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371 キズは滲み、血を流す

 部屋を出た俺たち一行は、真っすぐに避難シェルターへ行くための魔法陣を目指す。

 周囲の空気は、普段通っている道だとは思えないくらいにヒリついて別の道を通っているように感じる。

 昨年やった、避難訓練とはわけが違う。

 正真正銘の実戦。

 誰しも真剣な表情になり、黙って 周囲の気配に気を配りながら進む。

 静かに、極力足音を立てずにかつ迅速に俺たちはまとまって移動する。

 俺たちが住んでいた階層は、上層に位置する部屋。

 なので、侵入したテロリストと言えば良いかわからない敵勢力に捕捉される前にその魔法陣にたどり着いた。


「………だめです。作動しません」


 そこから避難できれば良かったのだが、生憎とそう簡単に物事は進まないらしい。

 壁のインテリアとなっていた魔法石にメモリアが触れ、魔力を流し、魔法陣が展開されたまではよかったが、ゲートが開かれない。

 ダメだと首を横に振るメモリアの表情は暗い。


「封印キーがかかっていないので起動はできているんですが、何かに妨害されているようでゲートが開きません」


 そして起動したときの感覚をメモリアは説明する。

 その内容は、会社側の措置が原因ではなく、他者からの妨害を示していた。


「何かって言うのは、言うまでもない、か」

「はい、おそらくは」


 その原因は相手方の妨害と見るべきと俺とメモリア以外も共通の認識だった。


「となると直接避難するのが妥当か?」

「連絡通路を使って、社内か商店街の方にある転移陣に行くか、直接ダンジョンエリアにある避難施設に出向くかの判断になりますね」


 予定通りにいかないのなら次善策を取るほかないが、下の階層ではドンパチやっている。

 なのでおのずと判断は決まる。


「………直接向かうのは危険だな。連絡通路の方に向かおう。スエラ、念話で状況を確認できないか?」

「やっていますが、妨害がひどくてなかなか」

「通信遮断は、定石だよ。婿殿」


 新しい情報が入ってこない中、下手な行動は危険につながるが部屋で籠城するわけにもいかない。

 せめて危険が少ない方に進もうと再び俺たちは駆け出す。

 エレベーターは危険だと判断しての階段での移動。

 奇襲を警戒しながら階段を駆け下りていく。


「止まれ!」


 そして、進んでいくと、気配がして咄嗟に止まるように指示する。

 現在の位置は四階と三階を繋げる階段、連絡通路を通るのなら、一番下に降りるか、三階の連絡通路を使う他ない。

 しかし、俺の耳に入る音は、普段耳にしている魔王軍の装備からはあり得ない音を拾う。

 パラララ、パララと軽快な炸裂音が聞こえ、そっと手すりの陰から下を覗き込んでみると。


「っ」


 階下は血の海であった。

 角の先から見える手が力なく横たわり、それが再び動き出すことはない。


「ここまで攻め込まれているなんて」

「他のテスターたちは?」


 一階は現在使われていないパーティールーム。

 二階、三階は独身のテスターたちが居住していたはず。

 他のテスターたちの姿が見えない。

 そのことに違和感を覚える。


「捕まったか、隠れているか、あるいは」


 可能性を提示するムイルさんの顔は険しい。

 最後を濁したのは、おそらくあの血の量を見て可能性としてありうるが縁起でもないと思ったのだろう。


「………行こう。可能なら他のテスターたちも拾っていく」


 可能ならその結末は見たくないと思いつつ、次の行動を決める。

 どちらにしろここで立ち止まると言う選択肢は愚行としか言いようがない。

 目を閉じ耳を澄ませ、階段下の先にいる存在の気配を探る。

 一・二・三と微弱な魔力を体内に納め、けれど迷いのない動きで扉を破ろうとしている気配。


