325 飲みニケーションは風化した?
藤レンジャーという藤のつく苗字を持つ特撮好きな五人との出会いというのは思いのほか貴重であったと思える。
なにせまるで物語の中にいる登場人物のような設定のやつらだ。
それぞれの生い立ちを聞けてこんな人種もいるのだと思わされような経験をもっていた。
「え!? そんなこともするの探偵って」
「はい、というよりは私の場合が特殊で、やるというよりはやらされたというのが正確ですけど」
「こうやって腰を捻ればコンパクトに見えてもかなり威力の出るパンチが出せるんだ」
「なるほど、こうですか?」
佐藤の話を聞く北宮は彼女が実際に行なった仕事の内容を聞いて驚き、勝は元プロボクサーの後藤にパンチの出し方を教わっている。
男装してストーカーをあぶりだすなんて小説のような話。
実際に出してみせた後藤のパンチよりまねた勝のほうが威力があることに驚く光景。
「むぅ、あなた………しばらくは勉学やスポーツの努力に時間を費やしたほうがいいよ?」
「Why!? 恋占いなのにナゼ!?」
「負けたでござる!?」
「ええと、結構追い詰められたよ! ガンバ!」
スマホ片手に何やら勝負した結果、勝者の遠藤と敗者の南。
年ごろの悩みを伊藤に占ってもらおうとするアメリア。
さりげなく少しだけ身体強化を使ったのにもかかわらず、相手は王者の風格で勝利してみせた結末と。
思った結果とは結び付かない現実を嘆くアメリアの声。
話せば自然と仲良くなれるあたり彼らの人の良さを感じる。
当然それは俺たちの輪でも広がっている。
「そんな訓練があるんですか? というよりもそれは訓練ですか? って聞きたくなるような話ですね」
「信じられないか?」
「信じたくないと言ったほうが正確ですね」
「だろうな、俺も他人から聞けばそんなこと思うよ。実戦形式の訓練といえば聞こえはいいが、あれはただの実戦だな、何回骨折したかなんてもう覚えてないな」
「俺たち折れていない骨のほうが少ないっすからねぇ。本当に魔法がなかったらヤバかったっす。そしてすごいところっすけど、あの教官たち折ってはいけない骨は折らないんっすよ」
「手加減という言葉の使い方を間違えていると言えないのが悲しい訓練だった」
「はははは、それを聞くと俺たちの訓練はきついけどまともだったってことですね」
俺は海堂と一緒に加藤に俺たちが受けた最初の訓練内容を説明していた。
フシオ教官とキオ教官による指導は、訓練が厳しいとのうわさの自衛隊出身の加藤ですら苦笑し、驚愕しと表情筋が忙しなく動く。
話のきっかけはなんてことはない。
今期の新人たちがどんな研修をしてきたか気になったから聞いてみたことだ。
俺は特殊すぎて話にならないが、加藤たちの場合はまず最初に一通りの適性試験を行なった後に希望を聞いて社員との面談及び進路相談を行なった。
そしてなんと一通りの職を体験させたらしい。
前回みたいに後衛を過剰にさせないように、きちんとバランスは考えるが向いていない人物を無理やり前衛に仕立て上げるのはどうかという声があったらしい。
その声の発生源はどこぞの鬼ヤクザと髑髏紳士だろうなと予想しながら加藤の話を聞く。
「まとももまとも、比べるのもおかしいくらいまともっすね」
「それに、俺たちは加藤たちみたいにいろいろ経験できたってわけじゃないからな。正直、羨ましいよ」
「いろいろ、というよりは基本的な職業は全部やったって感じですね。前衛ですと格闘と基本武器の剣と槍と短剣みたいな感じで」
加藤から聞く限り、戦闘の関連の研修は実際に使ってみてやってみて体験させることで各自の適性をしっかりと把握した形だ。
おかげで前回みたいにバランスが崩れるということもなく、加藤の知る限り新人に関してだけ言えば各職業の比率はちょうどいいといった感じで治まっているらしい。
「なるほどな、いささか効率は悪いかもしれないが取りこぼしがないのはいいな」
「っすね、それに無理して不得意なことをやろうとする人も少なくなるのはいいことっす」
これなら俺たち一期生みたいなことにはならないだろうと安心する。
「そんなにすごかったんですか?」
「第一期生の七割は魔法使い、二割が回復役、約一割が弓使いといったその他、前衛を担えるようなポジションにいたのは俺含め二人だ」
「え? それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないな。結果は最初はなんとかなったが前線を支える役割がいないのは致命的だった」
「っすよ。おかげで俺が入った時でさえ、まともにダンジョンアタックできる稼働パーティーは少なかったっすよ」
そして一期生のひどさを知った加藤は信じられないという顔で俺たちの言葉に反応する。
