365 人生観が変わるのは切っ掛けがある
新章開幕!!
新しい展開出来たらなと思い、投稿いたします!
集中できないと言う時は確かにある。
体調が悪い、明日が休日、周囲が騒がしいといった感じで自身の状態や環境によって、集中力に関しては誤差が生じる。
そして仕事というのはその集中力が作業効率に直結する。
気が散り、本来やるべきことに対して集中しようにもできなく、動きが散漫になってしまうと仕事にミスが出て能率も下がる。
これが、仕事の悪循環に繋がるわけで、社会人としては歓迎できない。
ここ数日の俺はそうだったかもしれない。
本来すべきじゃないミスを部下や仲間にサポートしてもらい、
過ごしてきた。
その度に笑われ、大丈夫かと心配された。
こんな現状仕方ないと言われてはいけないのは百も承知だが、この時ばかりは許してくれと言いたい。
なにせ。
『スエラが産気づいたわ』
人生で初めて俺が父親になるかどうかの瀬戸際なのだから。
何度も医者に確認し、そろそろだと言われてから集中力を欠き始めた自覚はある。
ダンジョン内でそれをやってはいけないと思い、無理矢理集中しようとして、普段よりも空回りしてしまった。
事務処理に関しても、本来しないようなミスをしてしまい。
そして仕事をしている最中にケイリィさんにそんなことを言われた俺は。
『さっさとスエラの側に行きなさいっての!!』
全力フルスイングの回し蹴りで物理的にケイリィさんに尻を叩かれオフィスを追い出された。
痛みに悶えつつも、全力で走り出した俺をケイリィさんはどんな顔で見送ってくれたかはわからない。
代わりに。
『仕事のことは気にしなくてもいいわよ!二十年物のワインで手を打ってあげるから!!だからしっかり父親になって来いっての!!』
なかなかいたい出費だなと、そんな激励で仕事を途中で抜けさせてくれた。
ダークエルフという種族は子供を大事にすると聞く。
その民族性に感謝し、足は駆け出した。
目的地がわかっている俺は迷わず医療区画に向けて駆け出す。
その道のりでここ数日のスエラとのやり取りを思い出す。
『スエラ、体調は大丈夫か?』
『もう、何度確認すれば気がすむんですか?』
見舞いに行くたびに、心配しそのたびに笑われ。
『大丈夫ですよ、あなたが育てた鉱樹が私を守ってくれてますから』
そして一番当人が辛いはずなのに、スエラは笑って俺を励ましてくれていた。
女は強い。
それは誰かが言った言葉。
どこか疑問が挟まった言葉であるも、まったくもってその通りだと今では思う。
男にはできないことを女は成す。
その成せる強さこそが、土壇場で力を発揮するのだろう。
「はぁはぁ」
加減を忘れての全力疾走。
医療区画の前に着いて、一旦呼吸を整えようと足を止めた際にタタタタと軽い音を細かく刻み走って来る気配を感じその方向を見ればメモリアが走って来るのが見える。
普段は冷静な表情を崩さない彼女であるが、いざ何かが起きると感情的になる。
そんなメモリアの音とは裏腹に、ギュンと残像を残しそうな勢いで角を曲がってきた影が見える。
身体能力をフル活用し、急制動を翼を広げることで成し、減速せず高速で直角に曲がって見せた正体はヒミクであった。
「次郎さん」
「主!」
恐らく先にメモリアに知らせが行き、その後にヒミクに行ったのだろう。
速度差でプラスマイナスゼロにして、タイミングよく姿を現す二人がいてくれて少しだけおかしくなり、肩の力が抜けたような気がした。
口元が緩む。
ハーレムなんて、男の願望だけが詰まっただけの幻想でしかないと、苦労ばかりでろくなことがないと、さんざん言われるようなジャンルであったが。
こうやって一緒に、子供の出産に慌てて駆け付けてくれるだけで。
「何をやっている。もう、始まっているぞ」
そして、何より。
普段は見せてくれないような姿を、皆で共有できる。
それだけで、こんな関係で良かったと思える。
そわそわとしているエヴィアを見れる日が来るとは思わず、医療区画の中から出てきたと言うことは誰よりも早く駆け付けたということで、ドキドキと緊張していた胸はいつの間にか穏やかなものへと変わっていた。
「ああ、今行く」
示し合わせたわけではないのに、こうやって四人が揃って医療区画に入り、廊下を歩く。
そしてその中でも特殊な区画に入り、その中で慌ただしい雰囲気が聞こえる。
「魔力濃度は!?」
「息を吸って!吐いて!」
「母体の安定を優先しろ!!」
「大丈夫ですよ!もう少しです!!」
「子供の魔力反応増大!!」
医師の怒号が飛び、その指示に合わせるように看護師たちも動き回り、スエラを励ましている声も響いてくる。
「………」
子供の出産は戦いだと聞いたことがあるが、こういう形で聞くことになるとは思わなかった。
唖然、という言葉を通り越し、大丈夫なのかと不安に駆られ落ち着いていた緊張が再度出てくる。
「□□□□□□□□□□!!」
本当に大丈夫だよな?
