330 のんびりと過ごせるのなら。あの時の再開を
纏まった休日を過ごしているとこういうことを思わないだろうか?
一日目、二日目と過ごし、そしてこれから続く長い休みを考えていると、明日何やろうと悩まないだろうか?
計画的に予定を立てている者であれば、その悩みはない。
無計画であってもあれをやってこれをやってと、次から次へとやりたいことがあるのなら最後にああ、もっと時間があったらと後悔するかもしれない。
逆に何も思いつかず、とりあえず行動を取っているような人にとっては何をやろう?と悩んでいる間に時間が過ぎ去るだろう。
そんな多種多様の連休を過ごしている中で、こんなことを思いつく人もいる。
あの時できなかったことをやろう。
という、時間があるのならやろうという発想だ。
「映画を見に行くぞ次郎」
「え?」
早朝、休みなのにもかかわらず朝六時半に目覚め朝のコーヒーを飲もうとしていた俺に放たれた彼女からの言葉。
魔紋で強化された体になってから俺の肉体は少ない時間でも高品質の睡眠を取れるようになっている。
すなわち、しっかりと熟睡さえできれば三時間ほどの睡眠でも肉体の疲労はとれるようになっている。
しっかりとメモリアと夜のスキンシップを取り、寝た時間は遅くともこうやって快適に目覚めることができる。
そんな俺の目の前に現れたのは俺よりも早く起きたか、下手をすれば寝ていないと思われるエヴィアだった。
普段着ているスーツ姿ではなく、前回の社外でのデートで買った私服姿。
メイクもしっかりと決め、女性で言う戦闘態勢に彼女はなっていた。
どことなく見覚えのあるその姿に眼福だと思いつつ、強化された体を目覚めさせていたコーヒーの香りを用いてなお言葉を理解するのに数秒の時間を要した。
「それは問題ないがこんな朝早くからか?」
「む」
そして彼女が何をしたいか理解した俺は、ついそんなことを口にしてしまった。
彼女からデートのお誘いが来るのなら俺が断るようなことはしない。
そもそも今回のゴールデンウィークはもともと彼女たちのために使おうと思っていたのだ、彼女の誘いは渡りに舟である。
そんなことを思いつつ、してきた結果はエヴィアは些か行動が急いていたことに気づいたようだ。
「少し待ってくれ、すぐに用意するから。探せば朝早くからやっている店もあるだろうしな」
今日は休みだ。
スエラとヒミクもまだ寝ており、メモリアに至っては寝る時間が遅くなれば種族的性質故に昼近くまで起きてこないだろう。
しかし、エヴィアは珍しくそわそわとした様子で俺を迎えに来てくれた。
なら多少急いででも用意はすべきだろう。
そんな彼女の愛らしさに口元を緩ませつつ、俺は出かける準備をした。
そして俺たちが最初にやったのは朝食を取るということだ。
映画館の最初の上映でも良かったが、そんな忙しなく動くのどうかと思い
「ふむ、たまにならこういうのも悪くはないな」
「それは良かったよ」
朝から出かけるということは何年ぶりになるだろうか。
学生の頃か?