「だから現状先輩テスターが新人と比べて少ないわけだ」
そして実情に呆れて物も言えんだろと肩をすくめながら冗談交じりで言ってやれば加藤は口元に笑みを浮かべる。
「でしたら、俺たちからすればチャンスですね。確かに先駆者がいない現状は厳しいかもしれませんが逆に考えれば出世のチャンスですから」
「逞しいな」
「っすね、ブラック思考かもしれないっすよそれ」
「ハハ、自衛隊もある意味ブラック企業ですよ。部隊によってはの話ですけど競争社会なのはどこも一緒です」
「あそこは縦社会と体育会系の総本山みたいなところだからな」
前向きな加藤の言葉に今度は俺と海堂が笑う。
そしてカウンターで勝手なイメージを伝えてみるとあながち間違っていないのが悲しいと加藤は述べる。
そこで俺たちは三度目の笑い声を上げる。
どこもかしこもブラックブラック。
ホワイト企業はいったいどこにあるのか。
そんな気持ちで会話を繰り返していくと時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまう。
新人の引率、報告会と一日の時間を費やし、そしてこうやって世間話を繰り広げれば自然と時間は消費される。
「おわ、先輩もうこんな時間っすよ」
「おっと、長話してしまったな。すまんな加藤」
「いえ、こちらも貴重な話を聞けたので助かりました」
海堂が思い出したかのようにスマホで時間を確認すればもうすぐ夕食時だ。
「そうだ、田中さんこれから皆で飲みに行くんですけど良ければ一緒にどうですか?」
そして話の流れ的にそんな話題が出るのも自然だ。
その話自体は歓迎すべきことで俺は忌避感はない。
むしろ誘ってくれることに感謝するくらいだ。
しかし、あいにくとホイホイと誘いに乗れるような状態ではない。
ちらりとスエラたちの顔が思い浮かぶ。
昨今、飲みニケーションは流行らないという風潮もあるが、まだ一定層にはその風潮は生きている。
社会人ならコミュニケーションをしっかりとれと言われた経験はないだろうか?
しかし、家庭持ちなどからすれば早く家に帰らねばと思うのも自然だ。
隣の海堂のほうをみれば彼も同じこと考えている表情をしている。
「ああ、そうだな。人数が増えても大丈夫か? 三、四人呼びたいんだが」
「そうっすねぇ、加藤君たちなら大丈夫だと思うっすし、俺もいいっすか? 多分三人くらい増えるっす」
なのでそれならとスエラたちを呼ぶことの許可を取る。
時間的にまだヒミクは夕食の準備を始めていないはず。
今から連絡を入れればまだ間に合うはず。
それは海堂も一緒のようで、それを確認すれば。
「それなら、店のほうに連絡入れておきますね。叶がよさそうな店を地下で見つけて結構大きかったので多分大丈夫かと」
「さすが探偵、さっそくチェックしてるっすね」
「健全な能力の使い方だな」
佐藤の能力に感心しながらならばと一旦その場を解散し地下施設の入り口で集合しようということになる。
南たちもそれを了承し、一旦着替えてから集合しようということになった。
そして訓練施設から出ると、
「あ」
「「「「あ」」」」
ばったりと出くわす知っている四人の顔と今朝指導したばかりの顔が一人。
私服姿の彼らの格好を見る限り、これから食事でもとりに行くのだろう。
この際、どうせならと思い加藤に振り返り。
「悪いな、もう何人か増えるがいいか?」
笑顔で頷く加藤はやはりいいやつだなと俺は思った。
そして場所は移り地下施設の居酒屋。
大広間に通され気づけば最初と比べてかなりの大人数になったがそれでも余裕の収容能力を見せつけた。
問題なのは。
「おいおいおい次郎、酒の席に俺を呼ばないとはどういう了見だ? ああ?」
『然様、そんなことをしでかすように指導した記憶はないぞ?』
どこからか話を聞きつけた二人が出現し、新人たちがその迫力に気圧され若干緊張しているということだけだ。
若干と頭に着くのはその圧の矛先が俺に向いているからだろう。
ニヤニヤと笑ってはいるが、じわじわと漏れる魔力が若干不機嫌だということを示す。
「戯け、貴様ら二人が来れば新人たちが恐縮するに決まっているだろう」
「エヴィア、それお前が言っていいことじゃねぇだろ」
『然り、ワシもヌシも大して差はなかろうて』
その魔力を散らすように、苦言を漏らすエヴィアであったが、子供のように反撃する教官たちのやり取りを、俺たちやスエラたちはいつものことかと流すように見ている。
しかしそれは俺たちがあくまで慣れているからできるのであって、新人たちは大丈夫なのかと俺たちをチラチラと見て緊張感を隠せていない。
現状を説明するのなら、先輩後輩の気軽な飲み会に上司も急遽参戦してしまった感じだろうか?
