334 長期休みになれば、こんなことも?
連休期間であるゴールデンウィークも明日で終わり。
休みの間は筋トレくらいで全くと言っていいほど戦闘に携わってこなかった。
感覚を取り戻さないとなと考えているも、今日は今日で約束があるので訓練をするわけにもいかない。
「それじゃ、ヒミク出かけてくるな。前に言った通り夕飯は外で食べてくるから」
「うむ! 楽しんでくると良い!」
「スエラも何かあったら連絡してくれ」
「ええ、わかってます」
「………」
「メモリア、眠いなら無理して起きてこなくても」
「いえ、行ってらっしゃいませ」
「おう」
割烹着姿のヒミクに普段着のスエラ、そしてつい数分前に這うように起きてきて寝間着姿の半分寝ているメモリアに見送られ俺は玄関を出る。
カツカツと廊下を歩き普段だったら左に曲がるところを右に曲がり、社外へと繰り出す。
魔力が抜ける感覚にも慣れてきたと思いたいが、体が重くなったり思った以上に力が入らない感覚はいまだ慣れない。
そんな重くなった体で歩き出す。
今日は酒を飲む予定なので車も使わずその足で駅の方向に歩く。
時間帯が早いおかげで人の流れはまばらだ。
なのでのんびりと東京の町並みを眺めながら目的地へと進む。
目的地は会社から駅で四駅ほど離れた場所。
都心から少し離れ、住宅街が目立つ場所にそれはあった。
「ごめんください」
「はぁい、って田中さん! よく来たわねぇ」
「逸子さんご無沙汰しております」
古風な武家屋敷と言えばいいだろうか。
門構えからして古く、その門には長谷部道場と書かれた看板が掲げられている。
ここは俺が前から通っていた道場だ。
と言っても門下生であったのはだいぶ昔、社畜になってからは中々顔を出すことができなかったが、たまに顔を出すとこの道場の師範の奥方である逸子さんは笑顔で出迎えてくれる。
「来たか田中君」
「お久しぶりです、師範」
そして奥から師範である武さんも姿を現す。
今年で七十という歳にもかかわらず、背筋はしっかりと伸び筋肉質なのは変わらず、立ち居振る舞いに隙が無い。
普段は週に二回ほど子供向けの剣道教室をして、残り三日は俺のような成人向きの剣道教室をしている。
そんな変わらぬ姿に俺はほっと安堵し、あらかじめアポイントメントを取ってあったので。
「まぁ、上がりなさい」
「はい」
師範に誘われ家へと入りそのまま居間に通される。
俺と師範は向き合うように座り、そして逸子さんはお茶を出すとそのままどこかに去っていった。
「して、久しく顔を見なかったが元気そうで何よりだ。君が来るときは毎回何かを発散させるときであったからね」
「はははは。毎度付き合っていただいて感謝しています」
「なに、若い者に道を示すのが今の仕事だからね。君のように我武者羅な若者はむしろ好感が持てるものだよ」
最初に、毎回来るとき顔色が悪いと遠回しで指摘され、俺は笑いながら頭を下げる。
その言葉に微笑ましいものを見るように師範は笑う。
なにせ師範の言う通り、道場に顔を出していた時はほとんどが仕事で圧迫され鬱屈していた気持ちを解放したいがために来ていたのだ。
そのことを理解して、受け入れてもらった身としてはとても気恥しい。
「それで、久しぶりに連絡があってみれば頼みがあるときた」
「ろくに顔を見せず、いきなりのことで大変申し訳ありません」
「いや、君とは知らない仲ではない。頼みごとがあるそれ自体はいいんだよ」
そして本題。
この道場に来ること自体はなんらおかしくはないが、頼みごとをするためだけに来ることは初めてだ。
「しかし、まさか君から酒蔵を紹介してくれと頼まれるとはね」
「はははは、すみません」
そして剣道場に来たのにもかかわらず、剣とは関係ない酒関連の話であるがゆえにも本当に申し訳なくなる。
師範は昔からこの道場を続けており、色々と顔が広い。その交友関係の中に酒蔵があったことを俺は思い出した。
「いえ、今度上司の誕生会がありまして、その大酒飲みが大量にいまして」
そしてわざわざこんなことを頼みに来たと言えば、そうキオ教官の誕生日が来月に控えているからだ。
