さな口からつぶやかれた言葉からメモリアの種族を想像したニシアはさらに慌てる。


「狂い咲け、鮮血の薔薇ブラッドローズ


 その慌てようが何を示すかを知っているのは、メモリアとニシアだけ。

 俺は初めて見る彼女の魔法に、釘付けになることなく全力で駆けだす。

 一歩、また一歩と地面を踏みしめ、メモリアが作り出してくれた隙をさらに広げるために駆ける。

 メモリアからあらかじめ伝えられていた技、鮮血の薔薇、ブラッドローズ。

 吸血鬼固有の血液を操作する魔法。

 自身の血液を相手の体内に送り込み、浸食させ相手の血液を沸騰させ爆発させる技。

 決まれば確実に相手を殺すことのできる、吸血鬼内では切り札的存在。

 本来であれば後はその脇を駆け抜け脱出するが、相手は不死身の熾天使。

 体内から破裂したのにもかかわらず、すでに再生を始めている。

 俺の駆け出した姿を見て、杭から手を放し距離を取ろうとする彼女を巻き込まないように配慮し、ニシアにぶつける一刀を呼びだす。


「雷の神、万雷に届きかの轟雷をこの鞘に納めん」


 鉱樹には本来鞘はない。

 なのにも関わらず、今の鉱樹には鞘がある。

 抜き身の刀身である鉱樹を黒い渦が覆い、暗雲の鞘を形成する。

 その中で紫電が鳴り、その勢いを殺すことなく、さらに雷の数を増やす。

 雷雲を纏った鉱樹を構え、抜刀の姿勢で一気に鉱樹の間合いまで踏み込む。

 目の前にある障壁は健在、これがある限り俺たちは前に進めない。

 だが、ここまで近寄れたのなら切れぬ道理はない。


「真・建御雷」


 いつもうちはなっている建御雷は広範囲殲滅用の技。

 これ(・・)はその莫大なエネルギーで鞘を形成し、レールガンの用法で金属である鉱樹を滑らせ刀身を加速させる超近接奥義。

 力を溜める時間と、射程距離が本当に鉱樹の斬撃が届く範囲と限られかつ。


「っつ!?」


 その圧倒的な加速をもってして、光の速さを超えるとも思わせる抜刀は俺の腕にとんでもない負担を強いる。

 強化し鍛えた体が悲鳴をあげ、ブチブチと筋肉が切れる感触を味わい。

 それでも鉱樹を握る力を緩めることなく、鉱樹を振り切る。


「二式ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」


 右手に激痛が走り、感触が無くなりつつある手であるが、俺の攻撃は障壁を切り裂いただけ。

 まだ、やるべきことがある。

 痛みを忘れろ。

 振り回されそうな体を制御しろ。

 足を踏み込め、コンマ一秒でも、刹那の時間でも早く。

 指が取れるのではと思えるような勢いの一撃の勢いを殺さず、その刃の方向を変える。

 無限を描くように、左の脇から切り上げた鉱樹の刃は今度は右からの切り上げへと軌道を変化させる。

 ブツリとまた筋肉が切れる感触を味わい、痛みで軌道が逸れそうになるのを歯を食いしばり耐え。

 メモリアの攻撃で姿勢が戻り切っていないニシアの胴体に、鉱樹の刃を叩きこむ。


「はぁあああああああああ!!」


 僅かな抵抗の後、鉱樹の刃がニシアの胴体に食い込みそのまま反対方向に振り抜かれる。

 これでどうだなんて思わない。


「装衣!」


 真・建御雷二式から、さらに連続で魔法に繋げる。

 ここで畳み掛けるとガタが来ている体に、まだ大丈夫と言い聞かせ。

 鉱樹から送り込まれてくる魔力で、さらに魔法を生み出す。


「雪華刀!」


 雷から氷の上位魔法を付与した鉱樹の刀身が白くなり冷気を放つ。

 相手が不死身で、再生すると言うのなら一時的にでも封じればいいのはアミリさんとの戦いで見てきた。

 この魔法は相手の肉体を凍らせることに特化している。

 元来は不定形のスライムなどを倒すための魔法であるが、こういう相手にも効果がある。


「今だ!走れ!」


 雪華刀をニシアの上半身に突き立て動きを封じた隙に、振り向きスエラたちを呼び寄せる。


「ムイルさん!メモリアを!」

「わかっておる!任されよ!」


 今は動きを封じ込めていられているが、必死に魔法を行使しているからだ。

 少しでも気を抜いたり、鉱樹を引き抜けば瞬く間にもとに戻ってしまうのがわかる。

 だからこそ迅速にこの場を離脱すべきだと進言するように叫び、途中倒れているメモリアを回収してもらう。


「にん、げんが!」

「まだ動けるのかよ!?」


 じわじわと魔力で押し込まれているのがわかりつつ、本来であれば凍り付いて動けないはずの腕を動かしたニシアは鉱樹の刀身を掴み、とんでもない力で抜こうとしている。


「主!早く!」


 そしてギリギリのタイミングまで粘っていると、遠くからヒミクの声が聞こえる。

 防火壁を降ろし、さらに魔法の障壁を展開しようと準備しているスエラの姿が壁際に見える。

 刻一刻とその扉は閉まろうとしている。


「おう!」


 鉱樹を振り抜くようにニシアを向かう先とは別の方向に放り投げ、俺は全力で駆けだす。

 ニシアは胴体と下半身が泣き別れになっていて、加えて冷凍状態。

