341 日常が日向であれば、非日常が陰になる
Another side
魔大陸で賢者が暗躍すれば、また別のところでも動く流れができる。
イスアルで今、旅立の日を迎えようとする。
「「「………」」」
男女それぞれ二名と一名。
神権国家トライス、大聖堂に集まった彼らは今神秘を見ていた。
王国と神権国家両国から選出された、選ばれしエリート。
本来であれば堂々とし、プライドが目立つ彼らであったが、神の使徒を前にし今は跪き顔を見上げ沈黙を選んでいる。
それは緊張で沈黙するのではなく、目の前に立つ存在に圧倒されていたからこそ。口を開くこと自体を考えられなくするほどの存在に出会ってしまったからだ。
「なるほど、あなた方が今回選ばれた人ということでよろしいかしら?」
神託が下され、期日通りに光から舞い降りた三対の純白の翼を背に携え、白い衣を身に纏い、黄金の杖を片手に立つ美女。
その美女は跪く三人を見て、その人間が今回の導く者だと認識した。
「私はニシア、主よりこの地に遣わされた天使です」
優雅に、されど決して頭を下げることなく。
優しき微笑みを輝かせる腰まで届く黄金の髪は風に優しくなびき。
全ての存在を優しく包まんとする豊満な体つき。
「熾天使、ニシア様」
跪くなかでの紅一点である女性が彼の存在の名を告げるが、ニシアは反応することはない。
否定どころか、肯定も意味をなさない。
一般女性よりもやや高めの身長であるものの、完全な比率で構成された神の作品と言える存在。
熾天使序列二位
ニシア
神の最も近き存在の序列二位。
最高の存在の一歩手前などと思うことなかれ。
人間からすれば熾天使の一位と二位の差など測れるはずもない。
神から遣わされた使徒とは、何人たりともその真偽を否定されることはない、そんな存在だ。
そんな存在を前に厚顔無恥に文句を垂れられる存在などいるはずもない。
「「「………」」」
現にニシアの問いかけに答えることができないでいた。
本来であれば王国から選出された一番年長の騎士団長が答えるべき場面であったが、彼は口を開けずにいた。
彼自身騎士団長という地位を賜っているが、年齢自体は二十代とまだ若い。
その隣で跪く宮廷魔導士など少年と言っても差し支えない年齢だ。
そしてさらに隣に跪く神権国家から派遣された聖女もまた十代。
本来であればベテランと呼べるような歴戦の戦士や魔導士、そして聖女が来るべき場所にこんな若手が揃った。
実力があるのは事実だが経験不足が否めない面々。
しかしそれには事情があった。
現在は戦時中、現場を離れられる人材は限られる。
経験豊富な信頼のできる人材を手元に残しておきたいというのが国での正直な考え。
しかし、神託も重要なのも事実。
ならどうするか?
と考えた中で絞り出した最善のメンバーがこの三人だ。
そして一番苦労人であるのも彼女であった。
王国は騎士団と魔法師団の仲が悪いことで有名な国。
実力はあるのに、プライドが邪魔して連携という言葉を軽視してしまう傾向がある。
曰く体力至上主義脳筋集団、曰く陰険陰湿根暗集団。
ことあるごとに、姑の嫁いびりかと言いたくなるほど相手の粗探しに気を配っている。
実際に顔合わせの時など国王の前でなければ戦闘勃発五秒前の段階であった。
そして後は仲良く三人でと場を去った国王の代わりに、間を取り持ったのは聖女である彼女、エシュリーであった。
『ええ!? このタイミングで!?』
と内心で驚きを隠せない彼女であったが、そこは厄介ごとを押しつけられたとしても国家の代表としての意地を見せた。
実力があり若手で新進気鋭。
その分高く積み上げられたプライドは天に上るほど。
ことあるごとに喧嘩し、場の空気を悪くして、その度にエシュリーが気合と根性そして自棄で場を取りなす。
表面上は聖女らしい動作を心掛け、内心では棍棒をフルスイング。
下手に手をだせば国家間の問題に早変わり。
自身の回復術がメキメキと腕を上げたのは、痛む胃を治療していたからなのではなかろうかと最近思うようになったエシュリーであった。
「っ、はい! 私共があなた様に導かれし者たちです」
だからこそ、こんな土壇場に日和るような才者ではなく、半ば開き直っている苦労人である彼女がニシアの問いに答えられた。
咄嗟とはいえ、本来であれば尊重すべき騎士団長のアルベンや宮廷魔導士であるマジェスよりも発言権は上の立場であると示してしまった。