その事実をつい先日知った俺は、あれ? 昨年はしてないよなと頭に疑問符を浮かべたが、当初は鬼の宴会に参加できるほど余裕があったわけでも知名度があったわけではない。
ならばと俺の昇進祝いも兼ねて交友関係を広げるために教官が今年は招待してくれるとのこと。
そしてそこで問題が出てくる。
誕生日のプレゼントは酒で良いと言われてはいるが、その酒の量が問題なのだ。
普通に考えれば一人につき一升瓶一本でも多い。
大酒飲みの人間ならそれくらいいけるかもしれないが、相手は鬼たちだ。
一升瓶で足りるわけがない。
樽でようやく一人分というわけだ。
いや、教官なら下手をすれば樽で一杯なのかもしれないが。
「ほう、そんな宴会に参加するのかね?」
そんなに大量の酒が必要なのかと、軽く驚きつつ、顎に手を当て考え始める。
師範の頭の中では多分結婚式の会場が思い描かれているかもしれないが、そんな華々しいものではないと言いたいが言えない。
そして日頃お世話になっている教官だ。
たとえガバガバ飲まれると仮定しても、どうせならおいしい酒を飲んでほしい。
それならと交友関係を漁り、師範にたどり着いたわけだ。
「ふむ、一つお勧めの蔵がある」
「本当ですか!」
「ああ、昔から私が飲んでいる酒の一つでね。きっとその上司さんも気に入るさ」
そしてその予想通りに師範は快諾の答えを返してくれた。
「ただし」
と思ったのだが、にんまりと師範はいたずら小僧のような笑みを浮かべてすっと立ち上がり。
「私と一本してからだね」
「は、はぁ」
突然の立ち合いになってしまった。
そして歩きだした師範の背を追いかけるような形で道場に向かうことに。
そう言えばとふと俺は師範に勝ったことがないことを思い出した。
元は示現流の道場出身の方で、剣術のほうが本業だったらしいが、奥さんと結婚するにあたって地元から東京に婿入りしたと何かの拍子に聞いた記憶がある。
示現流というのは弐の太刀いらずが有名な剣術。
全てを一刀で両断するということに全振りしたような剣術をたしなむ人たちは少々過激な性格な人が多い。
なのにもかかわらず、師範は温和な人だ。
そんな彼から試合を申し込まれるとは思いもしなかった。
逸子さんに用意された道着に着替え。
いつ以来だろうか、剣道の防具を身に着けるのは。
一年くらいかと、しっかりと防具を身に着け立ち上がれば。
「………」
つぅと冷や汗が一本垂れてきた。
まさか社外でこんなきれいな殺気を浴びる日が来るとは思わなかった。
「田中君、ずいぶんと強くなったようだね」
それを放っているのが師範だとすぐにわかった。
防具に竹刀。
いたって普通の剣道の格好であるはずなのに、師範の姿が武者そのものに見えてしまう。
手に持った竹刀も真剣だと言われても違和感がない。
そして何よりも師範の目が語っていた。
今まで剣道場をやってきたのはこの日のためだと言わんばかりに目を輝かせて。
「そうかもしれませんね」
油断していたと反省すべきかはわからないが、刀のように鋭く、気を抜けば首を落とされかねない覇気に気を引き締め師範と向き合う。
「ああ、妻のため諦めていたが鍛えることだけは止められなくてね」
ゆっくりと竹刀を構え合う。
本来であれば中央で蹲踞の姿勢になり竹刀を交え立ち上がり開始の合図で始まるのが剣道だ。
だが、今この場は剣道ではない。
剣術、否、決闘であった。
すっと竹刀を上に持っていき、ピタリと固定される。
剣道では見ない構え、師範の構えは蜻蛉の構え。
それを見せられてはそれに応えるほかない。
「田中君、君のような人にあえて私は幸せ者だ」
武人として求められた熱意に応えるために、俺が取った構えも蜻蛉の構え。
弐の太刀いらず。
決着は一瞬。
そう思われた。
だが、一秒たち十秒たち、一分を経過するも俺たちはピクリとも動かない。
俺は集中を途切れさせないように、師範をじっと見つめているが、内心ではマジかと驚愕していた。
あの会社で過ごしている身としてはたとえ魔力がなくても、社外では並大抵のことは負けないと自負していた。
