366 精神がプラスよりの時は調子が良くなる
鼻歌を歌うなんてあまりないが、今日は気分が良くついつい口ずさんでしまう。
「最近の先輩機嫌がいいっすね」
「それはそうでござるよ。自分の子供が生まれて不機嫌になるとか、事案でござる」
後方でコソコソと会話をしている海堂と南の会話は筒抜けであるが、気にせず目の前のゴーレムを輪切りスライス。
その攻撃の動きに淀みはない。
精神の状態は肉体に影響すると聞くが、今ほど実感しているときはない。
たまに漫画とかで優雅に華麗に舞いながら戦うと言う描写があるが、もしかしたら現実的に今できているかもしれない。
最適なタイミングで最適な間合いで最適な位置にいる騎士甲冑のゴーレムを細切れにする。
その過程の動作は我ながら完璧に、紫紅を振り抜けたと思う。
ちなみに鉱樹であるが、スエラが出産し終えたからと言って即座に返ってくると言うわけではなく、現在、娘二人の魔力の安定供給に使われていたりする。
武器が赤子の隣に置かれて良いのか?と思わなくはないが、上質な魔力の供給は後の成長に大きく寄与すると聞けば、父親として相棒を貸し出すのはやむなしだ。
「Wow!今、次郎さんの動き全く見えなかったヨ」
「今更驚かないけど。日が経つにつれて、次郎さんが人外の領域でもさらに向こう側な存在になりつつあるわね」
そんなことを考えつつ残身を残して襲撃してきたゴーレムを倒してみたが、華麗に倒せたと思っていたのは俺だけのようで、他のパーティーメンバーからすれば、俺が動く敵が死ぬ。
といった感じで、別の漫画のような動作に昇華してしまったようだ。
おかしいな。
俺の視界では、敵が止まって的のようになっているだけで俺の斬撃は普通のはず。
「勝、勝、リーダーの性能が爆上がりなんでござるが」
「うん、最近は特にそうだな」
と思っているのも俺だけのようで。
「公私ともに充実しているっていうのはこういうことを言うんっすかね?」
「浮かれてて仕事をないがしろにしているんだったら、文句の一つくらいは出てくるんだけど、逆に仕事がはかどってるんだから文句もないわね。いいことじゃない」
しかし、どうやら我がパーティーのメンバーは納得がいかないご様子で、嬉々としてゴーレムを狩る俺の姿に言葉では賞賛しつつも、雰囲気的に不満がある様子。
「なんだ?文句があるならはっきりと言えよ」
紫紅の峰を肩に乗せ、気分良く仕事をしている雰囲気に水を差されたことを不満に思いつつ振り返る。
「いや、文句はないっすよ?」
「ええ、文句はないわ」
「事実、拙者たちは楽できてるでござるし」
「Yes、次郎さんだけでゴーレムの残骸の山ができてるネ」
「今も魔素に還る光景が綺麗だなと思いますし」
そんな俺に対して彼らは、文句はないと述べる。
しかし。
「ただ、ことあるごとに子供の写真を自慢するのは自重してほしいところっす」
「最初は良かったけど、毎日だとさすがに面倒だわ」
「一種のパワハラかと思ったでござる」
「まぁ、赤ちゃんはかわいかったからいいけど」
「少し対応に困りました」
不満があり、そして言われていて思い当たる節がある俺は。
「正直、すまんかった」
謝罪する。
いや、言い訳させて貰えるのなら、言わせてほしい。
本当に俺もここまで親ばかになるとは思わなかったんだ。
だから謝罪もするし反省もする。
目線を逸らしながら、携帯の待ち受けになっている子供の写真を見せすぎたかと反省しつつ、隙ありと襲い掛かってきたゴーレムを切り刻む。
軽量化され、静音性能に優れる暗殺型のゴーレムであるが、もう少し改善の余地があるなと、空中で魔素に還るゴーレムを脇目に思う。
「拙者思うに、このまま子供が成長した時反抗期に入ったらリーダーがショック受けそうな気がするでござるなぁ」
ダンジョンの改善の余地に関しては南も思う所があったのだろう。
メモ帳を取り出し、なにやら書き記しながら俺の態度に問題があると指摘する。
「そんなに問題か?まぁ、構いすぎのような気がしなくもないが」
雑談をしながら仕事をするのは俺たちの十八番。
現に。
「そうっすよ南ちゃん、気にしすぎっすよ」
海堂は余所見こそしないが、襲ってくるゴーレム二体を相手にしながら会話に加わっている。
「そこまで気にすることですか?」
勝も周囲を警戒しつつドロップ品の回収に勤しんでいる。
「甘い、甘いでござるよ。男性陣、練乳をたっぷりかけた苺に粉砂糖を塗して、さらにシロップを垂らした状態よりも甘いでござる」
