373 そして流れ出た血は戻らない
白き奔流がアミリさんを飲み込んだと言う事実を理解するのに、数瞬。
それが敵の攻撃だと、理解するよりも先に本能が体を動かす方が早いと、発射元に体を向けるまでさらに数瞬。
「………川崎?それに」
アミリさんが咄嗟に展開した形無き怪物の残骸が舞い散り、砂埃を舞いあげた。
そんな視界が悪い中、放たれた攻撃もとに目を凝らせば二人分の影が見える。
モクモクと揺らめくその土煙の先に何がいると、魔力を眼球に回し、その先を見ればその二人が誰かというのを理解した。
しかし、それすなわち、そこにたつ二人がアミリさんに攻撃したと言うことになる。
その事実は理解したが、信じられない光景。
「イシャン」
そこに立っているのは川崎翠とイシャン。
本来味方であるはずの二人。
その二人が今アミリさんを攻撃したと言う事実が理解できているのに、思考が追い付かない。
だから。
「なぜ?」
そんな言葉しか出てこなかった。
裏切りという出来事がここまで思考を鈍らせることなのかと、他人事のように思いつつ、言い訳染みた理由が頭を駆け巡る。
脅されて無理矢理といった本意ではない理由に紐づけるための過程を必死に考えている自分がいる。
何が起きても不思議ではない魔王軍であるが、何が起きても受け入れられるかどうかは個人次第という課題を突き付けられている。
その課題を解くために飛ばした問い。
「直言を許した覚えはないぞ〝人間〟」
そして問いを投げかけられた相手は冷たい言葉を返してきた。
問いを飛ばした相手が、赤の他人であれば意味がないと言わんばかりに、顔をしかめているイシャン。
砂埃が収まり、顔から下の部分が見えるようになり右手に持つその物体が指し示す物。
そして、感情のない。
者ではなく物を見るような瞳。
その瞳の奥には、決して優しいと表現できない焔の色が見える。
「誰の許可を取って我にその声を届けたと聞いている人間」
「っ」
声そのモノが一緒であるのにもかかわらず、別人だと認識するのに時間はいらなかった。
言葉に熱でもあるのかと言わんばかりに、そしてその熱に重量があるのかと思わせる圧。
誰だと問いかけることも許されない圧。
本当に人間か?と疑問符を浮かべる暇もない。
ただただあるのは生命の危機を知らせる脳内の警告音。
生物的本能が戦ってはいけないと知らせてくる。
「答えぬか、なら死ね」
あまりのことで答えらぬまま、わずか数秒が経過しただけで俺の処理へ乗り出してくる存在。
このまま何もせねば待っているのはただ死ぬだけという無意味な結末。
冗談でもなく、目の前の存在はやるだろう。
しかし、だからと言って抗うこともまた死を意味し、このまま逃げることもまた死を意味している。
八方ふさがり、すべての選択肢が同じ。
だが、例え戦って死ぬとわかってもやらねばならぬことがある。
「………ムイルさん、悪いですけど一緒に死んでくれますかね?」
ピンチな時ほど笑えと言われた教官の言葉が、今ほど感謝したことはない。
ぎこちない笑みだったかもしれないが、どうすればいいか分かった俺は無理矢理笑う。
頬を無理矢理持ち上げ、笑うことでわずかに心に余裕ができて、この後すべき俺の行動を後押ししてくれる。
「………幾百年と生きた。そろそろ締めくくっても問題ないだろう。この老いぼれが後の世に役立つなら喜んでじゃ」
一歩その圧に抗うように踏み込み、背に守るべき存在たちを逃がすための決意をする。
いざという時に覚悟が決められてよかったと安堵しつつ、一緒に横に立ってくれたムイルさんに感謝する。
「抗うか、やはり魔族に与する存在は愚かだ。結果は同じだと言うのに」
そして唯一心残りがあるとするのなら、子供の成長する姿を見る暇がないと言うことだけだろうか。
敵はもうすでに俺たちを処断する気でいる。
「まこと、面倒な生き物………?」
ならばスエラたちに危険が及ぶまでの時間を少しでも長く稼ぐ。
そう思い先に攻撃を仕掛けようと鉱樹を構えるが、一瞬だけ、イシャンではない何かの視線が逸れたような気がした。
その時間は一秒にも満たないかもしれないが、表情の変化が嫌悪しか見せなかったのが、わずかであるが喜色の色をにじませた気がする。
「………把握、ここまで浸食された勇者が社内に侵入していたのは誤算」
そんなことに気を囚われるなと言い聞かせ、得も言われぬ迫力に気圧され、決死の覚悟をした俺の気持ちの間を刺すような静かな声が割り込む。
「アミリ、さん」
「命を捨てる場所はここではない。命令、次郎たちはこの場を即刻離脱せよ。商業施設方面ならまだ可能性がある」