「俺が行く、スエラたちはここで待っててくれ」


 先ほどの音が確かなら、この中でその武器に対して対応できるのは俺かヒミク。

 なら武器を持っている俺が行くべきだと判断する。


「気を付けてください」

「ああ」


 魔力を練り、階段下まで一足、曲がるのに二足、そして間合いに飛び込むので三足。

 一歩目と二歩目は軽くタンッタンとリズムよく、そして最後の三歩目だけ。


「!?」

「遅い」


 ズンと重い足音を響かせ、両方向に警戒し俺に気づいたヘルメットにマスク、防弾チョッキに黒い衣服、手袋とボディーアーマー。

 暗闇の中、わずかに残っている電灯の光の中に映る姿。

 数は五人。

 そして腕に抱えるように持っている黒い物体を見てやはりかと思う前に、こちらに真っ先に気づいた二人の敵の指が引かれる前には鉱樹の間合いに入り。


 斬


 その黒い物体、小銃ごと二人分の腕を両断し、返す刃で首を撥ねる。

 ここはダンジョンの中ではない。

 蘇ることのない、瞬く間に二人の命が散った。

 そんな明確な死を前にして、敵の動きが一瞬止まる。

 その一瞬が命取りとも知らずにいる相手めがけ、冷えた頭の中で体へと命令を下し、さらに一歩踏み込み刃を翻す。

 ドアに向かっていた敵は顔だけを向けている。

 反対側を警戒していた二人の敵は今振り向こうとしている。

 全てがスローモーションに見える中、俺だけが素早く動く。

 手前にいた敵の顔を横に切り飛ばし、鼻から上を宙に舞わせ。


「ひぃ!?」


 血しぶきが噴き出る前に、その光景を目の当たりにした片方が怯え、もう一人は一歩下がり銃を構える。

 即座に優先度を把握し、怯える敵の脇をすり抜け、今まさに銃を撃とうとしている敵の腕を斬り飛ばし、蹴り飛ばし血の海に横たわせる。


「この化け物がぁ!!」


 一秒未満の動きだと言うのに、よく反応できたなと思いつつ闇雲にトリガー引いただけで当たるものかと、足に力を籠め天井へと飛ぶ。

 相手からしたら横薙ぎで銃をぶっ放したのにもかかわらず、敵は消えたように見えたはずだ。

 どこに行ったと脳で認識し、探り当てるまで一体どれくらいの時間がかかっただろう。

 ただ一つ言えるのは。


「その呼び名は、良く言われるな」


 その前にこの男の人生は終了しただろう。

 天井から一閃、左の首の付け根から反対側の脇腹にめがけて切り飛ばされて生きている人間がいるか。

 瞬く間に終わった戦闘、最後に生き残って、もがいている男の前に立ち。思いっきり心臓を踏みつける。


「かは!?」


 ジタバタと動かれるのも面倒、床と挟むような形で押さえつけてみたものの。


「あ、あくま、め」


 パクパクとまるで金魚のように言葉を発する男の声。

 その瞳に写る俺の姿はさぞかし凶悪に見えたのだろう。


「生憎と、そっちの種族にはまだなってねぇよ」


 殺し殺されの結果、悪魔呼ばわり。

 不平不満はない。

 それだけのことをした。

 嫌悪や罪悪感がないかと言われれば、あると答えられるがこの判断に迷いはない。

 逆になぜこんなことをしたと問いかけようと思ったが、その言葉を発する男の瞳を見て、尋問しても無駄だと悟った俺は。


「狂信者」


 足を降ろし、せめて苦しませないようにと鉱樹を振るいその首を撥ねた。

 嫌なものを見た。

 メモリアとイスアルに行った時に見た、あの国の騎士たちと同じ目をしていた。

 神を信じ、それ以外の言葉はまがい物と言わんばかりの濁った瞳。

 そして、辺り一帯を見渡してみれば、まず間違いなくR指定が入るような惨状が繰り広げられている。


『おい、D班どうした!?何かあったのか?応答しろ!!』


 その惨状の中でザザザと雑音の後に、足元から声が聞こえ、そこに目を向ければドアに向かっていた男の胸に装着された無線機からだった。

 その声を無視し、廊下の先、きっとこいつらが通ってきただろう道を見れば無残に扉が壊されている部屋がいくつもある。

