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320 咄嗟の判断というのは考える前に出る、しかし経験が必要

 何かあったと考える前に爆発音が聞こえるとともに駆け出す俺たち。

 待機させていたグループとの距離は百メートルもない。

 チリチリと肌を刺すような感覚は間違いなくこの先で戦闘が起きていることを知らせてくる。

 峡谷の岩場の目立たない場所に待機させ、勝に加えて新人にも見張りを頼んでいたから不意を突かれるという心配はこの領域ではないはず。

 その経験があっても裏をかいてくるのがダンジョンだ。


「何があった!」


 走破時間でコンマ数秒単位をたたき出し、見えた先にあったのは混乱する新人たちを必死にまとめる勝の姿だった。


「次郎さん!」


 俺の大声に反応し振り向き安堵した様子を見せる勝。


「全員耳をふさげぇ!!!」


 そして新人たちに群がろうとしているのはヤモリのような黒く斑点模様のテカル肌を持つ竜種。

 カッコいいというよりキモイと言われそうなぎょろっとした瞳はカメレオンのようで、しかし口の中にあるサメのような牙は鋭い。

 ぬるっとした肌はぬちゃっと音を立たせその見た目のとおり滑り気をもち触ることに嫌悪しそうな感触を伝えてくる。

 どこから現れたやどうやって不意を打ったのだと考えるのは後回し、今はその脅威を取り払うことを最優先にすべきだ。

 すうっと肺に空気を送り込み、魔力をねじ込み。

 今も獰猛に新人たちに襲い掛かろうとしている竜共に向けて。


『きええええええええええええええええええいやあああああああああああああああああああ!!!!』


 全力の猿叫を叩きこむ。

 俺の猿叫は空間を震わせ、生物的本能に恐怖を植え込む。

 相手を威嚇するという次元ではない。

 正真正銘、恐怖という感情を叩きこむような声量でこの空間に響きわたらせ。

 特に格下相手ならなおのこと効果的だ。

 耳をふさぎ、身をかがめる新人という恰好の的がいるのにもかかわらず、ヤモリに似た竜共は全ての視線を俺へと集約させている。

 そんな奴らに対して動けば喰われると思わせるように、目を見開かせ、そしてその眼光をもってして動きを止めさせる。

 全ての敵意を俺自身に集約させ、この場を支配する。

 もし、この場に南がいればさすがのヘイト管理と苦笑と共に言葉をこぼしただろう。

 そんな脳内の言葉に苦笑するもすぐに緩んだ口元は三日月を描く。

 敵意を含んだ笑み、相手に今度はこちらの番だと言外に伝えるように見せつける。

 戦意はすでに暖気を済ませてある。

 脳のスイッチはこのダンジョンに入った段階で戦闘モードだ。

 緩やかに且つ滑らかに体を動かし。

 まるでどこかに散歩に行くような気やすさでざっと、砂利の混じった地面を蹴り、その足で一瞬でヤモリとの間合いを詰める。

 斬と音を響かせることもなく、すっとまるでそこは何も通らなかったように静かに振るった一刀。

 それだけで、そのヤモリの命は終わる。

 敵味方問わずいったい何が起きたのか理解できないほど自然に振り切った。

 結果はその首が地面に転がり魔素へと還ったことによる事実のみで理解させた。

 そして、場の空気を制圧し終えた俺はダンと鉱樹の切っ先を地面に突き刺し、声を張り上げる。


「総員後衛を中心に円陣を組め!! 前衛は前に出ろ! 後衛は回復役を背に庇い武器を構えろ!」


 混乱していたこの場で必要なのは一度リセットするという行為だ。

 猿叫で場の空気をさらい。

 味方の認識を一度真っ白にさせる。

 そして、その真っ白にした思考の中に何をすべきかを叩きこむ。

 戦いながら考えるというのは常に冷静な判断を求められる。

 その思考が一回沸騰し、機能しなくなれば戦いという行為はできなくなる。

 だから、何が起こったかわからないがとりあえずやることはわかるという思考環境を整え、態勢を立て直させる。

 そして人間が動き出せば敵も動き出すも。


「落ち着け! 冷静になれば勝てない相手ではない!」


 その動きに怯もうモノならば、その機先を制してやればいい。

 再び一歩駆け、瞬く間にヤモリとの間合いを詰めその首を宙に舞わせる。

 こういう時は極力敵を派手に倒すに限る。

 普段であれば効率重視であるが、こういったときは敵に脅威を与え、味方を鼓舞するのにちょうどいい。

 ヤモリの首が宙に舞い。

 それによって敵の注意が再び俺に向かうも、何体か気にせず新人に襲い掛かろうとしている。