「そこまでいくと、もはや胸焼けしそうなレベルね。まぁ、次郎さんたちの認識が甘いって言うのは私も同意見かしら」
周囲は殺伐とした環境なのに、俺たちの会話はのんびりしている。
探査魔法によって罠を発見し解除している南はチッチッチと人差し指を振りながら、俺たち男性陣の認識が甘いと告げ。
遠目に見えたゴーレムの集団を氷の槍で串刺しにした北宮は、呆れたと言わんばかりに溜息をこぼしつつ南に同意する。
「私も、そう思うかな」
男性と女性、感性の差が出る場である。
今回の場合は俺たち男性陣が楽観視しているとのこと。
「参考がてら教えてくれないか?どこら辺がだめなんだ?」
育児の初心者である俺からすれば、こういった知識や意見は貴重だ。
男性からの視点だけでは、今後の生活で支障が出る。
折れてばかりではだめだと言われるが、理解しないとは違う。
むしろ、子供に接することの多い女性の側の意見というのは貴重なはずだ。
だからこそ、素直に聞く。
「拙者の場合は特殊でござるが、父親との折り合いは少なくともいいとは言えないでござるなぁ」
最初に話し始めたのは南だ。
今更な話だが、川崎と比べられていた過去を持つ彼女からしたら、仲が良いとは口が裂けても言えない。
「拙者からすれば、気楽に生きていけるからむしろプラス要素でござるが」
ただ、彼女からしたら気にした様子もなく、むしろ干渉してくる親がいないから生きやすいとまで言う。
「私も父親には良いイメージはないネ」
その隣に立つアメリアも母子家庭という特殊な環境で育っている。
母親である美枝さんには会ったことがあるが、父親には会ったことはない。
ということは、人には言えない家庭事情ってやつがあるのだろう。
「具体的に言えば、頭めがけて思いっきり蹴り飛ばしても後悔はないヨ」
いや、本当に何があった?
嫌なことを思い出したと言う感じに顔をしかめるのではなく、黒い笑みを浮かべ今の力があればとボソリとこぼしているアメリアは普段の活発な少女とはかけ離れていた姿だ。
前に、ヤサグレた未来のアメリアの話を聞いたが、もしやこれが片鱗か?
「戻ってきなさいって」
フフフフと怪しげに笑うアメリアを引き戻すためにポンと頭に手を置き引き戻す北宮。
そのままワシャワシャと髪を荒っぽく撫でると、アワアワと慌てながらアメリアは正気に戻る。
しかし、ここまで来る女性陣の意見を聞くと、父親というのは娘と仲良くできないのかと不安になる。
「次郎さんには悪いけど、二人と違ってそこまで事情があるってわけじゃないけど、私も父親とはあまり仲が良いとは言えないわよ」
そして縋るような目で見ていた俺に申し訳なさそうにするも、止めを刺すかのように北宮がブスリと言ってくる。
「悪くもないけどって、そんなに落ち込まないでよ!」
娘が生まれ、浮かれていた俺にとっては非情な現実を突きつけられた。
ショックの反動で、もしかしたら頭部の当たりが暗くなってるかもしれないが、そんなことは気にしていられない。
今はかわいい娘たちに、いずれお父さんの服と一緒に洗濯しないで!!とか言われる日が来る。
そんなことはない。
と心の中で思っていた節があるのは事実だが、こうも仲間の女性から言われてしまえば、そんなことはないと否定できない。
ああ、さっきまで調子のよかった体がずっしりと重くなった。
壁に手を置きズーンと擬音が立ちそうな立ち振る舞いを晒しているだろう。
「あ~あ、北宮がリーダーに止め刺したでござる」
「うるさい!あんたも同罪でしょうが!!」
何やら背後が騒がしい。
時折、何か敵意を感じるが反射的に右手が刃を振るいその根源を蹴散らしてくれる。
淡々と敵を蹴散らしながら、暗い将来をただ見続けるだけなのか?
いや、まだ間に合う。
娘たちに嫌われないように、今からでも家事育児に携われるように努力すればいい。
体臭と言った嫌悪感を煽るような部分を徹底的にケアすればいい。
体もたるませないように努力すれば、あるいは。
「あ、あのー、次郎さん?私も、そのね?絶対そうなるって思って言ったわけじゃないからネ?」
一般的に嫌われる父親の姿を全面的に否定して努力すればいけるはず。
普段もだらしない格好をしないように気配り、会話も邪険にせず真摯に向き合おう。
自慢のお父さんだと言われるような努力を今からすればいい。
ファッションにも気を配った方がいいか?
映画やお菓子にも精通したほうがいいか?
