323 アフターケアというのはだれがやるべきか?
土下座五人組が会議室から立ち去ってからの室内の空気は、最悪、その一言だった。
ギスギスという擬音が似合うほど剣呑な雰囲気が室内に漂う。
最初から和気あいあいと言った空気は期待していなかったが、仕事だから仕方ないという割り切った空気は得られるのではと淡い希望は抱いていた。
本来であれば、その希望は真っ当に叶えられてしかるべきものであるはずなのだが、その前のイベントがいけなかった。
「報告は以上か?」
「「「「………」」」」
そんな最中今回行った新人のダンジョン研修の報告会は行われる。
会議室の上座に座り、順次各班の報告を行いそれを聞いたエヴィアは報告の漏れがないか確認してくる。
その問いに対する答えは俺を含め皆沈黙する。
その空気は報告はないと意思表示するのもあるが、不満もあると堂々と意思表示しているようにも感じる。
相手の思惑通りに事が進まなかったのが問題だったのか、あるいは別に理由があるのかまではわからない。
ただ、これだけはいえる。
こっちは巻き込まれた側であると。
なのにもかかわらず、まるで俺たちが悪者扱い。
そんな視線を浴びながら、俺たちのパーティーとその他のパーティーが対立しているというのが雰囲気で伝わるような険悪な場にエヴィアを招き、表面上は問題なく今回の新人研修の内容を伝えた。
「私たちパーティーからはありません」
しかしその内容への確認でいつまでも沈黙を保っているわけにはいかない。
公私を分けるため、一人称を私に変えこれ以上ないと伝えるために俺は口を開き彼女へ伝える。
そんな俺の行動に触発されてか、神崎、火澄そして酉松とこれ以上ないという言葉が述べられる。
「そうか」
報告の内容はエヴィアからすれば、想定範囲内の物なのか、特段指摘せずそのまま話を進めるようだ。
「各ダンジョンへの引率ご苦労、今回の細かい内容に関しては報告書の提出を今週中にやるように。明日からは平常通りの業務で頼む。これで解散する」
ちらりとこのまま終わらせるのかと火澄のほうを見るが、エヴィアを前にしてことを起こす気はないようだ。
特別な仕草も見せず沈黙を保った俺たち。
何もないと判断したエヴィアの解散の発言で報告会は何事もなく終わった。
ただ彼女はすぐに立ち去るのではなく数秒留まり、じっと何かを観察した後転移で去っていった。
「リーダー、あとでお小言コースでござるね」
「………まっ、仕方ないかね」
揶揄いながら声をかけてくる南の言葉に肩をすくめ、甘んじてその言葉を受け止める。
なにせ本来であれば協力すべきテスター同士が険悪な雰囲気を漂わせているのだ、競わせること自体は望んでいても足を引っ張り合うのはうちの会社でも望んではいないだろう。
上司の一喝で事態を収束させるのはこの場合は悪手、上から押さえつけられてはいわかりましたと納得できるのならそもそもこんなことはしないだろう。
なので中身に溜め込んだ鬱憤を晴らさないとこういった手合いの話は解決しない。
当人同士の問題を解決ないし解消しないといけない。
なので、この後エヴィアから細かく話しを聞かれ対応を尋ねられるだろうなと覚悟を決める。
「行くぞ」
「いいんでござるか?」
「向こうさんは話したそうだが、話し合いにはならなそうだからな。頭を冷やす時間が必要だろうさ」
「………」
「反対か?」
そしてグダグダとここで話し合っていればさっきの二の舞だ。
手早くこの場から離れようとしたが南は少し納得いってなさそうだ。
そしてそれは北宮も一緒のようで。
「放っておいていいの?」
「良くはない」
南の言葉に賛同するかのように問いかける言葉に俺は本音を吐き出す。
「だが、今ではない」
そしてそのあとにはっきりと今の考えを告げる。
話し合いは必要だろうが、今やればただの言い合い。
互いの意見を押し付け合い続ける結果となりただただ亀裂を生むだけだ。
それを無駄だと冷たく言えばその通りだ。
しかし、的外れでもないのもまた事実。
「このあと用事もあるしな」
「用事?」
ならばそんな無駄なことをするよりも建設的なことをしたほうが気分的には楽だ。
