336 大人になるという言葉の意味はひとそれぞれ
大人になる。
これは人によって良い意味とも悪い意味とも取れる。
良い意味で例を挙げるのなら、責任感を自覚したり、独り立ちし生活しているという意味があったりする。
では、悪い意味での大人になるとなれば何が挙がるだろう?
パッと思いついた限りなら、酒におぼれ、ギャンブルに身を染めといった大人になって解禁されることに依存したりとこんな大人になりたくないという言葉が発せられるような内容だ。
では、なぜ俺がこんなことを考えているかと言えば。
「へぇ、江川君はもうすぐ昇進するんだ」
「ああ! 上層部が俺の実績を認めてくれてね。いやぁ、うれしい限りさ!」
話の内容が仕事仕事仕事、学生の頃はおいしい食べ物の話や誰がカッコいいとか、誰が可愛いとか、あのアイドルはどうか新曲聞いたか? などプライベートの話ばかりであった。
こういう、会話の内容の変化でも大人になったなと自覚するのではないだろうか?
しかし、皆大人になったものだ。
プライベートの話よりも仕事の話ばかり………なんだかむなしいなぁ。
あいにくと俺は仕事の話をすることはできない。
いや、できなくはないのだが。
「そういえば、田中君って今どんな仕事してるの?」
「あー建築業? だな」
大半の業務内容が社外秘なため、ダンジョンの改善作業やってますなどと言えるはずがなく。
自然と言葉は濁す形になる。
建築業、うん間違っていない。
作っているのがダンジョンなだけあって、作るよりも戦闘による破壊行為が多いけど、やってることは建物の欠陥を探しているような作業だ。
業種的には警備業ではなく建築業で間違っていない、はず。
「へぇ! ビルとか建ててるの?」
お酒が進み、場の雰囲気が明るくなり始め、右隣に花菱さん、左隣に江川が配置され仕事の話の流れになり、俺が今何をしているか聞かれ答えた職種に花菱さんは楽しそうに声を上げる。
「どこの会社? もしかしたら俺の会社と繋がりあるかもしれないし」
話題的に乗りやすいのだろうか、江川も話に乗ってくるが個人的には勘弁してほしい。
これ以上話を掘り進められるといずれぼろが出そうだ。
「ああ、いや建てるとかそっちの現場じゃなくて、設計? 関係と言えばいいかな、建築物の構造の欠点とか安全性を上げる課にいるんだ」
間違ってはいない。
建てるよりも壊しているケースが多いが、ダンジョン内で防備の薄いところを指摘することで構造上攻めにくくし防衛側の安全性を上げている。
「【MAO Corporation】って聞いたことあるか? そこで働いてる」
そして表向きは貿易業を営んでいるわが社。
それを知っているかどうかはわからないが、一応名乗っても問題はない。
その部門の中に建築部門があることを匂わせることによって誤魔化す。
「ああ!あの会社か! 新規参入にもかかわらず独自の市場をもって利益を生み出しているってもっぱらの噂だ」
うちとはかかわりはないが知っていると興奮しながら語る江川の言葉に苦笑を浮かべる。
ああ、確かに独自の市場は持っているなぁ。
異世界だけど。
そんな常識にとらわれない資源ベースがあるからなぁその噂も間違いではない。
社内での噂じゃ、今度は日本政府と相談して太平洋側の海上に石油ベースを作って、魔王軍では使っていない石油をそこから輸出しようって話になってるらしいなぁ。
金があることには越したことはないだろうが。
どこまで利益をたたき出すつもりだと溜息を吐きたくなる内心を表情におくびに出さず、そんな噂になっているんだとしれっと言う。
興奮するようにというよりは、良い話を聞けたという感じに話に乗ってくる。
「その会社なら私もお客さんから聞いたことあるよ。いろいろな国の人材をスカウトしてるとか」
「花菱さんは美容室で働いているんだっけ?」
「そう、だからいろいろな話が意外と聞けるんだ」
そして、俺は俺で今の会社が世間的にどういう評価を受けているのか聞けるいい機会でもある。
江川に同意するように花菱さんも知っていると言う。
「でも、変なチラシを使ってるって話も聞いたけど、それって本当?」
「ゴホっ!?」
だから気軽に聞いて酒を飲もうとしたタイミングで、あのチラシの話題が出てついむせてしまった。
今はやっていないが、過去のリクルートの時にやった痛い思い出が胸を刺す。
「う、うちの会社のマジック関係のことか? 特殊なやつでな、一定の手順を踏まないと書かれた文字が見えないってやつでな」
うん、嘘は言って………いるな。
一定の魔力適正がなければ見えない奴だからな。
どんなにやろうとしても適性がなければただの紙。
「へぇ! 面白そう! それって買えるの?」
花菱さんは無邪気に面白いと言ってくれるが、あいにくとその気持ちに応えることはできない。
