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339 方針は十人十色それぞれの思惑があってのこと

 Another side


「さて、さっそく新体制が始動したわけだけど、うん、初動だけ見ただけでも分けた甲斐はあったっていうところかな?」


 社長室の壁に映るのはダンジョンテスター課がそれぞれ何をしているか使い魔を使い映し出された光景だ。


「早速動き出したのは二課だけか。うん、彼の考え方から察するに、現場優先と言ったところかな?」


 ダンジョン攻略に乗り出しているのは三課中一課のみ。

 その行動自体は魔王からしてみれば予想の範囲内。

 おもしろいのはここから先だ。


「ただ我武者羅にやっているわけではなく、現場の空気に慣らすことを優先した二課。焦らず慎重にまずは方針を固めようと腰を据える一課。そして………」


 一つの映像に目を向けて笑みを絶やさないのは喜んでいるのか、あるいは嘲笑しているのか判断がつかないが、魔王からすれば不快とは思っていないらしい。


「最初から意見がぶつかる三課か」


 どうやら一期生のダンジョンテスターを中心にしたグループと課長に就任した悪魔族の男。たしか公爵家の長男だった。

 プライドの高い悪魔族に対して、現場の意見を述べているのにもかかわらず汲み取る様子が欠片も見えない。


「うん、それもまたよし」


 本当であれば足の引っ張り合いは魔王からしても避けるべき行為なのかもしれないが、この行動が無駄にならず試金石になる予感が彼の中ではあった。

 だからこそ叱責はせず、見守るというスタンスを取った。

 行動の仕方は三者三様。

 そのトップの特色が色濃く出た結果だと言える。

 一課に据えた田中次郎の行動は調和を目指す。

 二課に据えた虎の獣人のファルゴーレは実践主義を貫く。

 三課に据えた悪魔の公爵子息であるユルゲンは自分の思想を信じる。


「さてさて、結果をだせば僕は文句は言わないつもりだけど。逆に言えば結果次第ではどうにかなるってことなんだけどねぇ」


 ニコニコと笑みを携える魔王の目がうっすらと鋭さを持ち始める。


「君たちの席を狙う輩は多い。そのことを忘れないことを切に願うよ」


 その言葉は激励か、はたまた別の意味か。

 それを知る人物はいない。

 側近であるエヴィアや、古い仲間であるライドウやノーライフがいればまた別のリアクションが見えたと思うがそれは詮無き話。


「社長」

「あははは、なんだい?」


 否、エヴィアがそばにいても話は変わらなかっただろう。

 なぜなら。


「決裁していただきたい書類がございます。休憩はそろそろ終わりにしていただけると嬉しいのですが」

「ええと、エヴィア、怒ってる?」

「私の機嫌がいいように見えますか?」

「ええと、うん。見えたいという願望は無しかな?」

「そんな冗談を言う暇があるのなら、一枚でも多くの書類に目を通してください」


 ゴゴゴゴゴと擬音が付きそうな立ち居振る舞いで、空中に書類の山を携えるエヴィアが現れたからだ。

 空気が振動するほどの怒気を内包しているのにもかかわらず彼女の表情は無。

 されどしっかりと感情を理解させる雰囲気は纏っているので始末が悪い。

 断ればその書類の山を射出すると言わんばかりに無表情なエヴィアを前にして魔王は即座に白旗を揚げる。


「うん、わかった。書類はそこに置いておいてくれないかな?」


 当然そんな程度でダメージを負わない魔王ではあるが、彼女の気迫にノーとは言えない。

 一つ笑みを浮かべれば黄色い声が上がる社長の笑みをものともせず。

 一円の価値もないと断ずるかのように、無表情で淡々と業務をこなそうとするエヴィア。

 指示された机の上に、一つまた一つと書類の山を作り、一本の木から作り出された豪華な机の上を紙の山で埋め尽くす。


「………エヴィア、私の気の所為かもしれないけれど、これ普段の量よりも多くはないかい?」

「はい、どうも魔王様は仕事を優先したいようなので、三日ほど頑張っていただける量をご用意しました」


 額にタラリと垂れる汗はきっと冷や汗だと魔王は思いつつ、なぜ普段の三倍の量を持ってきたか、心当たりのある魔王は口元がピクピクと引きつらせながら。


「えっと、次郎君の晴れ姿が見れなかったのはそんなに残念だったかな?」


