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346 出張先で水先案内人がいるかいないかの差は、大きい

 

 Another side 箱根


 日本のとある天文台にて観測された、一つの流れ星は些か不思議なことをしでかした。

 某日、夕暮れ時。

 一筋の流れ星を観測し、それを追跡。

 軌道的に、そのまま地表に墜落すると思われたその代物に対し、緊急事態発生だと発令が走る。

 観測の結果、神奈川県の箱根、金時山付近に墜落したと思われたが、調査に向かった消防や警察、天文学者や鉱物学者たちがもたらした報告は奇妙なものだった。

 周囲の被害は皆無。

 クレーターらしき代物や落下した隕石らしき物質もなく、また、発見できず。

 これは妙な結果だと、現場に立ち会ったメンバーから報告を受けた側も、全員揃って首を傾げた。

 天文台の観測からして、あの光跡、角度からして何かの被害、あるいは何か落ちてきた『モノ』が出てないほうがおかしい。

 なのにもかかわらず、欠片も痕跡も発見できない。

 そのため、政府は一時的に現場を封鎖し、金時山への入山を制限、放射線は調査の結果ないと判断されたが、未知のウイルスがあるかもしれないということで、調査隊を再編し再調査を実施。

 しかし、結果は『異状なし』。

 この結果こそ異常とも取れる内容。

 何もないことに、終いには天文台の観測班が誤認をしたのではと言い出す始末、はたまたこの結果をどこからか聞きつけたゴシップ雑誌が、宇宙人来日か!?などと見出しを作り出す始末。

 一時は、全国放送で取り上げられ、お茶の間を騒がせた内容であったが、気づけばそのニュースも有名人の不倫報道に塗りつぶされていた。

 そんなお騒がせな、流星の正体を探す者がいなくなる頃。


「ここが、ニホンという国ですか」


 それより少し遡り、流星が観測され墜落し、日本政府が調査班を結成している最中。

 箱根のとある民宿にその流星の正体たる人物たちが存在していた。


「ここにくるまでの道のりでさんざん見てきただろ。地を走る鉄の箱、この闇ともいえる空を照らす明かり、そして魔素のない世界、異世界であることに違いはない。何を今更その程度のことで驚く必要がある」


 和室、十畳ほどの部屋に四人の男女。

 モデル事務所の撮影?と一般人が見れば思うような光景。

 種類の違う美男美女が揃えばそう見えても仕方ない。

 服装自体は日本であってもおかしくないが、その容姿の基準が高すぎる。

 一見、自然の光景をバックにした写真撮影のために来たモデルの控室かと思われるような一室の空間。


「………」


 窓の外を眺める聖女エシュリーは感慨深いと言うように言葉をこぼし、その言葉を耳ざとく拾い上げた宮廷魔導士のマジェスは忌々し気に舌打ちも聞こえてきそうな声質でエシュリーに向けて言葉を放った。

 そして、そのやり取りに我関せずと柱に背を預け黙する騎士団長のアルベン。

 部屋の空気は、悪い。

 仲間という意識や、同じ仕事をする同僚という意識よりも、プライドのほうが勝ってしまっている二人。

 こんな状況でやっていけるのかと、エシュリーは不安になりながら、このメンバーのトップの顔を窺ってみる。


「………」


 静かに正座し、目を瞑り、ゆらりと漂う〝魔素〟に身を委ねている熾天使ニシア。

 そう、魔素だ。

 地球では存在しないはずの魔素。

 それが、この一室だけではなく、この民宿全体に満たされている。

 熾天使ニシアは、心臓自体に魔素を生み出す器官を神によって与えられている。

 その能力とも言っていい器官によって無尽蔵の魔素を生み出し、周囲にも影響を与えることが可能だ。

 エシュリー、アルベン、マジェスの三人が普段通り振る舞え、不仲な二人が同室に収まっているのはそれが理由だ。

 彼女から離れれば離れるほど魔素は薄くなり、障害物があればその分魔素の伝達が遅くなる。

 万全な状態を保ちたいのなら、開けた空間なら五十メートル、障害物があるような空間であればその空間ごとの魔素の濃度を視野に入れて行動しなければ、この三人はたちまち体調不良に陥る。

