324 目標があるというのは良いことだ
この会社の業種というのは、他社と比べればかなり特殊な部類に入るだろう。
現代社会でダンジョンの攻略を目的とした業種など、仮想の電子世界、いわゆるゲームなどの世界でデバッグ作業ややり込み動画などで広告収入を得たりする場合くらいしかないのではないだろうか。
それに加え異世界の魔王軍でもこの仕事というのは初の試み、前例がないというのは中々苦労することも多い。
先駆者が偉大と言われるのはその苦労を軽減してくれるからだろうな。
「戦隊ヒーローねぇ」
「はい!」
そんな特殊な業種に降り立とうとしている戦隊ヒーローがいるのはさらに確率が少ないのでは?
俺の目の前で、直立気をつけの姿勢を見ながらそんなことを思う。
服越しからもわかる鍛えられた肉体。
体幹が鍛えられ、ぶれないその綺麗な立ち姿に俺はふともしかしてと思い問いかける。
「もしかして自衛隊の出身だったりするか?」
「なんでわかったんですか!?」
「いや、なんとなくだが普通の人がそんな綺麗に背筋を伸ばせるものかなって思っただけだ。大したことはない」
年齢からして二十代前半かそこら。
普通に運動とか格闘技で鍛えていてもおかしくないような雰囲気であったが、そのなかに混じる雰囲気に違和感を感じ取った。
「こいつ、防衛大まで出たのにこの会社のチラシ見つけてこれだ!! って言って辞めてきたんだぜ。幹部候補とまで言われて将来安泰だったのにもったいねぇよな」
その雰囲気を半分以上勘で言ってみたが当たるものだな。
驚き、そして俺が綺麗と評価したせいか照れて頭を掻く加藤。
その加藤の背後から肩を組むように左腕で抱き着き、余った右手で顔を指さしながらこの会社に入社した経緯を話す後藤。
「なるほど、そう言う君も自衛隊出身かな? 随分と体を鍛えているようだけど」
「いや、俺は違うぜ。これでも元ヘビー級のボクサーだ。結構いい成績残してたんだぜ? 日本チャンプまでもう少しってところまでは行ったんだが、なんか違うなって思って炎侍に誘われて今ここにいるってわけだよ」
その後藤も同僚かと問いかければまたもや特殊な経歴の持ち主が現れる。
「茂雄はすごいわよね。聞けばアメリカの有名なトレーナーに声もかけられてんだよね。そんな才能がありながらスパって止められんだから」
「っけ、俺の拳を使うのはここじゃねぇって気がしただけだよ。それ言えばお前だってそうだろうが梨恵」
自衛隊にボクサーこの流れでくれば何が来るのかと俺たちは少しワクワクしながら彼らの話に耳を傾ける。
「私なんて普通よ普通。ただの占い師、どこにでもいるね」
「ええと、梨恵ちゃん雑誌にも載ってたよね? それにどこかの富豪の専属占い師にならないかって話もあったんだよね? それで普通って言うのはどうかと思うけど」
「いいの! 普通ったら普通!! 私が普通って言ったら普通なの! もう人の愚痴とか聞いたり理想の未来が見えなかったからって言葉濁しながら伝えるの面倒なの! これからは占いは趣味!! それでいい!」
そしてこれまた特殊な職種からの転職が来たな。
雑誌に載るほどの凄腕かもしれない占い師がまさかの戦闘職にジョブチェンジ。
元の仕事が嫌になったという気持ちは元社畜として非常に共感できる理由だ。
ただ気になるのはなんで肉体系のわが社に入ってきたのかという理由なのだ。
加藤と後藤ならわかる。
肉体を行使する職業の二人だ。
しかし彼女は違う。
「占い師がなんでこの会社に入ってきたのかしら? 普通はもっと別の職業とかあると思うんだけど、南わかる?」
「拙者がわかるわけないでござるよ」
俺以外にもそれを思ったのか、南と北宮がその疑問を口にした。
「あ、別に特別な理由はないよ? この二人が入るって言ってたからなら私も~って感じ」
「「理由が軽いわね(でござるね)」」
「未来ばっか見てたら人生なんとかなるって思っちゃうの」
そしてそれが聞こえたのか伊藤はあっけらかんと気にした様子もなく軽く答えた。
うちの会社才能があれば就職理由は割と気にしないからなぁ。
さて、ここまで変わった職業が続くがさすがにネタ切れかなと思う。
「フ、フ、フ、田中さん私たちでネタ切れって思ってはいませんか?」
「占い師ってのは人の思考が読めるもんなのか?」
「さぁ?他の占い師は知りませんけど私はなんとなくわかるんですよってそうじゃなくて、職歴が変わっているのは私たちだけじゃないですよ~ほら叶、あなたも前の職業言ってやりなさいよ」
「いいよ別に、私の前の職業なんて」
しかし伊藤曰くまだネタ切れではないとのこと。
ニヤニヤといたずら心を隠していない伊藤は佐藤の右肩にのしかかり彼女の前職を言うように促す。
俺たちが驚くほどの自信のある職業なのか?
