335 昔を思い出すと今とだいぶ違うことに気づく
同窓会。
学校とかのクラスメイトが集まり、現状報告したり、時と場合によっては出会いの場になったり、昔話に花を咲かしたりと、まとめて言えば交流の場だ。
俺は一回参加したことがある程度で、そこまで詳しくないが他も大して変わりないだろう。
当時は酒の味を覚え始めたころ。
前の会社に入社する前、大学生だったころに高校時代の同窓会に一回参加した。
それからご無沙汰であった。
今回も高校時代の同窓会で、同じ大学だった奴に三十歳になる前にやろうというやつがいて、回りに回り俺のところにも声がかかった。
はじめは断ろうかと思ったが、スエラに見つかり、どうせなら参加してきたらと言われ彼女たちのコーディネイトのもと、私服を見繕いやってきた。
「なに話せばいいんだ?」
そこで一つ問題が。
場所は普通の居酒屋だ。
一階が個室やカウンター席になっており、二階が宴会場だ。
メールで知らされた開催場所はここで間違いないはずだ。
ただ、かれこれ六、七年振りなため俺のことを覚えているか不安になり。
どうやって入るかと悩んでいると。
「お! 田中じゃねぇか!! 久しぶりだな!!」
「あ? ああ、田所か」
背後から声がかかる。
田所、確か高校生の時は野球をやってたやつだったと思う、クラスメイトでもあったし部は違っても運動部ということで仲はそれなり。
大学生のころにあった同窓会の時はまだ筋肉質でシュッと細身だったはずだが。
「太ったか?」
「いやぁ! 三十手前になればこんなもんよって、田中、お前すげぇ筋肉してんなあ!! どうなってんだお前の体。なぁ! 小暮も触ってみろよ!!」
今ではびっくりぽっちゃり系の仲間入りだ。
ポンポンと腹を揺らす仕草が月日の残酷さを物語っていた。
スポーツ少年のトレードマークの坊主頭も伸ばし、パーマもかけ茶髪に染まっている。
おかげで一瞬誰かはわからなかったが、面影はあったのでなんとか正解。
バシバシと俺の肩を叩き俺の体が硬いことにさらに驚いて隣にいた男にも声をかける。
隣を見れば俺よりも頭一つ分背が高い男。
ずっしりとした体格に、四角い顔。
そして角刈りに鋭い目つきと、どこの自由業の方ですかと聞きたくなる風貌だが。
「いや、うん、僕は、いいよ」
「声が小さいのは変わってないな。うん、久しぶりだな小暮」
「田中君も久しぶり」
「この年で君付けは止めてくれよ」
「あ、ごめん」
「まぁ、いいけど」
おどおどと気の弱さを垣間見させる。
田所と小暮、高校時代は二人でバッテリーを組んでいた。
小暮がピッチャーで田所がキャッチャー。
強引な田所が小暮を引っ張り、あと一歩で甲子園にもいけるという所まで行った、俺たちの学年ではちょっとした伝説のコンビだ。
「まぁ、こんなところで立って話すのもなんだ。中に入ろうぜ」
「ああ」
「うん」
そして人を引っ張る気質は変わらないようで、堂々と店の中に入っていく田所の背中を追っかけるように俺と小暮も中に入る。
時間的には少し早めに来たつもりであったが、幹事もそうだがちらほらと何人か来ている。
その何人かと話していると時間は過ぎていき、次々昔なじみが集まる。
「あ、おいおい、見ろよ田中」
「あ?」
「花菱さんだぞ、覚えてるか?」
「………ああ、花菱さんか。覚えてる覚えてる」
そして流れ的に田所たちと一緒に座り話していると、新しく入ってきたメンバーを目ざとく見つけた田所が嬉しそうに俺へと話を振ってきた。
花菱さん。
前回の時もいたので顔に見覚えがある。
高校時代は、クラスで一番かわいいと評判の女の子。
その容姿は今も健在で、ウエーブのかかった茶髪に淡いピンク色の唇、くっきりと開いた目に、白肌と歳を重ねたことによって色気も出て、美貌にさらに磨きをかけたように感じる。
「知ってるか田中」
「知らん」
そんな彼女がこの場に来ていることによって他の男どもの態度が一変した。
キョロキョロと忙しなく視線が彼女のほうに集まるようなことはないが、自然を装って彼女に視線を向けようと浮き立っているのがありありとわかる。
男の一瞬、女から見ればガン見という言葉を知らないのかと思いつつ、何を言いたいかと思っていることにあたりをつけている俺は田所の言葉にざっくりと返す。
「花菱さん、まだ独身らしいぞ。彼氏もいないらしい」
「ほう、あんな別嬪さん放っておくなんてお前ももったいないことしてるな」
あれから数年、彼女ほどの美貌があるのなら彼氏や夫がいてもおかしい話ではないが、いまだ独身らしい。
あるいは何かあるのか?
