338 方針を決めることによって、詳細に決めることができる
会議の滑り出しは、予想通りではあるがあまり良いものではなかった。
何せ、この会社のこの課。
ダンジョンテスター自体設立されてまだ一年しかたっていない。
なのでノウハウというものはあるにはあるが十分とは言い難く、根拠になるほどあまり蓄積されていない。
そんな状況でいきなり専門にすべきかオールマイティにするかという今後の仕事環境を決めると言っても過言ではない二択の内容を決めるのは難しい。
全員が静観を選ぶのも納得できる。
「まず専門化することによって生まれるメリットから説明する」
最初から提案してくるような人物はいない。
何せ判断基準がまだないのだ。
まずは様子見という形で説明を受けるのに徹する。
「専門化というのは言葉通り一つのダンジョンの攻略を専門とすることだ。これによって、必要な対応力を削減できる」
専門にすることで一つのことに集中できることがこの専門化の最大のメリットと言っていい。
仮に鬼王のダンジョンを専門とするのなら鬼族の対応を学び、対鬼の専門になればいい。
他の五将軍のダンジョンは参考程度にとどめ、鬼に対するスペシャリストとなる。
「装備、能力向上のためのトレーニング、消耗品の扱い具合、ノウハウの構築、ローテーションを組むよりも上げやすく考えやすい」
そうすることにより教育、あるいは能力を伸ばす方向性もわかりやすくなり、自身に足りない部分を補いやすく、万能を目指すよりも短時間で結果を示すことができる。
「加えて、この会社の目的とも合致する。万能こそ可能なら求められるが、元来ダンジョンを攻略する際には専門家が揃う。それに準じて攻略すること自体は間違っていないどころか、正道ともいえる」
そのスペシャリストというのは過去のダンジョンの攻略の基盤になっているケースが多い。
竜を倒すのなら竜殺しの英雄が。
不死者を倒すのなら聖なる光を操れる聖職者が。
魔王を倒すのなら勇者と、いう風になっている。
逆に竜を倒すのに聖職者を向かわせる輩もいない。
不死者を倒すのに聖なる力を使えない戦士を送る輩もいない。
魔王を倒すために同じ王族を送り付ける輩もいない。
対応力こそ尖ってしまうが、それでも専門というのは現代に通じるものがある対応策ともいえる。
その説明を聞き、それなら専門でいいのではという風に納得し頷く新人がいるが、当然ながら専門にも欠点はある。
「逆に欠点を言えば、対応能力がそのダンジョンに特化することによって、非常時に他への応援ができなくなる」
そして専門によく付きまとうのがその対応力の低さだ。
建築業で働いている職人にフランス料理のフルコースを客に振舞えと言ってそれができるか。
保育士にいきなり競走馬の調教師になれと言って馬を育てることができるか。
陸上選手にいきなり遠泳をしてこいと言ってはたして何人ができるか。
作るという意味合いでも対象が変われば過程は異なる。
預かり育てるという存在でも対象が異なれば方法が異なる。
同じ運動選手と言っても、環境が違えば使う筋肉も異なる。
この一年ダンジョンテスターをしてきてわかったが、ダンジョンを変えるだけでその対応の仕方は大幅に異なる。
ただ戦えばいいわけではない。
鬼王のダンジョンに挑むのなら、鬼の数に抗わないといけない。
不死王のダンジョンに挑むのなら、ありとあらゆる呪いや病に抗わないといけない。
樹王のダンジョンに挑むのなら、自然を駆使した策略に抗わないといけない。
機王のダンジョンに挑むのなら、命無き機械だからこそできる命を捨てた戦いに抗わないといけない。
巨人王のダンジョンに挑むのなら、壮大な山脈に築かれた砦に抗わないといけない。
竜王のダンジョンに挑むのなら、万物の頂点に君臨すると言われる生命力に抗わないといけない。
もし仮に専門チームが動けなくて、別の班が対応に行かなければならない時にそれができないのは問題になり得る。
人数がそこまで揃っていない現状、専門にするのは万が一を考えると厳しいと思える一面がある。
「あのお、それの何が問題になるんでしょうか?」
そこまで説明して新人の一人が挙手し、先ほど言った欠点がなぜ欠点なのかわからないと言ってきた。
確かに俺も言い方が大雑把になっていたかもしれん。
「非常時というのは上層部から指示されたことに対応することだけではないのが現実だ。例えばこの課に所属する全員を仮にすべてのダンジョンに割り振る。そこで成績の差が出たとしよう」
欠点の具体的な例、というよりは想定される問題だ。
それも、あり得ないとは決して言えない類いの話だ。
「樹王のダンジョンの攻略は順調だが、不死王のダンジョンの攻略がうまくいっていない。そんなときは業務に余裕がある班が応援に行くべきなんだが、現状応援に行けるのは俺たち一班だけだ」
ダンジョンテストをするのは人間だ。
そこに差が生まれるのは仕方ない。
「だがここで、不死王のダンジョンだけではなく、鬼王のダンジョンでも問題が出たとしよう。俺たち一班は不死王の対処に忙しい。鬼王のダンジョンの問題を解決しなければならない。だが、残った三班はそれぞれのダンジョンに特化していてそのダンジョンの問題解決の補助はできても決め手にはならないというケースが生まれる可能性がある」
助けられないという状況は考えているよりも悪い条件だ。
助けられずその場で足踏みするということは悪循環が生まれる温床となる。
「時間をかければ一班が不死王のほうを解決し、鬼王の方の問題解決に乗り出すかもしれないが、それまでの間一班の業務は止まり、加えて問題が起きている二つの班の業務も遅れる。もう一班対応できればこの時間は半分になるということだ」
時間は気にしないという方針であるのならそれは目を瞑ることができるが、あいにくとこの会社は競争社会だ。
削れる無駄は削ったほうがいい。
