表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
372/800

363 事後処理のやり方は千差万別

 火澄透が行方不明となったという事実が社内を駆け巡った。

 ある者は報告書を見て、ある者はダークエルフの里に救援に参加した者に聞き、またある者はその又聞きで噂として。

 ダンジョンテスターというのは、良くも悪くも目立つ存在、その中でも話題性があった存在ならこれくらいの知名度はあるだろう。

 かく言う俺は、課長クラスに与えられた権限によってこの事実をエヴィアによって知らされた。

 ダンジョンテスターを失わせた責任を問うため、樹王であるルナリアさんは査問会にかけられるらしいとも聞き、会社として今回の出来事は非常に重く受け止めているという話も聞く。


「………」


 それもそうだとしか言えない。

 魔大陸やイスアルであるのならば、学生の一人や二人行方不明になろうが、ああ死んだかの一言で済まされる。

 しかし、日本では違う。

 人一人いなくなることで警察組織が動き、その真実を探ろうとする。

 さらに怪奇現象かのように行方不明になればメディアも黙っていない。

 それがさらに広まれば住民も黙っておらず、善意という名の力が動く。


「………」


 報告書を読みながらも、昼のニュースで大学生が行方不明だという放送が流れる。

 そんな未来が見える俺は、溜息を堪え、火澄が所属していた第三課の課長がヒステリックな叫びをあげていたことを思い出す。

 樹王を直接糾弾するようなことはなかったが、それでも遠回しに皮肉を言うような態度。

 失態をつついている時の魔王軍はこういうものかと思わせるような、周囲の雰囲気。あまり居心地のいいものではないと、関係者を集められた会議の内容に辟易とする。

 ここで庇えば第一課にも飛び火するとエヴィアに言われ口をつぐんでいたが、責任を取る気でいるルナリアさんの姿を見るのはなんとも心が痛んだ。

 ただ、幸いにして、ルナリアさん自身が火澄を連れていったのではなく、火澄と川崎は志願という形で同行したというのが目撃情報であげられており、社長もその点を認めていたこと。

 そのため、第三課の課長も監督不行き届きとして注意を受けていた。


「はぁ、他部署から応援を頼まれたならともかく、自分で持ち場を離れるってどういう神経してるんだよあいつ」


 会議が長引いたせいで、今オフィスにいるのは俺だけ。

 メモリアたちには申し訳ないが、少しばかり残業してから帰ると伝えてある。

 呆れたと言わんばかりに、火澄と川崎の行動を咎めるように椅子の背もたれに寄り掛かりどうするかと悩む。

 いや、正直言えば俺にできることなどない。

 メインになって問題になっているのは連れていったルナリアさん。

 そしてサブでしっかり管理していなかった第三課の課長。

 問題となっているのはその二人。

 第一課の課長である俺は、部下が同じような行動を取らないように指導することと、この事件を契機に仕事を辞めないようにメンタルケアをすることというお達しを受けているので、そちらを優先せざるを得ない。


「………問題は、だ」


 俺からしたら、ルナリアさんのほうも問題であるが、あっちはあっちで自力でどうにかなると踏んでいる。

 どちらかというと身内のほうが問題だと踏んでいる。


「北宮がこの話を聞いたら、どう反応するかが見えん」


 北宮香恋は火澄透と幼馴染だと聞いている。

 そのため、一時恋愛関係であったのも知っている。

 なんだかんだ有り、破局し今に至っている経緯を知っている身としては明日来る北宮にどう伝えるか悩むところだと考える。

 怒るか呆れるか、はたまた涙を流して崩れ落ちるか。

 少なくとも喜ぶということだけはないだろうと言えるだけで、結局のところ素直に伝えるのがベストだと結論付ける。

 この話は一旦棚上げだと、席から立ちメモリアたちが待つ家へと帰宅の準備をする。

 と言ってもほぼ手ぶらなので、財布と携帯を持つ程度、こういう時は社内に社宅があるのは楽でいい。

 そう思いつつ最後に戸締りをしてオフィスを後にする。


「明日は、少し面倒かな?」


 そんな言葉を暗くなったオフィスをガラス越しに見ながらつぶやくのであったが、これ以上に大変であったことなどこの会社に入ってから腐るほどあると思いつつその場を後にする。