「モニターテストして、あまり使い道がないことがわかってね。あいにくと売り物にはなっていないんだ」
「残念、面白そうだったのに」
かなり配ってはいるが、適性がなければただの白紙だ。
気づかれることはないだろうと思いつつ、酒を飲む。
「ああ、もう、お金ないから新作のバッグ買えないよ。結構好みなのに~」
「もう、めぐみ。いつも無駄遣いばかりしてるからそうなるのよ。もう少し貯金しなさいって」
「給料低いのが悪いの! もう少しくれたらバッグも買えたし、貯金も増えてたわよ!」
そして、お酒の力というのは時には場の流れとは関係ない話題を引っ張り出す。
いきなり愚痴のように欲しいものが買えないと言う向かいの席に座っているクラスメイト。
仲が良いなと思いつつ、元々物欲がそれほどない俺はそういった悩みとは無縁だ。
ゲームとかも流行りの物はすぐに買うのではなく、その流行りものが古くなって安くなってから買ったりしてた。
酒を飲むようになっても安酒がメイン。
唯一お金を使ったのは剣道の道具くらい。
最近では金回りがいいため、仕事だから必要だと思えば即金で買うし、スエラたちのプレゼントで物を買うこともある。
ただ、自分のために買うということはあまりない。
ブラック勤めで使う暇がなさすぎたという悲しい現実もあったが。
「それは言い訳だよ?」
「わかってるよそんなこと!! というより、文美は私より稼いでるから貯金とかそんな言葉が出てくるんだよ!!」
「それは関係ないと思うけど」
ただまぁ、ここまで浪費家ではなかったと思う。
「う~、そう言えばみんなはどれくらい稼いでるのよ」
そんなことを眺めている俺と江川と花菱さんだが、口では勝てないと踏んでか、矛先はこっちに向かってきた。
「俺は八百万くらい、かな?」
「そんなに!? ねぇ、沙穂は!?」
「私はそんなにもらってないよ? 半分もいかないかな」
「それでも十分じゃん!」
そしてこの場では一番自信があるのか、江川が最初に答えてきた。
さすがにはっきり言うのには抵抗があったのか、花菱さんは濁すような感じで伝えてきたが、さてどうしたものか。
江川と花菱さんが答えて俺だけ答えないのは場の空気的に悪い。
「それで田中君は?」
「答えんとダメか?」
「ダメじゃないけど、気になるじゃん!!」
酒の勢いもあるだろうが、正直答えたくない。
こういう話はマナー的にはダメなんじゃないかと?思いつつ、鬼の宴席でマナーなどあったかと振り返ってしまいそう言えばなかったなと少し常識がずれた結論を出した俺はたぶん酔っていたのだろう。
そうなれば、どう答えるのが無難かと考える。
正直に答えるのはまず間違いなくアウトだ。
昨年の年収、それこそ手取り額を答えれば、軽くどころか圧倒する勢いで江川の年収を上回れる。
それはまずい非常にまずい、どうまずいかという理由が思いつかないほど、勘が囁いているそれは地雷だと。
「………想像に任せる」
「ええ!いいじゃん減るもんじゃないし、江川君も沙穂も言ったじゃん」
「ええ、私も気になるわ。ねぇ相模さん」
「え!? まぁ、私も気にならないと言えばうそになるけど」
しかし、天は敵に回ったようだ。
正直に話した江川はもちろん、この席にいる女性陣三人も敵に回ってしまったようだ。
ならば、ここは恥辱にまみれることも覚悟し。
「五百万に届かないくらいだ」
チラシに書いてあった月収に少し色を乗せた。
俺くらいの年齢だと結構稼いでいる方の金額だし、そこまで違和感のある額ではない。
一回、言い渋ったことにより江川に負けているからという理由で、言い渋ったと思われるかもしれないがそれは仕方ない。
「うそ、だね」
「嘘って」
「だって田中君、一回考え込んだもん」
そう思ったのだが、そうは問屋が卸してくれなかったようだ。
鋭いとじっとこちらを見る花菱さんの目を見ながら俺が口にした年収を嘘だと断定した。
いや、嘘でもそうだねぇって同意してくれればすごく助かったのだが。
「いや、別にウソってわけじゃ」
「そうかな? 私結構、嘘には敏感だよ? お客さんと会話してるときも、なんとなく嘘だなぁって思うこともあるし」
花菱さんの思惑はどうなのかわからない。
ただ。
「ねぇ、どうなのかな?」
甘く、囁くような蠱惑的な声色が俺の耳に届く。
ゴクリと誰かがつばを飲み込むような音が聞こえる。
昔の俺ならどきりとした仕草であるが。
「さてな、さっき言ったのが俺の年収だ。変わらない」
あいにくと色仕掛けにかかるような初心さもなければ、女に飢えているわけでもない。
そっと寄せられた体に反応するわけでもなく、ただ淡々と対応する。
「そっかぁ。残念、外れたか」
「ああ、残念だったな」