声のした方向に顔を向けるとガラガラと小さな体で瓦礫を押しのけ、アミリさんは立ち上がってきた。
羽織っていたローブはぼろ布へと変わり、その下に着ていたアーマーも欠損している。
背にあったコードも半分ダメになっている。
たった一撃であそこまでの被害を受けているその事実にやはり目の前の存在は危険だと言うこと。
このままいけばアミリさんがどうなるかなど、この場にいる誰もが理解している。
「ほう、古来種の生き残りか。滅ぼしきったと思っておったが」
イシャンではない何かは割り込んできたそんなアミリさんの姿を見て面白いものを見つけたとその視線をそちらに向ける。
「行動!」
その隙を逃すものかと動けと叫ぶアミリさんに従って、俺たちは走り出そうとする。
「娘よ、父を失望させるな」
しかし、それは叶わぬ結果となる。
「ニシア!」
「我が父の命を違えることはできません!」
アミリさんの拘束から逃れられたニシアは砂の中から飛翔し、弾丸と見間違うほどの速度で俺たちの背後に回り込んできた。
立ち塞がった存在の名を呼ぶアミリさんは。
「喰らいつけ!」
会話をしている余裕はないと行動は即決。
大部分を失った形無き怪物ではなく、まだ戦力として換算できる姿なき怪物で攻勢を仕掛ける。
「なるほど、次元の隙間を泳ぐゴーレムか、流石は古来種だ。失伝していた技術をまだ備えるか」
だが。
その攻撃は無意味だと宣言するかのように、イシャンらしき存在は何でもないかのようにその右手に持っている剣を空間めがけて切り捨てる。
まるでそこにいる何かが見えるかのように行った攻撃。
「………連続起動」
そして、その行動はようにではなく事実見えていた。
横から割断されて、姿を現した鮫のような形をしたゴーレム。
今の今まで存在していなかった物体が現れた。
それを目の当たりにしたアミリさんの思考は早い。
格が違すぎると絶望するのではなく、所有する戦力を全力で投入し少しでも現状を打開する。
「現状使用できる、戦力を全機投入」
否、相手を打破するために行動を起こす。
千切れたコード以外のコードを空間へ伸ばし、召喚陣を展開。
質も量も兼ね備えたゴーレムの軍団を呼び起こす。
「倒す必要はない!俺たちも突破するぞ!」
それに呼応すべく、スエラと子供たちの護衛としてヒミクを残し目の前の強敵に挑む。
強敵に挟まれる形となった現状、そしてアミリさんの援護を期待できない状態では自力でどうにかするほかない。
最初に感じた圧倒的な気配も、アミリさんとの戦闘を見たおかげで活路が見いだせている。
痛みを耐えて、最悪片腕を犠牲にすれば差し違えられる。
何も情報のない時と情報を得られた現状。
そして次善と最悪。
俺の中で最悪は子供含め全滅すること、最善はもちろん俺を含め全員生き残ることだが、俺の命一つで、他全員が助かるのならそれも視野に入れる。
「接近戦に持ち込む!ムイルさんは援護を!メモリアは俺の影の中に!」
「うむ!」
「わかりました」
相手はヒミク以上の実力を持つ存在。
最初から全力で挑むほか、術はない。
戦力差はあるが、まだ付け入る隙はある。
相手と俺の得意戦闘距離が異なること。
「森に息吹く風よ、長年の友よ、力を貸しておくれ。精霊召喚、シルフィード!」
こちらの方が、数が多いこと。
攻撃が通ること。
ムイルさんが召喚した風の精霊。
緑色の四つの眼を持つ巨大な狼のような精霊。
「駆けよ!」
シルフィードに命令を出した後は、追加で召喚をかけている。
「させません!」
「させてくれよ!」
ニシアと俺との間合いは約十メートル。
一秒あれば十分、しかし、今から切りに行く俺に間合いを詰めさせてはくれない。
光る魔法たちを鉱樹で切り払いつつ、前に進もうとするも正面からはやはり厳しい。
左右に体を振り、ジグザグに進みながら魔法を避け、切り払い、魔法攻撃の濃度を下げつつ距離を詰める。
「ワオォン!」
そんな俺の脇をムイルさんの精霊であるシルフィードが駆け抜ける。
四足歩行の強みと言うべきか、俺よりも巨体にもかかわらず地面や壁、天井を駆使し縦横無尽に近寄ろうと努力している。
しかし、対象が一人と一体に分散されたからと言って接近が容易になったとは言えない。
実際、移動しながら風の魔法を駆使し、ニシアにダメージを与えようとしているのが見えるが、生憎と効果は薄いように見える。
室内でなければ、あるいはもっと広いフィールドであればと思わなくはないが、それは向こう側も同じだと思うことにする。
たった十メートルの距離が遠い。
歩数にして約十歩。
狭い空間に長い廊下、離脱するにはこの道を通るほかない。
背後の空間は、イシャンの体を使っている存在とアミリさんの攻防で生物が通れるような空間じゃなくなっている。
