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329 のんびりと過ごす方法は様々だ。

難産でした(汗

 ゴールデンウィークも二日目、昨日はのんびりとヒミクと過ごしたがまだ休みはある。

 ならば何かしようかと考えるのが普通だ。

 しかし、あいにくと俺には高尚な趣味というものがない。

 強いて言えば昔やっていた剣道がそれにあたり、ゲームもやっていたがそのどちらにもなじむような仕事をやっているためにやる気が起きない。

 無趣味かと言われても仕方ない生活を送っていた。

 だからと言って、またのんびりと部屋で過ごすのはどうかと言えば、それはそれで落ち着かない。


「そういうことで、私の店を手伝いに来たのですか」

「そういうことだ。たまには嫁さんの店を手伝うってのも悪くないよなって思ってな」

「ええ、まぁ、新しい方々用に用意した品物が多々ありますので品出しの手伝いは歓迎です」


 それならどこかに出かけるのはどうかと言われれば、外に出るのも気分が乗らなかった結果、俺はメモリアの店に来ていた。

 それも遊びに来たのではなく働きに。

 いや、普通に考えれば働きに行くのならそのまま地下施設でもブラブラとしていれば時間が潰せただろうしそっちのほうが休日の過ごし方としては正しいと言われるかもしれない。

 だが、足は自然と彼女の店に向かっていたのだから仕方ない。

 そしてよっと右手を上げながらラフな格好で入店し、中に入れば黒いエプロンを身に着けたメモリアがいて、段ボールの開封作業をしていて今に至る。


「なんだかんだ言って、最初からずっと世話になっている店だからな。たまの休みくらいこういったことをするのもいいだろってな。この品はこっちの棚で良いのか?」

「あなたは普段から無茶をしているのだから休んでいたほうがいいと、私は思いますが。そちらはもう一つ隣の棚でお願いします」


 暇だから手伝いに来たと言った俺の言葉を聞いた彼女は最初は驚き、後に溜息を吐き。

 仕方ない人とつぶやいた後は、ここで断ってもきっと手伝うだろうと諦めた彼女は黙ってカウンターの中から彼女の着ているエプロンとサイズの違うものを取り出し俺に手渡してきた。

 その時の彼女の表情はうっすらと微笑んでいたのでそれを受け取り着て、似合うかと聞けば彼女は今度ははっきりと笑った。

 そこから始まる品出し。

 新人が入ったからと言ってすぐに客が増えるわけではない。

 しかし、客を呼び込むにはそれなりの工夫が必要ということで新人歓迎キャンペーンなる配置をする。

 しかしやっていることは普段と同じ、静かな店内に俺とメモリアの声と品を出す音だけが響く。


「そういえば、ずっと一人で店を回しているがアルバイトとか雇わないのか?」


 そして、雑談を交わしつつ品出しや在庫確認、そして店内掃除をしていると、そういえばと思い付き彼女に聞いてみた。


「………アルバイトですか」


 彼女はこの会社が起業し、この地下施設が運営される際に遅れながらやってきた。

 その時に出会ったわけだ。

 そして、その時からずっと彼女は一人でこの店を経営していた。

 彼女以外の店員を見たことがなく、かと言って彼女が店を休んでいるというのはあまり見ない。

 定休日があると言うわけではなく、俺が遊びに誘ったときや何か特別なことがある時にのみ彼女は店を閉めていた。

 それ以外はずっと彼女は店を開き続けた。

 普通ならコンビニよりも少し広い店を経営するのなら一人だと何かと人手は要るだろう。

 それなのにもかかわらず彼女は一人で続けてきた。

 普段なら即答ないし、少し間があってもはっきりと答える彼女がこの質問には言いよどんだ。


「何か問題があるのか?」

「ええ、まぁ」


 そして言いよどんだ雰囲気から何か問題があるのかと聞いてみれば今度は素直に彼女は返事する。


「前提として、商店というのは信頼が第一です」


 しかしそれは俺の疑問を解消する返事ではないので一旦品出しの手を止めて彼女の言葉を待つ。

 そして彼女は商人としての大前提を説明する。


「確かにな、買い手からすればこの商品は大丈夫だって信用して買ってるわけだし、それを裏切られれば誰も買わなくなるが、それがどうかしたか?」

「こちらの世界、いえ日本では比較的簡単に働き手を探せますよね?」

「まぁ、人気職種なら比較的に簡単だな。逆にきつい職業だと集まらないが………もしかしてこの店の求人って人気ないのか?」


 信頼といった話ももしかしたら仕事が大変という噂で変な方向で信頼を得てしまったのか?

