333 そして動き出している場所は一つではない
Another side
魔界で一人の男が動き出していれば、イスアルでも動きはあった。
「前線は硬直状態、兵の消耗は激しく、糧食の消耗も増える一方、このままでは今年の越冬は厳しいものになるかと」
神権国家トライス。
神を崇め、その信仰をもってして国家を成り立たせている国。
その首都たる、トライスの中央にそびえる大神殿。
礼拝堂とも取れるような大会議場で一人の騎士が長机に並ぶ大司教たちに現状を報告するも内容は芳しくないものばかり。
誰しもその表情に不満が宿っている。
現状神権国家は隣国の王国と同盟を組み帝国と交戦中。
その戦争は帝国から仕掛けられたものではあるが、突発的ではなく、十分とまではいかなくても想定の範囲内の準備状況で始められた戦争だ。
本来の予定であればもっと余裕があったはず。
なのにもかかわらず状況の色は悪い。
いや、仕掛けられて押し返したことを想定すれば決して悪くはない状況ではあるのだが、神の使徒たる彼らからすれば決して受け入れられない状況なのだ。
そうなった原因も把握している故、さらに不平不満は溜まる。
こうなってしまった不祥事が重なったことはこの場にいる首脳陣にとっても想定外だった。
一つ目の不祥事は、諜報部が帝国の造ったゴーレムを察知するのが遅れたことにより対応が遅れ対策が十全に取れなかったこと。
二つ目は後れを取りもどそうと帝国に対抗して召喚した勇者たちが全員何者かに連れ去られたこと。
そして三つ目。
「聖剣の回復はまだか?」
「はっ! そちらのほうもまだと報告が」
「急がせろ!!」
「はっ!」
その不祥事を挽回すべく造り上げた現存する切り札が封じられているということだ。
対応をすればするほど後手に回り、成すことすべてうまくいかない。
報告している騎士の対面、この場合上座に座る男は忌々し気に騎士の報告に怒鳴りつけるように突き返す。
本来上に立つ立場ならもっと余裕をもってしかるべきなのだが、戦況が芳しくない今その余裕を保つのも難しい。
何より、帝国のゴーレム。
魔王の遺骸を利用して作られたゴーレムに対抗できる唯一の手段が封じられている今、その焦りも相俟っている。
本来の計画ならばもっと多くの聖剣を用意し、戦況には余裕が出ていたはずだ。
この会議室での会話も、戦況の話ではなく、戦後の話が出ていてもおかしくはない。
それが、彼らの予定は大幅にずれてどうにか打開策をひねり出そうとして、感情のぶつけ合いに発展している。
「唯一、作り上げることができた聖剣があのざまではな。不便にもほどがある」
騎士が退出したのを見届け、上座に座る男は背もたれに寄り掛かるように座り込む。
「仕方ありません。もともと適性値も低い男を無理に聖剣に加工したのです。性能に欠点が出てもおかしくはありません」
聖剣の材料となったのは、聖剣の材料となるべき勇者たちの引率だった成人した男。
女の色香におぼれ、骨抜きにされ、何不自由なく生活して、教師としての本分を忘れた男の末路としても悲しい結末だった。
「幸い武器としての性能は悪くはありません。使用に制限がつくのは、改善の見込みがあると報告も上がっております」
「そんなことはわかっておる」
そんな一人の男のこともただの材料としての役割でしかなく、その役割にも不平不満を隠さない男たち。
神権国家というだけあって、国家を運営するのは誰もが神官だ。
この会議の場の発言だけで誰が聖職者だと思うだろうか。
政教分離という言葉はこの国ではありえず、教皇と名のつく存在は神に祈りを捧げる存在であって、政治的発言力は例外を除きない。
なので大司教と呼ばれる存在がこの場に集まり、国の運営を、そして軍を取りまとめている。
正確には神殿騎士団と呼ばれ、団長も存在するが大まかな動きはこの場にて決定される。
首脳陣と呼ばれる存在たちが雁首揃えて頭を悩ませると言えば聞こえがいいが大半は、我欲に満ち、権力保持のことしか考えない生臭ども。
先日の勇者失踪という失敗をしでかした者の席はこの場にはなく、今頃何をやっているかということを考える輩もいない。
「前線を押し上げることは、当面無理か」
「まことに残念ながら」
「忌々しい異端者どもめ」
帝国と神権国家の祭る宗教には違いがある。
神権国家はいわゆる、神が最上位という信心深い信者の多い考え。
何か困ったら祈り、何か目出度いことがあれば祈り、と生活のサイクルの中に宗教が馴染んでいることが多い環境だ。