 その先からは気配を感じない。

 血の匂いがしないからきっと連れ去られただろうと判断し、代わりにさっきまで開けられそうになっていた扉を叩く。


「テスター第一課の田中だ。中の奴無事か?」


 コンコンコンと静かにノックしてみて数秒、反応がない。

 ダメかと思い始めた時、ガチャリと扉が開く。


「か、課長?」

「おまえ、浜松か」


 その中から出てきたのは、こういっては何だが特徴のない男だ。

 最近で言えば藤レンジャーの加藤と一緒に行動するところをよく見かける。


「ひぃ!?こ、これって、まさか課長が?」

「まぁ、そうだな」


 そんな浜松の反応を見て、そりゃ当然かと思いつつ。

 この後の反応を想像しつつ、返り血も浴びている段階で否定することは今後の戦闘で支障が出るので素直に肯定する。


「ひ、人殺し!?」


 ガタンと腰を抜かし、座りながら後ずさる浜松の顔には俺に向けての恐怖が浮かぶ。

 ここでグダグダ言い訳染みた説明をしたとしても、受け入れられる要素など絶無だと言わんばかりに心が拒否してしまっている。


「………はぁ」


 だからと言って部下を見捨てるわけにもいかない。

 溜息一つで気持ちを変え、感情を削ぎ落した顔で、目の前でただ怯えることしかできない一般人に毛が生えた程度の男に選択肢を与える。


「選べ浜松、俺はこれから安全圏に避難するために敵を殺す。それについてくるのも良し、運良く助かることを願って部屋に閉じこもって助けを待つのも良しだ」


 苦しいだろうし、いきなりのことで訳が分からないというのも事実だ。

 しかし、現状その感情を吐き出せる時間はない。

 怒りも悲しみも恐怖も、今この場で一番不要なのは感情という枷だ。

 無理矢理部屋から引きずり出して連れて行ってもあの武装勢力相手、ましてや熾天使が敵にいる段階で下手な足手まといは全滅を意味する。

 だからこそ、ここで自分の意思で選択するしかないんだ。


「!?!?」


 その決断が未来を変える。

 きっとこの先、浜松とまた仕事場で会える日はないだろうと、全力で同行を拒否するように首を横に振る姿を見て、俺はそう思った。


「そうか、なら絶対に部屋から出るな。部屋の一番奥のクローゼットの中に隠れろ。誰が来ても朝になるまで返事もするな」


 残念そうに、そして少しだけ悲嘆の色を滲ませてしまったかもしれないが、気持ちを切り替えゆっくりと扉を閉める。


「生き残れよ浜松」


 遠くから聞こえる足音は味方ではない。

 気配からそれを察する。

 ちらりと背後を見ると階段の先で倒れていたダークエルフにゴブリン、オーク、リザードマンが見える。

 その全員が警備部に勤めていると言わんばかりにしっかりと装備を固めていた面々。

 全員の体は銃による射殺を証明するかのように穴だらけになっていた。

 しかし、それはおかしい。

 この会社内で、魔素のない攻撃はダメージが激減する。

 銃火器など小さな弾丸には魔力が少量しか付与できず、威力の向上は難しいと聞いている。

 下位存在のソウルならまだわかるが、実力もある警備部の魔族が一方的にやられるほどの性能を引き出せるのは疑問しかない。


「どっちにしろ、無駄に受けるのは得策じゃないか」


 ふと、足元に転がる銃弾を拾う。

 それは先ほどの戦闘で小銃を切り裂いた際にマガジンも一緒に切り裂いた所為で床にばらまかれた弾丸の一つ。原因があるとすればこれなのだが。


「考えてる時間はないか」

「スエラ!進路は確保した!進めるぞ!」


 調べるのは後でもできる。

 細かく刻印されている一発の弾丸をポケットの中に入れ、後方に合図を送る。

 そろそろと出てくるスエラたち。

 そして浜松の部屋の前に来るとそっと良いのかとムイルさんが問うてくる。


「良くはないですが、連れて行くとかえって危険そうなので」

