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337 未来をつかみ取れたということは、努力が実を結んだということ

新章突入、田中課長爆誕です!

 前の会社にいたころなど正直上昇志向など欠片もなかった。

 出世すれば責任が増えるし、より面倒な人付き合いが増える。

 下の面倒を見ないといけないし、上の無茶振りに応えないといけない。

 その割に上がった給料は雀の涙程度。

 それが俺の中での昇進という偶像であった。

 実際は違うかもしれないが、先入観はそんなものだった。


「ああ、聞こえてるか?」


 だが、この会社に入ってその印象はがらりと変わった。

 この会社の向上心と言うべきもの。

 一つの目標にめがけて誰もがまっすぐ進み、それを引っ張り上げる組織の上層部の面々。

 型破りで、独善的で、頑固の部分が多々目立つような面々であったが、それでも今まで見てきたどの上司と比べるのもおこがましいほど頼り甲斐があり、そして超え甲斐のある面々だった。

 そんな存在たちに俺は今日、一歩近づく。

 普段の装備ではなく、新調し、少しどころではなく、オーダーメイドで作った高級品のスーツに身を包み、スエラたちが選んでくれたネクタイを締める。

 サラリーマンという存在であれば、最高級の装備に身を包んだ状態だ。

 この場に立つとき緊張するかと思ったが、意外とそうでもなかった。

 冷静に考えれば社長に辞令を受けた時のほうが緊張もした。

 今更あいさつ程度でなにをという話。

 ずらりと並ぶ面々。

 今この場にいるのはダンジョンテスターの新人だけではない。

 この課、ダンジョンテスター一課を補佐してくれる魔王軍の面々もいる。

 多種多様な種族の事務員に、個性豊かな商店街の面々、はたまたこの日のためだけに一番強烈な将軍が三人も来ている。

 鬼王、不死王である両教官は来るとは思っていたが、まさかアミリさんまで来るとは思わなかった。

 しかしエヴィアはあいにくと来られなかった。

 将軍三人が来ている段階で公平性もくそもないが、彼女曰くあまり贔屓しすぎていると他の二課と三課に不平不満が溜まるとのこと。

 教官としれッと並んでいるアミリさんを極寒も暖かいと思えるような冷たい目で見ながらそう言っていたのが印象的だった。

 さて、そんな豪華な面々が並ぶ、我らが一課。

 その始動に当たって本日は慣れない挨拶を俺がしないといけないわけだ。


「本日から、ダンジョンテスター一課の課長に就任した田中次郎だ。この場にいる面々は俺の顔を知っていると思う」


 海堂たちいつものパーティーメンバー。

 ベニーたち新人たち。

 スエラとケイリィさんといった魔王軍の面々たち。

 メモリアとハンズの商店街の面々。

 ヤジが飛んでくるかと思ったが、意外と真剣に聞いてくれている事実に驚きつつ話を進める。


「本日より、新体制でのダンジョンテストが開始される。と言っても新体制になるのは俺たち一期生のみで、新人諸君に関して言えばこれが通常ではある」


 この場にいるのは俺たちパーティーメンバーと他の課よりも若干少なく新人が三十人。

 事務員にケイリィさんを筆頭に十人。

 メモリアたち商店街メンバーは多種多様の店長が十八人。

 そして将軍三名。


「そんな環境の中で俺たち一課が目指すはもちろん! 誰よりも早いダンジョン攻略!」


 そんなメンバーがいる中で、俺は右手の人差し指を天に掲げ宣言する。

 その宣言にニヤリと笑みを浮かべる教官とアミリさん。


「先に言っておく、これは夢物語でもなんでもない。やらなくてはいけない仕事だ。だが、ここにいるメンバーならできると俺は確信している!」


 熱くなる気持ちを抑えても、込みあがってくる感情。

 ガラにもなく熱くなっている自覚はある。

 だが、ここで言っておかなければならない。

 何事も無理だと思われるのが一番厄介だ。

 初めてのことで緊張し失敗し苦手意識を植え込まれるのが一番面倒だ。


「失敗してもいい。その時は皆で話し合おう。立ち止まってもいい。また前に進みだせばいいだけのこと」


 だからこそ先にこの言葉を投げかける。

 失敗は恥ではない。

 苦労も恥ではない。

 恥なのは、諦めることだ。


「自分一人でできないなら、仲間と一緒にやればいい。ここはそういう場だ。誰か一人に背負わせる場所ではない」


 一人でできることなどたかが知れている。