 即座に回復はできないだろうと踏んで、脇目も振らず駆ける。

 一瞬だけ見えたアミリさんとイシャンらしき存在との戦闘は激化の一途をたどっている。

 ただ、物量で攻めようとしているアミリさんが押されているのは明白。

 助けたいが、助けられない。

 そんな気持ちを押し殺して、全力で駆けて締まる扉にスライディングで滑り込む。


「はぁはぁはぁ」


 ガコンと重たい音と共に扉は閉まり、その重厚な扉と魔法障壁による堅牢な防御が俺に安堵のため息を吐かせる。


「次郎さん!」


 子供を抱え、駆け寄ってくれるスエラに向けて俺はなんて顔をすればいいかわからない。


「メモリアは?」

「………命に別状は、ただ熾天使が放った光の魔法を受けているので安静にしていた方がいいのは確かです」


 変な顔をしていないか不安になりつつ、最初に問いかけたのはメモリアの安否。

 スエラの説明を聞きつつ、メモリアの方に視線を向ければムイルさんが治療を施してくれている。


「次郎さんも治療を、あんな無茶な魔法を連続で使うなんて」

「いや、今はいい。早く、この場から離れないと」


 壁一枚程度なんの安心材料にもならない。

 堅牢を誇っても、力業で突破されてしまっては元も子もない。

 右手を握ったり開いたりして、調子を確かめる。


「………行こう」


 その感触は芳しくないのは一番俺が知っている。

 握力は従来の状態より圧倒的に悪い。

 鉱樹から送り込まれている魔力で無理矢理強化して、通常状態に近づけているが、動きはかなり悪い。

 この状態で、もう一度ニシアと戦うと言うのは無理がある。

 ドンドンと背中越しで聞こえる破裂音が、さらに時間の猶予のなさを知らせてくる。


「この娘はワシが背負おう」

「頼みます。ムイルさんとスエラを中央に、俺が先行します。ヒミクは後方の警戒を」


 手早く移動の陣形を決め、再度駆け出す。


「どちらへ?」


 走り出した俺に連なり、スエラたちも走り出す。


「三階の連絡通路がだめなら、一階の連絡通路を使う他ない。そこから社内に移動して商業施設エリアに入り込む。ニシアたちがあそこにいるのなら、もしかしたらそっちの方は手薄の可能性もある」


 あくまで希望的観測でしかないが、それでもその可能性に賭ける他現状打つ手はない。

 ピリピリとした空気に肌を刺され、神経質になっている俺は前から視線を逸らさず、スエラの質問に答える。


「………」


 曲がり角を曲がるたびに、慎重に動き。

 その背後で少しでもニシアの追撃を遅らせるためにスエラが防火壁を降ろす。

 荒れ果てた寮内を痛々しく見つつ、走る足取りに迷いはない。

 このまま真っすぐ行けば、エントランス付近に出る。

 そこまででれば、あとはというタイミング。


「そりゃ、いるか」


 そっと覗き込んださきに鎧を着た男とローブを着込んだ男、そして白いローブを着込んだ女。

 さらにその周囲を守るように銃を構える兵隊が六名。


「どうしたもんかって、悩む暇もないか」


 後ろからは熾天使、前方のエリアを突破しなければ商業施設に入るのは難しい。

 戦闘は避けられないが、時間をかければニシアに追いつかれるのも目に見えている。

 遮蔽物の少ないエントランスでは隠れながら進むことはまず不可能。


「………」


 スエラたちはどうすると問いかけて来ることもない。

 何をすべきかわかっている彼女たちは、深呼吸をして落ち着こうとしている俺の判断を待っている。


「よし」


 覚悟の決まった俺は、目配せをして隠れている角から走り出すのであった。


「キエイヤアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 開幕一発に猿叫をぶちかまし、兵隊に動きを止める。

 この猿叫はいわば篩。

 実力を計り、誰が一番厄介かを把握するための。

 俺の猿叫を聞いて、銃を持っていた兵隊は軒並み吹っ飛んだ。

 何せ龍の咆哮とほぼ同じ効果を持っているんだ、それくらいの成果は出る。

 騎士っぽい格好をした男は盾を構えて耐えている。

 魔法使いのような恰好をした男は、障壁を張って女性を庇っている。

 実力者はこの三人かと把握し、一気に突破しようとその時だった。

 白色のローブのフードをかぶっていた女性の顔があらわになる。


「………ジーロさん?」

「あんたは」


 まさかの知り合いとの再会に、とびかかろうとしていた俺の一歩は止まってしまうのであった。



 今日の一言

 被害の規模は終わってからわかる。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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[一言] お疲れ様です。 次回を楽しみにしています。
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