それとももっと昔だろうか。
少なくとも成人してから、早朝に出かけるという行為はあまりしてこなかった。
ブラック企業に就職してからなど休日の朝は体を休める時間で、二度寝が当たり前。
早く起きられたとしても十時過ぎなどがほとんどだ。
大学生のころはそこまで裕福ではなかったから旅行とかそういったこととは無縁。
だからエヴィアと早朝に某有名店のハンバーガーショップの朝のメニューを食べる日が来るとは思っていなかった。
言ってはなんだが、見た目からしてこういった食べ物とは縁のない彼女が普通に食べているのは面白いと言う他ない。
朝早くなので店には客が少ないと思いきや、思いのほか人が多い。
「………」
しかし、わかってはいたが………
チラチラと彼女へと視線を向ける人が後を絶たないのは彼女の容姿が優れているというのもあるだろうが、貴族としての立ち居振る舞いを身に着けている彼女の仕草は人を引き付ける。
ハンバーガーを食べるというだけの仕草に気品が加わり、なお目を引くのだ。
そんな彼女の前で食べる俺のことなど気にも留めず、視線は彼女へと集まる。
前回のデートの際は女性が多く集まるような場所をメインに回っていたが、こういった大衆の場では彼女は非常に目立つということを自覚せざるを得ない。
そんな場所で堂々としていられるのは彼女が常に見られていることに慣れているからだろう。
そんな彼女だからこそ。
「すみません、ちょっといいですか?」
「ダメだ」
こうやって男から声をかけられることも多い。
ちらりとドリンクを飲みながら視線を向けてみれば、見た目は二十代中ごろ少し明るめの茶髪に清潔感溢れるようにセンスのある服を選べるセンス。
顔立ちも時と場合によってはモデルと言っても問題ない程度には整っている。
そんな男とその連れだろう男の二人組はエヴィアのバッサリとした言葉に戸惑っている。
それもそうだろう。
大半の女性はまず最初になんですかと聞き返すだろう。
あるいは無視だ。
前者での対応なら目的を話させてくれる機会を与えてしまう、後者は後者で自分の存在をアピールする機会を与える。
だからこそ否定という対応が斬新でかつ効果的だ。
男性の目的、特に感情や下心に聡いエヴィアは声をかけられただけで即座に目的を理解する。
なので即断即決でことわる。
何も言えないまま断れたら大半の人など諦めてしまう。
彼らで三組目。
先に散っていった男どもの末路を知らんわけでも無かろうに。
自信があるのはいいが、相手が悪いなと思いつつもこつんと足を蹴ってくる彼女の思いに応えるべく。
「ああ、すまないね。彼女は俺の連れなんだ。悪いけど他をあたってくれ」
なおも詰め寄ろうとする前に男の意識をこちらに向けようと声をかければ、なんでこんな奴がと言わんばかりに顔に言葉を張り付ける若者たち。
君たちと大して年も変わらないだろうにと、思いつつにこりと笑顔を貼りつけつつ。
すっと瞼から開いた瞳に写るのは邪魔するなという意思。
女性とのデートを邪魔されて気分を害さない奴はほとんどいない。
普段使っている闘気とも殺意と比べるのもおこがましいほどの低レベルの敵意。
教官たちなら鼻で笑うだろう程度の意識を相手にぶつけてみれば。
「あ、いや、その、邪魔してすみませんでした!!」
その効果は一般人にしてみれば絶大。
先ほどまでの決め顔はどこへとやら慌てて席を離れる男たちに嘆息し、そろそろ目的地に行くべきかと思い時間を見る。
余裕はあるなと思いつつ、エヴィアを見ればちょうど食べ終えたところだ。
急かすようで悪いが、何度も追い払うのは面倒だと思う頃合いだ。
美人はこういう点で損だなという感想を抱きつつ、視線でいいかと問えば彼女は黙ってうなずく。
そして数多の視線を背に受け向かった場所は、映画館。
今朝言われたときも思ったが、なぜエヴィアは映画を見たかったのか、それがわからなかったが彼女が見たいと言った映画の内容を見てその理由がわかった。
現代のチケットの購入の仕方がわからなかったエヴィアに代わり、その映画のチケットを買う。
そして、この映画の情報をどこから仕入れたのか気になるところであったが、俺は黙って彼女の背に続く。
席に座り映画が始まった。
それを彼女は黙って見る。
始まったのは、悪魔の男性と人間の女性の恋物語。
ファンタジー風であるも、現代に舞い降りた悪魔の男性は怪我を負いそれを助けた女性と恋に落ちるという大筋だ。
内容としては、とある貴族の息子である悪魔の男性は家督争いに人間の女性を巻き込んでしまい邪魔だとわかりつつ、彼女を切り捨てられない気持ちに葛藤し、ついには人間相手に恋をしてしまい、女性も悪魔相手に恋をして戸惑いつつ思いを育てるという恋愛アクションと言えばいいだろう。
最初はじれったく、そして時には大胆にと物語が進み悪魔側の問題を解決し最後には。
「なんともつまらん結果だったな」