今は火澄たちと言葉の殴り合いをするよりも、もう一つの用件のほうに取り掛かりたい。
「行けばわかるさ、行くぞお前ら」
待てと言われる前に会議室を後にする際に、ふと火澄の方に視線を向けてみたが彼はこちらを見ていなかった。
素直にこのまま行かせてくれることに違和感を覚えるもあえて藪をつつく必要はない。
なんの抵抗もなく出てこられたことに肩透かしを食らいつつ、いつものメンバーになった俺たちは廊下を歩く。
「どこに行くっすか先輩?」
「そうでござるよ、説明くらいはしていいと思うでござるよ」
「ま、そろそろいいか」
そしてただ進む俺にいい加減説明しろと海堂と南がせっついてくる。
ちらりと周囲を見て、同じダンジョンテスターがいないことを確認した俺は、海堂たちに行先を告げる。
「さっきの土下座五人組のところだよ」
「え? なんで行くんっすか?」
「あいつらのアフターケアってやつと、さっきの行動を注意しに行くのが目的だな。あのままただ追い返されただけじゃあいつらも不満をため込むだろうしな」
歩みを止めず、説明しながら進んでいく。
目的地は決まっているので迷いはない、いや決まっているのではなくわかっていると言ったほうが正確か。
「注意っていうのは理解できるけど、アフターケアって何する気?」
「そのままの意味だよ。注意することで反省を促し今後に活かさせるのも一種のアフターケアだ。ここで重要なのは頭ごなしに相手の意思を否定しないことだ」
「うわ、その言葉拙者への皮肉でござるか?」
「たとえ話だよ南。そう拗ねるな」
「拙者はひじょーに傷ついたでござる。なので労働への対価と慰謝料を求めるでござる」
「はいはい、何をお求めで?」
「むふふふ、何を頼むでござろうなぁ?」
「お手柔らかに頼むぞ?」
純粋な疑問を投げかけてきた北宮への返答は南の機嫌を損ねる形となり、笑いながらフォローすればからかわれたのか、その言葉を待っていたと拗ねた口を笑みに変え、ルンルンとスキップしそうなリズムで歩きだした。
やれやれと、思いつつさっきの働きには報いるべきかと何を請求されるか戦々恐々として待つとしよう。
改めて歩き出した際に緩めていた感覚を鋭くする。
魔力の残滓を辿る。
種族でも多種多様の方法があり、同じ種族であってもそれぞれ感じ方は違う。
俺の場合は触感に似た感覚だろう。
肌で感じると言えばわかりやすいだろうか?
圧迫感、温度、湿り気、そのどれとも違うなんとも言えない感覚。
言語化すれば魔力としか言いようがない。
体感の話になるが、魔力の色は十人十色だ。
今のところ同じだと感じたことはない。
その中からさらに特徴的な魔力の波動を感じることによって追跡ができるようになる。
当然ベテランの魔法使いになれば隠蔽もできて追跡など不可能だ。
相手がまだまだ新人でそういった知識が未熟であるからこそできる技だ。
こんな芸当昔はできなかったが、今では多少なりともできるようになっている。
社内は魔力が充満し、辿りにくいというのはあるができないわけではない。
「ここは」
「訓練室、ダヨネ?」
そしてたどり着いた先がここだ。
俺たちも普段使いしている訓練室。
ここが目的地だと知り、勝とアメリアは首を傾げる。
新人にも開放された場所とはいえ、今は彼らからすれば一番無縁の場所だ。
何せ今日はダンジョンに入った直後、どちらかといえば体を休めたい。
さっそく訓練する輩は少ない。
なのにここにいるのかと思っているのだろう。
「多分な」
「多分って、曖昧ね」
「いなかったらいなかったらで他の場所を探すまでだ」
多分と口にはしているが十中八九ここにいる。
扉の向こうで、何か動いているような気配を感じる。
しかしこれは、戦っているような気配は感じない。
いったい何をしているんだと内心、疑問符を浮かべつつ訓練室へ入っていけば。
「藤レッド!!」
「藤グリーン!!」
「藤イエロー!!」
「藤ホワイト!!」
「藤ブラック!!」
「「「「「五人そろって、藤レンジャー!!!!」」」」」
訓練室のど真ん中で決めポーズを決めているさっきの土下座組がいた。
「「「「「………」」」」」
そしてそれを眺める結果となった俺たちはどう反応すればいいのだろうか?
