340 先駆者となる時が来る
ダンジョンテスター、そしてテスター一課として、正式に稼働開始して幾日か。
現状問題らしい問題は発生していない。
最初に方針を決めていたおかげで新人たちも明確な動きがしやすいということで動きに迷いがない。
最初の報告書も目を通したが、業務日誌にならず、きちんと改善点を見つけ改善案を提出する報告書の体を成していた。
一期生が新人だったころにこんな書類が出回っていたらダンジョンの難易度はもっと上がっていたかもしれない。
「さて、今月の攻略は機王か?」
そのことに満足しつつ俺は俺でやるべきことをやる。
課長としての仕事もそうだが、ダンジョンテスターとしての仕事も当然ある。
「そうっすねぇ。アミリちゃんのところのダンジョンっす」
「そろそろあの砦を越えたいところね。あそこで足踏みして結構な時間が経ってるし」
そして俺たち一班、月下の止まり木は班ごとに振り分けられたパーティールームで朝の会議を行なっている。
勝とアメリアは今日は学校で休み。
補講で大学に行っている南もこの場にはいない。
出社しているのは正社員の俺と海堂、そして今日は講義のない北宮というなんとも攻撃寄りの編成だ。
「回復と補助なしであの砦攻略するのは骨が折れそうだなぁ」
北宮の心情の吐露に同意しつつ、文字通り鉄壁の要塞をこの編成で攻略できないものかと頭を捻らす。
しかし、回復の要である勝や、なにかと広い視野を持つ南、そして緊急時の切り札となり得るアメリアを欠いた状態での攻略は現状、現実的とは言い難い。
「それなら少し戻って他の階層の改善にするっすか? それなら色々とできると思うっすけど」
難色を示した俺に、それならばと海堂が代案を提示してくる。
「それなら、五十八階層にしましょ。あそこの大型ゴーレムちょうどいい訓練にもなるし」
その流れに乗って、北宮が自分の希望を伝えてくる。
彼女の言う階層は、フロアボスが大型の多足型ゴーレム。
砦を守護する蜘蛛型のゴーレムと非常に類似点が多い。
「あれかぁ、確かに砦攻略の足掛けにもなりそうだし、無難にそこを攻めるか」
次から次へと湧水がごとくゴーレムを投入し、防壁からは魔法による砲撃の雨霰。
地の利が完全にないあの場を攻略するのには本当に手間がかかる。
それを攻略するのが俺たちの仕事だとわかっていても、苦労は絶えない。
先はまだ長いなと思いつつ。
「他のパーティーの様子はどうだ?」
「二班のベニー君たちは今日は鬼王のダンジョンに五班と一緒に潜ってるっす。最初は人数が多いほうがいいって言ってたっすね」
「三班と六班は別々でダンジョン攻略してるわね。三班が樹王のダンジョン、六班が不死王のダンジョンね」
「それで四班が巨人王のダンジョンか」
現状の動きは悪くないと思う。
俺たちの課は三組に分かれて行動を開始。
俺たち一班と新人の四班の組。
ベニーたち海外組の二班と新人の五班の組。
加藤たち藤レンジャーの三班と六班の組。
それぞれ一組、二組、三組と呼称し、組ごとで支え合うようにしている。
一組の担当が機王、竜王、巨人王のダンジョン。
二組の担当が鬼王、機王、樹王のダンジョン
三組の担当が不死王、樹王、巨人王のダンジョンだ。
樹王と巨人王そして機王のダンジョンが重なっている形だ。
前者二つは全体的に攻略深度が浅いダンジョンのため優先するためにつけている。
鬼王は他の一期生の力もありある程度攻略が進み、不死王と機王に関しては俺たちが頑張ったかいがあり他四つのダンジョンよりは攻略が進んでいる。
機王に関しては、加藤たちの強い希望がありという形で二つに増えたという例外。
竜王は俺たち一班が専属で担当する形だ。
竜王のダンジョンは新人が担当するには荷が重い。
いずれ解禁する形になるが、地力がついてからの話になるので当分先だ。
攻略が進むにつれて変更する可能性があるが、しばらくはこのままの編成で行く予定だ。
オフィスにはそれぞれのパーティーがどこに挑んでいるかわかるように表示板がある。
宿舎とかにある、板をその場所に引っ掛けることによって外出しているかどうかわかるようにするやつだ。
各組でどのダンジョンを攻略するかを相談し、スケジュールを組んでいる。
それがしっかりと成り立っているか確認するために必要なものである。
「順調な滑り出しっすねぇ」
「そうね、今のところ問題はなさそうだし」
「このまま平和に行けばいいんだが」
そして珍しくトラブルらしきトラブルがない。