何かを噛んでいるからこの程度で済んでいるのだろうが、間違いなくスエラの声だった。
扉一つ挟んだ向こうだと言うのに、こんな大声が聞こえるとは、中は一体全体どうなっているんだと、傍に立つメモリアたちに視線を向ける。
内心、同じ女性だし、動揺しているのは男の俺だけだよなと希望を抱いていたのかもしれない。
「「「………」」」
そして、彼女たちの顔を見たことを少し後悔した。
そろいもそろって、え?出産ってこんなに辛いのって顔に書いてあった。
メモリアは目を見開き、ヒミクはオロオロと忙しなく顔を振り、一見冷静そうに見えるエヴィアであったが、その頬に流れる冷汗は見逃さない。
叫び声と怒号と応援する声が交じり合い、刻一刻と時間が過ぎていく中で俺たちはただ待つことしかできない。
内心で、同じ気持ちで不安なんだと理解できて、良かったと思う反面、現状が大丈夫かどうか判断できないのにさらに不安が募る。
『□□□□□□□□□!!』
『ほら!頭が出てきましたよ!吸って!吐いて!』
一体全体どれくらいの時間が経ったか。
壁が薄すぎる所為か、それとも魔紋によって強化された肉体の所為か、中の様子が逐一報告されるが、逆にそれが不安だ。
『オギャァオギャア、オギャァ!』
『一人目出たぞ!!』
『ぼさっとするな!もう一人いるんだぞ!!』
そして産声を聞き、椅子に座っていた俺は立つも、続いて聞いた一人目が終わったと聞いてまだ終わりじゃないと告げられることに心臓の緊張は緩まない。
ほっとするのもつかの間、まだ戦いは半分、終わりじゃないと言われて、扉の外にいる俺の方が不安になる。
産声に反応して、顔を見上げたメモリアは祈るように手を握り、エヴィアは視線を逸らさず組んだ腕をぎゅっと力を籠める。
俺はただじっと座り、扉を睨むように見ることしかできない。
本当だったら立ち会いたかったが、母子のことを考えれば万全を期したいと言われ、俺には待つことしかできない。
そして。
『オギャァオギャア!』
『生まれました!生まれましたよ!』
二人目の産声を聞き、今度こそ終わった。
騒々しかった室内は静かになり、一分、二分と、時間が経過していく。
その時間はとても長く感じる。
全員、様子がおかしいと思う頃に静かに扉が開かれる。
「先生!」
手術着に身を包んだダークエルフの女性が手袋を外しながら出てくる。
その表情は疲れているも、やり遂げたとニッコリとマスク越しでもわかるくらいに笑みを見せる。
「おめでとうございます。元気な女の子たちですよ」
若干くぐもったマスク越しの声であるが、その声は喜びにあふれている。
「スエラは?」
子が無事出産できたと聞き、ほっとしたのもつかの間、ハッとなり母親の方であるスエラを心配すれば。
「多少の衰弱は見られますが、意識もしっかりしてますよ。命に別状は見られませんよ」
そちらの方も安心してくれと女医は俺に伝えてくる。
それに今度こそ安堵し。
「会うことは」
「ええ、できます」
面会を希望し、医師の許可の元、浄化魔法と簡易結界による衛生管理を行い四人で中に入る。
「ああ、次郎さん」
そこにはベッドの機能で上半身を少しだけ起こした状態で横になっているスエラがそこにいた。
そしてその腕の中には。
「スエラ、よく頑張ったな」
腰を落とし、片膝をつき、スエラと目線を合わせ、彼女が宝物を抱く姿に、最初口にした言葉がそれだった。
数時間いや、身ごもってから考えれば数か月に及ぶ彼女の出産という戦い。
時には命の危機にも瀕した時もあったが、彼女はこうしてしっかりと最善の結果をつかみ取った。
そんなスエラに対して俺はただ一言そんな言葉しか送れない語彙力を恨む。
「はい、私、頑張りましたよ」
しかし、この時ばかりは余計な言葉は不要と俺の言葉を聞いた彼女は、少し痩せた顔で最高の笑みを見せてくれた。
「やっと、会えましたよ」
そして、その瞳から一筋の涙を流す。
自然と俺はそんなスエラの肩を抱き、寄り添うように子供と一緒に包み込むようにする。
タオルに包まれた子供たちは、まだ瞼も開けることができず、母親の腕の中でじっとしている。
「かわいいですね、ヒミク」
「ああ、本当にそうだな」
「………そうだな」
時折動く手や、唇が生きていることを示し。