ハードルを上げられるほどなのか?
と俺たちの頭の中は共通した疑問が浮かんでいた。
「何を隠そう叶は探偵だったのよ!!」
「へぇ~」
「探偵っすかぁ」
「あれでござるよね、通称死神の」
「いや南それは違うと思うぞ」
「え? 違うノ?」
「違うわよアミー」
そして案の定上げられたハードルは越えられず。
俺たちのリアクションは伊藤の堂々とした紹介に反して冷めたものとなってしまった。
探偵、聞けば確かにすごいと思えるかもしれないがここまで変わり種が揃うと驚き度合いは下がってしまう。
「うわぁ~滑っちゃったよ叶、どうしよ?」
「私が滑ったように言わないでよ梨恵ちゃん、もう、こうなるから言いたくなかったのに」
「すまんすまん、普通に考えれば探偵になるってすごいことなんだよな?」
そして、俺たちの普通の反応に少し恥ずかしがる佐藤に俺は謝罪する。
探偵という職業はどうやってなるかまでは詳しく知らないが、その職業柄色々とトラブルに巻き込まれると聞く。
それを経験してきたと考えればかなりすごいことなのではと思う。
「いえ、私はただの推理小説が好きで、その道に進んだだけなのでそんな大したことでは」
「柔道三段」
「空手四段」
「合気道二段」
「剣道三段」
「薙刀術に」
「弓道」
「あとなにやってたかな?」
「テコンドーもやってたよな?」
「ええとあとはムエイタイにナイフ」
「たしか杖術もやってたよね? あとサバットってやつも」
「俺から自衛隊の格闘術に」
「俺もボクシング教えたぜ」
「ほかにも体を丈夫にするためにヨガとかやって、これだけ学んで大したものじゃないって叶、本気で言ってる?」
「俺、毎朝ハーフマラソンしてるって知ってるよ」
「ええと」
うん、かなりすごい経歴の持ち主が現れたな。
一番穏やかで、常識人そうに見えていた彼女が一番予想外な経歴の持ち主だった。
加藤、後藤、伊藤、遠藤の順繰りに彼女が学んだ格闘技の経歴があらわになり、指折りで数えられる武道や戦闘術の数々。
推定ニ十歳前後の彼女の肉体にはどこまでの技を身に着けているか想像もつかない。
そんな彼女は仲間からの暴露に少し困りながらどうするかと数秒思案した後。
「大したことありませんよ?」
「「「嘘だ!!」」」
謙遜でごまかそうとしたが、海堂、南、アメリアの三人に突っ込まれるのであった。
そんな彼女がなぜ探偵を辞めてまでうちに入社した理由は聞くに聞けない。
さすがにな、謙遜も過ぎると嫌味に聞こえるとは言うが、逆にここまですごいとなるとどう言えばいいかわからない。
恐らくだが推理小説や推理漫画にでてくるような舞台で生き残るために身に着けたのだろう。
そこまでしないと突破できない推理小説の舞台まで行くとこの会社で十分通用しそうな気がするのは俺だけではないだろう。
「彼女、有望ね」
「そうですね」
その証拠に北宮と勝は素直にその努力を称賛していた。
俺も内心では魔力適性の高いと称されるイシャンよりも彼女のほうが有望なのでは?と思ってしまった。
そして最後に回ってきた遠藤だ。
順々に上がっていくハードル。
佐藤は見事に越えてみせた。
となれば自然と遠藤にもその期待は乗る。
「いや、俺そんな大した職についてないって」
集まる俺たちの視線を受けて照れると頬を赤らめる遠藤。
「いやいや、またまた謙遜しなくていいっすよ!」
「そうでござるよ! ここまでの流れでそのセリフは最早フリでござる」
その態度に乗っかかりハードルを上げにかかる海堂と南。
「「へぶ!?」」
「止めなさいよ二人とも」
「そうです」
そして後頭部にチョップをくらうのもその二人。
九十度から四十五度に振り下ろされた見事なチョップだ。
北宮と勝はしっかりと二人の頭に一発入れてから、遠藤に申し訳ないと頭を下げる。
「ごめんなさい、うちの二人が」
「すみません」
「いいよいいよ!! 本当に俺他の四人と比べたら大したことしてないし」
「いや、ある意味で健は俺たちの中で一番すごいかもしれないけどな」
「そうだな、何せ世界一だからな」
「まぁ、私はとある週刊誌の特集に乗っただけの占い師だしね」
「それ言ったら私なんて名も売れなかった探偵だよ?」
そんな流れで別に言わなくてもいいという方向になりそうであったが、まさか仲間の加藤たちから方向修正をもらうとは思わず。
再度、遠藤に視線が集まる。
自衛隊、ボクサー、占い師、探偵。
色とりどりのこの職業のなかで彼はいったいどんな職業なのか。
「えっと、プロゲーマーやってました。一応、世界大会で優勝経験も何度か」
「十三回でしょ」
「格闘ゲームにFPS、パズルゲーム色々と制覇してたな」
「南、あんたよりも強いんじゃない?」
「お? やるでござるか? 拙者の土俵なら負けるつもりはさらさらないでござるよ?………強化魔法は使っていいでござる?」