 個が突出することはあるが、ワンマンチームはいずれ瓦解する。

 それを防ぐには盤石な土台が必要だ。


「それを承知で業務にあたってほしい」


 それを作るには俺一人では不可能だ。

 下手には出ないが、見下しはしない。


「俺は、そのつもりで皆と仕事をやっていくつもりだ!」


 ここから先、俺は前の会社にいたような嫌な上司になるのか、それともその背中に憧れを抱いてくれるような上司になれるか。

 たった今、この場所が分岐路だ。

 どっちの道に進むかは俺の行動力次第になる。


「俺からのあいさつは以上だ」


 それを覚悟し締めくくれば、拍手が聞こえる。

 全員が手を叩き、祝福してくれている。

 その祝福を無駄にしないよう、業務に当たらねば。






「いやぁ、さっきの先輩のあいさつ迫力あったっすねぇ」

「で、ござるねぇ」


 ここから業務開始だ。

 挨拶が終わった後、大会議室にダンジョンテスターたちが残り、他のメンバーは退出。

 ケイリィさんたち事務員は、そのままオフィスに移り事務作業を、商店街のメンバーは店に戻る。

 スエラも本格的に産休に入るためヒミクと部屋に戻った。

 教官たちは笑いながら退出していくのを見送った。

 そんな感じでダンジョンテスター一課の出だしは上々。


「そう言ってもらえるなら、真剣に考えた甲斐はあったってことかね?」

「お、先輩お疲れ様っす」

「おう、お疲れ」


 最後に教官たちを見送った俺が戻るころには大会議室を目いっぱい使う形でテスターたちが座って並んでいる。

 そのまますたすたと歩き、海堂たちの脇を通り上座にある先ほど挨拶していた壇上へと上がる。


「ええ、改めてあいさつをってのもどうかと思うが、何事もけじめは大事ってことで、皆おはよう」


 ここにいるメンバーは皆年下。

 なので敢えて敬語は使わず、フランクな感じで挨拶すれば挨拶が返ってくる。


「先日会社からの辞令によって、ここにいるメンバーがダンジョンテスター一課というくくりになる。一課と言っても成績優秀者が集まったとかそういうわけではない。上層部がただ単純に振り分けただけで配属されたのが一課というだけだ」

 

 ただ、そこに俺の希望がないと言えば若干ウソになる。

 事前に課長になる面々に欲しい人材はいないかどうか希望を聞かれ、ほか二名は能力を優先し一期生の選択権を、俺は新人の優先権をもらった。

 海堂たちが引き抜かれそうにもなったが、パーティーメンバーということでごり押しでそこは譲らなかった。

 代わりにうちの課は若干であるが他の課よりも人数は少ない。

 量より質を取った形だ。


「そこんところ勘違いしないように。今は他の課と成績は一緒。差がつくのはこれからだ」


 前置きとして、現状の認識の共通化から始める。

 下手に拡張して伝えて、変なプライドを持つとそれに胡坐をかいて失敗するのが人間というもの。

 貪欲になるのは結構だが傲慢になるのは勘弁。

 ただ、その心配は杞憂なようで、そうなのかと考えを改めるものもいるが、大半は知っていると頷くものばかり。


「一課に配属されたテスターは、俺たち一期生を含め三十六人。なのでうちの課は各班六名計六班の編成で行動してもらう。編成に関しては手元の資料を見てくれ」


 そして壇上の下で控えていてもらった南に目配せすれば、了解とサムズアップし俺の背後に資料内容が映し出される。


「基本的に新人研修中に組んでいた班をくみ取った形の構成になっている。ただ、今回の辞令で班が別々になった人員もいるのでそれをこちらで能力に鑑みて班に組み込んだ形だ」


 班ごとの名前が記載され、その後ろにはポジションといった簡易的な情報を載せてある。


「もちろん。この資料は社外秘であり、他の課にも見せるのは厳禁だ」


 無論この情報は競争を定型化した状況にあるこの環境では重要な情報となる。

 だれがどのような形でダンジョンを攻略し、成功しても失敗してもそれは貴重な経験になる。

 本来であれば身内同士、情報を共有しないといけないだろうが、上層部はそれは課内だけで済まし、課別では望んでいないように感じられる。

 意図的な競争環境を整頓されていると説明されていても、実際に目の当たりにすれば感じてしまう。


「続けていくぞ、一班は俺たちのパーティー月下の止まり木だ。二班はベニーたちの班だが、この班には片桐とイシャンを加えさせてもらった。新人研修の時も何度か組んでいるようだったしな」