 それはこの地に降り立った時、身勝手に動き出そうとした二人が証明している。

 われ先にと結果を熾天使に示そうと単独行動を取ろうとした二人は正反対に動き、たちまち魔素不足に陥り、膝をつく結果となった。

 この地は地獄。

 そんな環境で平然と動き回る現地人たちを見て、化け物かと思うような視線を二人が送っていたのはエシュリーの記憶に新しい。


「………エシュリー」

「は、はい! なんでしょう」


 そんなことを考えていたばかりに、エシュリーは熾天使ニシアからの声に若干反応が遅れた。

 まずいと、思いつつしっかりと正面に向き直り、ニシアに合わせ正座する。


「周囲の安全の確認は終えました。ここにも結界を張っておきました。周囲から違和感を覚えられることもないでしょう。今後、ここを拠点として、明日から行動を開始します」


 その彼女の動きを気にしたそぶりも見せず、ニシアは何をやっていたかを告げてきた。

 ニシアが何をやっていたか、それは今使っている民宿を中心にして行なった探査魔法。

 パッシブソナーのように、相手方の放つ魔素の波動を探知し敵の位置を探る魔法の一種である。

 魔素のない世界において、それは意味のないのではと思われるような行動かもしれないが、この世界には魔王に与する存在がいるという情報がある。

 戦力的には、かなり不利、慎重な行動を求められているエシュリーたちにとってニシアの行動に不満を抱く者はいない。

 しかし。


「ニシア様、一つお伺いしたいことございます。どうか、発言の許可を」


 ここまでの行動すべてに疑問を挟まないわけではない。

 すっと、柱から背を離し、姿勢を正し、跪き、頭を下げ、アルベンはニシアに向けて発言を求めた。


「………許可します。言いなさい」


 一瞥した後、ニシアは許可した。


「ありがとうございます。そして、私も含め、この場にいる三人とも同じ疑問を抱いていると思い、失礼ながら問わせていただきます」


 そのことに感謝した後、アルベンは頭を上げ、真剣な眼差しで、ニシアの瞳を見て実直な顔立ちに合う低めの声で疑問を呈す。


「あの者、協力者と名乗った者は真に信用できるものなのでしょうか」


 アルベンたちは異世界に転移し、そしてあらかじめ決まったスケジュールをこなすかのようにこの民宿まで導かれた。

 その下準備をしたのはこの四人ではない。

 むしろ、この地に来たことのない四人がそんなことできるはずがない。

 押し込み強盗のように、この民宿を占拠したわけでもない。

 極めて平和裏に、彼らはこの民宿に滞在している。

 それを可能にしたのは、この場にはいない第三者。

 元々この民宿は、老夫婦が経営していた代物だが、五年ほど前にその老夫婦の夫が先立ち、その際に民宿は閉まった。

 その後は妻が一人で住み、民宿の管理をしていたが、遅れるように妻も二年前に旅立った。

 息子夫婦がいるも、遠方で、ここを管理できないということで売りに出されていたのが一年前。

 そしてその物件を購入したのが彼女たちをこの場に導いた協力者。

 手入れもしっかりとされ、また営業再開もできるようにされている。

 しかし、なぜこの四人が訪れることを予見しているように金時山に現れることができ、ここまで連れてこれるのか。

 ましてや、なぜ協力するのか。

 方法も理由も不透明な存在。

 ニシアが疑わなかったことから、警戒心は残りつつもその先導に従った。


「この、すまーとふぉんなる代物も使っていいか些か疑問が浮かびます」


 この民宿に用意されたのは生活に必要な食料だけではなく、男女それぞれの衣服に、連絡手段としてのスマートフォン。

 そして、地図に、移動手段がまとめられたマニュアル。

 世界の常識にずれのある四人に対しての完全なバックアップ。

 すなわち、それは、ここにいる四人は完全に日本の常識が欠如しているということを理解しているということ。

 至れり尽くせり、と言えばそれまでだが、冷静に考えれば彼らにとってここは未知の世界。

 世界を渡るという手段すら、あるほうがおかしいのだ。

 なのにもかかわらず、いざ世界を渡ってみれば協力者なる人物が出迎え、衣食住が保証され、行動が万全の状態になっている。


「もし、差支えがなければ、あの者の正体をお教え願えないでしょうか」


 素直に現地での作業が減り楽になったと喜べるほうがおかしい。

 事前に情報がなかった段階で、怪しいと疑う他ない。


「………」

「………」


