322 聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥だが、聞かなかった方がいい時もある
報告という行為は社会人にとって必須と言ってもいい行為だ。
組織に属する以上、その過程には大なり小なり責任が付与される。
現代社会において情報というものの価値は時に金よりも重要とされる。
結果を周囲に知らせるという意味合いも含めて情報共有もできる報告という過程が重要視されるのも自然な結果だ。
では、こういうことを思ったことはないだろうか?
必要なのはわかる。
重要なのもわかる。
だが、聞きたくはなかったと思うことだ。
こういった思いを抱く時に共通している要素は一つ。
これを聞けば悪いことあるいは面倒なことが起きるとわかっている時だ。
報告が重要なのは重々承知しているのだが、聞けば後戻りできないような事項を聞く際に抱く感情だ。
もちろん組織人として感情で動いてはいけないというのはわかっていても、内心ではそう思って隠してしまうのが社畜の性だ。
それが。
「どうかそのスーツを私たちにも作ってください!! お願いします!!」
「「「「お願いします!!」」」」
今回の新人たちの報告に来てみれば、目的地である会議室中が何やら騒がしい。
殺伐としたあるいは剣呑なといった危ない雰囲気は感じないので、軽いトラブルか何かだろうと気にせずアメリアたちを引き連れて中に入ったのが運の尽き。
まるで助命を嘆願するかのように一人が先頭に座り土下座し、その後ろに四人が綺麗に整列し土下座する光景は、何がどうなってこんなことになったかと思わざるを得ない。
その土下座されている相手が海堂ならなおのことだ。
「いや、俺が作ったわけではないからって何度も言ってるっすよね? それにこれは特別製だからそう簡単には作れないっすよ」
「それをどうか!! どうか!! その道理を曲げて、平にどうか平に、よろしくお願いいたします!!」
「「「「お願いいたします!!」」」」
お前ら何か打り合せしているのかとアイコンタクトどころか、頭も上げずに声をしっかり合わせる芝居がかった行動に呆れを通り越し感心すらする。
そしてこのやり取りは繰り返されているというのがわずか数秒で理解してしまった。
原因も何かはおおよそ見当がついてしまった。
ちらりと一緒に行動しているはずの南と北宮を見れば南はもはや興味ないと言わんばかりにあくびをしながらボケっとしており、北宮の肘打ちでわき腹を穿たれ悶絶している。
「聞きたくはないが、一応聞いておく。何があった? いや、なんでこんなことになった?」
トラブルと言えばトラブルだが、普段のトラブルと比べればまだマシな部類のトラブルだと思う。
たが、理由がどうでもいいような気がしてならない予感をビンビンと感じるので正直聞きたくはない。
なので本当ならスルーして報告を先に済ませたいところだが、他のテスターたちからお前らのところだろなんとかしろという視線が突き刺さっているためその選択肢が取れない。
なので覚悟を決め、せめて事情を把握しようと一緒に行動していた北宮たちに事情を聞こうとした。
「海堂先輩のスーツが羨ましいから、売ってる店もしくは作り方を教えてほしいですって」
ため息をこぼしそうだったが堪え、代わりに少し不機嫌な声色の北宮から返ってきた内容にやはりかと普段とは違う嫌な予感が的中し溜息を吐きそうになる。
「そんな感じだろうとは思ってたよ。だがなんでここに連れてきたんだ? 新人たちは現地解散の手はずだっただろ?」
「連れてきてないわよ、教えられないって突っぱねても会議室の前までついてきたのよ。さすがに中に入れなければ諦めると思って中には入れなかったわよ。けどどこかの誰かさんが話を聞いてやればいいって笑顔で入れてきた結果がこれよ」
そして、そのどこかの誰かさんの所為で北宮の機嫌が悪いのもわかった。
どこかの誰かさんとやらは自分は良いことしたと笑顔で北宮のほうに手を振っているが、彼女は面倒なことをしてくれたなとチッと普段はしない舌打ちと一緒に視線を切る。
「それでこの結果か………小さな善意大きなお世話ってこのことか?」
「大きなお世話を受けてる身にもなってほしいわよ」
「俺は、そのお世話すら受けられそうにはなさそうだがね………」
しかしそこに俺が現れた途端にその笑顔の質は反転し、中に見える刺々しい雑念を刺すように向けてくる。
ここまで恨みを買うようなことをしただろうか?
「北宮、俺あいつに何かしたか?」
「………次郎さんに心当たりがないなら知らないわ。昔のあいつはあんなことしなかったと思うし」
その感情の色は嫌悪に近いだろうか?
いや、どちらかといえば嫉妬か。
北宮と仲間以上の関係ではないが、その仲すら認めないと言わんばかりの感情。
最初に会ったときから顕示欲はあったが………ここまでだったか?