 まだ陣形は完成せず、その隙を突こうとした形だ。


「アメリア! サポートに回れ!」

「OK! まかせるネ!」


 俺と戦うことを避け、新人を挟むような形で回り込み、正反対方向からの襲撃。

 弱い部分から攻め入られた形になる。

 ここら一帯の敵をまとめて消し飛ばすのにも数秒を要するそんなものを待っていたら新人たちに被害が出る。

 ならここは無理をしない。

 俺の指示に小さな影が疾走し、手に持った短剣が軽やかに振るわれる。

 遅れて聞こえる斬撃音。

 音より遅れて吹き出る魔力でヤモリたちが倒されたことを認識する。

 新人たちはアメリアの姿を捉えるといつの間にと目を見開く。


「HurryUp! でも、落ち着いてやるんダヨ!」


 彼女は髪を揺らし、ニッコリと笑い余裕を見せステップを踏む。

 そんな少女の姿に新人たちは鼓舞され動きが加速する。


「勝! 状況報告! あと特徴があれば教えてくれ!」


 混乱した状況から段々と好転していき、防御の陣形は出来始めている。

 新人たちの動きもだんだんとスムーズになってきて、被害が減り始めている。


「少し前に襲撃を受けて迎撃を始めました! あと、こいつら影から出てきました! 注意してください!」

「数は!」

「不明! 十以上です!」

「おっしゃ! 十分」


 少し離れた場所で聞こえる打撃音、その音の先を見てみれば新人を庇うように立ち回っていた勝がサマーソルトをヤモリにぶちかまし顎をつま先で蹴りぬいていた。

 着地したタイミングで勝に状況を確認すれば、間断なく答えが返ってくる。


「被害は!」

「ケガ人が数人出ましたが軽傷でポーションで治療済みです!」

「上等! よく持ちこたえた!」

「はい!」


 勝の対応によって被害は最小限に抑えられていたことに満足げに頷く。

 戦闘音で声がかき消されないように声を張り上げ、情報を伝える勝の動きに迷いはなく頼もしい姿を見せてくれる。

 ならば勝とアメリアに少しこの場を頼む。

 前みたいに竜王自ら出陣し遭遇することになるのは避けたい。

 一瞬だけ視線で周囲や上空を確認すればそれらしい影や魔力は感じない。

 そして新人を取り囲むヤモリの群れは勝の言う通り岩陰からまるで生えてくるかのように姿を現す。


「イシャン!」

「!? は、はい!」


 相手の数は増え、こちらを包囲しようと躍起になっているのがわかる。

 しかし、まだ許容範囲内だ。

 なら丁度いい、ここで一つ相手には悪いが新人たちの良い経験値になってもらおうか。

 このタイミングで呼ばれるとは思っていなかったのか、盾を構え防御の姿勢で俺たちについてきたイシャンは振り向き返事を返してきた。

 さっきまで冷静だったその表情を緊張で強張らせつつも、冷静でいようとするその姿勢に感心する。


「もうすぐ他の竜たちもやってくる。ここで一つお前へ試練を与えようじゃないか!」


 戦いながらしゃべり、楽しそうに笑いながらイシャンに向けて言葉を放つ。


「後ろの新人はまとめておいた。後は好きにしな! 逃げるもよし、防御に徹するもよし!」


 一回振るえば一頭のヤモリが消え去り、疾風が駆け抜ければ二頭のヤモリが切り裂かれ、打撃音が響けば三頭のヤモリが宙を舞う。


「一歩踏み込んで戦うもよしだ!」


 そして、俺の勘ではここから先はこいつら自身の判断に任せたほうがいい。

 引率とは言えど、なんでもかんでも俺たちがやるのは何か違う気がする。

 もちろん戦いの空気に触れるのもいい経験になるだろう。

 しかし、ここから先この会社で戦うというのならここの判断は俺がすべきではない。

 ただ言えるのは眺めているだけの観客などつまらない。

 舞台に上がってこその俳優だということだけだ。

 ベニーもバートも朱亞も榛名も片桐も皆が皆顔を見合わせた後、判断を委ねられたイシャンを見る。

 どうするべきか判断するのは難しい。

 経験のないことはさらになおのこと難しい。

 本来であれば大人しくジッとしてろと言われるような場面で、好きにしろと言われるなんて誰が思うか。

 正三角形に位置取り、新人を守りながら戦うなど訳がない。

 しかし、敵の数は有限。

 どんどんと倒し、戦力を削り、遠くからくる地響き分を倒せばこの戦いは終わるし、時間的にもちょうどいいだろう。

 ジッと見つめる視線というのはプレッシャーになる。

 選択肢を委ねられるのは自由を与えられる代わりに責任を負わせられるということ。