『次郎さん』
『メモリア?』
そんな攻防の中、影の中に潜ませて奇襲を狙っているメモリアが念話で話しかけてきた。
『機王様も善戦していますが、このままいけば長くはもちません。私たちを意識している分、あの方の不利にもなります。なので、一刻も早く、私たちは離脱する必要があります』
そんなことはわかっていると返そうと思っていたが、このタイミングで彼女が余計なことを言うはずもない。
なので黙って先を促す。
『なので、多少の損害は仕方ないと考えて行動すべきです』
その言葉にさっき考えた誰かが犠牲になってでもこの場を突破すべきという思考が鎌首を上げる。
『なら、俺が活路を開く、その隙に皆で』
『いえ、それはリスクが大きすぎます。この場で一番リスクが低い存在が、その役割を担うべきです』
刻一刻と、制限時間が無くなる。
アミリさんが倒れる前に俺たちが突破しなければならない。
『だから………』
選択肢が限られる中、メモリアが伝えてきた言葉に俺は噛みつこうとしたが。
『これが現状で最良です』
その言葉に、理性が働きその通りだと頭が賛成しても感情が反対する。
『次郎さん』
そして、たった一度名前を呼ばれただけで、彼女の心を察してしまい、嫌気がささない自分に嫌気がさす。
『わかった』
そして、最終的にその感情を飲み込んでしまえる自分に嫌悪感を抱いてしまう。
きっとこの感情を表に出したらメモリアはいつもの静かな笑みを浮かべて気にしないでくださいと言うだろう。
そんな彼女の好意に甘えるのが嫌でも、体はしっかりと準備に入る。
「ムイルさん!」
魔力滾らせ、大技を放つことを示唆し背後で二体目の精霊を召喚したムイルさんは瞬時にそれを悟ってくれる。
「任せなさい!」
アルマジロのような、けれど背の鱗はまるで鋼のように硬く、爪も鋭く、重量感を感じさせるゴツゴツとした肉感。
アルマジロはスペイン語で小さな鎧を着たものという意味らしいが、差し詰めこの精霊は分厚い装甲をもつ重戦車とでも言うべきか。
「進めぇ!!アドロド!」
姿かたちがそっくりなだけあって体を丸めたかと思うとその場で高速回転を始めブレーキを解除した瞬間に走り出した車のように猛スピードでニシアにめがけて転がり出す。
魔法なんて関係ない、分厚い装甲が高速で回転することによって魔法自体を弾き、猛進する重量感。
「舐めないでもらいましょうか!」
それを防ぐためにニシアは初めて防御魔法を展開した、六角錐の白い盾、その先端部をアドロドに向けて防御の姿勢を見せた。
ここだ!と叫ぶ暇もない。
鉱樹との接続は継続し続けたため魔力純度は十分。
魔法も即座に展開できる。
「装衣!」
選ぶのは雷。
この密閉空間で放つには些か不向きではあるが、メモリアの作戦を実行するのならこの魔法が最良。
バチバチと蒼き雷が自身に纏われ、その雷は鉱樹へと移る。
ガリガリと回転力を落とすことなく、防御魔法とぶつかり続けるムイルさんの精霊アドロド、まだ純度を高められると知って、さらに威力を高める。
落雷のような音が鳴り響いた、と思えばさらに放電が大きくなり、辺り一帯の床や壁、天井を破砕する。
そして。
「メモリア!」
魔力純度、威力ともに最高点に達した時、準備はできたと伝えるように彼女の名を叫ぶ。
その叫びに答えるように。
俺の影から黒い棒状のものが飛び出る。
『商人の私からすれば大赤字ですが、この場合は仕方ありません。大盤振る舞いです』
縦横無尽に突き刺さるそれは杭。
メモリア曰く、何かあるかわからないと用意周到が基礎である商人の嗜みが生み出した景色。
そして、その杭はこれから放つ攻撃の道しるべ。
「乱れ建御雷!!」
本来は、放出し正面の敵を薙ぎ払う系統の建御雷であるが、メモリアが用意した杭には彼女の魔力が宿っている。
そこを指標にしてこの俺の魔力を放出することにより。
振るわれた鉱樹から放たれた建御雷は。
「なに!?」
最初の束から花火が咲くかのように四方八方へと散り。
正面と周囲からの波状攻撃へと姿を変える。
その光景に虚を突かれたニシアの驚きの顔が雷越しに見えた。
「送還!」
その雷もこのままいけばシルフィードとアドロドに当たるかと思える攻撃だ。
しかし、ムイルさんが精霊を戻すことによって被害を抑え、杭を溶かしながら突き進む結果となる。
雷の暴力を迎撃する暇をニシアに与えない。
「突き破れぇ!!」
これで終わってくれと、願いを込めてその行く末を見守るのであった。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