「そうか、とりあえず状況はわかった。南」
「なんでござる? こればかりは拙者の管轄外でござるよ~」
そりが合わないことはわかっていた。
それが一朝一夕で解決しないことも理解している。
なので火澄のことはいったん棚上げだ。
解決しやすい方向から片づけていこう。
片づけやすい方向とはもちろんそこの土下座集団だ。
このままこの光景を放置してさらに面倒になる前に火消しは必要だ。
だが力ずくで追い出すのは簡単だが、ここぞとばかりに口をはさみそうな輩が〝数名〟いるために手段を選ぶ必要がある。
チラチラとこちらを見る視線から察するに、なぜ彼らをこの会議室に入れたかの理由に見当がつく。
「ったく」
いらぬ手間を増やしてくれたなと恨み節を心の中で吐き。
だったらその根本的な土台からひっくり返そうとやり返すことを決意する。
そして、それをするために必要な手を借りたいのだが。
相手の感情思惑、そういった管轄を察するのがうまい南は関わりたくないとやる気を見せない。
「なら、お前の管轄内で頼むな」
「む?それは手段問わずでごるか?」
「後からくる監督官に目をつけられない程度なら」
「ほ~、なるほどなるほど、それならいいでござるよ」
彼女がやる気を見せない理由。
下手に対応し、少しでも悪い要素があればここぞとばかりに正義を振りかざす偽善行為に似たことをしてくるからだ。
それは彼女が一番嫌い、彼女が相手をするにあたって正道では一番面倒だと感じる存在だ。
なら、逆にその嫌う相手をからかえ、制限付きではあるが正道ではなく搦め手を使っていいと言えば南のやる気は回復する。
「「??」」
話についてこられていないアメリアと勝は互いに顔を合わせなんの話だと目線で確認し合うが、ここは静かにしていたほうがいいと結論づけたのか頷きあい静かになる。
「海堂先輩~そろそろ時間でござるから、話は早めに切り上げるでござるよ~拙者たちはこれからが本番なんでござるから」
そして小さな二人が静観を決め込んだタイミングで南は動く、あくまでやる気なく。
しかし、それでも言っていることはあくまで正論で。
邪魔だと邪険にしては相手に義を与え。
かと言って折れてしまっても相手に義を与える。
だからこその正論だ。
海堂を非難するように、そして正論を言いこの場の流れを停滞から方向を誘導し動かし始める。
相手に介入させる余地もなく、そして淡々と進め置いてきぼりにするように。
「そんなこと言ったって、ど、ど、ど、どうすればいいっすか?」
そこで困惑するのは当然海堂だ。
久しぶりにあのテンパってオロオロとする海堂を見た。
この土下座組の目的は海堂の変身スーツ。
しかしその変身スーツはあくまで海堂のために造ったオーダーメイド。
その装備は贔屓と言われても仕方ないことだが、しかしそのスーツは海堂なりに努力した結果手に入れた代物だ。
人脈を駆使し手に入れたそれを俺にも作れというのは筋は通らない。
「簡単でござる~そこの五人ちょっといいでござるか?」
なので、南はそこに手を差し込む。
何気なく、そして南は気楽そうに海堂の方から五人のほうに向き直り、へにゃりと緩い笑みを浮かべる。
「はい! なんでしょうか!」
人というのは例外を除き、
笑顔を向ければ警戒心を解く。
加えて海堂を非難すれば当然南は味方だと思わないにしても、敵の敵は味方だという理論に近い思考で、追い風くらいはくれるだろうと思う。
「海堂先輩の変身スーツが欲しいんでござるよね?」
そこに目的を確認するような南の問いかけだ。
「はい! 俺たち、いえ、私たちはあの変身スーツが欲しいんです!!」
目的を確認するということはもしかしてと淡い希望を抱く結果となり得る。
「そうでござるか、じゃぁ当然お金は払うんでござるよね?」
しかし、人生というのは甘くない。
何かを求めるのならそれ相応の代価が必要だ。
そしてRPGではよくある話だろう。
高い装備にはお金がかかると。
「え?」
「え? じゃないでござるよ。最初にどこで売ってるかって聞いたってことはそれを買う気だったということでござるよね? 非売品と聞けばそれを作ってくれと頼んできた。なら、オーダーメイドとして作らないといけないのも理解できていると拙者は思うでござるよ」
この土下座組の真意は憧れの変身スーツが手に入ると思っての行動だったのだろうが、それでじゃああげましょうということにはならない。
火澄から何を言われたかはわからないが、そんな道理はうちの会社にはない。
初期装備は用意するが、あとは自身で用意する。それがこの会社から払われる破格の素材報酬の対価だ。
「海堂先輩」
「はいっす!」
「そのスーツの開発費用を言うでござるよ」
「えっと、三千六百万っすね材料だけで」
「三千六百万!?」
法外とも言える値段に先頭で土下座していた男が驚愕の声を上げる。
普通に考えれば多種多様の機能の付いた変身スーツが安くはないのは想像できるだろうに。