 社外で面倒なことが起きているとも知れずに。



 Another side


 それは東京都内のとある公園。

 時間にして深夜。

 もうすぐ日付が変わるころの時間帯に電灯の下に二人の女性がいた。


「それで? こんな遅くに呼びだすなんて何の用? って聞くのも野暮だったけど、一応聞いておくわ」


 一人はスラックスにパーカーとラフな格好で出てきた北宮。

 彼女の表情は不機嫌と言わざるを得ないほど、ピリピリしている。

 呼びだした当人を前にして電灯に寄り掛かり、腕を組み、眉間に皴を寄せ、睨んではいないがその視線は鋭い。

 これでご機嫌だと言える奴がいるのなら眼科に行った方がいいと言えるような雰囲気。


「美樹」


 そんな北宮の前に立つのは七瀬美樹だった。

 ラフな格好の北宮とは違い、彼女はゆったりとした恰好に身を包み、うつむきながら呼ばれた名前を受け止めている。

 和解したとはいえ、関係が元に戻ったとは言い難い。

 知り合い以上友人未満の間の友人よりと言ったところ。

 昔の仲の義理で、この呼び出しにも応えた北宮であったが、メールでも電話でもなく直接。

 その様子に彼女は嫌な予感がしていた。


「香恋ちゃん、透君が、透君が」


 またあのバカが何かしでかしたかと思い、これから面倒なことが起きると思っていた北宮は明日は寝不足かと思い、溜息を堪える。

 しかし、その不機嫌な様子もすぐになりを潜めることになる。

 七瀬の声質が涙声になり、そして薄暗い公園の街灯の光から映し出された彼女の頬から涙が流れる。


「ちょ、ちょっと、どうしたのよ」


 事情を知らない北宮はまた火澄がやらかしたかと、不機嫌な表情などかなぐり捨てて、ただ七瀬がつぶやいた言葉から何があったかを察するほかなかった。

 肩を抱き、胸元に縋りつく彼女は嗚咽を漏らすだけで何も言えない、

 よほどのことがあったのかと、また浮気して別れ話でも切り出されたかと邪推する。


「ああ、もう、ほら」


 北宮は仕方ないと割り切り、そして明日寝不足になることを仕事仲間パーティーメンバーたちに心の中で謝罪して、七瀬を立たせ光の届く場所にあるベンチに座る。


「それで、あのバカがまた何かやらかしたわけ?」


 七瀬がここまでの状況になるということは、おそらく火澄が何かをしたというのに当たりをつけた。

 そんな北宮の問いかけに、七瀬は黙って首を横に振るだけ。


「ああ、もう泣かないでよぉ」


 そんな彼女の問いかけに七瀬がまともに答えられないのでは北宮からすればお手上げ状態で、縋りつく彼女の頭を撫でて少しでも気分を大人しくさせる他ない。

 そんな時間が十分ほど続き、ようやく涙が止まった。


「改めて聞くけど、何があったの?」


 ヒックヒックとまだ、感情の整理がついていない様子の七瀬であるが、ゆっくりでもいいと前置きして再度問いかける。


「透君が、前にお世話になった里を助けるって言って、出ていっちゃって」


 里?と入ってきた情報を整理しようと思考をめぐらす。

 北宮達がダンジョンに入っている間に起きた事件のことを思い出し。


「もしかして、前に精霊と契約するために行ったダークエルフの里のこと?」


 その確認のために問いかければ七瀬は頷く。

 それと火澄になんの関係がと思い、そして問うことにした。


「確か、あそこに魔獣が襲撃したって聞いたけどなんでまさかあのバカ、そこに向かったって言うの?」


 幼少期からの付き合いは伊達ではなく、火澄が取った行動に予想がつき、聞いた結果が最悪であった。

 バカだとは思っていたが真正の馬鹿であったかと北宮は内心で舌打ちする。

 どうせ、いらぬ正義心に駆られて助けに行こうと思ったのだろうと北宮はあたりをつけ、七瀬が頷きそして。


「川崎さんも一緒に行ったって」


 救いようのない馬鹿かと北宮は思った。


「私、あぶないから、止めてって、何度も言ったのに」