「最初からドーピングする気満々っすか」
そして出てきたのがプロゲーマー。
それを聞いて、俺はマジかと思った。
北宮が南をからかい、その挑発に乗り遠藤に勝負を挑もうとしたが相手は世界一、分が悪いのを悟り肉体ブーストをかけようとする。
その手のひら返しに周囲は笑うが、俺はそれどころではない。
どんなめぐりあわせだと、内心で驚きが隠せない。
同業者が集まるというのはよくある話だが、理想の編成かと聞かれればそうではない。
例えるのなら野球がわかりやすいだろう。
野球好きが九人集まって、野球をしようとする。
ではその野球をするにあたって全員が全員バラバラに別れ好きなポジションにぴったりと当てはまるかといえばその可能性は限りなく低い。
ピッチャーが被るかもしれない、サードが被るかもしれない。
多少なりとも妥協が生まれる。
しかし、目の前のパーティーはどうだ。
戦闘経験者で自衛隊の幹部候補で指揮官向きの加藤。
元ボクサーの戦闘経験者で前衛向きの後藤。
観察眼に優れ先を読むことに長けた占い師で視野が広い魔法使い向きの伊藤。
探偵特有の観察眼に推理小説好きのこだわりが生み出したオールラウンダー佐藤。
そして、前者四人に不足する異世界という環境に適応できる遠藤。
なんともバランスが取れた組み合わせだ。
あとは各自がどんな職でいくかによっては結果は大きく変わるだろうが、不安要素が今のところ見当たらない。
「はは、これは俺たちもうかうかしてられないな」
「ん? 次郎さん何か言っタ?」
「いや、独り言だ」
ワイワイと騒ぐ加藤と俺たちパーティー最初はさっきの行動を注意しようとやってきたのだが、気づけばその流れではなかった。
イシャンにベニーたち、片桐という後輩に加えてこんな奴らも集めてきたかと気を引き締められた。
「あ、そういえば田中さんたちは何か用があってここに来たんですよね。なにか俺たちを探していたように思ったんですが」
そして流れていた空気を引き戻すように、加藤がそのことに気づき俺に話を振ってきた。
「いや、会議室の件だ。海堂のスーツをあそこまで熱心に欲しがるってことに何か理由はあるのだろうが、TPOをわきまえておいたほうがいいぞって言いに来ただけだ。自衛隊にいたらわかるだろう? この会社にも規律っていうのがあるんだから」
「はい、あの時はすみません。海堂さんの装備を見て思わず熱が入ってしまいました。本当にすみません」
そしてそれならばと本来の目的を伝えれば、加藤もわかっていたのか反省している様子で俺たちに頭を下げる。
それに続くように後藤たちも頭を下げる。
「いや、反省していればいいんだ。次回に活かしてくれれば俺から言うことはない」
もしかしたら魔紋を刻んで調子にのっているかと不安になったがどうやらそれは杞憂だった。
元々の性格か、それとも自衛隊で鍛えられたかまっすぐでまじめなやつだ。
ただ、一つの目標に向けてまっすぐすぎるのが玉に瑕ってやつかね。
最後にもう一度謝る加藤の謝罪を受け止め、今度は俺が話を変える。
「そうだ加藤一つ聞いていいか?」
「はい、なんでしょう?」
「いや、普通に気になったというか多分他の面々も気になっていると思うんだが」
「はい」
「お前らどうやって出会ったんだ? 会社で会ったわけじゃないんだろ?」
そう、ここまで個性的な面々が綺麗に社内で偶然揃ったなんて思いもしない。
「俺たちは二年前くらいから知り合いなんですよ。戦隊モノが好きでその関係のSNSで知り合ったんですよ」
当然何かしらの縁があるとは思ったのだが。
「そこで俺がこの会社のチラシを見つけてどうせならって思ってみんなに見せたら、みんな見えてこの話に乗り気になっちゃって」
「あの時は酒も入っていたからな」
「でも、悪い気はしなかった。文字通り今の私を変えるのにはいいきっかけってやつね」
「そうだね、私もこの仕事でこれでいいかなって思ってたし」
「俺は母さんにいつまでゲームばっかりしてるんだって怒られてたんで」
こんな偶然もあるのだなと思った。
人それぞれ、偶然はあれど、こんな縁を結んでこの場に現れた。
「だからって、幹部候補の道を蹴ってまでうちに入る理由があったのか?」
「何を言うんですか田中さん」
「?」
その縁をまとめ上げた男は。
「魔法は変身するのがお約束じゃないですか、ヒーロー好きならそれを利用して夢を実現しないと!!」
ただの特撮好きであった。
そしてそれに類は友を呼ぶ。
後藤たちも頷く姿を見て、おもしろいと素直に思うのであった。
今日の一言
SNSすげぇ
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