他の課の噂は聞こえてくるが、向こうも情報封鎖しているのか噂程度の話題しか耳に入ってこない。
いずれその耳も鍛え上げないといけないかとも思うが、トラブっていないのなら今はいい。
「まぁ、気にしてもしょうがないか。海堂、北宮、俺たちもそろそろ出るぞ」
「うっす!新人たちに俺たちのカッコいいところ見せないといけないっすからねぇ!」
「見えないけどね。まぁ、さぼっているように見られるのは癪だし、真面目にはやるわよ」
緊張、興奮の入り混じったような新人たちとは違い、気負うことなく装備を身に纏った俺たちはダンジョン攻略に身を乗り出す。
オフィスに隣接したパーティールームからでて、オフィスを通りダンジョンへ向かう際に。
「あ! 次郎君! ダンジョンから帰ってからでいいからこの書類読んでおいて! エヴィア様からよ!」
「わかりました! 俺の机の上にあげておいてください!」
「はぁい! それじゃ、私の評価アップのために頑張ってきてよ!」
「それを言わなければ素直に頑張るんですけどねぇ」
事務仕事をしていたケイリィさんがひらひらと茶封筒を振ってみせる。
慌てた様子がないことから緊急ではないことは確か。
なら後回しで良いと判断し、机に上げてもらうように頼みその場を後にする。
そしてダンジョンに繋がる道を進んでいると、俺たち以外のテスターたちの姿がちらほらと見え始める。
「なんと言うか新鮮っすねぇ。前まで歩いていても同僚とすれ違うことってあんまりなかったっすし」
「そうだな」
その光景を感慨深くうなずく海堂に同意する。
確かに、ずいぶんと賑やかになった。
前に商店街に行ったときは、閑古鳥が嘘のようににぎわっている店がいくつもあった。
新しい武器を求め、あるいは下見に訪れていたテスターたちと店員の会話。
本来であれば、それが正しい姿であるのだろうが、前を知っている身としては少し違和感を覚えてしまった。
「ただ、この視線はまだ慣れないわね」
「仕方ない。一応俺たちはトップパーティーだ。有名税ってことだろうさ」
そんなことを思いつつ、少し照れくさそうな声で現状を嘆く北宮に、俺は笑って答える。
ちらほらと刺さる視線に悪意はない。
むしろたまに憧れ染みた感情が混じっている感じもある。
それは同じ課の新人たちではなく、他の課のテスターたちからの視線だ。
「悪いってわけじゃないけど、なんだか照れくさいと言うか。こう、むず痒いと言えばいいのかしら?」
「あ、それわかるっす。なんかこうじれったいって思う時があるっすよね」
芸能人とかなら慣れているのだろうが、あいにくと俺たちはつい昨年まで一般人だった人種だ。
学校とかでモテていたわけでもなく、こんな感じの視線にさらされる機会などめったにない。
そして。
「ついてくるっすねぇ」
「ついてくるわね」
漁夫の利というわけではないだろうが、あわよくばという思惑が見え隠れする背後の気配。
一人増えれば二人、三人と次から次へと集まる数。
気配が次々に増え、装備もしっかりしていることからこれからダンジョンに挑むのは明白。
「………走るか?」
「嫌よ、ダンジョンに入る前から疲れるなんて」
「と言っても今の俺らなら、そこまで疲れないっすけど」
「気分的に疲れるのよ」
二十人ほど集まった大所帯になってしまったが、このまま引き連れていいもんかと思いつつも対処法などなく。
そのままダンジョン入り口前のフロアに着く。
「っげ」
「いや、北宮ちゃん気持ちはわかるっすけど『っげ』は女の子としてどうかと思うっすよ」
「仕方ないでしょ」
そしてフロアに到着した俺たちはあまり会いたくない存在と出くわしてしまった。
同じ会社内にいるのなら会う可能性は十分にある。
だが、好んで会いたいかと問われれば、会いたくないと答えるのが人情である。
「やぁ、おはよう香恋」
「………おはよう、透」
さわやかな笑顔で挨拶してくる火澄、その背後には彼のパーティーメンバーの七瀬と川崎の姿も見える。
他にも数名、体格のいい男と細身の長身の女性そして小柄な女性の三人がそばにいる。
「君もこれからダンジョンに?」
「わかってること聞かないで」
ギスギスした雰囲気というわけではないが、空気はあまり良くはない。
あまり話したくないという雰囲気を醸し出す北宮と仲よくしようという雰囲気を出す火澄。
互いの思惑がどうあれ、眺めていて気分のいいものではない。
「そんなに冷たくしないでくれ。君とはあの頃のように仲良くしたいんだ。幼馴染だろ?」