 先ほどのこともあり、なおのこと慎重に動こうとする雰囲気が手に取るようにわかる。


「こんな場所で深く考える暇はねぇよ」


 教官からの教えというわけではないが、戦いの場で迷っていたら容赦なくぶっ飛ばされる。

 さすがにそんなことはしないが、少しスパルタで行こうか。

 ヤモリを切り捨て、少しできた時間ですっと後ろに跳び背中をパシンと叩いてやる。


「間違ってもいい、失敗してもいい、今この場だけはそれが許される。その経験を糧にしないことだけが許されない」


 やれるだけやってみろと、言ってやる。

 その言葉でどれだけ気楽になれたかは知らん。

 ただ言えるのは、彼の雰囲気から迷いが消えたということだ。


「戦います」

「おう、なら次にやることはなんだ? ダンジョンは個人で挑んでもいいが、パーティーで挑んだほうが楽だぞ」

「はい!」


 もともと模擬戦で集団戦闘は経験していた。

 なら後はその応用だ。


「一方面だけ空けてください」

「おうさ!」


 迷いが消え去ったイシャンの行動に迷いはない。


「皆さん! これから一方面から敵が来ます! 正面は僕が受け持ちます! ですから皆さん手を貸してください!!」


 剣を天に掲げ、まるで勇者や英雄かのように声をかけるイシャンは堂々としている。


「おう! ここでビビってちゃ息子に笑わられるってんだ!」

「そうね、武人としてここで下がってちゃダメよね」

「なんだよ、朱亞後ろにいてもいいんだぜ?」

「うっさいわよデカブツ」


 その掛け声に応じる威勢のいい二人。

 凸凹コンビが前に出てイシャンの隣にならぶ。

 ようやくエンジンがかかってきたかと、苦笑しながらヤモリを狩る。


「はいはいはい! 私も手伝いますよ! ここで何もしなかったら全く稼げませんから!」


 そして緊張がほぐれてくれば金銭欲も出てくるというもの。

 右手を挙手し、イシャンの隣に並ぶ片桐。


「う~ん、ここは僕もという言いたいところだけど、足を引っ張るのは趣味じゃない。援護に回らせてもらうよ」

「怪我をしたら私に任せてください! すぐに回復します!」


 それに続くように他の前衛テスターたちも前に出てくる。

 そして後方はベニーと榛名を中心にまとまる。

 集団戦は連携が命。

 これでようやく、一つの形になった。

 防御から攻撃へ。

 これでこそダンジョンテスターだ。


「次郎さん! そろそろ来るよ!」

「おう! お前ら追加の団体様だ! 気張ってイケよ!」


 アメリアの耳にかかる集団の駆け足。

 猿叫で大々的に宣伝しておいたのだ。

 逆に来ないのは困る。

 気張れと言えば、今度は戦意を上げる新人たち。

 デビュー戦としては上等の舞台が仕上がった。


「まずは勢いを止めます! 魔法による斉射を準備! そのあとに前衛は突撃します!」


 迫りくる集団を捉えたイシャンは、その集団を迎え撃とうと声を張りあげる。

 そうだ、それでいい。全部自分でやる必要はない。

 各自の得意分野を十全に活かせば、ここで負けることはない。

 魔法使いたちが魔法を準備し、その間にイシャンはタイミングを測り。


「放て!」


 その魔法を撃ち出し、迫りくる竜たちを失速させる。


「勝、アメリア」

「What?」

「なんでしょう」

「ここは俺だけでいい、イシャンたちのサポートしてやってくれ」

「OK!」

「わかりました」


 その様子を見て次は突撃かと定番の展開を予想し、万が一を潰すために二人を派遣する。

 周囲のヤモリはあらかた潰した。

 残りは両手指で数えられる程度だが、追加がありそうな雰囲気。

 その追加を通さないように。


「俺も気張るとしようかね」


 少し、龍の血を滾らせる。

 グンと俺の周囲の空気に熱がこもり、俺の魔力の質が変化する。

 緩やかだった魔力の流れが速くなり、荒くなり、力強くなる。


「さて、さて、新人のデビュー戦だ。邪魔するような野暮だけは勘弁してくれや」


 ニヤリと教官譲りの笑みを携え。


「お前らの相手はこの俺だ。存分に楽しませてやるからよ」


 ゆらりと前傾姿勢になり。


「突撃!!」

「往生せいや!」


 イシャンの号令と同時に俺も突撃するのであった。



 今日の一言

 現場判断というのは難しい。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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