 いや、言ってはなんだが従業員を雇えるのか?って疑問になるくらいに閑古鳥が鳴いていたんだぞ?

 それはないか。


「いえ、人気不人気という話であれば、一応私の実家は大手と言われる商家なので募集をかければいくらでも集まります」


 その予想はあたり彼女は俺の言葉を否定するように首を横に振る。

 ふむ、アルバイトという言葉に不安を覚え、信頼という言葉を重要視し、職場環境は比較的良好? そしてメモリアの商家は他の商家と比べても人気となると。


「問題は、採用した人材が信頼できるかどうかってことか?」

「そういうことです」


 彼女との問答の結果を統合し、予想した答えは的を射て、彼女は表情を変えぬままどこからともなく取り出した赤丸が描かれた板のついた棒を取り出した。


「日本と私たちの世界の一番の違いは犯罪率でしょうね。あいにくと我々の国はこの国ほど治安には恵まれていません。なので在野の人材を登用する際には慎重にならざるを得ません」

「そういうものか」


 日本でアルバイトと言えば履歴書を用意し、ある程度の身分が証明されればよほどの人格破綻者でもない限りは雇われる。

 メモリアたちの世界でネックになるのはその身分証明の部分か。

 それもそうか、何をやっていたかわからない相手を雇うにも情報は必須、金銭を扱う商人ならなおのことか。


「だったら商家の中から人材を派遣してもらえないのか? お義父さんたちに頼んで」

「そうしたいのはやまやまですが、新人ではこの場には立てず、経験者は自分の仕事があり手が離せない。特殊な環境というのは得てして不便です」


 そして親類のツテも使いづらいときたか。

 この会社はいわゆる魔王軍が運営している国営の会社だ。

 その施設に呼び寄せるとなれば、審査は必須、その審査を突破できるような人材は自分の仕事や地位を手放してまでくることはよほどのことがない限りしない。

 損得勘定の問題だ。

 商人らしいとも言えるその感情に俺は笑うしかない。

 いずれこの場でのコネクションが生きるかもしれないが、そのコネクションを形成できるかどうかの可能性と自分の商人としての人生を懸けられるかの問題。

 責任者の娘として赴任してきた彼女は例外。

 魔王軍からの依頼を果たすためにこの場にいるのだ。


「もう一人、この店の責任者ができれば私も子供のための生活スタイルに入れるのですが」

「ヒミクも言っていたが、本当に最近積極的だな」

「スエラの顔を毎日見ていればそんな気持ちにもなりますよ?」


 小柄な体躯なメモリアだが、すっと傍に寄り俺の背に寄り添う時の彼女の顔を見れば十分と言えるほどの色気を纏った一人の女性がいた。


「幸せそうな顔、そんな顔を浮かばせてはくれませんか?」


 そんな誘いをかける女性に俺は照れ臭くもなるが、ここで答えないのは男の恥。


「喜んで」


 そっと振り返りその小さな体を抱きしめる。

 しかし、そのままの流れで行くかと言われればそうではない。


「なら、手早く仕事を終わらせましょう」

「それもそうか」


 それはそれ、これはこれ。

 仕事をしっかりとこなしてからプライベートに入ろうと彼女は言い。

 先ほどまでの甘い空気を残しながらスッとメモリアは離れていき仕事に戻る。

 焦らされているような、そうでないような彼女の態度も愛らしく感じてしまうのは惚れた弱みか。

 さりげなく活を入れられたような気がしなくもない。


「こっちは?」

「それはこちらで、あと奥から段ボールを」

「わかった」


 テキパキと進む品出し。

 ダンジョンテスターとして鍛え上げられた肉体に、荷出しなど簡単な単純作業に過ぎない。

 疲れることもなく、ただ黙々と身体能力を活かせば仕事などあっという間に終わってしまう。

 そこで問題になってしまうのが。


「どうしましょう、想定よりも早く終わってしまいました」