「なるほど、名乗ることを許します。あなたの名は?」
「はい、神権国家トライスより聖女の地位を賜りました。エシュリー・リア・ミカルドと申します」
ニシアからすれば、人間の地位など配慮する余地もない事柄。
使えるか使えないか。
使えないにしてもどれほど信仰を持っているかでしか尺度がない。
大して気にしたそぶりも見せず、淡々と記号を覚えるようにエシュリーの名を覚える。
そんなエシュリーであったがここで妙な奇縁が発生していた。
奇しくも、昨年次郎たちと出会った巡業巫女は異例の出世を見せ、この場で神の使いと向き合っていた。
あの日あの時、もし仮に次郎が助けなかったら彼女はきっとこの場にはいなかっただろう。
そしてキリキリと痛む胃を治療したくとも治療できずがんばるということにもならなかっただろう。
この場に彼女が居合わせたのは、トライスの上層部が彼女以外の貴重な聖女を送ることを渋ったからだ。
聖女というのは基本的に、高貴な血筋。
所謂、貴族の血統の淑女がなるケースが多い。
先天的に治癒魔法の才能が高いということもあるが、先祖代々という歴史の重みもあるということだ。
そのため、色々としがらみが多いこともある。
そう、具体的に上げるのも馬鹿らしくなる貴族特有の腹の探り合いがあるため、正直に言えばいかに大事な話だからと言って、そんな使い勝手の悪く、後の権力の影響力に変化をもたらしかねない存在を派遣させるのはどうかという判断になった。
「エシュリーですね。その名、覚えました」
「光栄の極みです」
そんなことを言っている場合かと、言われかねない上層部の見解だが、上層部にとって一番大事なのは今座っている椅子が安泰かどうかという話だ。
なので、彼らは考え、調べた。
たった三日という少ない時間をフルに使い。
そして見つけた。
庶子の出で、実力もあり、信仰もしっかりしている。
活躍すれば、取り込めばいいという下種の極みとも取れる判断。
彼女が使い勝手のいい存在だという証左である。
しかし、そんな事情も呑み込み、涙ながら見送られた同期たちの期待に応えるために彼女はこれから来るであろう胃の痛みに耐える。
しかし、反面、神の使徒に会えたというまたとない機会に感謝もしている。
「エシュリー、そこの人間たちの名を教えてください」
「はい、左におりますのがエクレール王国第二騎士団団長、アルベン・マクェス・フォン・セルベルでございます」
そして言葉を賜るというまたとない栄誉に歓喜もしている。
名誉というのは人によっては豚にでも食わせろとでも言われるような代物である。
だが、彼女の立場的にこんな経験という名の名誉を賜えるということは、神に名を覚えられたかもしれないという立場になる。
それは神権国家にとって無視できないブランドだ。
貴族階級が上層部を占めている現状、それを改善したいと望む彼女からすれば一生に一度あるかないかのチャンス。
胃の痛みなんて我慢して見せると気合を入れ、気に食わないと視線で訴えるアルベンを紹介する。
「お初にお目にかかります。エクレール王国第二騎士団団長、アルベン・マクェス・フォン・セルベルでございます。ニシア様に至っては――」
銀色の鎧に青色のマントを羽織り、帯剣している剣はドワーフが作り上げた名剣。
硬質な赤髪をオールバックでまとめ、筋肉質な表情筋で無表情を作り出す男、アルベンは質実剛健、武人のような立ち居振る舞いで熾天使ニシアに挨拶を述べる。
「同じことを二度言う必要はありません。そして長話も無用です。エシュリー次です」
「は、はい!」
しかし、彼女にとっては名前を確認するだけの作業でしかなく。
貴族特有のあいさつは被せるように遮られた。
アルベンは申し訳ありませんと頭を下げるもギリッと手を握りしめる。
ああ、胃が痛むと内心で嘆きながらエシュリーは反対の方に跪く男性。
「こちらの方は、先ほどのアルベンと同じくエクレール王国の宮廷魔導士第三席のマジェス・グラーフ・フォン・エルエスでございます」
ああ、貴族の名前って長くて噛みそうと嘆きながら、エシュリーは反対側の男性を紹介した。
エルフが織り刺繍を施したローブを身に纏い、樹齢千年を超える杖を携えた細身の男性。