「まぁ、俺からすれば割と普通にあり得る結末だったなと思ったけどな」
映画を見終えたエヴィアの感想は不満があるという感情がありありと浮かべられていた。
それも映画の結末に不満があるとはっきりと口にして。
二時間ほどの映画を見て、昼時になった俺たちは今度はナンパなどもいない静かな喫茶店に入り少し早めの昼食だ。
彼女は貝を使ったパスタ、俺はビーフシチューと互いに前に並べ、その店の味に舌鼓を打ち映画の感想を述べあう。
「悪魔の男は人間の女に惚れていたのであろう? なぜあそこで別れを選ぶ」
「個人的な意見として見れば、これ以上争いに巻き込むかもしれないという男の勝手な感情だと思うな」
「戯け、ならなぜ愛の言葉を紡いだ。女に未練を残すような真似をなぜした」
「それも男の勝手な心情だろうな。別れるけど覚えていてほしいって奴だろうな」
「無意味だ。守れないのなら最初からそんな感情など表に出すなというのだ。未熟者め」
「そう、怒るなって」
納得がいかないと映画の結末に愚痴をこぼすどころか映画の中の悪魔にダメ出しを始める彼女に苦笑する。
あの映画の結末は、戦いを潜り抜けた悪魔の男性と人間の女性が両想いだというのがわかっていても、悪魔の男性は別れを決意し一緒にいたいと魔界みたいな世界に帰る悪魔の男性に向けての愛の告白をした女性の思いを振る。
気持ちを受け入れて自分も愛していると返しつつも、だが一緒には連れていけないと最後にキスをして別れ、女性の涙と共に悪魔の男性を見送るという形で締められていた。
それがどうしても納得できない彼女は、映画を見てからずっと不機嫌だ。
「そういえば、どこであの映画を知ったんだ?」
「ああ、部下が持っていた雑誌にな、たまたま載っていたんだ」
「たまたま」
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
そんな彼女の機嫌を直すべく、話題転換をしてみるとそこで少しおかしいことに気づく。
たまたまと彼女は口にしたが、そもそも仕事中にそんなものを読む部下が彼女の下にいるか?
いないと俺は断言でき、かつ休憩途中にそんな雑誌を持っている部下に見せてくれと聞くかと言えばそれもない。
ならば、どういうことか。
自惚れでもなければ、彼女が自分で調べ誘ってくれたということだろう。
悪魔と人間。
性別は違えど、俺とエヴィアの関係だ。
普段ならつまらなければくだらないと一言いい、バッサリと切り捨てるのだろうが彼女はこうやって怒っている。
それが作りものだと言えどだ。
すなわち、ああなりたくはないと思ってくれているのかあるいはあんな結末が気に食わないのだと思ってもいいのだろうか?
「なんでもないということではないだろう」
そして、俺が誤魔化そうとしているのを不満に思う彼女に、じゃあと前置きして。
「いや、愛されているなと」
感じたことを素直に暴露してみれば、少し目を見開き、そして。
「そういうのは、もっと雰囲気を作ってから言え」
「否定はしないんだな」
「する必要がない」
不合格だと言わんばかりに溜息を吐き、そしてパスタを口に運ぶエヴィア。
それを見て、俺はさてどうするかと考える。
俺の言葉を否定しないあたり彼女らしいと思い、その思いには応えたい。
今回見た映画みたいな結末にもしかしたら将来なるかもしれない。
ただ、結末と違う部分を挙げるとすれば、俺は涙を流し置いていかれてそのままじっとしているようなヒロインではないことと。
「それはなんともうれしいな」
「貴様は違うのか?」
「まさか、ただ、もう少し雰囲気のある場所で言いたいだけだと思ってね」
「ふん、待たせるなよ」
彼女の性格上、愛想が尽きたのならともかく、俺が危険だからという理由で俺から離れるようなことは決してないだろうなと思う。
「なら、この後どこに行くか考えないとな」
万難を排してもなお隣に立とうとする彼女と釣り合うには、まだまだ精進が必要だ。
そんなことを再認識した俺は一旦仕事のことは脇にのけ休みを堪能することとしよう。
無計画に出たことを自覚している俺は、食後のコーヒーを飲みつつスマホで次の目的地を探す。
今日は緊急の連絡もなく、ゆっくりと過ごせるといいなと何かいい場所を探していると。
「夕食の心配はするな、ホテルの予約はしてある」
「ちなみにそこは、ドレスコードがあったりする場所か?」
「当たり前だ」
「それを先に言ってほしいな」
少なくとも夕食後の予定は決まったようだ。
そしてこの後の予定も半分決まったようなもの。
彼女の行動力を俺も見習わなければなと思いつつ、スマホの検索に引っかかった箇所を彼女に見せ。
「ここはどうだ?」
と聞き今日のデートを楽しむのであった。
今日の一言
あの時できなかった続きをと思えるのは良いことです。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