「問題ないよ! 僕に任せてくれ!」

「頼むぞ」


 そんな環境下では少しでも情報統制というのが重要になる。


「三班は加藤、お前たちだ」

「ああ! 俺たちにまかせてくれ!」

「お前たちも五人だから一人加えようと思ったんだが………藤繋がりがいなくてな。ただ、研修時に組んだ浜松を選ばさせてもらった」

「彼なら問題ありません!」

「そうか、続けて四班だが………」


 なのでこういった細かな情報まで気を配る必要が出てくる。

 資料を読みつつ、今後誰と組むのか、それを判断するのは現場かもしれない。

 しかし、最終的な許諾は、今後は俺が出さないといけない。


「以上になるが、一班を除き、他の班は現在は試用段階だ。問題が発生すれば変えていく方針なのでいろいろな意見を上げてくれ」


 人間関係というのは長い目で見ないといけない。

 もしこの場で誰と誰が一番最高の組み合わせだというのがわかるのなら話は変わるが、そんなもの神様にでもならないとできはしない。

 今度は責任を負う立場になったのだと、自覚しながら話を進めると手が挙がるのが見えた。


「課長! 質問よろしいでしょうか!」

「おう、お前は………初瀬はせか。なんだ、言ってみろ」


 課長という呼び慣れない呼称にむずがゆさを感じつつ、挙手する大卒の女性に許可をだす。


「私たちは今後どのようにダンジョンを攻略していくのでしょうか。手元の資料には、軽い方針程度しか記載されていないのですが」

「いい質問だ。各自、自由にと言いたいところだが、ある程度は機能的に攻略していかないと効率的にはならない。だが、作業になっては新しいアイディアも生まれづらい」


 なので今は手探りで行く。

 失敗もいい経験。

 先の未来、あの時はあんなことで失敗したなと酒の席で笑い話にできれば十分だ。


「当然、他の課も攻略し俺たちが考えつかないような改善策を持ち出すかもしれない。なのでここで一つ、皆で話し合おうと思って軽い方針しか記載しなかった」


 ただ、一つ願うことなら。

 誰かに言われたからやるのではなく積極的に自発的に何かをやれるような環境を目指したい。


「なので、一課最初の仕事はこの議題を解決してもらおう」


 笑いながら、南にスクリーンを操作してもらいあらかじめ用意していた内容を表示してもらう。


【ダンジョンを攻略するにあたって専門化すべきかローテーションすべきか】


「勝、アメリア、北宮、皆に新しい資料を配ってくれ。ほかの者は俺の話を聞いてくれ。この議題は人数が増えたからこそできる話だ。過去の俺たちは人数が少なく、好き勝手にダンジョンを攻略し貢献してきた。それが今の会社の状況だ」


 勝たちが紙の束を持ち新人たちに配っていく最中。俺は軽く経験談を交えながら説明していく。


「会社の方針的にはそれでもいいかもしれないが、できることならより上質な仕事をしていきたい。なので、まず課の方針としてこの選択をしてもらう」


 簡単に説明すれば、一つのダンジョンに対して専属でパーティーを当てるか当てないで均等に攻略するべきかの判断だ。


「どちらにもメリットもデメリットもある。先に俺たちのパーティーで考えた内容は資料に書いてある。どちらかの立場に立って考えた内容だ。それを含め考えてほしい」


 渡された資料を読み始める新人たち、配り終えてから俺はその資料を映し出してもらい説明していくのであった。

 他の課はもしかしたら初日からダンジョンテストに励んでいるかもしれない。

 ただ我武者羅にやるのも悪くはないだろう。

 だが、これが俺たちのやり方だというのを貫いてもいいのではないか。


「まず最初に専門化のほうからだが」


 何もかも手探り。

 それが新しいステージに登るということ、慣れないことをやるというのは失敗がつきものだ。

 だからこそ自棄にならず、慎重に進んでいく必要がある。

 独裁にならないように注意し、常に他者の意見に耳を傾けられるように。

 そして、ここにいる全員を引っ張れるような存在を目指す。

 それが、俺の理想の上司だ。



 今日の一言

 反面教師を糧にできる機会が回ってくることもある。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 藤繋とはなんでしょうか?
[一言] 専門特化部隊か多用途汎用部隊かどちらも能力が高ければ、大抵の状況に対応できるけど、新人が多い場合は、育成しないと使えないし、育成したらエリート部隊に引き抜かれて、努力が水の泡になることもある…
[一言] いよいよ田中課長」がスタート! 先のイスアルの話も絡んでくるだろうし、益々面白くなりそう!
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