 地雷を踏み抜きに行った魔王であった。


「ええ、本当に」


 それへの返答は。


「残念でした」


 ギロリと並の悪魔なら腰を抜かし、即座に逃亡を図ろうとするほどの眼光を向けられ。

 さらに倍の書類を召喚することで答えるエヴィアだった。

 昔の彼女なら決して見せない感情を見てうれしくはあるが、その代償に今度はしっかりと口元を引きつらせる魔王であった。


「では、今日中に確認のほうをお願いします」


 そんな魔王のことなど関係ないと言わんばかりに淡々と伝え終えたエヴィアは隣室の秘書室へと下がる。

 その後ろ姿を見ながら、恨むよ次郎君と内心で愚痴りつつ、じっと見ても消えない書類の山に魔王は手を伸ばす。


「・・・・・最近、おとなしいとは思ったんだけどね」


 しかし、手に取った一枚の書類を見ると表情に変化はないが嫌なものをみたと雰囲気を変えるのであった。

 その書類はこの山が嫉妬で築かれたものではないというのを証明する代物。

 ちらりと魔王がエヴィアを見れば、彼女は無言でうなずく。


「ままならないね」


 笑みが苦笑になり、楽しみの時間は終わりとなりここからは仕事の時間となる。


 Another side End



 そんな魔王の現状など露とも知らず、俺たち一課は判断を下せないでいた。


「専門にしたほうがやっぱり最終的にコストはかからないんじゃ」

「でも万が一を考えたら」

「ローテーションの期間を調整すればいいんじゃないか?」

「できるかもしれないけど、期間の設定はどれくらいでやるの?」


 最初は沈黙を保っていた新人たちも情報を手に入れてからは水を得た魚のように意見を述べ始めてくれた。

 そのことに満足しつつ、さてこの展開をどうまとめるかが問題になってくる。

 ここで俺がじゃあこうしようと意見を言えば、彼らの討論の時間はいったいなんだったんだという話になる。

 じれったく思いつつも静観する他ない。

 しかし、このままいくとしばらく時間がかかりそうなのも事実。


「だいぶ盛り上がってきたわね」

「他人事だな北宮、これから俺たちも従っていく方針だぞ?」


 そんな空気の中、我らがパーティーメンバーはいたってのんびりしている。

 海堂と勝が何か話している様子で、アメリアと南も話しているがこのざわざわとした空間ではいかに強化した耳でも聞き取れない。

 唯一手持ち無沙汰の北宮の感想を拾い上げてみれば、何言っているんだこいつという視線を返された。

 全体的に見守るというスタンスであることを否定しない彼女。


「私たちの発言力は重々承知してるつもり。ここで下手なこと言ったら一気に流れが変わるでしょ?」


 それは、自身の発言力故の判断。

 椅子に寄りかかり迂闊な発言はできないとのべてくる。

 その言葉をもってして、俺に違うのかと問いかけてきた。


「希望くらいは言ってもいいと思うがな」


 その考えに概ね同意するも、少しくらいは動いてもいいのではと思わなくはない。


「それがお望み?」

「さてな」


 単純に決まる気配のない集団に対して爆弾を落とすのも一考かと思った。

 ただそれだけ、深い意味はない。

 ブレインストーミングと言えるように様々な意見が飛び交い、そのたびに新しい意見に覆される。


「見た感じ、専門路線の意見が強いって雰囲気ね」

「そう感じた理由は?」

「理屈よりも心情のほうが出てる人が何人か。それに同意する形で乗っかってる人がいる感じかしら?」

「なるほど、よってローテーション側が形勢的に不利ってことか」


 北宮の観察眼は確かだろう。

 心情的、人間は進んで困難に挑むようにはできていない。

 苦難に挑むような人種もいるが、可能であれば楽をしたがる生き物だ。

 なので、意識的に除外しているか、あるいは無意識かまではわからないが、成果よりも労力の少なさを選ぶ。

 それもまた判断基準の一つと言える。


「落としどころとか考えてるの?」

「まぁ、ある程度は。ただ言うのは終盤かね? この話し合いで大事なのは皆で決めたって要素だ。誰かが決めたからしぶしぶってのは、なぁ?」

「否定はしないわ」


 今回のことで大事なのは基盤をしっかりと全員で決めたという事実が欲しい。

 鶴の一声が必要な場合もあるが今はまだその時ではない。