「ねぇ、南あなた何か言いなさいよ」
「いや、拙者特撮物は守備範囲外でござるし? 勝、どうでござる?」
「いや、僕に振られても困る。そういえばアメリアさんヒーローものが好きでしたよね?」
「え? え~と、ん~と、ハハハ! わからないから海堂さんにまかせるネ!」
「雑なパス来たっすね!? いや、そんなこと言われても俺も何言えばいいかわからないっすよ!? ねぇ先輩!」
「俺に振るなよ」
見てはいけないものを見てしまった心境というのはこのことだろうか。
いや、海堂のスーツを欲しがっていたということはそういう趣味があったということだろう。
しかし、それがこのような結果になるとは露とも思わず。
私服で決め顔までして効果音でシャキーンと音がし背後では爆発エフェクトも見えそうなほどしっかりと決められてはどうコメントすればいいかさすがにわからない。
「どうでしたか!?」
「まさか感想を聞かれるとは思っていなかったでござる!?」
そんなことに悩んでいるとポージングを解いた中央に立つさわやかなスポーツマンみたいな男、先頭で土下座していた男が俺たちに感想を求めてきた。
普通ここは恥ずかしがるところだろと思っていた南はまさかの質問に驚愕する。
「いや、俺たちとしては会心の決めポーズだったと思うんですが」
「いや、あなたたち羞恥心とかないの?」
「? 恥ずかしいことはしていないと思いますが、なぁ、皆」
そして南のリアクションがイマイチだったことに首を傾げ、どこか改善点があるのではと見当はずれな解釈をし始める。
そのことに呆れつつも、当たり前のことを北宮は聞くが、青年は首を傾げ仲間に問いかける。
「そうだな」
五人の中で一番体格のいい筋肉質の男がまず即答し。
「はい」
次に糸目の中性的な女性が頷き。
「えっと、私たちにとってはこれが普通と言うか」
その次に答えたセミロングの女性が俺たちのリアクションの意味を理解しつつ、言葉を濁す。
「もう慣れました!!」
そして一番小柄なツンツンヘアーの少年が堂々と宣言するとなんとなくだがこの五人のノリがわかった。
「なんと言うか個性的な人が入社してきたでござるなぁ」
「年中ござる口調のあんたには言われたくないと思うわよ」
「ツンデレな北宮には言われたくないでござる」
「「…………」」
「「やる(でござる)?」」
「喧嘩するなら後にしてくれ」
南の言葉は否定できないがとりあえず話を進めよう。
「ああ、すまん。ポージングの感想に関しては後回しにしてもらって、俺は田中、田中次郎だ。このパーティー月下の止まり木のリーダーをやってる者だ。君たちに用事があってな、えっと」
「加藤炎侍です。苗字でも名前でも結構です。田中さんのことは色々と聞いています。俺たちもあなたたちのようなチームになれるよう頑張りたいと思っています!!」
「そうか、頑張れよ。加藤」
「はい!」
なんと言うか、青春してそうな熱血漢だな。
姿勢を伸ばしハキハキとしゃべる姿は人によっては暑苦しく見えるかもしれないが俺は見ていて気持ちがいい。
火澄のような何か裏のありそうな少女漫画に出てきそうなイケメンではなく、少年誌のスポーツ漫画とかに出てきそうな感じのイケメンだ。
さりげなく出された右手を握り返し他の面々にも自己紹介をしてもらおうと顔をずらせば。
「俺は後藤! 後藤茂雄だ! 藤レンジャーのブラック担当している!」
「よろしく後藤、藤レンジャー?」
「はい! ちなみに俺はレッドです」
こんどは体格のいい男後藤が右手を出して自己紹介してきてくれる。
そして藤レンジャーなる聞き覚えのない単語に首を傾げると、加藤がレッドだと名乗る。
その流れから言うと。
「私は伊藤梨恵です。藤レンジャーのイエロー担当しています。あ、好物はカレーですよ」
「私は佐藤叶です。名前からわかるかもしれませんが、藤レンジャーのホワイト担当です」
中性的な容姿の伊藤は黄色、そして常識人ポジションの佐藤は白と来て。
「はいはいはい! 最後は俺だね! 俺は遠藤健! 藤レンジャーグリーンだ!!」
最後にツンツン頭の少年が緑と。
これはすなわち。
「お前ら、戦隊物が好きなのか?」
「はい大好き通り越して使命だと思ってます!! 俺たちは戦隊ヒーローになるためにこの会社に入社したんですから!!」
また色物キャラが入社してきたなと思った。
今日の一言
フォローできるときにフォローしておいたほうが、後が楽だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