次から次へと思い浮かぶアイディアを否定するのではなく、全部やるつもりで、自慢のお父さんになる計画がネガティブになっている俺の精神を奮い立たせる。
「おっしゃぁ!!」
「「「キャァ!?」」」
「俺はやるぞ!!って、どうした?三人ともそんなに驚いて」
マイナス思考から一転、気合を入れるように叫ぶと側で悲鳴が聞こえ、振り向けば北宮とアメリアが抱き合い。
南に限って言えば、もはや古いだろと言えるあの驚きのポーズを晒していた。
「特に、南さすがにこの時代そのポーズを知っている方が珍しいぞ?」
弟の漢字に似た姿勢の驚き方にさすがに俺もツッコミを入れざるを得なく。
「へこんでいるかと思って慰めようとして、いきなり叫ばれたらさすがに驚くでござるよ!」
逆ギレされる。
「それに何をやるつもりなのよ?」
「そうだヨ」
はたから見ればへこんだと思ったらいきなり叫び元気になった変な男な俺。
確かに南にツッコミを入れられ、北宮やアメリアに心配されるのも無理はない。
「いや、冷静に考えて子供と仲良くなれるように努力すればいいだけのことだろうって気づいた」
なので、落ち込んではいられないと言う。
「まぁ、確かに私たちが父親と仲良くないのはあまり仲良くなりたいって思わないのが原因だし、そこら辺が改善されるのなら確かに」
「うん、いいお父さんなら普通に仲良くしたいヨ」
そんなポジティブな思考に、一瞬呆気にとられつつも、自分の父親のことを想像したのだろう。
改善されるのならチャンスはあるかと想像の中で審議している様子。
「始める前からダメだと思うよりは、努力できるところは努力したほうがいいだろ」
元々いろいろやる予定だった。
そこにさらに予定が増えただけのこと、幸いにして肉体面は前までとは比べ物にならないほど成長している。
「まずは加齢臭対策からだな!!」
「そこなの?気になる部分とは言えるかもしれないけど………」
「アハハハ、次郎さんなんか変な方向に努力する決意固めちゃったヨ」
ならやれないことはない。
今までは一人の男という側面が強かったが、これからはそれだけではだめだ。
父親という側面ができたのなら、家族からも好かれるように努力しなければならない。
「………」
「どうしたのよ南、あんたが黙るなんて何かの前触れみたいで怖いんだけど」
「北宮も拙者に対して遠慮が無くなってきたでござるよね」
「今更ね」
なにからなにまでダメだと否定されるよりは、改善して行こうと思える分まだマシ。
そんな感じにプラス思考に持っていこうとしている俺を見て、南はふとこのパターンに覚えがあるような気がすると首を傾げている。
そこに不穏な空気を感じ取った北宮が、変なことを考えていないか疑いの視線を送るも、そのやり取りも慣れたモノ。
「それで、何考えてたのよ」
「いや、拙者的に理想の父親を考えたんでござるよ」
さっさと話せと北宮が南に相槌を打てば、先ほどのやり取りなど日常会話だと言わんばかりに南は考えていたことを話す。
「理想の父親ねぇ。どうせあれでしょ、イケメンだったり優しかったりって」
「さすがの拙者も容姿は変えないでござるよ、見た目はそのままで、もし仮に性格や行動が理想の父親がいたらって考えただけでござる」
その話が気になり俺も耳を傾ける。
正面からその話を聞く北宮も気になるようで、それで?と話を促す。
「あり得ないとわかっていても、普通に考えて自分のために頑張ってくれる父親がいるっていいことだと」
「………確かに、言われてみればそうよね。あんたが常識的なこと言うと違和感があるけど」
「違和感が仕事しているだけでござるから、北宮のツッコミはスルーするでござる」
茶化しつつ、話をする北宮はどうせ落ちがあるのだろ?と言わんばかりに苦笑し。
「それで?あんたが考えた結論は?」
南の話をまとめようとする。
その言葉を聞いた南は、少し照れて、チラチラと気づけば集まってる視線に対して言うの?と珍しく照れている。
「いや、そこまで言ったのなら言いなさいよ。気になるじゃない」
「いや、流石の拙者もこのセリフは恥ずかしいと言うか、むしろもらっていなかった分の反動で来た結論と言うべきか」
珍しい態度にからかうことができると判断した北宮にしては珍しくニヤニヤと南を追い込みにかかる。
いつもの立場とは逆転している様子に、二人を見守る視線は暖かい。
そして、南に絡む北宮という珍しい構図は、観念した南によって締めくくられる。
「わかったでござる!!言う、言うでござるから!!ウザ絡みは無しでござる!!」
南は北宮に対してそんなキャラじゃないくせにとブツブツ文句を言いつつ。
「わ、笑わないでほしいでござるが」
と前置きし。
「早く言いなさいよ」
北宮に急かされ、ついに結論を述べる。
「そんな父親がいたら、拙者ならファザコンになっているでござる」
「「「「「………」」」」」
ボソリと、恥ずかしそうに述べた南の言葉に、一同、幻聴を聞いたのではと思うように沈黙し。
「なんで黙るでござるか!!むしろそれなら笑われた方がマシでござる!!」
南の叫びを聞いて。
「「「「「アハハハハハハハハ!!!!」」」」」
とダンジョン内だと言うのにも関わらず大声で笑うのであった。
今日の一言
モチベーションは精神に左右される。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