国として一致団結がしやすい反面、一度混乱が起きると脆い国家。
対して帝国は実力主義、神には祈るが最終的には自分でどうにかしろという考えだ。
なので、時と場合によっては宗教をないがしろにするという日本で言う織田信長に近い思想だ。
利用できれば利用し、邪魔なら黙って祈りだけ捧げろと押し込めるような感じの思想だ。
おかげでドライな雰囲気が多いせいで絶えず身内を疑う傾向がある。
そんなお国柄のためか、異端者認定を受けてもどこ吹く風、むしろ逆にその風潮を利用し神罰が落ちないことを逆手に取り神の名を驕っていると反撃に出るほどだ。
そんな国同士の仲が良いわけなく、停戦協定すら選択肢に入らないでいる。
やるとすれば敵を滅ぼすか自国が滅びるかの二択だ。
そんなことを続ければ下手をすれば互いの国は疲弊し滅びる。
そんな未来を憂いて、互いの国に穏健派と呼ばれる派閥が存在するが発言力はほぼないと言っていい。
だからこその泥沼。
互いの利権しか考えず、足元を踏み潰すことに対してなんら戸惑いを感じない故の泥沼。
腐っていると言われても仕方ないと言える。
会議とは名ばかりの愚痴のこぼし合い。
そして最も発言力のある者の言葉を肯定し持ちあげるだけの簡単なお仕事。
そんな場に続く扉が叩かれた。
「だれだ! 今は会議中だぞ!!」
『教皇様がおいでです』
「「!?」」
扉の近くに座っていた大司教が、会議を中断されたことに腹を立て扉越しに怒鳴りつけるも返ってきたのは扉の前に控えていた騎士の声ではなく、女官の声。
そしてその女官はトップに飾られる存在の側付きであったはず。
それを理解し、その言葉を把握した大司教たちは瞠目する。
この場に足を運ぶはずのない存在が今扉越しにいるということだ。
上座に座る大司教は即座に立ち上がり、騎士を壁に寄せる。
出迎えるために膝をつき祭壇に向け祈りの姿勢になる。
それに倣う形で他の大司教も膝をつく。
そしてタイミングを見計らい騎士が扉を開く。
シャリンと鈴の音のような音が扉の奥から聞こえる。
だが、この場にいる誰もが頭を垂れ顔を上げない。
一定のリズムで鳴る鈴の音。
一歩、また一歩と進むその歩調に合わせて鳴り響く。
そしてその音は大会議室の奥へと進み、そして会議室よりも高く設置された祭壇の上へといざなわれる。
「教皇様からのお言葉です」
そして誰もが頭を上げることなく、シンと静まり返った空間に、女官の声が響きそれに続き幼い声が響く。
「太陽神様からお告げがありました」
その声の内容にビクリと反応する者はいない。
教皇とはすなわち神の声を聞き、伝える者。
政治的関与は一切ないが、この国の行動を左右する発言力を持つ者。
故にこの場に現れたということは、神からのお告げを受けたということに他ならない。
普段は首都にある大聖堂の最上の部屋にある祭壇で祈りを捧げているが、こうやって大司教たちの前に姿を現すことも珍しくはない。
だが、逆に言えば姿を現すときはイコール神のお告げがあるということだ。
「これより七日後、天より使いを出す。そのものに三人の供をつけよ。さすればその使いの導きの下、勇者のいる世界へと旅立たん」
そしてそのお告げが利益になるかそうでないかはその時によって異なるが、今回は利となる結果が告げられる。
大司教たちの心の中には歓喜が満ちる。
これで忌々しき帝国に一泡吹かせることができると。
「されど」
そう思っていたが、普段なら一言二言告げただけで去る教皇が言葉をつづけた。
「心して供を選べ。かの地は神の威光の届かぬ地、未知の土地、言語は授ける。されどこの世の理とは異なると知れ」
その言葉にどういった意味があるのか大司教たちには測りかねた。
未開の地にいる勇者を迎えに行けと言われているのは理解したが、それ以外の脅威がなんなのかというのを正直把握しかねた。
「そして、かの地に月の影あり」
「「「!!??」」」
しかし、その次の言葉に大司教たちは思わず顔を上げてしまった。
無礼者と叱責を受けることも忘れ、その言葉が真実かどうかを確認した。
「無礼者!! 誰が顔を上げてよいと言った!!」
そして大司教たちは年下の女官に叱責される。
地位は彼らのほうが高い。
だが、今この場においてはその女官の言葉は正当化されている。
神の言葉を告げるのを邪魔立てするのは何人たりとも許される行為ではないからだ。
しかし、教皇が告げた言葉を無視できないのも事実。