「ただの腐れ縁よ。これから仕事なの、用がないなら行っていいかしら?」
はたから見ればよりを戻したい男女の関係と取れるような会話である。
問題なのは事情を知らない新人たちはいったい何事かと思い、雰囲気だけで憶測を立てるという現状。
後ろに引き連れてきた新人も含めなにか善からぬ噂でも立たなければいいがと不安になる。
半年以上、離れていたから北宮からすれば吹っ切れ終わった関係。
「用ならあるさ。君に色々と聞きたいことがあってね」
最近様子のおかしい火澄にすれば、よりを戻したい気持ちがいまだ続いている関係。
そして何やらおかしなことを口にしそうな雰囲気をも醸し出してきた。
また面倒なことをと思いつつ、仕方なく介入する。
「火澄、悪いがこっちは急いでいるんだ。仕事と関係のない話なら後回しにしてくれ」
「………すみません。少し私語が過ぎましたね」
てっきり反発してくるかと思ったが、場をわきまえ感情を押し殺すことはできるようだ。
ニッコリと笑うことで瞼を閉じ、瞳から感情を悟らせないという術も身に着けている。
少し間を置くことで感情を抑えることも学んでいる。
「じゃぁね、香恋。あとで連絡するよ」
「………行きましょ」
そして反省したかのように見せた火澄は北宮に誘いをかけるも、彼女は袖にしダンジョンの入り口に向けて歩き出す。
「………大丈夫か?」
「大丈夫に見える?」
「見えねぇなぁ」
静かに歩く後姿に近づき、背後からの視線を感じつつそっと声をかけてみれば案の定苛立ちを抑える北宮の声が聞こえる。
海堂はそれに気づいてか、腕を頭の後ろに回し、聞かないふり。
「ああ、もう、大魔法ぶっ放したい」
「ボスに向けてなら撃っていいから、それまでしっかり魔力管理してろ」
「わかってるわよ」
朝からろくなことがないなと思いつつ、思考を切り替える。
ポンと肩を叩き彼女のストレスを発散させてやろうと思いつつ、背後を少し振り返れば何事もなかったかのようにパーティーメンバーと談笑する火澄が見える。
何もなければいいなと思いつつ。
ダンジョンの入り口をくぐるのであった。
Another side 賢者
「うん、こんなモノかな」
古のダンジョンに拠点を構えて一か月ほど、準備は順調と言える。
着々と増える配下の魔物。
慎重に慎重を重ね、変な魔物の増加と思われないように、ゆっくりと浸透させるかのように配下の拡大には神経を使った。
「うわぁ、なんでおじさんこんなに真面目に働いてるの? 気づいたらこの森一帯制覇しちゃったよ。いやだいやだ。凝り性な性格がこんな部分に反映されるなんて嫌だなぁ」
眼が増え耳が増え、どんどんと情報が入ってくるも、ここは魔界の辺境。
重要な情報はまだ入ってこない。
街の中に放ったネズミや蝙蝠といった小型の使い魔もまだ重要拠点には入ることができないし、入らせるつもりもない。
ああいった手合いの施設は使い魔対策も施されうかつに手をだせばリスクを背負いこむことになるのをこの男は把握しているからだ。
「はぁ、期日があるのも嫌だなぁ。急がないといけないけど急いだら危険だし。何その無茶振り、姫様ほんとなんで僕にこんな仕事を振ったんですか」
嘆きながら男の手は止まらない。
新たな生態系を手に入れるため、着々と準備を進め、配下に加えた魔物を使いバレないように細心の注意を払い資源を集める。
気づけば廃墟同然の古のダンジョンは賢者の工房へと様変わりしていた。
「はぁ、いやだいやだ。働きたくないのに期待が僕に働けと言う」
そんな場所でブツブツと独り言をこぼす。
それを聞くのは支配された魔物だけ。
男の声に返答する声はない。
「この仕事が終わったら絶対辺境に引きこもってやる。美人のエルフの奴隷でも買って身の回りの世話やらせて、政治とか関係ない悠々自適のスローライフ送ってやる!!」
そんなことを口にしていても手は止まらない。
そしてこの男は承知している。
たとえこの仕事が終わっても、きっと想像している未来は訪れない。
何せこの男がするのは平和にするための仕事ではなく、次なる戦争への引き金を作ることなのだから。
「ああ! 引きこもりたい!」
そんなことを叫ぶ男の周りには黙する魔物が着々と集まるのであった。
Another side 賢者 End
今日の一言
何事も先達者がいるというのはありがたいですよね。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