「まぁ、単純計算して俺一人分の労力が増えたわけだからな」

「次郎さん一人で五人分くらいの働きでしたが、どうでしょう、こちらに転職しませんか?」

「はは、それも悪くないな。今の仕事ができなくなったら頼む」

「では、その時の楽しみにしましょう」


 想定よりも早く仕事が終わってしまったことだ。

 元々彼女の仕事を手伝うためにここに来たのだ。

 仕事が早く終わる、それはいい。

 問題なのは。


「営業終了まで、少々時間がありますね」

「早めに閉店って言わないのがメモリアらしいな」

「商人ですので、たとえ少人数でも客が来る可能性があるのなら店を開ける。そういう契約ですので」


 早く終わってしまったのでまだ閉店できないことだ。

 就業時間はまだ過ぎない。

 なら働くのが筋なのだが、あいにくとできる仕事は終わってしまった。

 楽しみが後に控えている二人はもどかしい時間を過ごすかと思うか?

 否。


「そうか、なら待たせてもらっていいか?」

「ええ、お茶でも淹れましょう」


 それなら予定を少し変えるだけでいい。

 カウンターの奥に行くメモリアを脇目に、俺は倉庫から椅子を取り出しカウンターの前に置く。

 客が来たら何をやっているんだと言われる光景だろうが、あいにくと気配を読むことには慣れた。

 誰かが来たら手早くかたづけることはできる。

 そんな準備をしているうちに湯気を漂わせたティーカップ二つと、クッキーの入った小皿を乗せたお盆を持ったメモリアが戻ってきた。


「先日手に入ったハーブティーです」

「いい香りだな」


 花の香りのような甘さが鼻孔をくすぐり、紅茶よりもほんのり薄い色合い。

 素直な感想と共にカップを受け取り、そして一口飲めばほんのりと甘い口あたりが舌に染み込む。


「旨い」

「良かったです」


 再び素直な感想を述べればメモリアは微笑む。

 元々彼女は口数の多いほうではない。

 しばらくは静かな時が過ぎるかと思ったが。

 彼女はゴソゴソとカウンターの中を漁り一つの箱を取り出した。


「それは?」


 見た目は化粧箱のような見た目だ。

 まさか化粧でも始めるのかと思ったが、中を開けてみれば違うというのがわかる。


「こちらも商品ですよ。ただ、仕入れるかどうか検討中の品ですが」


 中はこまごまとした区切りがあり、その中にあるのは様々な宝石やプレート。


「ダンジョン攻略に使う物ばかりではなくこういった娯楽品もどうかと思いまして」


 そして一枚のプレートを取り出し魔力を注ぐと。


「騎士か?」

「はい、こちらの世界で言うなればシミュレーションゲームのようなものですね。魔力を流すことによって簡易のソウルが現れ、陣地を守り時には攻める。軍盤みたいな代物です」


 それにしては凝っているなと、ホログラムのように映し出された甲冑姿の騎士を見れば下手なゲームよりもすごいというのがわかる。

 宝石を取り出したメモリアがそこにも魔力を流せば砦のような光景が映し出される。


「どうです? 一戦やってみませんか?」


 男心をくすぐるような代物の登場と一緒にメモリアは挑発的な笑みを俺に向けてくる。

 恐らく経験者で、このゲームのノウハウを熟知しているのだろう。

 挑んで勝つのは中々骨が折れるだろうが。


「ああ、やる。ルールを教えてくれ」


 彼女からのせっかくの誘い断ることはない。

 店内でやる一時の遊戯の時間。

 楽しそうにルールを説明するメモリアの顔を見ながらこんな時間を過ごすのも時にはいいだろう。



 今日の一言

 休みの日をどう使おうが自由だ。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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