 七瀬と火澄は恋人同士、その制止を振り切ってまで危険地帯に別の女と一緒に行く幼馴染の行動に北宮は理解ができず、腹が立ってきた。


「でも、行っちゃって、心配なの、我慢して、待ってて」


 それでも北宮の手は七瀬の頭を撫でることを止めず、彼女の話を聞くことに徹する。


「そしたら、そしたら」


 多分この先が彼女がこうなった原因だという部分までたどり着く。

 しかし、また、こみ上げてくるものがあるのだろう、ああ、と涙がこぼれ再び七瀬の語りは止まる。


「大丈夫、大丈夫だから、ゆっくりでいいから話して、ね」


 七瀬に対して、北宮はできるだけ優しい口調でなだめるように話の先を問いかける。

 その先を知らなければと思った北宮は辛抱強く待ち、一分、五分と時間が過ぎ。

 再び落ち着いた七瀬は、小さくそれこそ囁くような声量で言う。


「透君が、行方、不明、だって」


 そんな彼女の言葉にピタリと北宮の七瀬の頭を撫でる手が止まる。

 行方不明。

 という言葉を認識するのに数秒の時間を要して、そして北宮は戸惑う。

 幼馴染であり、一応といえど恋人関係でもあった男性が行方不明と聞いて、多少なりとも動揺しているのだろうと思い。

 続きを促す。


「それ、誰に聞いたの?」

「課長、から、勝手に行動して、行方不明だって、役立たずって怒られて、もう命はないって」


 あの男かと数度次郎が会話している姿を見たことがあったが、気に食わない奴だという認識が北宮の中にあった。

 この様子だと、七瀬の言っている内容よりもかなりひどい言い方で伝えられたのだろうと北宮は察する。


「大変、だったわね」


 正直、北宮からすれば微妙な気持ちだ。

 人として知り合いが行方不明になったと聞いて心配だと言う気持ちはあるが、逆に言えばそれ以上の感情は持ち合わせていない。

 仮にも恋人であったのにもかかわらず、こうやって泣きじゃくるほど北宮は感情的にはなれなかった。

 だからこそ、北宮は七瀬のことしか心配できなかった。

 行方不明だと言って、じゃぁ、探しに行こうとも言えず、かと言って何か建設的なアドバイスをできるかと言えばそういうわけではなく。

 できることと言えば。


「大丈夫よ、あのバカのことだから心配かけたねとかいってそのうちひょっこりと現れるわよ」


 幼馴染という立場から、根拠のない経験則からくる励ましの言葉くらいだ。

 これが気休めにしかならないことに北宮は理解している。

 それでも、今この場ではこの言葉しか言えない。


「簡単にどうにかできるような奴なら、私も苦労してなかったわよ」


 今、私は普通に笑えているだろうかと不安になりながら北宮は静かに落ち着かせように七瀬に語り掛ける。

 きっと七瀬は火澄が生きていると誰かに肯定してほしかったのだろうとあたりをつけ、北宮のところに来た。

 それを理解していた北宮は、気休めにしかならないだろう、薬にも毒にもならない言葉を紡ぐ。


「ほら、明日私が次郎さんに詳しいこと聞いてあげるから、ね?」


 結局のところ彼女には何もできない。

 今までやってきた幼馴染の後始末など可愛く見えるほど、なんの手の施しようのない事実。

 ショックを受け、立ち直れないのではと思わせるほど泣きじゃくる七瀬の姿を見て、どこか他人事のように励ます。


「香恋ちゃんは、悲しくないの?」

「っ」


 だからこそ、落ち着いてきた七瀬に言われた言葉に北宮はつまずいてしまう。

 心臓が一瞬止まってしまったかと思うような、的確に北宮の心情を刺した七瀬の言葉。

 戸惑う心を抑えつけ。

 無理矢理、頬を操作し、北宮は言葉を伝える。


「私まで戸惑ったら、収拾つかないでしょ。勘弁してよ。女二人で夜の公園で泣きじゃくって気づいたら朝ってのは」


 苦しい言い訳染みた言葉であったが、本心でもある言葉。