そのやり取りにして数秒、さっと色気を消した花菱さんはすっと距離を離し、カクテルを口にした。
先ほどまでのやり取りはなんなのか、と考えつつもさして気にする様子は見せない。
昔ならあんなやり取りをすればドギマギするか、いったいなんなのかと考えこんで酒の味などわからなかっただろう。
それが今では緊張することなく捌けてしまう。
随分と擦れてしまったなと思いつつ、苦笑を一つ。
対面に座る二人も、隣の江川もさっきのやり取りはなんだったのかと、じっとこちらを見ているが、俺はそれ以上は言わなかった。
「いいのかい?」
「聞こえただろ、俺には婚約者がいるんだ。ここで浮気でもしたら目も当てられない」
「彼女、俺の誘い断ったんだぞ?」
ただ、江川だけが一言俺に聞いてきた。
何かとは聞き返さない。
さっきの距離感で、花菱さんの行動が何を意味してたなど分からないはずもない。
現在勝ち組の江川から見ても、もったいないと言わざるを得ないのだろう。
「そいつは、ご愁傷様」
そして、少しだけ優越感に浸った俺は、先ほどよりも少し旨いと感じる酒を呷る。
「うわ、沙穂を振った男、初めて見た」
「私も」
「私も振られたのは初めてだわ」
酒の席での冗談かはさておき、何か信じられないものを見たと思ったクラスメイトの女性陣。
「沙穂を振れるほどの田中君の婚約者、どんな人なんだろう?」
「う~ん、すごい美人とか?」
「そんな理由で断られるのなら納得だけど、それはそれで複雑ね」
その次なる興味対象はこの場の空気を作り出した俺の婚約者の存在。
「俺も気になるな、写真とかないの? 田中」
「あー写真なぁ」
その話題に江川も加わることになり、今度も問い詰められることになる。
さてどうしたものか。
ここまでグイグイ来るような場所だっけ?と思いつつスマホの中身を思い出す。
スエラはコスプレと勘違いされるか?
メモリアは人間に近いが、そういった趣味と勘違いされそう。
ヒミクは翼があるからか無理。
となれば、先日に撮ったちょうどいいのがあるか。
「あるにはあるな」
「え! 気になる! 見せて見せて!」
「まぁ、いいか」
そして俺はスマホを操作し、とある写真を見せる。
「ほれ」
「うわ、沙穂よりも美人」
「めぐみ? あとで話があるから」
「外国の人?」
「どこで知り合ったんだよ、こんな人と」
それは先日エヴィアとデートした際に撮った写真だ。
表面に幻影を纏っているために、写真でも人の姿に見える。
ぐうの音も出ないとはこのことか。
花菱さんの誘いを断る正当な理由として、二人で肩を寄せ合い自撮りしている写真は効果的なようだ。
「秘密だ」
肩をすぼめて江川に返してやれば、この野郎と笑いその意趣返しかは知らんが、江川は同窓会メンバーを集め、写真を見せ。
そしてワイワイと騒いでいるうちに気づけば俺は美人の嫁をゲットした勝ち組野郎として男のクラスメイトから絡まれるようになった。
「次来るときは美人の嫁さん連れてこいよ!!」
「気が向いたらな」
「絶対だ! そして、その美人の嫁さんの知り合いを紹介しろよ!!」
そして時間が経つのは早い。
気づけば同窓会は終わりが近づき、二次会の話も出た。
しかし、俺はそこで終わり、江川からも誘いの言葉があったが、そこには花菱さんの姿もありこれ以上絡まれるのは面倒だったので断った。
田所の叫びを背に受け俺は同窓会を後にした。
久しぶりの普通の宴会。
鬼もいず、不死者もいず、悪魔もおらず、堕天使もおらず、魔王もいない。
なんともトラブルもなく平和な飲み会だった。
これからもっと飲むだろう人たちとすれ違い、駅へと向かう。
「楽しかったと、思うが、少し物足りなかったって思うのは染まりすぎたか」
そしてふと今回の同窓会の総評が口から出る。
無難に過ごし、無難に終わる。
それが当たり前で、それが日常というもの。
そんな風景に物足りなさを感じてしまった俺は、一体全体どうしたものか。
「うん、なんとなく、教官たちが型破りになった理由は分かった気がする」
そんなことを感じることとなった同窓会。
そしてゴールデンウィークが終われば、今の日常になったファンタジーがやってくる。
そうなれば、この日常が恋しくなるのだろうか。
それを考えるのもまた、乙なものだ。
「それがわかっただけでも、来た甲斐はあったな」
そう締めくくり、ほろ酔いのまま帰路に就くのであった。
今日の一言
日常の再確認というのは重要である。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
この話で今章は終了となります。
次回から新しい章に突入します。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。