月というのはトライスに伝わる言葉。
すなわち真実を知る者のみに理解ができる言葉。
魔族が勇者の土地に手を伸ばしているということ。
それは大司教たちにとってあってはならない事実であった。
勇者とは、教義に置いて正義の象徴、それが侵されることはあってはならないのだ。
「よい」
そしてそれを理解する教皇は大司教たちが顔を上げたことに対して不問にした。
薄い白いベールに顔を包まれた小柄な人物。
過多な装飾を誇る衣装に身を包まれ、性別もわからぬ。
「神のお言葉はそれだけ、この者たちに受け入れがたい言葉だった。それだけのこと」
「失礼しました」
「よい」
無感情ではなく、俯瞰した物言い。
女官が頭を下げ声を荒げたことを詫びるも、気にしたそぶりは見せない。
「恐れながら猊下、先ほどのお言葉まことにございますか?」
そして、発言のタイミングを測っていた大司教、上座に座っていた男が発言すれば、教皇は視線を女官から大司教へと移す。
「神の言葉を疑うか?」
「滅相もございません、しかし、魔族共が異界を渡るすべを持つとはいささか突飛に過ぎまして」
「されど、神の言葉は真実しか述べられぬ」
「は! 申し訳ございません」
「よい」
信じたくない気持ちを大司教は代弁するも、じっとベール越しに心の奥底まで覗き込まれるような視線に大司教は視線を逸らすことができず、次に述べられた教皇の言葉に素直に頭を垂れるほかない。
「して、大司教よ」
「は!」
そして、この国の権力者は教皇に逆らうことができない。
普段は誰も逆らえず、この国の上に立つ彼らがだ。
なぜか?
それはこの教皇が、一千年以上この姿のままだからだ。
政治に関与せずただ神の言葉を伝えるだけの存在。
だが、この場にいる誰よりも強者である。
彼の者を害すること敵わず、敵対してはならぬ。
それがこの国での不文律。
故に、教皇の言葉を大司教は待つ。
「供の中に聖女を入れよ、それ以外は人選を任せる」
「はは!!」
そして言いたいことを言い終えた教皇は女官に先導され大会議室を去る。
来た時と同様、鈴の音を響かせ、去っていき、扉が閉まった後も大司教たちはしばらく祭壇へと祈りを捧げ続けた。
そして立ち上がった時には全員の額に汗が流れていた。
圧と一言で済ませられればどれほどよかったか。
プライドの塊。
腹に一物抱えない者はいない。
一癖も二癖も性格に難を抱える集団である彼らは教皇だけには下手に出る。
「ヘーゼ大司教」
「なんだ?」
そして各自元の席に座り、話を再開せようとするが先ほどまでの勢いなど存在しない。
「人選に関していかがいたしましょう?」
「………」
難題を押しつけられた。
それの一言に尽きる。
下手な人選をすれば問題になるのは明白。
異界を渡る際に道案内役になるのは神の使徒だ。
恐らくではあるが下手に野心があったりプライドがあったりと我の強い存在を当てればいかに実力があっても天使の機嫌を損ねることになる。
その上、機嫌を損ね万が一このお告げをないがしろにでもしてしまえば今後の戦況にも影響が出かねない。
それだけはなんとしても避けねばならない。
それを理解しているがゆえに、ヘーゼと呼ばれた大司教は沈黙を選び、熟考する。
「致し方ない」
そしてその間、他の大司教たちも静かにヘーゼ大司教の言葉を待った。
「王国と連携を取る」
「やはり、そうなりますか」
待った結果のヘーゼ大司教の言葉に隣の席に座っていた大司教はそれしかないかと思う。
もちろんヘーゼ大司教は最初は身内だけでどうにかしようと考えたが、現状選べる人選から該当者を模索するも誰もが不適格だと判断した。
その場合失敗の全責任はこちらが被ることになる。
それだけはなんとしても避けねばならない。
神の使徒に導かれる名誉を分割することになるが、勇者を引き込めればおつりがくると判断した結果、王国に協力を要請し、責任を分割することを決意する。
そのことに異論を唱える者はいない。
「すぐに使いをだせ、ペガサスを使うことも許可する。事は一刻の猶予もない、これは大至急だ!」
「「「「は!」」」」
そして魔界で活動を始める賢者が旅立つ日に、この決定は下された。
Another side End
今日の一言
休みの日が違うと、こういうことっておきますよね?
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