それなのにもかかわらず、今この時、この瞬間、俺は油断ができないでいた。
本来油断はするべきではないのは確か、だが、余裕は生まれると思った。
しかし、その考えは真っ先に消えた。
人間の鍛錬の結晶。
それが目の前にいた。
それを前にしてニヤリと口元が笑みを浮かべるのを隠せない。
だからこそ、雑念は捨てろと己の中に叱咤を飛ばす。
集中という言葉すら浮かばせず、ただ相手を切り捨てることだけに集中する。
一秒が十秒に、十秒が一分にと時間を引き延ばし、脳内の処理を加速させる。
スポーツ選手で言う、ゾーンに入る。
言い方を変えれば極限の集中状態。
それができなければあの会社では活躍できない。
それを理解することになるとは思っていなかった。
「きえいやああああああああああああああああああ!!」
そして決着は俺の予想通り一瞬でついた。
師範の踏み込み、そして俺の踏み込み。
ほぼ同時に動き出し、俺の目に映る師範の太刀筋はまっすぐ鋭く、新人たちよりも格段に速かった。
ただ。
「………届かなかったか」
その程度だった。
それよりも早く鋭く振れる俺の一刀は正面からその太刀の速度を上回り先に師範の面に当てた。
そして遅れることコンマ数秒、俺の肩に振り下ろされた一刀が当たった。
ジンジンと痛む感触から、真剣ならまず間違いなく俺の右肩は切り落とされていた。
それが理解できるほどの一刀。
歴史の重みとはこのことかと物理的に感じた。
そっと視線を竹刀に向けて見れば折れているのがわかった。
それほどまで力を込めて振られた。
「ふぅ、たった一年でそこまで強くなれたんだねぇ」
互いにそっと竹刀を離し、鞘に納めるような仕草をした後に防具を外し、わずか数分の試合だというのに全身に汗をかく師範はすっきりしたと言わんばかりに笑みを強くした。
「ええ、まぁ、いろいろありましたので」
ええ、鬼に鍛えられたりしましたからと言葉が続きそうになったが、師範のそうですかという深くは聞かないという言葉のおかげで飲み込むことができた。
そして師範は師範で満足気に。
「実は道場をたたもうと思っていたんだよ」
「え?」
と、とんでもないことを言い始めた。
「いや、私も年だからね。子供はいるが二人とも嫁に出てしまったし」
そして理由を語り始めた。
チラチラと俺のほうを見てはいるが、当然道場を継ぐ気などさらさらない俺はすっと視線を逸らす。
「もし、継いでくれる人がいれば話は変わるんだけどね?」
師範からすれば継いでほしいという願望を遠回しにぶつけているのだろうが。
「………」
「………」
そんな視線にさらされ、そこで俺はふと一人思い当たる人がいた。
「ああ、師範。話は変わるんですが」
「おや、なんだい?」
「実は一人知り合いというか会社の後輩なんですが、侍に興味ある人がいまして、俺が教えるには知識がないのでぜひともこの道場を紹介したいのですが」
「それは剣道ではなく剣術のほうということかい?」
「ええ」
それはベニーだ。
彼は今でも毎日素振りをしているも、剣術、特に刀術に関して教えられる人が会社にはいない。
それなら師範に教えを乞うというのも悪くはない。
それに後輩の戦力増強という意味合いでならむしろ。
ちらりと弟子に関して考える師範を見て、もし、仮に、魔力適性があればというIFが頭の中で構築される。
そして、冷静に考えれば〝指導者〟という立場の人種は必要なのではと思った。
「まぁ、可能ならお願いします」
「わかった。その人に会ってみないとどうなるかはわからないが、君の紹介だ。無下にはしないよ」
これは一回エヴィアに話を持っていくべきだなと思いつつ、この後きちんと酒蔵を紹介してくれると言われ安堵し、そして俺と言えばこっちのほうが本命だ。
師範たち夫妻に挨拶し道場を後にし、これから向かう先、すこし気が重いが懐かしさもあり気持ちは半々。
「同窓会って、久しぶりだなぁ」
そんな感情をもとに向かうのであった。
今日の一言
懐かしさとは、人それぞれ
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