「そっか、香恋ちゃんはやっぱり強いね」


 それを信じてくれたかどうかは知らない。

 だが、七瀬が落ち着いてくれたことに今度はバレないように北宮は安堵する。


「強いんじゃないの、怒ってるのよ、何勝手に行方不明になってるのよってね」


 嘘ではないが本心でもないそんな言葉を紡ぐにつれて、徐々にだが七瀬は落ち着きを取り戻し。


「ありがとう、香恋ちゃん」


 最後には笑みを見せられた。


「いいわよ、知らない仲ってわけじゃないし。それより、明日はやることあるんだから早く帰るわよ。不審者に襲われたらたまったものじゃないわ」

「うん」


 そうして、立ち直った七瀬と北宮であった。






 そんな二人の仲が前と同じ友人関係に戻りつつある光景から遥か彼方。

 距離にも表せない、時空を超えた彼方。

 イスアルのハンジバル帝国、帝都の城の一室。

 それは第三皇女に与えられたエリアの一角。

 後宮とは違う、また別の一室。

 そこに眠る一人の男。

 もし仮に二人がその姿を見たら、間違えることない男がそこに眠り、そしてその隣で見守るように椅子に座る第三皇女。


「うっ」


 太陽の光が差し込む一室からわずかな声が漏れゆっくりと瞼を開け。


「ここは」


 その男はゆっくりと瞼を開け、そしてゆっくりと辺りを見回し、見目麗しい女性がいることに気づく。


「君、は?」


 そして知らないのなら問う、それが条件反射のように出てきた言葉に椅子に座っていた女性、アンリ・ハンジバルは優しき聖母のような笑みで答える。


「私の名前は、アンリ、アンリ・ハンジバルですわ」


 そして、問い返すように彼女は同じ優しき声で言葉を紡ぐ。


「あなたのお名前は?」


 自己紹介というありふれたプロセス。

 本来であればよほど警戒していなければスムーズにいくこの工程。


「俺は、僕は」


 礼儀だからだろうか、それともそっちの方がいいと思ったのか、男は一人称を言い換え、そして名乗ろうとする。


「僕は、誰だ?」


 否、名乗れなかった。

 それは、一人称を変えた理由が、礼儀でも癖でもなんでもない。

 ただどっちを使っていたのかがわからないと言わんばかりに、男は戸惑ったに過ぎない。

 しかし、自分の名前は言えないことの異常には気づき、自分が誰だかわからないことに戸惑い、恐れ、何かが瓦解しそうになり、カタカタと歯がぶつかり合い、体が震えはじめる男に、そっとアンリは両手を男の頬に添え、そして優しく自分を見るように導く。

 そして薄い緑色の瞳と黒い瞳は交じり合い。


「大丈夫、ここにはあなたを害する者はいないわ、ゆっくりと思い出しなさい」


 その優しき瞳に魅せられた男は。


「ああ、わかったよ」


 と優しく瞼を閉じ、そして再び眠りに落ちるのであった。



 今日の一言

 無知は罪とは、いろいろな面で適用される。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

次話にて今章は終了です。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。

これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 聖剣「火澄」ルートになってしまうのか、それとも
[気になる点] 七瀬もウザイになりかけてる。本当に大事なら殴ってでも止めるのに挑戦しろ。他人に止めてもらってその場に居座るな。管轄外なんだよ。 はいドーンして黒幕片付けてしまって欲しいね。主人公の成長…
[一言] 気に入らない人間って言われてたしなぁ。 翠からも切り捨て可能な道具って思われていたなら、まぁ……。 どこぞの教師は剣になっちゃったしな。人の肉体で生きてるだけ、まぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