 普段であれば、真っ先に否定するマジェスも、この疑問だけは遺憾ながら同意なのだろう。

 じっとこちらの様子を眺めるだけで何も言わない。

 エシュリーも同じように二人を眺める。


「知りません」

「「「!?」」」


 そして、ニシアの答えはYesやNoといった返答ではなく、知らない。

 それは協力者が、さらに怪しくなる要素を含む返答であった。


「勘違いしないでください。私は、あの者の名を知らないだけです」


 彼女の返答に驚き、瞬時にこの場は危険なのではと判断しそうになった矢先に、ニシアは三人の動きを制した。


「名を、知らないだけ? どういうことでしょうか?」

「言葉通りの意味です。知る必要のないことを知らなくても当然、あの者のことを知っているのはわが父が神託を与えた者のみ。あの者は神託を受けた者の協力者です」


 言葉の意味を測りかねたアルベンは再度聞き返すと、表情を変えることなく、その疑問にニシアは答える。

 そして、主神の影響力が異世界にまで及んでいる事実に、気づかぬ三人はなるほどと納得していた。


「納得できましたか?」

「はっ! お手間を取らせてしまい、申し訳ありません」

「理解したのならいいです。ここは敵地、なにかと慣れぬことも多いでしょう。身勝手な行動は慎み、任務に励みなさい」

「はっ!」


 宮殿や神殿なら締まっただろうやり取りであるが、ここは民宿、畳の部屋で騎士が天使に跪いても絵にならないのだが、当人たちは真剣にやり取りしている。

 その空気に水を差すような輩はおらず、黙っている二人も何か言うことはない。

 しかし、ここで一つ問題が発生する。


「して、エシュリー」

「はい! なんでしょう」


 アルベンによって、当面の行動に対して不安が解消されたことによって部屋の空気は幾分か解消された。

 空気がいい方向に持っていかれたことにより、これなら何とかなるかとエシュリーが思った矢先、ニシアがすっと何気なくエシュリーに視線を向け、声をかける。

 今度は、遅れることなく返事したエシュリーはなんの用だろうと返事を返せば。


「夕餉と湯あみはいつごろになりそうですか」

「え?」

「「………」」


 まさかの夕食と風呂の催促。

 そう言えばと、男性陣も考える。

 そして、ふと冷静になって思い返すことによってエシュリーは理解した。

 熾天使ニシア、騎士団長アルベン、宮廷魔導士マジェス。

 この三人、全員、戦闘能力とかはともかくとして、生活能力が皆無なのではないだろうかと。

 熾天使ニシアは、天界にすむ最高位天使。

 騎士団長アルベンは侯爵家出身。

 宮廷魔導士のマジェスは伯爵家出身。

 この世界に転移するまで、教会の人たちが真剣に歓待していてくれていたおかげでその点に関しては問題なく過ごせていた。

 おかげで、エシュリーは異世界に行ってからの対策に従事し、学ぶことができた。

 アルベンとマジェスも同様だっただろうと思うが、まさかの盲点で生活に関して常識が壁になるとは思っていなかったエシュリー。

 野宿ならまだ、どうにでもなっただろうが、仮にも拠点が設けられたのだ。

 そして、拠点があるのなら生活しないといけないのは明白。

 この建物にいるのはここにいる四人だけ。

 メイドや執事、料理人など、給仕する側の存在はこの場にはおらず、また手配する方法もない。

 協力者が用意してくれれば話が違っただろうが、流石の協力者もそこまで手配してくれるわけもなく。

 となればこの場で誰かやるしかない。

 そして、そのやるものと言えば。


「………しばし、お時間をいただきます! それまでお待ちを!」


 聖女であるが、元平民出身。

 しかし、その出身が役立つ日が来るとは思わなかった。

 そして役に立つ日が来てほしくなかったと、協力者が用意してくれたイスアルの言葉で書かれたマニュアル片手に、浴場とキッチンに向かうエシュリーであった。

 幸先が良いと思った異世界での任務であったが、さっそく雲行きが怪しくなるのであった。


 今日の一言

 現地での知識があるかないかの差は、環境が変われば変わるほど大きい。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 熾天使に全員ダメ娘疑惑がw [一言] エシュリーさんってもしかして聖女としてじゃなくて世話係として選ばれたのでは?
[気になる点] 心臓事態は心臓自体かと思います。
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