人型にまとめ上げられてあの性能、安いわけがない。
「それも材料費だけでござるよ。技術費用とその他もろもろ込みならいくらでござるか?」
「ええと、アミリちゃんとシィクちゃんとミィクちゃんにやってもらったっすから、詳しい金額はわかんないっすけどアミリちゃんだけで一千万はかかるはずっすから、それかける三だから、六千六百万っすね」
「一人一着として、五人で三億三千万でござるか。いやぁ、思ったよりも高級品だったんでござるねそのスーツ」
本当に南の言う通りだ。
こっちの世界の技術というよりは技か、手に職つけた技術はだれにも代用できないオンリーワンスキルになる。
その中でもゴーレムを作ることに関しては右に出るものはいないと言われる機王の技術が惜しげもなく組み込まれているのだ。
むしろその程度の額かと人によっては言われるかもしれない。
俺は違うが。
全ての素材はダンジョンで用意し、技術費用は厚意に甘えてという形だったから実質ゼロ円になってよかったものの、全て他人任せにしたらヤバい額になった装備だというのを後で聞いたときは冷や汗が流れたよ。
「で、その額払えるでござるか? 払えるのなら拙者のほうから口添えしてもいいでござるよ」
「………」
決着はついた。
他者に介入させることもなく、ただただ淡々と。
さすがにその値段の物をただでくださいと言えるわけもなく、かと言って買うとも言えるわけもない。
がくりと肩を落とした男は他のメンバーを引き連れて会議室を後にした。
「ねぇ」
「なんだ?」
「あそこまで言う必要があった?」
その姿をほっと安堵する海堂と手を振り送り出す南が見送る中、北宮は小声で俺に話しかけてくる。
あそこまで言う必要というのは海堂の装備にかかった値段のことだろう。
装備の値段というのはある意味でパーティーにとっての機密情報に当たる。
そのパーティーの経営状況、その装備が必要となっている実力、をすべてではないが推測する要素になる。
他のテスターたちからすれば欲してやまない情報だろう。
だからこそ、あっさり南に情報開示の許可を出した俺に疑念を抱いたのだろう。
「あっただろうな」
そしてその札を切ることになった結果に反省はあるも、後悔はしていない。
「恐らくだが、火澄の狙いはあの新人たちを使った情報操作だろうな」
「情報操作?」
「ああ、もし仮にあのまま時間が過ぎてこの会議をするために強制的に退出させようとしたら義は我にありと言わんばかりに介入してきただろうさ」
その目論見を情報開示一つで潰せたのは大きい。
中核にいたのは火澄、それに協力する形にあるのは黄金の丘のメンバーか。
神崎たちstep beatは火澄よりの中立といったところか、一緒には行動しないが妨害もしないといったスタンスだろう。
火澄が動けば、そのほかのテスターたちがヤジを飛ばして、場の空気を占領しようとしただろう。
「その場合、俺たちに要求される情報は海堂のスーツの値段一つでは済まなかっただろうな」
火澄がなぜあの新人たちを時間があるからといって招き入れたか。
全ての理由はわからないが、おおよその理由には推測はできる。
一つ、火澄たちが欲したのは新人たちからの支持。
二つ、俺たちの特権と思われる人脈の共有。
三つ、俺たちパーティーの評価の下落。
「そんなところだろうさ。民主主義の怖いところは多数の意見が正論ということ、ならそれに対抗できるのは常識だと言えるような内容さ。さすがに億単位を超える代物を用意して無条件で新人に渡せとはあいつらも言えないだろうしな」
ちらりとその言葉が間違っていないだろうというのを証明するように火澄のほうに視線だけ向けてやれば、おもしろくないとイライラする黄金の丘をたしなめつつ、目が笑っていない火澄がいた。
「そういうことね、だから南に動いてもらったのね」
俺の視線を追った北宮は納得して、そっと見られていたのを気づかせないように視線を戻した。
「あいつはこの手の感情の動きには聡いからな。被害ゼロで乗り切れというと面倒くさがるがいくつか手札を切っていいと言えば最小限の手札で火消しを成り立たせる。前に相手した、どこぞの勇者の末裔様の計画と比べればずさんな話だ。考えた通り最小限の手札で切り抜けたよ」
北宮に事情を説明すれば納得したと頷く。
しかし、ずさんだと評したが、やられたらまた面倒なことになるのは明白。
ここで出鼻をくじけたのは大きい結果だろう。
「ただまぁ、切った手札も決して小さくはないんだがな」
わざと雑に作っているような俺たちへの包囲網。
その真意、目的はどこにあるのか、霧がかかり始めたかのようにわからない。
川崎の見る先に何があるのか。
ただわかるのは。
あの新人たちにはアフターケアがいるということだけだろう。
今日の一言
損して得取れとは言うのは簡単だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