理想が高いか、それとも結婚願望がないのか。
はたまた、と色々邪推するのは簡単だが、口には出さずにそれ以上も考えない。
「うるさい。俺じゃ釣り合わないってのはわかってるんだよ。それに、ここに来る男の大半は花菱さん目的で来てんだぞ、文句言うなよ」
「だろうな」
他の女性陣も化粧とかしっかりしていて十分に可愛かったり綺麗に見えるが、花菱さんだけは頭一つ抜けている。
会話している仕草もお淑やかで、と男心くすぐるには十分だ。
恐らく何人かは淡い希望というものを抱いているに違いない。
ただまぁ、一つ言えるとすれば。
スエラたちのほうが可愛いし、綺麗だ。
惚れていることを贔屓目にしても、彼女たちの方が美人であるので俺はあくまで他人事で済ませている。
「なんだよ、田中反応悪いな」
「あいにくと嫁さんいるんでね。嫁さん以外の女に反応できんのさ」
「お前結婚したのか!?」
「声でかい」
美人に反応しないその態度がおもしろくないのか、田所は不満気に俺に聞いてくるので俺は素直に理由を話す。
そうすれば、今度はバラエティ番組に出演するお笑い芸人かと言いたくなるくらいにオーバーリアクションをしてみせる田所。
耳元で叫ばれた俺が顔をしかめればすまんすまんと田所は謝ってくる。
竜の咆哮と比べれば人間の叫びなど煩わしい程度で済むので、気にせず続ける。
「………正確には婚約者だな。年内には式を挙げる予定だ」
四人いることは伏せ、婚約状態だと伝えれば田所は得心がいったいう風に腕を組み大きくうなずいた。
「はぁ、それなら花菱さんに反応しないのも仕方ないかぁ」
「お、おめでとう田中君」
そしてたまにしか会話に参加しない小暮は素直に祝ってくれるので俺も素直に礼を言う。
「ありがとう、小暮」
そんな反応すれば自然と注目が集まるも、タイミングよく新たに登場した人物が雰囲気をかっさらってくれた。
「っげ、あいつ来れたのかよ」
ただ、登場した人物は田所にとっては面白くない人物のようで、少し眉間にしわが寄っている。
さて誰が来たかと視線を向ければ。
「ああ、江川か」
そこにはブランド物を品よく着こなす美丈夫がいた。
モデルのようにすらりと足が長く、食事のバランスを考えているのかほっそりと引き締まった体。
入り口付近にいた女性のクラスメイトに笑顔で挨拶する甘いマスク。
高校時代もそうだったが、イケメン具合に磨きがかかっているな。
ただ、火澄と同じ匂いがするのはどうかと思うが。
江川は高校時代にサッカー部に所属していた奴だ。
いわゆる、クラスカーストのトップグループのリーダー的存在。
運動もでき勉強もでき、顔もいいとくればモテないわけがない。
彼の周囲には人が集まり、そして女子の取り巻きもいた。
高校時代の俺はその光景を羨ましく思っていたが、今はいい大人だ田所みたいに表情に出るどころか、内心でもイケメンだなぁと思う程度だ。
「今は大手企業の営業やってるみたいだぜ」
「大手? どこのだ?」
「ほら、この前テレビで紹介された」
「ああ、あそこか」
そしてそのスペックぶりを存分に発揮したようで、順調に人生を謳歌しているようだ。
招いた男の幹事は来てくれたことをうれしいというように出迎えて、花菱を含めて女性陣も色めきだっている。
その様子からして、先ほどの男性陣の思惑が女性陣の中でもあるようで、年齢的に結婚も視野に入れていてもおかしくはない。
ある意味男の思惑よりも怖いかもなと俺は思い、何事もなく平穏に終わってほしいと思いつつ、幹事の最初の注文のビールに俺は手を上げるのだった。
そして、最初の雰囲気など、酒が入れば多少は流れる。
アルコールという場を賑やかにするための成分は、その効能を存分に発揮しているようだ。
下心に獲物を狙うような視線は一旦鳴りを潜め、昔話に花を咲かせたり近況を報告する場となった。
「ねぇねぇ! 田中君ってさ婚約者いるんだよね!!」
「ああ、まぁな」
席も変わり、隣の奴が移動すれば空いた席に誰かが座る。
田所が偶然花菱さんの近くの席が空いたことを目ざとく見つけ旅立ち、久しぶりすぎて他の奴とどう絡むかとビールを飲みながら考えていれば気づけば席は埋まっている。
昔のクラスメイトの女子は酒に弱いのか頬を上気させ、カクテルらしきもの片手に友達と一緒に座り込んできた。
そして話題になったのはさっき田所が叫んだ俺の婚約者の話だ。
女性として興味あるのだろう。