 そんなことを北宮と話し合っている時、一人の人物が挙手する。


「あの! 一つ提案があります!!」


 それは片桐だった。

 一度も染めたことのないだろう黒髪を肩付近で切りそろえた彼女は、フンスと鼻息を荒くして堂々と発言権を求めた。

 騒めいていた場は一瞬で静まり、彼女の提案を静聴する場になる。

 場の空気を変える風となりうる彼女の発言に注目が集まる。


「両方というのはダメなのでしょうか!!」


 この発言はいったい誰に向けられたものかと言われれば、現状トップである俺に言われたものだろう。


「両方? どういう意味だ?」

「はい! 専門とローテーション二つを兼ね備えた案です!」


 その発言を確認するように聞いてやれば彼女はさらに続ける。


「一つのダンジョンを一つの班が攻略するのではなく、複数のダンジョンを複数のパーティーで攻略するのはどうでしょう!」

「ほう」


 そして彼女の言いだしたことに俺は感心する。

 へぇ気づいたんだと北宮も似たような言葉をこぼしている。

 新人たちは?を頭上に浮かべ混乱している様子。

 まぁ、言っていることはいたって普通なことで理解するのが難しいからな。

 片桐の言っていることは発想の転換というわけではなく、複数と言葉を濁しているからわかりにくいだけであって間違ったことは決して言っていない。


「詳しく、説明できるか?」

「はい!今稼働しているダンジョンは六つで、私たちの班は六つ。普通なら各班が一つずつ担当するのが妥当ですが、それだと予備戦力が足りません。なので三つのダンジョンを二つの班ずつで攻略していくのはどうでしょうか!」

「なるほどな」


 と俺は納得をしているが、内心では拍手を送りたい。

 片桐の言っていることは俺たちのパーティーが考えた内容そのままだ。


「ヘイ! どういうことだい?」


 ベニーはイマイチ理解できていない様子。

 理解しているのは半数と言ったところか。


「攻略するダンジョンを絞ることによって労力を減らします! そして攻略ダンジョンを『重ねる』ことによって対応力をカバーします」


 続けて説明する片桐に俺は黙ってうなずく。

 本来であればすべてのダンジョンを均等にクリアすることが求められるが、それはあくまで結果だ。

 ならそれを分担してもなんら問題はない。

 しかし、一パーティーで一つのダンジョンでは効率面と対応面で問題が出てくる。

 ならば、総合的にクリアできるようにしてやればいい。

 二つのパーティーで三つのダンジョンをクリアすれば労力は一・五倍ですむ。

 さらにそれを三構成作ってやればさらに対応力が上がる。

 仮に一構成が機能しなくなっても残りの班で対応ができるようになる。

 その結論まで行きつき、提案できるまでもっていく片桐の行動力に驚嘆するほかない。

 身振り手振りを交え説明する片桐の言葉に新人たちもなるほどと納得している。


「鶴の一声、あなたが出さなくていいの?」

「こういう言葉の出所も悪くないだろ?」

「そうね、自分だけ頑張り続けるのは疲れるしね」


 肩をすくめるような仕草を見せる彼女にそうだなと同意しつつ俺は手を叩き注目をこちらに向ける。

 この課の方針が段々と形になり始めている。

 となれば後は煮詰めるだけ。


「さて、方針は固まったようだ。なら、あとは何をするかの話になる。各自、攻略したいダンジョンの選択に移るぞ。そこから調整してこの編成を構築、次に攻略スケジュール表の作成、報告書の提出手順、決めることは山ほどある。手早くいくぞ!!」

「「「「「はい!」」」」」


 流れ始めた、こんなのはきっかけに過ぎないだろうが、ようやくうちの課が起動し始めただろう。

 他の課はいったいどうなのかと気になるところもあるにはあるが、今は置いておこう。

 この目出度い日に水を差すのは何か違う気がするのだから。



 今日の一言

 はじめの一歩って、なぜか踏み出しにくいが二歩目は割とあっさりだよな。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 将来「恨むよ次郎君」と実際に口に出しながら次郎と机を並べて書類仕事してる魔王様を幻視しました。
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