「そうか…………婿殿、貴殿の行いはこちらでは正しくはないのだろうが、ワシからしたら家族を守る立派な行いだ。それを忘れてはならんぞ」

「はい」


 ショックを受けているのを見抜かれ、苦笑を一つこぼす俺は、すぐに感情を抑え込み走り出す。

 階下から追加で戦力が送り込まれている。

 銃火器を魔族に対して有効にして見せた何らかの技術の所為で警備部の対応も後手に回っている。

 旗色は完全に悪い。

 アメリアや海堂たちとも可能なら合流したいところだが、念話も使えない現状闇雲に探し回るのも得策ではない。


「無事でいろよ」


 自身の身も守れていない現状では助けに行くこともできない。

 口にする願いは誰にも聞かれることもなく空気の中へと溶け込む。

 普段は歩く道のりを走り抜ければ、三分とかからない時間で連絡通路に到達する。

 この先に行けば避難ができると安堵の雰囲気が生まれる。


「ようやく見つけました。愚妹」


 その希望を打ち砕くかのように、凛とした声が響いたと思ったら。


「伏せろ!」


 連絡通路を消し飛ばす光が横から打ち付けられた。

 その極光と呼べる存在を作り出した声の持ち主がゆっくりと上から降りてくる。


「この建物の内の魔力の所為で探すのに苦労しましたが、見つけましたよヒミク」

「………ニシア、姉さま」


 最悪だと言わんばかりのタイミング。

 相手方の最高戦力と出くわすなんて、運がないとしか言いようがない。


「父から与えられし翼をそんな薄汚い色に染めるなんて、悪い子ですね」


 そして俺たちはあたかもいないようにヒミクだけに語り掛ける三対の翼をもつ存在。

 優し気な容姿に反して、他者を圧倒する雰囲気、正しく強者たる佇まいで優雅に笑みを浮かべるが、その瞳に優しさはない。


「天界に帰ったらお仕置きを覚悟しておきなさい」


 そして、彼女の言葉は全て決定事項と言わんばかりに告げ。


「では、その前に蟲掃除と参りましょうか」


 ようやく俺たちを視界に納めたと思ったら、慈悲もなく、容赦もなく。

 ただ駆除すべき相手だと言わんばかりに、魔法を展開する。

 膨大な魔力にものを言わせた魔法陣の量。

 この場すべてを灰燼となさんと言わんばかりの殺意。

 鉱樹を構え、切りかかる前にそれは放たれる。


「否定、その言葉には異論を述べる」


 その前に壁を突き破り巨大な腕が熾天使ニシアを強襲した。

 ガラガラと建物が崩れながら、テクテクと小さな足音を鳴らしながら、砂煙の中から現れるのは巨椀を傘にして落石などを防いでいた機王、アミリ・マザクラフト。

 背中から幾重のコードを垂らし、地面につけないようにゆらゆらと浮遊させながら歩むその姿は幼いが、彼女も歴とした七将軍の一角。

 静かに歩みを止め、数秒じっと見つめた後、空に浮かぶニシアに向けて告げる。


「駆除されるのは、お前だ」


 ブンっと何かの機械が起動したかのような稼働音が響いたと同時に、アミリさんのコードが八方に広がる。

 それは俺が初めて見る、アミリさんの戦闘態勢。

 普段の物静かな態度の彼女とは一変したその雰囲気の彼女は、ぼそりと呼び起こす。


「起動、〝姿なき怪物〟」





 今日の一言

 傷つくのは止められるが、傷は治るのに時間がかかる。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔法が使える、武器が使えるって点だけに意識が行って、「別の世界の理に準じる、戦らなきゃ殺される」ってことが理解できてないテスターは1陣も2陣も多そうですね。
[一言] お疲れ様です。 良い所ですね。 次回も楽しみにしています。
[一言] 何をしてでも、大切なものを守る。 次郎さんの行為は至極当然の行為、でもとてつもない勇気がいる行為だと思う。
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