その仕草に刺激され、メモリア、ヒミク、エヴィアたちは素直な気持ちを吐露している。
俺自身の胸の奥にも、熱く何かを感じる。
「ああ、やっと会えたな」
今の俺はどんな顔をしているだろうか。
笑っている。
とは思うのだが、どんな顔で笑っているかまではわからない。
なにせ嬉しさで心がいっぱいになっているからだ。
だらしなく表情が崩れているのか、それとも微笑んでいるのか。
少なくとも自分の表情が嬉しくなるほど歓喜しているのは確かだ。
スエラの腕の中にいる。
スエラと同じ銀色の髪の子供と俺と同じの黒髪の子供。
そして肌の色が………
「?」
子供が生まれ感動していたことに気が動転していて気づかなかったが、少し落ち着いてきてそこで気づく。
スエラの腕の中にいる子供の肌の色に。
いや、特段気にするような配色なわけではない。
肌の色が青色だったり、緑だったりするわけではない。
黒髪の子供の肌の色はスエラと同じ褐色であるが、銀色の髪の子供の肌の色が白い。
「………む?」
「………あ」
「………?」
俺の視線に気づいたのか、後ろから覗き込むように見ていた三人も気づく。
「もしかして、稀子ですか?」
しかし、肌の色の違いに動揺する俺とは違って、メモリアは気づいたようにその真相を言い当てる。
「はい、そのようですね」
そもそもの話、肌の色の違いにスエラが気づかぬわけもなく、そしてもし変な話になっていれば医師も大丈夫だとは言わないはず。
「まれご?」
しかし、異世界の事情を完璧に把握していない俺にとっては、聞きなれない言葉に疑問を抱く。
「稀子、様々な種族から生まれる、純白の子供だ。ごくまれに高い魔力適正の資質を持って生まれてくる子供のことだ。別名に神の愛し子と呼ばれることもある。月の祝福を受けた朱き瞳と月のように白い肌、そうやって生まれてきた子供は魔王軍にとっては非常に喜ばしい話だ」
エヴィアの語り口は、非常に柔らかく、若干羨ましいといった感情を匂わせてくる。
その話を聞いた俺は、アルビノ体質かと思った。
「大丈夫なのか?その、体が弱かったり」
「その心配はありません。むしろ、魔力適正が高いおかげで非常に体が丈夫だったりしますよ」
こちらの世界では、アルビノ体質の人は日光に弱かったりと様々な疾患を抱えるケースが多いが、異世界では違うようだ。
むしろ珍しく目出度い存在だと受け入れられている。
「そうなのか」
そのことにほっと安堵する。
子供に何を求めるかと最初に願うのはやはり健康であること。
異世界人である俺との間の子供なので、もしかしたら何かあるのかと不安になったが、むしろプラス要素になっていることが良かった。
そして、ゆらゆらと揺れる子供たちの手を見て、ついゆっくりと指を差しだす。
本当に小さな手に俺の指が当たると、反射的なのだろうがギュッとも言えない、本当に弱弱しい力で握られる。
「………」
なんだろうこの得も言われぬ感情は。
悪い感情では決してなく、いい感情だと言うのはわかるが、言葉では表現できないような暖かな感情。
「スエラ」
反対の手の指ももう一人の子供に差しだしギュッと握られるとさらに暖かくなり、自然とスエラの名前を呼んでいた。
「はい」
「生んでくれてありがとう」
「はい!」
そして自然とこぼれる感謝の気持ち、木漏れ日のような優しい光に差し込まれるように、頑張ってくれたスエラに対して、俺も報いるように頑張ろうと思わせてくれる。
ゆっくりとスエラに向けていた視線を、まだゆっくりとしか握れない子供たちに向けて、自分でもこんな声をだせるのかと思うくらい穏やかの声で。
「生まれて来てくれて、ありがとう」
そんな言葉を紡ぐ。
俺の声が聞こえたのか、ギュッと未満の力で握り返して返事をしてくれる子供たちに再び笑みがこぼれる。
ああ、男親が親ばかになる気持ちのきっかけってこんな感じなのか。
「名前、しっかりと考えないとな」
「はい、とってもいい名前を考えましょうね」
幸せってこんな感じなのかなと思える一時で、たぶん俺は、この瞬間を一生忘れない。
今日の一言
ああ、これは変わったなと思える日が確かにある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