「大差なし、鬼王、不死王、エヴィア、三者の実力など新人の前には変わりなし」
「機王貴様も私たちと変わらないだろう」
「否定、私はこの容姿のため警戒されにくい」
加えて言えば、その上司の参戦がトップクラスの幹部だということも相俟っている。
フシオ教官とキオ教官はどこともなくうわさを聞きつけ参戦。
エヴィアとアミリさんは連絡を取ると時間を作って合流してくれた。
「まさか、こんなことになるなんて思いもよりませんでした」
「そうですね」
「ああ、主たちは大丈夫だろうが、他の者は慣れていないだろう」
左にエヴィア右にはスエラが座り、その隣にメモリア、ヒミクの順で並ぶ。
彼女たちは俺の紹介で婚約者だというのは新人たちは知っている。
俺が紹介した時はマジかと驚くような顔をしていたが、海外には一夫多妻の国もある、それほど奇異の目では見られなかった。
「あら、シィク。賑やかな席だと聞いたけど静かね」
「ええ、ミィク。タダシが新しいテスターの人と会ってみないかって話だったけどなんだかつまらないわ」
そしてその隣に並ぶように双子天使が並び、海堂、アミリさんと並ぶ。
海堂も俺と同じように紹介したが、海堂の場合は若干奇異の目が混じった。
何せ彼女たちの容姿が容姿だ、年齢的に問題ないと言っても容姿の問題が残る。
新人たちからは海堂の趣味がそんなものなのかと認識されてしまったかもしれない。
しかし、それを指摘する新人はいない。
俺の向かいの席に教官二人がいるせいでだいぶ圧が強いからだ。
海堂たちの前の席には最初は他の新人たちが座る予定だったが、誰も近寄れず結局いつものメンバーが座る結果となっている。
「教官、少し圧を下げてもらえませんか? 俺は慣れているからいいですけど、他の新人たちはそうではないんですから」
俺基準にされたら困ると言えば。
「なんだよ、いっちょ前なこと言いやがって、少しからかっただけだろ? そんな目くじら立てんなよ」
『カカカ、年寄りの楽しみを取るな次郎。なに、この場は無礼講なのだろ? 気にせず楽しめばよい』
いたずらを注意された子供のようにニシシと笑う教官たち。
仕方ないと半ばあきらめつつ。
「ああ、すまんな加藤。こんなに人数が増えちまって」
「い、いえ、大丈夫です」
この場を用意してくれた加藤に謝罪し。
「ベニーたちも来てくれてありがとうな」
「ハハハハ! マスターの誘いを断れるわけないじゃないか、ねぇみんな」
「お、オウ! そうだぜ!」
先ほどばったり会った榛名たちにも礼を言う。
その隣には一人で食事を取ろうとしていたイシャンもいる。
片桐に関しては榛名に聞けば換金された報酬を片手に全力ダッシュで帰宅したらしいのでこの場にはいない。
自由だなと思いつつ、乾杯の音頭を取るために席を立つ。
本当だったら主催者の加藤がやるのだが、教官やエヴィアがいる前でやれというのは酷な話だ。
「さて、さっきフシオ教官が言った通りこの場は無礼講だ。存分に飲んで交流してくれ。だが羽目を外しすぎないように気をつけてください。とくに教官方」
「わかってるわかってる!! 早く飲ませろよ!!」
『注意されずとも加減は心得ておる』
なので代理で俺がビールの入ったジョッキを掲げ音頭を取る。
「新人たちの研修終了を祝して、またこれからの発展を願って」
お決まりかもしれないが、この場にはちょうどいいその言葉を告げ掲げていたビールをさらに高く上げ。
「乾杯!」
偶然の出会いが生み出した異種族を交えた歓迎会はこの一言をもってして開幕した。
今日の一言
コミュニケーションは大事に。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