グイグイと聞いてくる。
「なによ反応悪いわね、なに? デキ婚?」
こっちは鬼に鍛えられている肝臓だ。
ほとんど素面に近い。
なので普通のテンションで答えたのだが、反応が悪いと来たか。
そしてまた否定しにくいところを。
「そんなところだな。まぁ、元々結婚は考えていたからな。問題はなかった」
しかし、違うと答えるのも面倒なことになりそうだったので、少し言葉を濁して答えてやればカン! と目の前のクラスメイトはグラスをテーブルに叩きつけた。
「そんな行き当たりばったりの考えで女を幸せにできると思うなタナカ!!」
「めぐみちゃん。落ち着いて」
「あたしは落ち着いている!! 大体男ってもんは、みんなそう。できたらしっかり働けばいいってみんな思ってるのよ!! そりゃ、責任取らないよりはいいけど、簡単に問題ないって言えるわけないじゃない!!」
どうやら彼女にとって地雷を踏んでしまったようだ。
顔を真っ赤にして、俺に説教を垂れてくる彼女に、俺はこの数年間に何があったのかと戸惑いの視線を隣の冷静なほうのクラスメイトに向けてみれば。
ごめんと彼女は謝ってきた。
「色々あったのよ、ね! 水飲もうよ」
「大丈夫! まだ飲める!!」
ああ、絡み酒ってやつか。
まぁ、殴ってくるわけでも、樽を一気飲みしろと言われるでもなく、ただ愚痴をこぼして説教を垂れる程度、なんてことない。
「そうか、まぁ、大変だったんだな」
なので、気にしたそぶりも見せず笑ってみれば、えっと驚く二人。
「? どうかしたか?」
俺は何かおかしなことを言ったかと思って、聞き返してみれば二人は顔を見合わせる。
「いや、勢いで説教しちゃった私が言うのもなんだけど、そうやって心配されるのってあんまりなくて」
「うん、みんなほとんど俺のほうが大変だったとか、聞き流すかのどちらかだったから」
「ああ、そういうことか」
どうやら俺の反応が珍しかったらしく、俺は苦笑をこぼす。
いや、彼女たちの反応はまだかわいい部類だと判断した俺の基準は少し、ずれているらしい。
「いいんじゃないか? 俺みたいのが一人くらいいても」
「うん、良いんだけど。なんか、調子狂うわね」
「私としては、めぐみちゃんが大人しくなってくれて大助かりだけどね」
「ちょっと、文美! それどういう意味!」
「いつも男に振られて、自棄酒に付き合う私の身になってほしいってこと」
「言ったなぁ!!」
「文句あるなら、来週の合コン無しよ?」
「大変申し訳ありませんでした!」
「変わり身速いな」
会社内ではない、普通のやり取り。
それがここでは当たり前なのだと、認識する。
もう違う世界に住んでいるのかとも思えば、意外とそうでもないと思えてくる雰囲気だ。
瞬時に土下座するクラスメイトを見つつ、空いたグラスを脇にのけ、新しい酒を注文しようと思えば、すっとメニューが渡される。
「ああ、どうも」
「久しぶりだね、田中」
「ああ、江川か。久しぶり」
差し出してきたのは件のイケメンの江川だった。
江川の登場で向かいで座っていた女性人たちの雰囲気が変わる。
「隣、いいかな?」
「断る理由はないな」
「よかった」
何気ない仕草で髪を整える女性陣の時間稼ぎでもするかと、思いつつ隣に座った江川からもらったメニューを見つつ。
「お前も何か飲むか?」
「うーん、じゃぁ、シャンディーガフでも貰おうかな」
「俺は日本酒でも飲むか」
江川にも聞いてみれば、飲みたいものを言ってくる。
店員に伝えれば、数分もしないうちに届くことだろう。
そんなことを考えていると。
「私も隣いいかな?」
ふわっと柔らかい声が隣から聞こえる。
その声の元を辿れば、ニッコリと桜のような笑みを浮かべながらグラスを持つ花菱さんがいた。
「ああ、俺はいいが、皆もいいか?」
「いいとも」
「いいけど」
「私も」
「それじゃぁ、お邪魔します」
なぜか知らないが、この場に過去の中心人物二人が揃ってしまった。
はて何か俺はしてしまったのだろうかと思いつつ、このまま流れに身を任せるのであった。
今日の一言
昔のことを思い返すのは、やはり楽しい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
次回か、またその次回くらいで今章は終了いたします。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