アイスブルーの瞳に合うような蒼色の髪を短く切りまとめた彼は先ほどのアルベンの失態の二の舞にならぬよう余計な口上はせず、黙礼するのみで対応を済ます。
「覚えました」
その対応は正解なのか、はたまた不正解なのかはエシュリーには判断できず、淡々と話を進める熾天使ニシアの行動にどんどんと緊張感が増す。
左右に険悪な騎士と魔法使い。
正面には恐れ多い、神の使いの熾天使ニシア。
どんな苦行でもやり遂げて見せると覚悟を決めたはいいが、さっそく悲鳴をあげている始末にほろりと心の中で涙を流す。
本当に大丈夫なのかと心配になる。
「では、これより転移を行います」
そして熾天使ニシアは効率的なのか、是か非も問わず次の工程に進もうとしてきた。
それに慌てるのはすでにこのメンバーの調停役に収まったエシュリーであった。
「お、お待ちくださいニシア様!」
「なんでしょう、エシュリー」
彼女は努力家だ。
少しでもこれから行く世界に関して情報を集めた。
その結果、現在の格好は非常に問題があるということを理解していた。
鎧にローブ、そして法衣。
この世界であれば、憧れを抱くことはあっても変とは思われない彼らの格好であるが、召喚した勇者たちの話をまとめれば非常に目立つ格好に他ならない。
「恐れながら、今回の神託に対し万全を期すために私のほうで準備をさせていただきました」
「準備ですか? いいでしょう。話しなさい」
「は、ありがとうございます」
他にもケイサツなる巡回兵みたいな組織があり、ジエイタイなる軍隊もあると聞いている。
万が一を考えれば極力目立つことは避けたほうがいい。
神託を無駄にはできないと思った彼女はあちらこちらへとわずかな時間も無駄にできないと、徹夜に徹夜に重ね、回復魔法で無理やり体を正常に保ち情報収集と準備に勤しんだ。
「恐れながら、かの地は我が神も見通せぬ未開の地。文化も文明も違うと聞き及んでおります。ニシア様含めこの場にいる全員のお召し物をご用意させていただきました」
勇者が連れ去られた際に、いくつか残されたものがあった。
それは鞄などに入った雑貨類や教科書。
日常品と言える代物だ。
その中に彼女は可能性を求めた。
今の格好を普通だと認識させることは魔法を使えば可能かもしれないが、それだけでもかなりの労力になる。
魔素がない世界とも聞いている。
熾天使ニシアはその魔素を補うための存在とも聞いている。
ならば、負担を減らすのがエシュリー自身の務めだと認識していた。
そして、国に用意されたマジックバッグから取り出したのは彼らからしたら見慣れない衣服のたぐいだ。
「これは、なんですか?」
「はい、ふぁっしょんざっしなる書物から異界の衣の情報を集めまして再現しました。布にはわが国で保管しておりました最高位の布を使用しております。御身の着る神の衣には到底及ばぬ代物でございますが、御身にかかる負担を少しでも減らしたく思い準備させていただきました」
勇者たちが残した可能性から作り出されたのは女性モデルが着用していた衣服だ。
エシュリーは献上するように用意した衣服の中で最も出来が良く、職人が腕を振るった服を差し出した。
そっとそれを手に取ったニシアは手触りを確認するようにさわり、そして広げ、しばし眺めた後。
「なるほど、これから向かう先は邪神の配下の者もいると聞いています。目立つ行動は避けるべき。効率的です」
エシュリーの行動を是とした。
魔法によりサイズの自動調整の施された衣服を、同じく魔法で身に纏ったニシアは外国人モデルかと思うような装いになる。
「着心地も悪くはありません。これなら、活動に支障は出ないでしょう。エシュリー、他になにかありますか?」
「はい、他にも色々と準備して参りました」
そして役に立つと判断したニシアは即時の転移を取りやめ、活動に支障がでない範囲で時間を延ばすことを後のエシュリーの説明で決断する。
準備期間を設けると聞いたときのエシュリーは内心でガッツポーズを取るのであった。
そして、神の使徒が宿泊することとなれば困るのは上層部、すぐに旅立つものとばかり思っていた上層部は数日滞在すると聞き、宴の準備や宿泊場所の準備に四苦八苦することとなるのであった。
Another side End
今日の一言
自分の視界外にも動きはある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