「加えて、俺たちには得意分野と不得意分野がある。このダンジョンは得意であのダンジョンは苦手だという感じか」
そしてこれは専門だけではなくローテーションにも言える欠点だ。
ただ、専門の方が被害が大きいと言える。
先ほど挙手した新人はまさかここまで話が広がるとは思っていなかったのか、黙って俺の話を聞く。
「例えるのなら、この場にいる全員がホラー映画が苦手とする。ちょっとしたお子様でも怖がるような次元の話で考えると、この場にいる誰もが不死王のダンジョンに挑めないということになる」
専門にするというのは役割を決めるということ、そして決められた役割で結果を示さないといけないということだ。
「それを踏まえて誰かが不死王のダンジョンに就任するが、そこでは結果が伸ばせない。だが他の班と入れ替わるにも一から教育しなくてはならないという手間がかかる」
ローテーションなら苦手意識こそあれど最低限の訓練を積めているので一定のラインまで対応できるが、専門の場合一から学び直す必要がある。
その時間を良しとするかの問題だ。
「「「「「………」」」」」
最初のメリットを覆すようなデメリットを聞かされた新人たちは大いに悩んでいる様子。
それならローテーションのほうがいいのではと思い隣と相談している新人たちもいる。
「続いてローテーションする場合だが、メリットは単純に万能になるということだ」
悩む新人たちに申し訳ないがここで説明を止めるわけにはいかない。
「それはダンジョンへの対応力だけではなく、ステータスや思考といったフィジカルとメンタルの方面も含めて向上するということだ」
ローテーションするということは多種多様の経験を積めるということ。
一つのダンジョンに特化せず、他のダンジョンに挑むことによってありとあらゆる場面を経験し専門よりも多様性に富むことができる。
「経験の幅は大きくなるのは間違いない」
それがローテーションの最大のメリット。
「欠点に関して言えば、さっきの専門の逆だ。必要な知識は専門の六倍、対応能力も求められる。ステータスの上げる方針や、装備や消耗品に関しても費用がかさむだろう」
対してローテーションするにあたってのデメリットは仕事の量が圧倒的に増えるということ。
戦闘面でもそうだが、書類面でもそうだ。
全六種のダンジョンの改善策を模索し、報告書を提出。
それを期日を守ってやらなければならない上に。
「加えて言えば、他の課とも競争になるが、課内でも競争になり比べられる結果になる」
ローテーションするということは、全員同じことをするということ。
すなわちその成果に対して評価が生まれ、順位が誕生するということだ。
わかりやすく言えば、営業成績みたいなものだ。
売り込みという同じ作業であっても、評価に差は出るということ。
人によっては競争環境というのは好むものであるが、それが身内になるとあまり好まない人種もいる。
あまり仲の良くない相手となら競えるが、仲のいい人とは競いたくないという感情を持つ人は多々いる。
マイペースで仕事ができるのならいいが、比べられるのが嫌ならそれは避けるべきだろう。
ローテーションの大まかなデメリットはこれくらいか。
総じて手間が多いのがローテーション。
手間は比べて少ないが、何かあった時の対応に困るのが専門。
最終的に行きつくのは、すべて対応可能な領域に持っていく万能のローテーションだが、過程が違う。
総合的に上げていくか、順番に上げていくかの違い。
これから長くなる過程をどう進めていくかの問題だ。
「「「「「………」」」」」
それを承知してか、新人たちは沈黙するかと思えば、隣り合っている人とひそひそと話し始める。
何人かは俺以外の一班のメンバーに視線を送っている。
恐らくだが先に経験していた先輩の意見にのろうという魂胆なのだろう。
その判断自体は間違っていないが、可能なら避けてほしい思考だ。
あの人が言ったから間違いない。
失敗したくないという考えは自然な発想である。
なので海堂たちはその視線には応えないように言ってある。
俺たちはローテーションでやってきた。
一通りのダンジョンには挑み、ある程度の実績も残してある。
だからこそ『俺たちができたからお前たちもできる』という無責任な言葉を残したくはない。
ここで悩みしっかりと選択してほしい。
「さて、大体説明が終わった。時間もいい具合だ。十分ほど休憩してからさっきの話の続きをしよう」
だからこそここは一旦間を置く。
一度時間を置くことによってゆっくり考えてほしい。
新しいアイディアもその時に生まれるかもしれない。
俺の言葉で会議室から退出する者、その場に残り話し合いをする者と分かれ、会議室内は多少閑散とする。
「さて、俺たちも話し合いをするか?」
「と言っても、ぶっちゃけて決まったようなものっすよね?」
俺も壇上から一旦降り、海堂たちに今後の方針の話をする。
この議題に関しては俺たちパーティーの方針は一通り固まっている。
専門を選ぶにしてもローテーションを選ぶにしてもはっきり言えば俺たちの行動はあまり大差ない。
なので俺たちは気軽に話し合える。
「そうでござるねぇ、海堂先輩の言う通り決まるとは思うでござるが」
「もう一工夫欲しいところよね?」
「う~ん、今のままでもいいかもしれないけどネ?」
「はい、ですけど直せるところは直していったほうがいいですから」
聞き耳を立てる新人たちには悪いがここで明言は誰もしない。
何か参考になればと思っている新人たちは、揃って俺たちの会話に集中しているが、さてそんなことで貴重な休み時間を消費するのはいかがなものか。
「さて、気づく奴はいるかね」
そんな言葉をつぶやくと海堂たちは揃ってさぁと首を傾げるのであった。
今日の一言
出だしの最初が一番重要って言われることって多いよねぇ
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




